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ボルドルーンサガ ブリタニア偽史伝  作者: ギサラ
第三章 エメリード 結実の時
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第98話 物語の闇

 途絶えたはずの叛逆の騎士の系譜、モードレッドの血に関し、一行は真相を探るべくフィオンの生家を訪ねている。

 無数の本で埋まった書斎、その中央の円卓に座し沈黙を貫く祖父メルハン。

 フィオンは実の祖父に怒りを滲ませ問い掛けるが、未だ反応は無く、薄暗い書室は剣呑な空気で満たされる。


「……ッ…………何か言ったらどうなんだ? まさかさっきの反応見せといて知らねえなんてぬかすつもりじゃ」

「フィオン、ちょっと落ち着きな。こっちがいきなり押し掛けてんだ、そうグイグイ行く事も無い。……こういうのは自分から出て行く奴が損をするもんさ、どっしりと構えてな」


 ヴィッキーはメルハンが話すつもりである事を読み取り、焦らずに待たせる。

 上座に座らせ逃げ場も無く、既に武器の類も没収している。両脇を自身とクライグで囲んでおり、何かあったとしても即座に捕らえられる構え。

 暫く考えを巡らせた後、メルハンは重々しく口を開く。語るべき事とその順番、そして未だ喋るべきか迷っている事を整理した後に。


「では…………仮にモードレッドがフィオンの先祖であったとして、それは何代前の者だと思う? ドミニアが建国して……何年経っておるのかを踏まえて、な」

「……あたしに聞いてんのかい? そうだね…………フィオンの曽祖父が亡くなったのが十年ちょっと前で九十の時……ならその一つ上、四代前ってとこじゃないかい? 二十半ばで子供が出来ていけば、大体合致するだろう」


 メルハンはヴィッキーを皮切りに、アメリア、シャルミラ、クライグにも同様に問い掛ける。答えは皆変わらずに四代前か五代前。フィオンの曽祖父がメドローと判明している以上、その一、二世代前が順当であろうと考えた。

 百年前にドミニアが建国したのならば、初代円卓の騎士達の活躍はその少し前。

 その時にモードレッドが成人していたのであれば、十五年前に九十近くで亡くなった曽祖父メドローの、父か祖父が当て嵌まるだろうと。

 最後に、不機嫌に黙っているフィオンも問われるが、やはり同じ答えが返る。


「大ジイの一、二個上だろ? 同じ事何度も聞いてんじゃねえよ。……で、今の質問はどういう意味だったんだ? ちゃんと理由はあるんだろ?」

「確認じゃよ、ちょっとしたな……見た所お主らは二、三十代ってとこじゃが。嘆かわしいもんじゃ、ここまで洗脳が進んでおったとはな」


 まだ二十代であると、ヴィッキーは抗議をしかけたが今は黙っておいた。

 洗脳と言われフィオン達は顔を顰めるが、何の事なのかピンと来ない。聞かれた事は思想や主義でもなく、モードレッドが何代前かという足し算引き算の領域。

 思わせ振りな溜め息の後、メルハンは答えを明かす。洗脳が刺す言葉の意味と、一体誰がモードレッドであったのかと。


「ドミニアはまだ建国して百年経っておらん。箔を付ける為に幾らか水増ししておるだけよ。…………円卓の騎士モードレッドはこやつの曽祖父メドローじゃ。わしの父であり、メドローというのは世を忍ぶ為の仮の名前に過ぎん」


 言い切られた真実に対し、一同は言葉を失くす。特にフィオンは自身の記憶が頭を巡り、過ぎ去りし日の、亡き曽祖父メドローとの思い出を垣間見る。

 優しく、大らかな人物だった。フィオンと同じ青の瞳、真っ直ぐな気性。老化により皺枯れ殆ど動けずにいたが、常にフィオンに目をかけてくれていた。

 大きな手と太く節くれだった指。無数の傷は畑仕事や野山で傷付いたものだと語っていたが、今にして思えばそれは自身の手と同じ、戦いの傷と似て――――


「――出鱈目言ってんじゃねえぞ糞ジジイ。ならカムランの丘で討ち取られたって話はどう説明するんだ? ……影武者がやられたとでも吹くつもりか? ドミニアが鯖読んでたってのはどうでも良いがよ、そっちはどう説明すんだ?」


 曽祖父メドローがモードレッドであったのならば、一つの矛盾を孕む。

 カムランの丘の決戦で、アーサー王自らに討ち果たされた叛逆の騎士。それが九十まで生き安らかにベッドで死んでいたなどとは、余りにも真逆の結末。

 問われたメルハンは一旦フィオンを手で制し、他の疑問へと向き合う。逃げではなく話の順番を守れという旨であり、理解したフィオンは一先ず席に着く。

 口を開くのは灰の髪の淑女。シャルミラはメルハンの言に疑問を感じつつも嘘ではないと感じ、その上で浮かんだ疑問を発する。


「では、コンスタンティヌスに討ち取られた二人の息子というのは……貴方がモードレッドの隠し子だったという事ですか? 三人兄弟であったと?」

「わしは一人っ子じゃ、親父殿に他の子はおらん。……あれは王国を成した後の粛清を、政敵か何かを排除する為の、正当化の為の嘘に過ぎん。洗脳と言ったのはそういう事じゃ。ドミニア王国に何とも都合の良い、()()()()()を信じ切っておる事をな」


