量子の秘書官
「おはようございます、創くん。量子を迎えに来ました。」
「おはようございます。」
優しそうな笑顔で挨拶する女性は 神埼栞 叔母の高校、大学時代からの友人で、大学を卒業した後も叔母の秘書して付き合ってくれてくれるとてもありがたい人である。
なぜこんな優秀な人が叔母の秘書なんかやっているのかとても不思議で仕方がない、何か叔母に弱味でも握られて脅されているのではあるまいか。
僕も叔母に引き取られ時から知っている人で、よく家に遊びに来ては叔母共々とてもお世話になっている。もし姉と呼ぶのなら叔母ではなくこの人を呼びたい。
もう一人の丁寧にお辞儀をする男性は 一ノ瀬学叔母が作る機械駆動義肢のテストモニター。元オリンピック出場候補の強化選手であったが事故に遭い、右腕を失ったらしい。
彼の丈夫な肉体に眼を付けた叔母が彼をテストモニターに選んだらしい。彼の義肢から得られたデータ、それを元に改良されるのが僕専用の義肢である。
彼のお陰で僕の義肢の開発が早く進みとてもありがたい、叔母が時々小さな声でモルモットとかとんでもない失礼な事を言っている。
年は叔母さんの少し上らしいが礼儀正しく真面目である、少しは彼を見習ってほしい。いつか爪の垢を貰い叔母へ出す料理に混ぜてやろう。
「おはようございます、栞さん、一ノ瀬さん。わざわざ迎えに来てくださってすいません。」
「いえ、これも仕事ですから、それで量子は?」
「今ご飯を食べてます。やはり学会に行きたくないとごねています。」
「やはりまた・・・ですか。」
「いつもすいません。」
「いえいえ。」
「では、予定通りお願いします。」
「はい、それでは失礼します。」「失礼します。」
そんなやり取りを素早く済ませると、叔母のいるリビングに二人を連れて向かう。
「あれ、何で朝からしーちゃんとまなぶんがいるの?」
「量子を迎えに来ました。」
「え、何で学会は昼からだよね。ちょっと早いんじゃないかな。」
「創くんに量子を迎えに来てほしいと言われました。」
「!!!!」
「さあ、ご飯は食べましたね、行きますよ。」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って、まだ歯磨きしてないし、寝癖セットしてないし、外行用の服も来てないし、化粧もしてないし・・・。」
「そんなのいつもは殆どしてないでしょ!早く行きますよ。創くんに外行きセットを用意してもらっていますから、学会発表するホテルの一室を借りてそこで全て済ませます。」
「!!!!!!!」
「さあ、善は急げです。早く行きますよ。」
「早すぎるよ!あと言いぐさがお婆ちゃんみたいだよ!もっとゆっくり・・・。」
「だまらっしゃい!いつもいつもごねて遅刻ギリギリになるんですから、どうせ今回もごねて創くんの入学式行き、そのままバックレようするつもりだったんでしょ。」
「そ、そ、そんな事ないよ、ただちょっと頭とお腹が痛いかなーーなんて。」
「・・・・そうですか。なら病院に行かなければなりませんね。」
「そうだよねー、早く治るかなー。」
「ええ、早く治るために病院で座薬を打ってもらいましょう、即効で効く奴です。」
「!!!!!!!!!!!。ちょ、ちょ、ちょちょっと待ってよ!いちいち病院に行く必要なんてないよ、家で寝てればすぐ治るよ!!」
「いえ、行きましょう、すぐ行きましょう。一ノ瀬さん量子を運んでください。」
「待って!!もう治ったから、完治したから!!待って待って。」
栞さんは普段は優しいが怒ると怖い。キレ気味の栞さんは一ノ瀬さんに鋭いアイコンタクトをする。
一ノ瀬さんはまるで弾かれたように黙って動き、有無を言わさず叔母を拘束し米俵の様に肩に担ぐ。
キーキー喚き、じたばた手足動かし必死に抵抗する叔母、手早く家の前の車の中に押し込める一ノ瀬さん、その様子をムッスリと睨み付ける栞さん。
僕はただぼんやりと誘拐犯に拉致されてるようだなと冷静に思った。
「では、回収したのでこのまま現地まで連れて行き、そのまま研究発表ギリギリまでホテルの一室で軟禁しておきます。」
「ええ、よろしくお願いします、お手数かけてすいません。」
「いえいえ、お気になさらず。あと高校入学おめでとう、創くん。あの学校は面白いところだけど、その反面厳しくもあるわ。何か分からないことがあったら私の所まで来なさい相談に乗るわよ。」
「ありがとうございます。でも高校生の僕が、大学の方まで行っていいんですか?」
「何言ってるの、前までしょっちゅう遊びに来てたじゃない。」
「まあ、そうなんですけど。あれは叔母さんに無理矢理連れてこさせられた感もありますが。」
「そんな事言わないの、あと叔母さんって言ったら量子また拗ねるわよ。」
「そうですね・・・注意します。」
「よろしい。それじゃあね、また近いうちに会いましょう。」
「はい、ではまた。」
爽やかに別れの挨拶をする栞さん。仕事はキッチリこなすが、時折見せる身内への配慮がなんとも嬉しい、最初ちょっと物騒な台詞が聞こえたような気がするがそれは気のせいだろう。
車を見れば叔母がなにやらバンバンとドアガラスを叩きながら、涙目で僕に何かを話しかけてくる。
車のドアガラスは丈夫でしかも防音らしい、多分あれはこれからの僕の人生の門出を祝い必死にエールを送っているんだな、そう思う事にする。
そんな叔母を見ながらあんなに喜んでくれるなら、入学式くらいは連れてってあげた方が良かったかもしれないと、優しい気持ちになる。
多分ドナドナってこんな時に唄うんだろうなと思いながら、涙目の叔母に僕は手をゆっくり振る。
「いってきます、量子叔母さん。」親愛なる叔母に別れの挨拶をする。
車の中で暴れる叔母が途中、一ノ瀬さんに無理矢理押さえつけられ、ふんじばられる姿を忘れようと学校に行く支度を始める。