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ボルドルーンサガ ブリタニア偽史伝  作者: ギサラ
第二章 エクセター戦役 命の順番
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第83話 葬送、再出発

 明くる日、村では種族の垣根を越えた葬儀が執り行われる。

 族長代理ラオザミの下、戦の犠牲となった者達は皆木棺に納められ、親しい者達は花束と共に、別れの時を惜しんでいる。

 大枠の形式はダークエルフ達の作法に則ったものだが、強制的でも堅苦しいものでも無く、漂う空気は僅かに湿り気を帯びるのみ。


「まだ異議を唱える者もいないでは無いが、この森の為に血を流した者達に報いねば……それこそ祖霊の怒りに触れると言うものだ」


 戦の装いでは無く、今は葬儀を取り仕切る族長代理として振舞うラオザミ。

 多産と豊作の神に見立てた装束は森の木々と草花からなり、長身の勇ましい戦士は、今だけは喪主としての務めを果たしていた。

 二本の角を模した枝を差す彼の頭は、あくまで義勇兵達の代表と張っているベドウィルに、畏敬と共に下げられる。


「……なんじゃ、バレておったのかね? 中々様になっていたつもりじゃったんがなあ。……で、知って尚その態度とは、そう捉えて良いんじゃな?」


 既にその正体に気付いていたラオザミは、薄く笑みを浮かべながら頭を上げる。

 如何に好々爺として取り繕おうとも、戦場での立ち振る舞いや身に付いているものから発される気配。それらを平民として受け入れる事は、無理な話であった。


「ウェールズ候の顰蹙を買った所で我らに益は無い、何より……戦士ならば誰でも一度はその名に憧れるものだ。貴殿の兵達と共に逝くのならば、我らが戦士達も鼻が高かろう」


 格別の配慮に対し、ベドウィルもまた頭を下げる。

 ダークエルフ達に対する考えには偏見が混ざっており、彼らもまた時を経る事で変化が生じていたと、偉丈夫の老将は反省と共に感謝を表す。


「守り通した民達に温かく迎えられる事、これ以上の誉れ高きは無かろう。改めて森に生きる者達に敬意と感謝を示すと共に……(まつりごと)を担う者として一層の励みを約束する」


 統率者たる二人はあくまで真摯に、悲しみや哀惜は表に出さない。

 それは慣れのみで成されている訳ではなく、立場や地位に付随した義務に近いものであり、そもそも許されるものでは無かった。

 兵や冒険者、ダークエルフ達は各々親しかった者達の棺を運び、墓場にて最後の時を過ごす。

 木棺の素材は戦場から村を挟んで対極の方位、北の森の木々が使われている。

 清められた遺体は戦場から最も遠い清らかな木々の中へ納められ、新しく拡げられた墓地へ。普段使われている村の埋葬地だけでは足りず、既に昨日の内から十分な面積へ拡張されている。


「家族とか言われた時は、くすぐったかったが……悪い気はしなかったよ、ありがとうな。俺も、あんたの家族としてしっかり…………。じゃあなロンメル……どうか、安らかに」


 一人ずつ、フィオン達はロンメルと最期の別れを行う。

 棺の中には彼らが集めた花の山と、ダークエルフ達の酒が数種類。彼の装備は戦場を探しても見つからず、遺体は純白の衣服を纏っている。

 フィオンに次いでオリバーが、棺の横に膝を付く。十八の年若い青灰の人狼は、まだまだ知己を送るという行為に、心は慣れ切っていなかった。


「不思議だナ、人なんザッ……魔物と大差ねえとカ、思ってたのにヨ……ッ……。達者でなロンメル、俺も家族ともう一度……真剣に向き合ってみル」


 オリバーはロンメルに誓いを立て、アメリアに次を譲る。

 涙を抑えながら少女は棺の中、ロンメルに手を伸ばす。髪を整え服を直し、手に持たせるものは酒と花で一瞬迷い、最後だからと酒瓶を持たせた。


「あなたに出会えて……出合えてなかったら、私は……ッ……。家族って言って貰えた時、本当に……嬉しかった……です。ありがとうッ…………ございました」


 頬を濡らしながら、アメリアは感謝の言葉を伝える。さよならの言葉は、最後まで口から出す事は出来なかった。

 残ったヴィッキーは、もう起きはしないロンメルに赤の左目を強く向けるのみ。

 言葉ではなく行動でその死に報いると、既に覚悟と決意を固めていた。残った左手で蓋を手に、率先して蓋棺(がいかん)を行う。


「さあ、もう静かにしてやろう。こいつはもう十分……いや、やり過ぎな位に色々やってくれたよ。次は……あたし達の番だ」


 四人で蓋をし、静かに優しく棺を穴に運び入れ、少しずつ土を掛け埋めていく。

 積み上がっていく土と共に、老人の表情や言動が一つ一つ思い起こされる。

 出会って最初の勧誘は断られ、二度目の邂逅で仲間となった鉄腕の老兵。その後は戦時には頼りがいのある前衛となり、平時には年長者としての纏め役や深い経験からの教示、ムードメーカーとしてもパーティーの中核を担っていた。