 偽りの物語。王国を正当化させる為の、政治的宣伝(プロパガンダ)

 教育の場等で刷り込まれていたフィオン達は、足元にヒビが入ったと錯覚する。

 彼らは勿論、ある程度のフィクションや創作が円卓の騎士の物語に入っていたと知ってはいたが、その度合いを甘く見ていた。信奉とまではいかないが、自分たちの価値観や常識、無意識に正しいと思っていたものに猜疑心を掻き立てられ、思わず心の中で手を伸ばす。

 もしかすれば、柱か壁の様に感じていた太く重いソレは、薄紙一枚で外側だけ作られた――――捲って見ればペラリと、余りに空虚なものだったのでは無いかと。


「私はフィオン達から教えられて知ってる程度なんですけど……なら、丸っきり全部が嘘なんですか? 円卓の騎士とかこの国の事とか……フィオンやヴィッキーはそうでもないけど、凄く大事にしてた人達も何度か見かけた事が……」


 ヒベルニア各地で出会った人々や、ブリタニアの戦地等で接してきた兵士達。円卓の騎士の物語は皆に浸透しており、程度の差はあれどそれを重く見ている者も少なくは無かった。

 比較的ショックは少ないが、不安そうに問うアメリアにメルハンも言葉を選ぶ。

 彼自身も物語や逸話に対し排他的という程ではなく、苦々しい思いはありつつ、それに惹かれている心も皆無では無かった。


「全てが嘘と言う訳ではない、親父殿は立派に戦場働きをしておった。わしが小さい時にはその武勇伝を…………。今広まっておるのは過去の事実に、誰かにとって都合の良い脚色やら何やらを、面白おかしくする為にあれこれと手を加えられたものに過ぎん。吟遊詩人や或いは物書き共か……誰が始めたのかは解らんがな」


 物語は物語に過ぎない。そこには書き手がおり詠い手がおり、読者がおり聞き手がいる。それらがいる以上、必ずや多くの思惑が入る。

 もっと面白く、もっと劇的に、もっと感動的に――――例え作者が求めずとも読者や聞き手はそれらを求め、際限の無い欲は物語に物語としての質を求める。

 そしてそれらの追求は、()()()()()()()()()()()()()


「……まぁ、脚色された物語があったればこそ、円卓の騎士は広く民衆に広まり支持を集めた側面もある。面白さを追求した偽物の物語(サガ)と、事実をありのままに綴った散文。どちらが受け入れられるかなんぞ…………。円卓の騎士の全てが嘘とは言わんが、殆どはドミニアにとって……特にモードレッドに関しては、王国の威信を高める為の()()()()()()()()()じゃ」


 真実を知らぬ者からすれば、事実に興味の無い者からすれば、その真偽性は些事となり、真実は偽物の前に容易く敗北する。真実と整合性のみを求めた作品は見向きもされず、紙とインクの無駄にしかならない。

 無限の欲望の前に、作品の整合性や登場人物の感情が瑣末事となるのは珍しくも無い。例えモデルとなった事実や人物が存在し、その重みや名誉によって題材にされようと、気付かれもせぬ内に、リスペクトや崇敬は忘却される。人の欲望と現実的な利益や享受を前に、益を(もたら)さない存在は塵でしかない。

 物語は誰かの為の道具に過ぎない。言い切られた論に反論は出されず、語ったメルハンさえも少し意気を削ぐ。

 内容に異議は唱えないまでも、クライグが声を上げる。それらが事実であればドミニアの根幹を揺さぶりかねないが、信じるには少々難しいと。


「……話は解りましたが、何かそれを証明出来るものは有りますか? 正直に言って鵜呑みにするのは…………ちょっと陰謀めいてると言うか……」


 何らかの物証を求められたメルハンは、目を細めてフィオンを睨む。

 明かされていく真実に対し何とか耐えているが、汗は多く肌を流れ目には狼狽が走り、卓に置かれた手には微かに震えが見える。これならば押し切れるであろうと、老人は狡猾な策謀を巡らせ、おもむろに、本棚から一冊の本を抜き取る。


「木を隠すには森の中というやつじゃ。読書は嫌いでは無いが、ここの本の殆どはこいつを隠しておく為のものよ。……丁寧に扱えよ? 恐らくもう二冊と無い」


 フィオンの目の前に、分厚いカバーに覆われた古びた本が静かに置かれる。

 本の状態は良く埃や汚れ等も無く、大事に扱われていた事が見て取れる。とは言え長年を経ての劣化は皆無とはいかず、表題は掠れており読み難い。

 フィオンは動揺を抑え何とか読み解くが、まるで意味が解らなかった。


「……ボル、ド…………ルーン、年代記? 年代記ってのはまだ何となく解るが……ボルドルーンってのはどういう意味だ?」


 フィオンが手にした本『ボルドルーン年代記』

 青年は真実への鍵を手にし、そうとは知らずに、悪意(欲望)の坩堝に手を掛ける。

 書き手の願い、読み手の都合、そして様々に携わる者達の多くの思惑。

 物語は漸く、物語の闇に至る。

 捻じ曲げられた激流の犠牲者は、その心を深淵に堕とす。

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