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ボルドルーンサガ ブリタニア偽史伝  作者: ギサラ
第三章 エメリード 結実の時
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第89話 二度ある事は

 微かに軋む音を上げながら、木のドアが押し開かれ、そろりとした足が中へと入ってくる。闇と同化した夜盗が二人、音も無く殺意を提げて忍び入る。

 しかし、既に万全の体制で待ち構えていたフィオン達は、落ち着いて手筈通りに動く。戦地で死と隣り合わせに鍛えられた連携は、淀み無く滑らかに、夜盗達が対応する間を僅かにも与えない。

 オリバーが魔操具の灯りを付けるのを合図に、クライグと共に左右から得物を振り被り、弓矢を構えたフィオンは鏃よりも鋭く声を張り上げる。


「――動くなッ!! 武器を捨ててその場に伏せ……ア?」


 不意の灯りと迎撃に竦んでいるのは、見覚えのある二人の男。

 嘗てこの家に盗みに入り、白馬スプマドールに手を付けた盗人。脂汗を流し驚愕を浮かべている、中肉中背の髭面ベドルと、背の低い小太りのトートだった。

 戦地に向かう前に出会った時のまま、(ほつ)れやボロが目立つ黒装束を纏っている


「こいつら……あの時の馬泥棒かい? ったく、性懲りも無くまた来――!?」


 ヴィッキーも気付いた所で――――二人は形振り構わず襲い掛かる。

 狙いは真っ直ぐ、中央で矢を構えるフィオンへと、装束の隙間からは悍ましい刃先を覗かす鋭剣が踊り出す。

 しかし復讐の刃が届く前に、誰よりも彼の命を()()()考えていた男。クライグは先んじて身を屈めながら足払いを繰り出し、二人を派手に転倒させた。


「ッグォ!? こんの……邪魔すん――」

「往生際は良くしておけよ、後で後悔……するかは知らないけどさ」


 倒れた二人に対し、クライグは油断無く切っ先を突き付ける。オリバーもフィオンもそれに続き、漸く二人は観念して縄に付いた。

 武装を取り上げ縛り上げた二人は部屋の中央に座らされ、フィオン達から尋問を受ける。さっさと役所にでも突き出したい所だが今は深夜の最中であり、幾つか聞きたい事も有った。


「ったく、手間取らせやがって……同じ盗人に三回なんざ…………マジで何か憑いて……んな訳ねえか」


 縛られても尚、ベドルとトートは並々ならぬ憎悪をフィオンに向けている。スプマドールを盗まれた港町カーディガンでの時と同じ、身に覚えの無い強烈な念。

 フィオンはそれを問い質すが、答えはやはり、身に覚えの無いものだった。


「てめえら、何だって俺をそんな恨んでるんだ? 盗みに入った時に肩を射ったのは、そもそもてめらの自業自得で」

「ッ゛――――ブラヒムの旦那を殺しといて……よくもヌケヌケと吐けたもんだなああ!? んな事も解んねえとは、てめえどういう神経してやがんだ!?」


 強烈な怒声を張り上げるベドルだが、叫ばれたフィオンは首を傾げる。

 ブラヒムと言われ思い浮かぶのは、盗みに入られた際フィオンが森で殺されかけた大男。何とか身を隠して逃げ出した相手であり、そもそも殺す所の話では無い。

 頭を捻るフィオンにオリバーは声を掛けるが、そこで漸く答えに至る。


「なんだフィオン、お前殺しをやってたのカ? ヒベルニアの何だったカ…………海岸線の調査、あれが初めてだったんじゃなかったのカ?」

「あーそうだ、今思い出しても後味が悪い……こいつらの言う男は俺が殺したんじゃ無く、あの魔獣…………が?」


 去年の春先、ブラヒム達に盗みに入られ何とか事無きを得た一件。

 その顛末を思い起こし、フィオンは手掛かりに思い当たる。

 あの時の魔獣、ヘルハウンドは一体どこから来たのか? 熟練の冒険者のアンディールでさえも解らなかった、不可解な魔獣。

 今追っている異形の魔獣達と何か関連が有るのではと思考が行き付き、その鍵を握る者達は、正に目の前で激昂していた。


「黙ってるんじゃねえぞこの冷血野郎ッ!! 旦那を殺しといて覚えてねえとは、一体てめえどんな血が流れて」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。本当に俺が殺したんじゃなくてだな、お前らの……親分か? ブラヒムって奴を殺したのは……」


