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ボルドルーンサガ ブリタニア偽史伝  作者: ギサラ
第二章 エクセター戦役 命の順番
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第81話 別れの時、継承

 戦で家主を亡くした空き家。族長代理となったラオザミの心遣いで、フィオン達は一時的にそこを借りている。

 白く大きなベッドに並べて寝かせられた、ロンメルとヴィッキー。傷口は治癒により塞がり戦の汚れは拭き取られ、息は有るものの共に意識はまだ戻らず、老兵の顔に生気は薄い。

 色を失いかさついた肌、微かに上下する胸と浅い呼吸。残っている四肢は右腕の義手のみであり、彼の生来のものは、最早一つも無い。

 フィオンとアメリアは寄り添い俯き、オリバーは離れた壁に寄り掛かっている。

 三人の表情に違いは無い。一様に泣き腫らした痕が有り、涙は枯れていた。


「妙な魔獣、か……。そんな事も有ったな……あの時はアンディール達と四人で、ロンメルは前衛で……あの時変な事になったのは、同じ様な魔獣に昔酷い目にあったとか、言ってたっけか……」


 朧気な目で、フィオンはぼそぼそと呟く。

 何が森で起こったのか、大まかにはオリバーから説明を受けたものの、ここに運ぶまでのロンメルの体は、余りに軽く、現実を直視出来ていなかった。

 目の前の光景を否定する様に、盛んに槍を振るっていた老兵の姿を思い出す。

 記憶の中のロンメルと目の前の老人は、まるで別人の様。肉体から発する活力もお人好しな笑みも無く、ここの所は酒を嗜んでもおらず、臭いさえも消えていた。


「ヴィッキーも、小さい頃に魔獣に襲われて、右目はその時に……。アスローンで話してくれた……その時助けてくれた兵士の人達も、大変だったって……?」


 アメリアの話を聞き、過去に逃避していたフィオンはロンメルの話を思い返す。

 兵士であった頃救助任務で、魔獣に遅れを取った事、その時の怪我が原因で右腕は義手となり、何とか一人だけは助ける事に成功したと。

 並んで眠る二人を見て、フィオンは答えに辿り着くが――


「なんじゃ、もう聞いておったのか……。ならばもう……隠す事もあるまいか」


 弱々しい言葉と共に、ロンメルの目が開かれる。既に意識は戻っていたが、話すべき事の整理にと、目を瞑ったままでいた。

 三人は思わず口を開き掛けるが、言葉に窮し押し黙る。

 開かれた目は光が薄く、虚ろに天井を彷徨うのみ。干からびた口にアメリアは飲み物を差し出すが、老兵は静かに首を振り、最期の時を会話に使う。


「なんで、ヴィッキーの事……黙ってたんだ? そんな事情が有るってんなら……もうちょっと早く」

「そう言うでない、暗い記憶にわざわざ触れる事もなかろう……。こんな老人との苦い過去なんぞ、いっそ忘れておる方が良いさ」


 ロンメルは寝たまま、残った義手で隣に横たわるヴィッキーの髪を撫でる。

 硝子細工に触れる様に優しく丁寧に。光を喪った黒目は細まり、未だ起きない整った寝顔を慈しむ。

 まるで、我が子を愛する様に。


「一目見た時から、合同依頼の時じゃったか? あの時と同じ目と同じ髪……気配はまるで変わっておったが、忘れるはずも無い。……あんな場所で再会するとはなあ……平穏に、幸せに生きて欲しかった」


 告解する様に、ロンメルは秘めていた胸中を語る。

 ヒベルニアでの冒険者の日々。フィオン達に手を貸した理由と、傭兵依頼を受け戦争にまで従事した理由を。ヴィッキーが全てと言う訳では無かったが、彼女の存在が大きかった事は確かだと。

 か弱い少女が魔導士としての過酷な道を歩む事を嘆いた上で、今はそれに、別の感慨を持っていると。


「じゃが……それはわしのエゴじゃったな。この子はちゃんと自由に真っ直ぐに……一緒にいてそれはよおく解った。全く……年寄りのお節介とは、ほんに役に立たんもんじゃ……!」


 啜り泣くアメリアに気付きロンメルは手を伸ばそうとするが、左腕が無い事を思い出し、申し訳無さそうに顔を顰める。

 フィオンはそれに手を貸し体を起き上がらせ、ロンメルはいつもと変わらぬ調子で少女の頭を優しく義手で撫でた。「すまんな」と掠れた声で言われ、再びフィオンとオリバーにも涙が湧き上がる。

