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ボルドルーンサガ ブリタニア偽史伝  作者: ギサラ
第三章 エメリード 結実の時
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第95話 円卓の闇

 自決すべく、クライグはナイフを自身の首に突き立てる。

 その正面、最も近くにいたのは彼を慕うシャルミラ。剣を手放し足は地を蹴り、

己以上の命を守るべく、弾かれる様に飛び出した淑女は手を伸ばす。


「クライグ様! だめええええ――!!」


 友のナイフがクライグの首に達するのと、飛び込んだシャルミラがそれを掴み取ったのは――――全くの同時だった。

 刃先は男の首に沿うに留まり、刀身はしっかりと女の指に掴み取られ、細く美しい指は鮮血に彩られる。

 今下手に動けばどうなるか、嫌でも理解したクライグは口だけを動かす。


「!? ッ……離してくれ、動かしたら指が…………頼む、止めないでくれッ」


 か細い声に、シャルミラは更に深くナイフを握り締める。

 痛みも何も構わずに、全てを投げ打ち、愛しい男の命の火を繋ぎ止める。


「いいえ離しません。私の力では貴方を止めれませんが…………私を指無しにする覚悟が有りましたら……私は、それで生きて行くつもりは有りません」


 真っ直ぐな、後追いの宣言。指を刎ねるなら好きにしろと言い、それで生きて行くつもりは無いと。元より、彼無しで生きて行くつもりが、彼女には無い。

 クライグは己の命を断つ覚悟は出来ていたが、彼女を巻き込む事は到底受け入れられず、ゆっくりとナイフを手放し、力無くその場に膝をついた。

 駆け寄ったアメリアはシャルミラの指をナイフから外させ、何とか繋がっている指に急いで治癒を施す。


「無茶しないでよ、千切れちゃったら私でも元には……ヴィッキー、早くクライグを捕まえて!! 今なら……!」


 フィオンはクライグの目の前に腰を下ろす。まだ傷は癒え切っていないが、喋るだけならば問題無く、もうこの場で争いが起きる事は無い。

 脱力し感情の抜け切っているクライグは、やり場を失くし目を逸らす。合わせる顔は無く、何を言えば良いかも解らず、逃避する事しか出来ない。

 フィオンは一先ずは互いの無事に安堵しつつ、それはおくびにも出さぬまま、先程の言葉はどういう意味か、真意を問い質す。


「なあクライグ、さっきのはどういう意味だ? 俺達二人が何だってんだよ?

半端な事してねえで全部吐いちまえ、訳が解んねえんだよ」


 怒気の混じった、しかし憎しみや殺意は皆無の説得。

 乱暴だがどこか心地良い言葉に諭され、全てを諦めていた男は秘密の遵守も諦める。少しずつだがはっきりと言葉を紡ぎ、どうしようもない呪いを紐解いていく。


「この国の……ドミニアの歴史を…………建国の成り立ち、知ってるよな?」

「……? いきなり何の話してんだお前? そりゃ知ってるけどよ、今それがなんだって――!」


 首を傾げるフィオンだが、語るクライグの目には虚無と闇が広がっていた。無関係の話で誤魔化そうとはしておらず、やり切れない絶望に、押し潰されている。

 その心を心配しつつも、真剣に相槌を返し先へ続けさせる。


「……円卓の、アーサー王から後を譲られたコンスタンティヌスが祖王になって、百年位だっけか? 皆知ってるよ、アメリアも文字の練習でちょっと齧ったな。そいつがどう繋がる?」

