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ボルドルーンサガ ブリタニア偽史伝  作者: ギサラ
第三章 エメリード 結実の時
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第94話 望まれぬ決闘

 月と星灯りが差し込む納屋の中、深夜の静寂は無く剣戟の調べが響く。

 壇上で舞うは二人の青年。互いに苦渋を表に浮かべ死力を尽くす。

 片やこの地で六年を過ごした狩人の男。黒い髪は激痛の汗に濡れ、青い瞳は焦燥に歪み死演に応じる。武装は何も無く右腕は己が血に塗れ、そこらにある手斧や草刈鎌を手に、声を張り上げながら堪え凌ぐ。


「やめろクライグ、やめてくれッ!! 一体何がッヅ…………どうしたってんだてめえは!?」


 片や狩人の親友の男。金のオールバックの髪は振り乱され、薄い緑の瞳は濁りながらも、軍で鍛え上げられた体躯は俊敏に無駄無く稼働する。

 鮮血を吸う軍刀(サーベル)は儀礼用でも階級を示す為のお飾りでも無く、実戦のみを想定して鍛えられた拵え。担い手の膂力も技量もフィオンを上回り、その場凌ぎの得物は僅か数合で打ち砕かれる。


「許せとは……言わないッ。けどもう……こうするしか…………他に残って無いんだよおお――――!!」


 決心の付かない心のまま、クライグはフィオンの体に血糊を纏わせる。

 表情と体はまるで切り離された様に、敗北と挫折に満ちた形相のまま果敢に機敏に剣技を繰り出し、親友を攻め立てる。

 まるで訳が解らないフィオンは刃の嵐を何とか乗り切りながら、反撃の一手は躊躇われ、自身を殺しに掛かる親友へ言葉を投げ続ける。


「何が残ってねえだ!? アホのお前が勝手に決めつけてんじゃッ……理由を話せクライグ! 一緒に考えてやっから――っよお!!」


 弓の試作品で剣を受け止め、フィオンはクライグの腹に蹴りを放つ。

 距離を離し時間を稼ごうという狙いであったが、軍人の対人能力は狩人のそれを遥かに凌駕する。

 足裏で押し出す様な蹴りは膝で受け止められ、逆にバランスを崩したフィオンへと、クライグは間を置かずに斬撃を見舞う。


「な!? こん――――ッギ、ッグゥ……」


 飛び退く事で致命傷は免れたものの、フィオンは右足首を切り裂かれた。

 右肩と右足に重傷を負い満身創痍となり、しかし休む間は与えられない。

 クライグは容赦無く間合いを詰め刃先を迸らせ、月明かりの下に赤華の飛沫を乱れさせる。返り血を浴びる双眸は淀み無く動く体とはやはり真逆、依然苦悶に惑いながらも親友を手に掛ける事を、歯噛みしながらも飲み下そうとしている。