 湧き上がる思い出はまるで消え行く様に胸に穴を開け、空虚な想いと共に心に一つの区切りを付かせる。

 葬儀とは故人を送る為のみでは無く、遺された者達が前を向く契機でもある。

 フィオン達は葬式を終えて直ぐに、今後に関してテントで意見を交わす。これ以上ウジウジしていればそれこそ、ロンメルに顔向けする事が出来ないとばかりに。


「そいつは解ったがよ、しっかしグラスゴーってのは……遠過ぎんだろ、そこらの木でどうにかなんねえのか?」


 ロンメルの死を受け彼らが心に定めていた事。それは原因となった魔獣の調査。

 ヒベルニアならば兎も角ブリタニアで大量の、それも異常な形態に大爆発を起こすなど、不可解な点が多過ぎる。

 それを晴らさぬ事には彼らの心は、どこへ向かう事も出来なかった。


「どうにもならないから提案してんだよ。オリバーが帰るって言うなら戦えるのはあんた一人になっちまう。……どう考えても危ない橋だ、あたしが戦える様になるのがまずは第一だろうが」


 クライグや第三軍から仕入れた情報。それらを勘案した結果は、やはり事のきな臭さを駆り立てていた。

 森の南で待機していた第三軍の別動隊は魔獣とは遭遇せず、逃げ出した帝国軍を追撃して行ったという。当然ダークエルフ達も事前には察知出来ておらず、偶然という言葉では片付けられない。

 本格的に探るのならば命懸けにもなりかねないが、幾つか問題を抱えている。


「すまねえナ、もうちょっと先に言っとくべきだったガ……もうロンメルの野郎に誓っちまった手前……ナア? ほとぼりが冷めるのを待つだけってのハ、逃げでしかねえだロ?」


 オリバーは自身の問題と家族に向き合うべく、ヒベルニアの故郷へ帰ると言う。

 ヴィッキーも大爆発の際に杖を紛失しており、今はまだ義手も付けれておらず、服はダークエルフ達から買い取った紺色の服を身に付けている。

 新たな杖を作るには彼女の生まれ故郷であるグラスゴー、その近隣のダークエルフ達の森の木が必要であり、往復するとなればそれなりの長旅となる。


「オリバーの考えは正しいと思う、ちゃんと家族と向き合わなきゃロンメルさんに……。フィオンの事は信用してるけどちゃんとヴィッキーの準備を整える方が良いと思うわ。焦っても良い結果が出るとは限らないわよ?」


 今直ぐにでも調査を開始したいフィオンだが、アメリアと多数決によって首を縦に振らされる。

 どの道、荷物や馬車を送ってあるレクサムまでは一旦戻らざるを得ず、そこまでの道のりだけでも相当なもの。グラスゴーに行くかは別にしても、即座に調べに入る事は不可能だった。


「解った解ったって! ……一旦レクサムに戻ってそこでオリバーとは分かれて、そっからグラスゴー……どう行くかはまた着いてから決めるとして、まずはヴィッキーの義手を――?」


 仕事を終えた二人組みがテントへと、クライグとシャルミラが入って来る。

 幾分か活力を取り戻したフィオン達に合わせてか、その顔に悲嘆な気配は無く、()()()()()()()()()()、親友の口は忠告を発する。


「少し聞こえてしまったけど、妙な魔獣達を探るのか? ……軍の方でも皆目検討も付いてない案件だ、とても危険だと思う。ロンメルさんの事は……俺が口を出せる立場じゃないのは解ってるけど……手を引くべきなんじゃないか?」