「その後……王国が出来た後…………裏切り者が現れた。未然に食い止められ本人以外には特赦が出て……許されちまったのを…………知ってるか?」


 円卓の騎士コンスタンティヌスが王位を受け、国を纏めた後の経緯。

 一人の裏切り者がその地位と権力を狙い策謀を巡らし、しかし企みは失敗した。

 ヒベルニアにいた時にもそれを象徴する像を目にしており、ある程度の勉学を嗜んでいるならば、ドミニア国民には周知の事件。


「アウレリウス・コナヌス……王の甥だろ? 簒奪を狙ったが失敗して……内容はよく解んねえが本人だけ処刑されて遺族は生かされて…………それが?」


 答えられたクライグは、唇を噛み言葉に惑う。それ以上を喋る事は固く禁じられており、そもそも本人も言いたくも無いし認めたくも無い。

 だが既に後戻りは出来ず、逃げ場も行き場もどこにも無い。

 地べたを睨みながら男は口を開く。忌まわしき己が血の呪いを、輝かしき円卓の物語の、侮蔑の的の()()()を。


「俺が…………それだ。アウレリウスの遺族の……血を引いてる」

「――――!?」


 絶句するフィオン達だったが、直ぐ様それで何かする事は無い。

 クライグが嘘を付いているとは思えないが、しかし話は大き過ぎ、仮に真実であったとしてもそれが何故フィオンを狙ったのかまだ繋がらない。

 四人は顔を見合わせ無言で頷き合い、クライグの言葉を先へ促す。闇はまだまだ深くへ続き、知るべき事は彼の胸中に秘められたままだと。


「……なるほど、てめえが面倒なもん背負ってるのは解った。……で、それがどうして俺を狙ったんだ? …………まさか俺が王の血でも引いてて、まだ恨んでるとかオチって訳じゃ……ねえよな?」


 アウレリウスが恨んでいるのは誰なのか。更に突拍子も無いが、フィオンはそれなりに真剣に頭を巡らし、あり得ないとは思いつつ問い掛ける。

 その言葉に、クライグは更に影を濃くし嘆きを漏らす。

 苦しく絞り出される声はそれを否定し、更なる悪逆の名へと舵を切る。


「そうだったら……どれだけ良かったか……ッ……。お前の方は……許される所か、なんでッ…………なんで、生きてるのか……」

「…………随分な言い様だな、勿体ぶらずにさっさと言ってくれ。聞かせたくもねえってんなら……聞いてから考えるよ」


 泣き崩れるクライグだが、今のフィオンは追及の手を緩めない。殺され掛けておいてこの対応も充分に甘いものだが、喋る事は喋ってもらわねばならない。

 小突かれたクライグは嗚咽を抑え込み、悲嘆に暮れ名を明かす。簒奪者アウレリウスよりも悪名高き、祖王では無く聖王に牙を剥いた、大逆人の名を。


「フィオンの血は、先祖は……残ってるはずが無いのに………………俺も何が何だか、まるで解って無いけど――――――モードレッドだ」

「…………モード、レ……? いやちょっと待て、それは……」


 掠れながら押し出された名に、フィオン達は顔を曇らせ頭を抱える。

 円卓の盟主アーサーに叛旗を翻した叛逆の騎士、モードレッド。カムランの丘の決戦でアーサー王に深手を負わせ、自身も討ち取られた円卓の謀反者。

 だが系譜は続いている訳が無いと、他でもない彼らの知る物語で語られている。


「そいつのガキはコンスタンティヌスが討ち取ったって……お前も知ってるだろ? 子孫が死んでて俺がその血をって……隠し子でもいたって言うのか? 一体どこのどいつから……んな与太話を吹き込まれたんだよ」


 モードレッドが敗死して尚、抵抗を続けた彼の二人の息子。

 王位を受け継いだ祖王コンスタンティヌスはその二人を直々に討ち取り、ブリタニアはドミニアの旗の下に統一されたと伝わっている。子孫が残っているという話は僅かにも無く、仮にフィオンがその血を継いでいるのなら、表沙汰になれば八つ裂きにもされかねない。