「ッチ、ッガ…………クライグ!! 黙ってばっかじゃ何も――!」


 鳴り響く音と怒声に脅かされ、白馬スプマドールが覚醒し起き上がった。

 駿馬は荒々しい嘶きを夜の森に轟かせ、馬体を柵へぶつけ不機嫌を顕にする。

 一瞬クライグはそちらへ足を向けようとしたが、無垢な動物を巻き込みたくは無いと、フィオンへ向き直った。

 それを見止めたフィオンは再度諦めず説得に掛かる。理由は検討も付かないが様子は明らかに訳有りであると物語っており、親友の心を慮る。


「っへ、何だよしっかり頭は回ってんじゃねえか。……理由を言えよクライグ。何考えてトチ狂ってんのか知らねえが、話してみれば案外色々――!?」


 しかしクライグは想いを踏み躙り、言葉には剣を以って死闘を再会させる。

 疲れ知らずに情け知らずに、切っ先は勢いを増し技巧の昂ぶりは熟練の域に達するが、表れる感情は更に影を増し、正気のままに闇に堕ちていく。

 全身に切り傷を創られながらも、それでもフィオンは親友の心を案じ、剣鬼の前に立ちはだかり言葉をぶつける。


「随分と苦しそうじゃねえか!? 言いてえ事が有るならさっさと言いやがれ! そうじゃねえなら、もうちょいマシな顔しやがれってんだッ!!」

「っ………言えない、言えないんだよフィオン。それに……知らない方が良い事だって…………お前は、知らないままの方が良いんだッ!!」


 口を開くもののクライグは拒絶を示し、尚も強まる攻勢は舞い散る火花に血飛沫を色濃くさせる。底を感じさせない猛撃はフィオンを圧倒し、一挙に形勢は傾く。

 足を負傷したフィオンは踏ん張りが効かず、間断の無い重撃を受け地に倒され、クライグは瞬時に馬乗り、親友の首を刎ね飛ばしに掛かる。


「っごッッッノ…………ぐッ……ギ、ッガ…………」


 首許に迫った刃を、フィオンは手にしていた木材で何とか受け止めるが、体勢の優劣も腕力の差も、比べるべくも無い。ギチギチと鳴る鉄は少しずつ食い込みを深くし、血塗れの刃は確実に狩人へと迫っていく。

 フィオンは最早口を開く余裕も無く、腕は肉体の限界を迎え、腱と筋繊維は激痛を伝えはち切れていく。


「…………ッ゛……てめえ、そんな辛いってんならッ……いい加減話せッ!」


 だが、それでも言葉を止める事は無く、肉体は限界を迎えながらも心で支え、痛々しい双腕は極限を越えて耐え忍ぶ。

 見上げる親友は返り血が混ざった涙をボトボトと落としており、それは確かに温もりを伝えさせ、震える声は絶望を告げる。


「言えない……言えないんだッ…………。許してもらえるとは、思ってない……俺も全部終わったら…………必ず、そっちに逝くから……」


 言葉と感情は逆行し、圧し進まれる刃は徐々にフィオンへと近付いていく。

 操り人形の様に歪に、殺意は己のもので無く、意思は他者に絡め取られ、運命の呪いに挫折した男は友の死を嘆きながら、己が手を汚そうとする。

 心無い剣は力のみで進み、心のみによって抗う者は、現実に追い詰められる。


「バカな事考えてんじゃねえッ!! 悪いと思ってんなッラア……今直ぐさっさと洗いざらい…………ッ」


 如何に心を折らずとも万事に及ぶ訳では無く、呪いと現実は暴威を振るい襲い掛かる。運命に歯向かい続けた狩人は、遂にその命脈を――――


「一体何を……クライグ様!? 何をしているのですか!?」

「少尉!? しまった、五月蝿くし過ぎ――!?」


 物音によって起きて来たシャルミラ。凶行の現場を目撃されたクライグは注意を取られ、フィオンはその隙を見逃さなかった。

 一瞬の隙を突き無防備な横っ面に拳を振り抜き、そのまま脱出したフィオンはクライグの胸倉を掴み、何もかもお構いなく、力の限りに放り投げた。


「この――――デカブツがあッ!!」


 不意を突かれ脳を揺らされ、クライグは派手な音を立て壁に叩き付けられ、そのままズルズルと地に伏した。辛うじて意識はあるものの立ち上がるのにも苦労し、軍刀はフィオンの足元に落ちており、決闘は一応の決着を見せる。

 シャルミラは一瞬迷うものの刀傷を全身に受けた重傷のフィオンに駆け寄り、手当てをしながら何が有ったのか説明を求める。


「何が有ったのか手短に、直ぐに二人も来ると思いますが……クライグ様から、始められたのですか?」

「……理由はからっきし解んねえけどな。何か訳が有るのは確かだッツゥ…………そいつを、きっちり吐かせてから――!」


 倒れたクライグは壁にもたれ立ち上がり、よろけつつも朧気な目をフィオンへ向ける。足元に落ちている薄汚れたナイフ、先日フィオンが置いてあったものを拾い上げ、軍刀を構えたシャルミラに懇願する。