 一人の親友として、クライグはフィオンの身を案じてくる。本心から真剣に、考え直して欲しいと。

 問われたフィオンは即座に首を横に振る。復讐心とはいかずとも、既に四人はその死を、忘れる事は出来ずにいた。

 亡き者にされたのは黙っていられる様な赤の他人では無く、例え血の繋がりはなかろうと――家族であると。


「クライグ、心配してくれるのは有り難えが……泣き寝入りは出来ねえ、あいつの事は。何が出来るかは解んねえが少なくともこのままにはしておけねえ……解ってくれ」


 決意は堅く、亡き家族に報いるべくフィオンは覚悟を固めている。それは道を同じくするアメリアとヴィッキーも、一時離脱するオリバーも同じであった。

 親友の覚悟を肌で感じたクライグは、一つの決心を下す。元々ここに来たのはそれが目的であり、その為の準備は既に整えられていた。


「よぉっし、なら仕方が無い。……俺も一緒に行く、腕の方はお前よりも立つし戦力が欲しいんなら丁度良いだろ?」


 突拍子も無い事を言い出すクライグだが、フィオン達は言葉を失くす。

 クライグの腕の方は解っているがしかし軍人としての仕事はまだまだ残っているはず、同行するというのは余りにも無理が有った。

 お付の少尉は上官に振り回される事に慣れているのか、速やかに発言に対し冷たく指摘を投げ掛ける。


「中尉、何を言っているのですか? エクセターならまだしも……彼らの行き先はどこも第五軍の管轄から外れています。ここの戦いが終わった以上、一刻も早くウェーマスに戻らなければ……?」


 普段ならば言い訳を並べるか直ぐ様前言を撤回している上官だが、今日ばかりは何か様子が違い、どこか堂々と首を横に振る。

 シャルミラとフィオン達は共に首を傾げるが、恵体の親友は咳払いの後に、更にとんでも無い事を事後報告した。


「冒険者達の被害が大き過ぎて……監督だった俺は晴れて首になりましたッ!! という訳で無職になった俺は働き口を探してて……一緒に行っても良いだろ?」

「………………は?」


 唖然とするフィオン達だが、最も動揺しているのは横に控えるシャルミラ。眼鏡はズレ落ち口をあんぐりと開け、眉間は何かを堪えピクピクとしている。

 こうなれば断る理由は何も無いフィオン達だが、余りにも突然の事態と不憫なお付の彼女に、即答する事は出来ずに硬直する。

 それなりに付き合いのあるフィオン達は、シャルミラがクライグに寄せる恋心に気付いていたが、当の本人だけは全く気付いておらず、フィオンは親友のその方面の疎さに申し訳無くも思っていた。

 朴念仁は未だに気付く素振りも無く、短いオールバックの金髪をポリポリと、フィオン達の返答を待っている。


「軍を……首……? いや俺としては、その方が安心するんだが……は? 首席卒業だってのにこんなあっさり……やっぱ素行が悪かったか……」

「フィオン、気持ちは解るがブツブツしなさんな鬱陶しい。……そういう事ならあたし達は構わないし戦力は多いに越した事は無いけど……その子はどうすんだい? 放っておくのかい?」


 ヴィッキーに問われ、唐変木はハッとしながら横のシャルミラに目を落とす。

 彼女の反応通りに何も伝えていなかったクライグは、しかし決定は変えずに、申し訳無さそうにしながら後の事を頼もうとする。


「いやその、それは……。少尉、悪いんだけど後の事は一人で……少数だけど残った冒険者達を連れてウェーマスに頼……お願いします! ……というか少尉一人の方がスムーズに行くんじゃないか?」


 事後報告に加えての突然の引継ぎだが、冷静な淑女は落ち着きを取り戻し状況を把握する。

 まだ戦に従事するという冒険者達はたったの十九名。全てベテランの冒険者であり、引率など無くともウェーマスには向かえる。

 ウェーマスで睨み合いを続ける第五軍の本隊は、戦に一区切りを付けるべく策を発動させる直前であり、そもそも今から向かう事での意味はほぼ存在しない。


「な、なあ少尉? ……やっぱ怒ってる? 怒ってる……よね?」


 全てを鑑みたシャルミラは一息吐きながら結論を出す。冷たい思考はあくまでも現実的に事を俯瞰させ、理論によって行動を決定させる。


「……大丈夫です、私は落ち着いています。彼らには自分達で向かってもらいましょう、どう転ぼうとも戦局に影響はありません。むしろどこかで逃げ出して貰ったほうが、契約違反として経費を削減できます」


 しかしそれを駆動させるものは――煮えたぎる様な熱い激情。

 野心と恋心に滾る頭脳は、鮮やかな結論(とち狂い)を弾き出す。


「そ、それはそうかもしれないけど……だったら少尉はどうするんだ? ブリストルに帰るって訳にも」

「えぇですから――――私も軍を辞めます、一緒に付いて行きます!」

「……………………は?」


 テントに響くのは五人分の戸惑いの声。しかし灰色の髪の女は一切怯みもせず、その道行きに加わる事を、意中の男に付いて行く事を曲げはしない。

 明確な方針となし崩しな顔ぶれが決まったフィオン達は、出発の準備に取り掛かる。荷物の整理、具体的な道順、そしてヴィッキーの右腕に関して。

 物語の照明は一時南西、港町ウェーマスを巡っての戦いに向かう。同地での最後の戦いが黒冑の女傑によって、幕は切って炎にくべられる。

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