 手掛かりに焦りながらも、フィオンは何とかあの時の詳細を二人へ説明する。

 森で戦った時は深酒も有りブラヒムには敵わず、そのまま何とか逃げ出したが妙な魔獣と戦う事になり、アンディールに救われた事。その後町の自警団と共に捜索を行い、ブラヒムの死体が見つかり、首の鋭利な傷跡から魔獣に殺されたのだろうと調べが付いたと。

 話し始めこそ興奮して聞く耳を持たなかった二人だが、フィオンの必死さから嘘では無いと察し、自身達の仇討ちは勘違いであると気付いてくれた。


「……つまり、お前は本当に……旦那は、魔獣に…………? なら俺達は、この一年……なんだってんだっ……チックショウ……ッ…………」


 ベドルとトートは魂が抜けた様に呆然とし、次いで見せるのは、ボタボタと溢す涙だった。憑き物が落ちる様な、やり場のない怒りが抜ける様な、虚しい涙。

 親しかった者の死に報いるべく、一年間を費やした末の結末。その姿はフィオン達も決して他人事では無く、悲痛な沈黙が場を支配する。

 しかし同情している場合ではなく、フィオンは指先が届いた手掛かりを探るべく、何か知っている事は無いかと二人に情報を求める。


「あの時の魔獣はどうにも……というかブリタニアで魔獣が出るだけでも異常だけどよ。自警団も冒険者もてんで解んなかったんだ。二人は何か心当たりは無いか?ヘルハウンドっていう黒い大きな……犬や狼みたいな魔獣だったんだけど」


 問われた二人はぼうっとしつつも、質問には頭を巡らしてくれた。

 根っこからの悪人という訳でも無く、あくまで境遇からこの様な状態に身を窶しているベドルとトート。勘違いからの殺意には申し訳無くも思っており、存外に協力的な態度を見せてくれる。

 暫く悩んだ後に、小太りの方の男トートは口を開く。


「魔獣で黒いやつってんなら……変なじいさんから取ったのかもしれねえ。ヘラヘラしてて気が狂ってるみたいだったが、旦那は金になるかもって……」

「そいつは……詳しく話してくれるかい? 奪った物の事とそのじいさんの所在やら容姿やら。全部喋ってくれたら……役所に突き出すのは変わらないけど、悪い様にはしないよ」


 ヴィッキーの言葉にトートは頷き、知っている事を全て話してくれる。

 ブリストルの貧民窟で出会った妙な老人。髭の無い色白い肌で薄汚れた格好、気が触れている様な感じであったと。その者から奪い取ったのが、何か黒いものが入った水晶玉であり、研究段階の魔操具で魔獣を封じていると老人は話していた。

 真に受けはしないものの、金目のものかもしれないとブラヒムが所持しており、もしかすれば本当の話だったのではないかと、説明してくれた。


「ブリストルの貧民窟か。グラスゴーとは真逆だな。……先に行くならこっちか?どう考えても近えし、どっちかそこに行った事……?」


 軍人としてブリストル勤務だったクライグとシャルミラ。

 二人に案内を頼めるかとフィオンは問い掛けるが、クライグは口を押さえて何か考え込んでいた。ブツブツと一人で自問自答し、朧気な目は何も見ていない。

 心配したシャルミラが肩を叩いた途端、パッと顔を上げ、真っ向から考えを否定してくる。


「クライグ様? どうかしましたか? 私は貧民窟に余り詳しくは」

「フィオン、こんな奴らの言う事を信じるのか? そもそも魔操具に魔獣なんて軍にいた俺達でも聞いた事すら無い。与太話に付き合うより、早くグラスゴーに行くべきなんじゃないか?」

