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ボルドルーンサガ ブリタニア偽史伝  作者: ギサラ
第三章 エメリード 結実の時
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第91話 正体

 大都市ブリストルの東の一区画。普段は陰気ながらも静かな空気に満ち、稀に小さなもめ事が起こる程度の貧民窟は、今は様子を一変させていた。

 狭く薄暗い通りや路地を駆けずり回る四人の影。ボロけたローブを深く被り逃げる何者かと、それを追い走るフィオン達。


「ヴィッキー、向こうから頼んだ! 俺が直接追っかける」

「見失うんじゃないよ! 訳が解んないけどありゃ何か……知ってないと逃げはしないさ」


 複雑で歪な道を、フィオンは逃げる何者かを懸命に追いかける。

 階段を跳び降り酔っ払いを避け躱し道に寝る男を飛び越え――――速度そのものはフィオンに分があるが、この地の勝手を知る何者かの方に軍配は上がり、少しずつ両者の距離は開いていく。

 弓矢は持って来ていないが今は腰の剣さえも邪魔に感じ、フィオンは歯噛みしながらも足を動かす。


「ッチ……ナイフ一本だけにしとけば――!」


 舌打ち混じりに睨んだ前方、一本道の先にはヴィッキーが待ち構えていた。

 右腕の魔道の義手をこれみよがしに回し、捉えるというよりは殴り倒すという剣幕で、演技でもなく殺気を放つ。


「止まらないってんならぶっ飛ばす! 大人しくしなッ!!」

「ッ……━━――━―━━!」


 凄まれた逃走者は、しかし一切速度は緩ませず、金切り声の様な叫びを発しヴィッキーに突進する。大人しく応じる気は微塵も無く、強行突破を狙っている。

 止むを得ないとヴィッキーは身構え腕を振り被るが、必死で逃げる何者かは、諦める事無く足掻き通す。


「こんっの――――って!? ちょ、この……ッ」


 両者が交差する刹那、逃走者は自身の纏っているローブを剥ぎ取り、投げ付けて目晦ましに使った。

 その程度には動じないヴィッキーだったが、まだ義手を完全には使いこなせておらず、右腕だけが体に付いてこない。投げ付けられたローブは義手に引っ掛かり、視界を遮りながら彼女にたたらを踏ませる。

 顕になった逃走者の姿は正にフィオン達が探していた、色白で髭の無い老人。ふらついたヴィッキーの脇をすり抜け、そのまま更に走り去って行く。


「あれは……大当たりか。ヴィッキー、俺はこのまま追う! もっかい頼んだ」

「こんの糞腕、肝心な時に……解ってるよ! あたしも直ぐに追い付く」


 フィオンは更に老人を追い貧民街の通りを駆け抜ける。相変わらず道のそこかしこには障害物が絶えないが、逃走劇の終わりが垣間見える。

 正体を表した男は明らかに息が荒くなっており、体力の限界は近付き速度は徐々に鈍っていく。

 気付いたフィオンは決着を付けるべく、一気に距離を詰め捕まえに掛かる。


「漸くか…………いや、じいさんにしちゃ粘り過ぎだ。一体何考えてここまで逃げてくれたんだ――――か?」


 後を追い角を曲がった所で、思わず間抜けな声が出る。

 曲がり角の先は袋小路になっており、建物同士の間には僅かな隙間。老人はそこを痩せ細った体を横にして通っているが、フィオンには狭すぎて通れない。

 剣を下ろし上着を脱いで再度試すものの、その程度では何も変わらなかった。


「こんッ……の、ぐッ…………。……俺達はちょっと話を聞きたいだけなんだ! さっきは仲間が焦り過ぎただけで……頼む、信じてくれ!!」


 老人は隙間の奥へ進んで行き、フィオンの話には耳を貸すそぶりも無い。程無くして隙間の先へと辿り着き、追っ手を振り切ったと胸を撫で下ろし――


「――間に合った……ヴィッキーこっち!! 早く来てえ!」


 その先に走り込んで来たのは、別の道から大回りをして来たアメリア。老人は慌てふためき思わず隙間へ戻り込むが、逆側はフィオンがしっかりと塞ぎ、完全な包囲を形成した。

 一瞬で立場は逆転しフィオン達は胸を撫で下ろし、老人は気が気でも無く狭い隙間の中で右往左往している。


「助かったあ……サンキューなアメリア、いやマジで助かった」

「私だってこれ位……って、本題はここからでしょ。そもそも脅かす様な事しなければもうちょっと……」


 アメリアは少し胸を張りかけるが、気を引き締め直し、逃げ場を無くした老人にしっかりと向き直る。

 ボロ布に身を包み、髭と言うよりも頭髪からして薄い色白の老人。げっそりと痩せ細っており、息を切らし落ち着き無く狼狽を浮かべている。

 アメリアの言う通り、いきなり逃げ出されたとは言え態度が強硬的であった事をフィオンとヴィッキーは反省し、敵意等は無い事を示しつつ協力を仰ぐ。


「なあじいさん、俺達は本当に……いや、そもそも何で逃げられたのか解って無いんだが、手荒な真似をするつもりはねえんだ。少し話を聞きたいだけで……タダでとは言わねえし、頼まれてくれねえかな?」