「シャルミラ……目を瞑ってくれ。俺だって、したくは無い…………けどもう……仕方ないんだ、解ってくれッ」

「ッ……いいえ、受け入れられません。せめて理由をお話下さい。……本意で無いとするのなら、尚の事通せません」


 フィオンを背に庇うシャルミラは、苦々しい顔で切っ先をクライグへ向ける。

 相対すクライグもまた、焦りと困惑の色を強めナイフを握る。

 両者の睨み合いはそのまま、互いに攻めて行かずしかして退く事も無く、滴る汗と荒ぶる白馬の嘶き、混迷としたままに時間はゆっくりと過ぎる。

 どちらも根負けする事無く刻は積もり、新たな乱入者によって変化が起こる。


「ッチ、罠の解除に手間取った。何をドタバタとやってんだか」

「やり過ぎなんだよヴィッキーは、あそこまで重ねて置かなくても――!?」


 ヴィッキーとアメリアも物音を聞きつけ、混然とした現場に言葉を失くす。

 血塗れで重傷のフィオンとそれを守る様に構えるシャルミラ。軍刀の先のクライグは傷は無いものの足元がふらつき、返り血を浴びた手にはナイフが一つ。

 直ぐ様状況を把握し、ヴィッキーは敵意をクライグへ向け、アメリアはフィオンの治癒を始める。


「フィオン何があったの!? 喧嘩……じゃないよねこれって…………クライグが、フィオンを……?」

「心配すんな致命傷は……治癒は効いてる、死にゃしねえよ」


 深手ではあったが、フィオンの傷はアメリアによって癒されていく。クライグはそれを阻もうと動くが、シャルミラとヴィッキーは足並みを揃え立ち塞がり、近付く事を許さない。


「漸く尻尾を出したと思ったら、中々の凶犬振りだね。……そのナイフで来るってんならこっちは容赦無くブチかますよ?」

「ッ…………っ」


 ヴィッキーは魔道の義手を油断無く構え、シャルミラはまだ迷いながらも軍刀を握り直す。

 後が無くなったクライグはナイフを持ったままよろよろと下がり、色を無くした瞳を、元親友へ注ぐ。既に戦意も覇気も無く、生の気力さえも放っていない。


「……俺の負けだな、お手上げだ。準備も何もしないで行き当たりバッタリで……人に言われるまま…………お似合いの末路だな」


 敗北を認め壁を背にし立ち尽くすクライグだが、ナイフは手から離さぬまま、無気力な目でフィオンを見やる。

 傷が癒え息が整っていくのを見届ける様は、どこか安心している様でもあった。


「……勝ち負けの話なんざ誰もしてねえだろうが。お手上げだってんなら俺のナイフ離して大人しくしろ。洗いざらい吐いてもらうからちったあ――!?」


 クライグは手にしたナイフを、()()()()()()()()

 脅しでも無く交渉でも無く、そのまま一声も発さず――――


「待てクライグ、待てッ!!!! 何も言わずに逃げるつもりか!? てめえはそれで、納得すんのか!?」


 必死の叫びに、クライグの手は寸前で止まる。刃は微かに赤を吸うのみだった。

 しかし思い留まったという訳では無く、せめて最期に、友に言葉を遺すべきだと考え直したのみ。

 既に涙は枯れた顔で、クライグは儚い笑みをフィオンへ向ける。


「俺達は――――()()()()()()()()()()()()()()()。ごめんな……フィオン」


 遺言にも近しい謝罪と共に、クライグは切っ先を自身へ走らす。

 虚しい悔恨を抱き、血脈を断ち切るべく、友のナイフを己へと――――

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