「んなっ!? てめえ何言って……!」


 ベドルとトートの話を、そもそも信じるべきでは無いとクライグは主張する。

 二人は抗議をしかけるが、クライグは軍人然とした冷たい殺気を放ち、言葉無く口を閉じさせる。

 幾らか引っ掛かる所は有るものの、フィオンは親友の言としては無碍にも出来ず思案するが、こういった事に敏感な少女は二人の肩を持つ。


「私は、今の話は本当だと思う。スプマドールを盗もうとした事は許せないけど…………二人がフィオンに向けてた怖い感情も、さっきの悲しいのも……嘘じゃないと思うから」

「それは、そんな曖昧な……っ」


 アメリアは話の内容ではなく、二人の表情や仕草、そして自覚は無いもののエルフとして漠然と感じるマナの流れから、嘘や誤魔化しは感じていなかった。

 クライグは反論しようとするが、静かに意思の強い深緑の瞳に、凛とした少女の佇まいに圧され、口を噤み引き下がった。

 剣呑という程では無いが張り詰めた空気が流れ、四人は自然とどちらに賛同するか態度で示す。

 ヴィッキーとオリバーはアメリアに付き、フィオンとシャルミラはどちらとも言えず決め兼ね、数が全てという訳では無いが、クライグは力無く肩を落とし決定に従った。


「決まりだね……ま、ブリストルの街中ならそう危険って事も無いだろう。あたしの杖はその後で充分、まずはその老人を当たってみよう」

「ところでお前達ハ、なぜブラヒムという男にそこまで肩入れしてたんダ? 聞いてた感じだト……家族って訳では無い様だガ」


 二人が抱いていた強い復讐の心。オリバーはそれに興味を示し問い掛ける。

 自身が他種族であるロンメルやフィオン達に抱いている感情。以前では考えられなかった親愛にも似た何か。ヒベルニアに戻る前にその気持ちをはっきりさせたいと、人狼の青年は心の経験とでも言うべきものを欲していた。

 問われた二人は一度見合わせた後、こうなれば腹の中を全て吐き出した方が、すっきりもするし心証も良いだろうと、頷き合ってからベドルが吐露する。


「家族じゃねえんだが、大体同じ様なもんだ。三人共捨て子でな、リバプールの貧民窟で一緒に育ったんだ。旦那は力も頭も回って俺達を引っ張ってくれて……自慢するこっちゃねえが、三人でやってる時は稼ぎは上々だったんだがな」

「捨て子で三人デ、カ……そういう家族も有るんだナ。いヤ、聞き難い事を聞いちまったカ? スマ…………ン? 今リバプールって言ったカ? それっテ……」


 丁度情報を欲していた船に関して、思わぬ所からフィオン達は得る。

 二人は先日まで住処のリバプールに滞在しており、詳しい内情を知っていた。

 リバプールの港は軍がほぼまるごと徴用しており、一般の船が出入りする隙はほぼ無いと言う。お陰で監視や警備も厳重になり、出稼ぎにこちらに来た所でフィオンの帰郷を知り夜襲の計画を立てたと。

 少々喋り過ぎの二人のお陰でフィオン達は計画を新たに練り直す。

 まずはブリストルの貧民窟で件の老人を探し出し、次点はヴィッキーの杖だが、その結果如何でその後の動きを決めるとした。

 招かれざる客は思わぬ恩恵を一行に(もたら)し、胸中に秘め事を隠す一人の青年は

 ――――冷たい覚悟を、切っ先に固めていた。

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