 腰を低くして頼むフィオンを見て、依然老人はビクビクしながらも観念した様に息を漏らす。チラッとアメリアの方を見てから、フィオンに近付き自身の喉を指差した。


「ん? なんだ首がどうし……ぁーこいつは……ひでえな、まだ痛いのか?」


 フィオンが覗き込んだ老人の首は、外傷は無いものの赤黒く変色しており、感染症か何らかの病気が見て取れた。

 老人は首を横に振り痛みは無い事を伝えるものの、声は出せないという事を身振り手振りで示してくる。


「こうなると……効果が有るかは解んねえがアメリアの治癒を試し……?」


 フィオンはアメリアに治癒してもらおうかと口に出すが、途端に老人は顔を強張らせ激しく首を横に振り拒否を示す。

 どうも忌避するか恐れているといった様子であり、フィオンもアメリアも共に老人の動揺に首を傾げる。


「……アメリア、お前の知り合いか? もしくは…………実はお前が脅かしてじいさんは逃げてたとか……」

「そんな訳無いでしょ! 私は何もしてないし初対面だし、脅してたのはヴィッキーで…………」


 まだ多少警戒されながらも、フィオン達は老人の協力を取り付け宿へと共に来てもらう。逃げ出す様子は無くなったが、何故かアメリアには恐怖らしきものを抱いており、フィオンは捕まえるというよりはアメリアとの間の壁になっていた。

 老人に怪我らしきものは無く悪くしているのは喉だけであり、一先ずは宿の風呂で垢を落としてもらってから、本題の方に入らせてもらった。


「参ったねえ、こうなると……こんな事態になるとは思って無かったよ……」


 大袈裟に落胆を顕にし、ヴィッキーはベッドに腰掛け天井を仰ぐ。 

 アメリアの治癒を受けても老人は喋る事は出来ず、フィオン達の質問には首で受け答えをしてくれた。その結果、この老人こそベドル達に魔獣が入った魔操具を奪われた本人とは判明したが、そこで手詰まりとなる。

 気が触れているという話は無用のトラブルを避ける為の演技だったが、筆談や地図の読み解きは不可能であり、詳細な情報は引き出せず仕舞い。

 フィオン達が一介の冒険者である事を明かすと警戒は解いてくれたが、如何ともし難い状況に、室内には溜め息が響く。


「とは言っても放り出す訳にもいかねえし……こうなりゃ匿って話が聞ける様になるまで待――?」


 ノックの後に入ってくるのは、所用を終えたクライグとシャルミラ。

 相変わらずクライグはどこか難しい顔をして口数は少なく、シャルミラは椅子に腰掛けている老人を見やるが、部屋の空気を察して事態を把握する。


「見つかったのですね、ですがこれは……何か有ったのですか? 芳しくない様子ですが」

「おじいさん喋れないし文字も書けなくて……それに何でか知らないけど私の事を避けてて…………私は何もしてないと思うんだけどねッ」


 アメリアの話を聞きシャルミラは老人の喉を看る。

 覚えがあるのか手慣れた感じで首周りと口腔内を見やった後、少し悩んだ後に私見を述べる。


「似た様なものを昔見た事が、清潔な環境で安静にしていれば数日か十日か……確実にいつとは言えませんが治る類のものです。暫く待つしか無いかと」

「となれば、レクサムのフィオンの家に……いや、ずっと待つ訳にもいかないし誰かに預け…………ってあんたその指輪、魔操具じゃなかったのかい? そいつも貰えたのかい?」


 ヴィッキーが気付いたのは、シャルミラの左手の三つの指輪。実地試験を兼ね軍から与えられていた魔操具であり、以前フィオン達がウェーマスの町に潜入する際に使われたもの。

 退役した彼女の手には変わらず三つとも嵌まっており、軍刀はまだ理解出来るがそれはどうなのだと疑問の的となる。


「これは一度使ってしまうと他人が使えなくなるとの事でして……タダではありませんでしたが融通してもらえました。機会があれば使う事もあるでしょうが、今は役に立ちませんね……」


 シャルミラは老人の体を触診しながら痛みや不快感への質問を行っていく。軍医ではなかった筈だがやはり手馴れた手付きであり、まだ老人が幾らか抱えていた警戒心や恐怖は薄れていった。

 感心しながら眺めていたフィオン達だったが、彼女の手はピタリと止まり、紺の瞳は一点を見つめて細まる。

 注視しているのは()()()、色白の老人の、皺は深いものの白い耳。


「治癒はもう済ませたのですか? それとも古傷に効果は無いのでしょうか?」

「ん? アメリアの治癒ならさっき、嫌がってたけど何とか全身に――!?」


 フィオンが覗き見ると、老人の耳の先には不自然な傷痕が確かに有る。

 耳の輪郭を覆い囲う様に、まるで――――()()()()()()()()()()様な妙な古傷。

 その様な耳は常人ならば有り得ないが、フィオン達のすぐ身近にはそれに思い当たる人物、普段はヴィッキーの魔法で耳を隠しているアメリア(エルフの少女)がいた。

 気付けば老人はだらだらと、汗を流し身を硬直させている。その様子は明らかに、耳の傷は何かを隠す為のものだと告げていた。

 フィオンはヴィッキーに目配せしドアを固めさせ、浮かんだ疑問をそのままに、脅かさぬ様にゆっくりと問い掛ける。


「……なあじいさん、あんたもしかして…………エルフだったり、するのかい?」

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