 幸い、ヴィッキーもシャルミラも熱心な円卓の信者という訳では無く、そもそもこの場の四人はクライグの話を飲み込む事も出来ていない。

 誰に聞かされたのか、愚痴混じりに問われた言葉にクライグは反応し、既に自暴自棄にも近い彼は、腹の中を全て曝け出す。


「士官学校を卒業して、王城に招かれた時……。謁見の後に呼び出されて緊張でガチガチだった俺は……全て伝えられ…………頭がおかしくなりそうだった」


 士官学校の卒業者の内成績上位の者は、数名が王城へ招かれ謁見の栄を浴びる。

 首席卒業のクライグであれば当然通った道であり、フィオン達も知っている事。

 王城と伝えられ、フィオン達は先の言葉を重く見る。そこに居る者となれば貴族連中か或いは更に上位の者か、身分や地位の高い者しかいないはず。

 その口から伝えられたのであれば、丸っきりの出鱈目として笑い飛ばす事は到底出来なくなる。


「王都コルチェスター城か…………で、そこの誰に聞かされたんだ? どっかの候か伯か、大貴族か……軍の上役か?」


 クライグは首を横に振り、上げられた者達を否定し、恐る恐る口を開く。

 呪いを開花させた人物の名を、忌々しく思いつつも決して頭を上げられない者の名を。ブリタニアとヒベルニアを束ね、国家として運営する存在を告げる。


「ドミニア王、ウォーレンティヌスだ…………コンスタンティヌスの、末裔。

俺の先祖が……歯向かった…………殺されるかと思った」


 クライグは屈強な体をガクガクと震わせ、思い出した恐怖を歯噛みする。

 告げられた名にフィオン達も肩を落とし、事の重大さを思い知った。

 言葉とはその内容以上に、誰が言ったかという方が重要になる。例え同じ言葉であろうと、持たざる者の発言は誰の相手にもされず、持つ者富める者、支配する者であれば世を揺り動かす。

 全てを飲み込む事は出来ないが戯言として流す事も出来ず、フィオン達の間には重い空気が立ち込め、クライグは震えながら言葉を続ける。


「それ以来俺は……王の犬として働いてきた。何も出来ず、言いなりに……異形の魔獣やエルフを…………探ろうとする者は手を下せと」

「魔獣とエルフ……? そいつはどういう理由でだい? フィオンが真っ先に狙われた理由はまあ理解出来たけど……あの魔獣の群れは王の差し金って事かい?

それにエルフってんならアメリアも……知ってる事を洗いざらい吐きな、あたしは容赦しないよ」


 アメリアの正体をクライグに明かしたのは、フィオン達がブリストルへ初めて到着した時の事。既に三ヶ月近く経っている。

 冷たい魔女の恫喝に、クライグは首を横に振り目を伏せながら語る。再会の前から王の密偵となっており、当然、今まで常にその仕事をしていたと。


「報告した……ウェーマスに行く前、直ぐに……。でも王は放置しておけと、何もしなくて良いって……俺は所詮末端だ、何がどう繋がってるのか……何も知らされてない。ハンザさんの方は、まだ報告出来て無いから安全……と思う」


 クライグは全てを吐き出したとばかり、だらりとしたまま静かになった。

 拷問でも何でも好きにしてくれという態度だが、シャルミラは彼を庇い、ヴィッキーは叩いて何も出ないものからは手を引いた。

 いつの間にか白馬も落ち着きを取り戻しており、納屋には静寂が満ちる。息苦しく粘つきの強い、平穏とは程遠い深海の様な不気味な無音。

 フィオンは目の前の男を見つめたまま、起きてしまった事と、知り得た事を整理する。二人の血の呪い、エルフと魔獣の秘密、恐らくは裏から全ての糸を引いているドミニアの王。


「…………なんつーか……色々有り過ぎだろ、一遍によ。血だの先祖だの言われてもなあ……知るかってんだ」


 大きな前進の様であり掴んだものの重さに耐え切れず、底無しの闇へ落ちてしまった様にも感じる。答えを求める様に、不意に逸れた目は窓越しに月を睨む。

 分厚い雲に覆われた真円の月。煌々と金光を放ってはいるものの、嘲笑うかの様に姿を隠していた。

 解らぬ事は解らぬまま胸の中に仕舞い込み、向かい合うは目の前の事。

 前進と引き換えに起こった衝突に、ケジメを取らざるを得なかった。

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