 再び体を横にし深く息を吐きながら、ロンメルは話しを続ける。


「まあ、色々やってきたわしがこんな最期とは……上出来じゃろう。血生臭く終わるものと腹を決めておったが……最後の心配事も、取り越し苦労じゃったか……」


 依然泣き止まないアメリアを見て、ロンメルは口を濁らす。

 彼本人は最期を受け入れているが、周りの者はそうでは無い。

 老兵は後を引かせぬ様にと、相も変わらず、自身よりも他者の心を優先する。


「そう泣いてくれるな……笑って送り出してもらう方がわしも気が休まる。前にも話したじゃろう? 命の順番という奴さ……そいつが、わしにも回って来ただけ」

「ッ――ざっけんな!! そんなもんでてめえはッ……運命とか何かよく解んねえもんに……負けて納得して、やられちまって良いってのかよ!?」


 押し殺していたものを解き放ち食って掛かるフィオンに対し、ロンメルは落ち着いて首を横に振る。それは違うと、決して敗北なのでは無いと。

 運命と命の順番を語った老兵は、己の死はあくまで勝利の為のものであったと、静かに呼吸を繰り返すヴィッキーの顔を見ながらに言う。


「それは違う、わしは運命に確かに勝った。あの時何もしておらねば……二人共やられておったろう。わしはこやつの運命を、神か何かから勝ち取り……命の順番をずらしたんじゃ。その代償がわしの命なら……安いもん――!?」


 急に全身に寒気を覚え、胸を押さえるロンメル。直ぐ様アメリアが治癒を行い苦痛は和らぐが、発する生気は更に薄まり、いよいよ最期の時が近付いている。

 口を開きかける三人を制し、ロンメルは再び口を開く。

 錆び付いた声ではあるがはっきりと、心残りを清算するべく、後を託す。


「頼まれて欲しい事がある……何とも俗物的じゃが、わしにはお似合いじゃろう。……聞いてくれるか? フィオン」


 問われたフィオンは無言で頷き、話に耳を傾ける。未だその死を受け入れる事は出来ていないが、拒否する事も出来なかった。

 それを見てロンメルは薄く笑みを浮かべ、再びヴィッキーに目を向ける。


「最期の望みは、わしの財産に関してじゃ。身寄りも何も無くてのお……以前は自分の死んだ後にまるで興味は無かったが……。全てヴィッキーに譲りたい、わしの荷を漁れば手続きには困らんはずじゃ。引き受けて、くれるな?」


 再び、フィオンは首を縦に振る。断る理由は何も無いと、ロンメルの願いを確かに聞き届けた。

 ロンメルは安心した様に大きく息を吐き、ボスリと枕に頭を落とす。心配事が無くなったとばかりに、どこか晴れ渡った顔で独白を漏らす。


「バレてしまったから白状するが、こやつの過去をわしは台無しにしてしまった。兵士としてもう少しでもまともであれば、油断も何もせず精勤であれば……。その結果家族は元より、顔にまで傷を付けさせ……女子(おなご)にはちとあれじゃが、足しになれば……良いんじゃが、のおッ!」


 ロンメルが力むのと同時に、右腕の義手が肩から外される。

 全てをヴィッキーに譲ると言う言葉に一切の違いは無く、腕を失くした彼女に、これで埋め合わせろと言う。自身が過去に起こした過ちが無くなる訳では無いが、僅かでもその未来に役立つのならと。

 いよいよ全てをやり切ったと体を楽に、大きく息を吐き出すが何かに気付き、フィオンの顔を覗いてくる。


「お主らにも何か遺すべきじゃったが……ヴィッキーと相談して好きにしてくれ。そしてフィオンよ……お主にこれを譲りたいが……生憎もう自分で取れんでな……すまんが外して、付けて見せてくれんか?」


 自身に最後に残ったもの、ロンメルは額当てを譲ると言ってくる。

 よく使い込まれ老兵の人生が刻み込まれてきたそれを、フィオンは言われるがままに優しく取り外し、そのまま自身の額に付けた。

 青い目と黒い髪に映えるそれを見て、ロンメルは静かに頷き、周りを見やる。


「アメリア、そろそろ泣き止んでくれんか? いつまでも泣いておっては……心残りが増えてしまうわい」

「私、が……もっと何か……。また、肝心な時に……何も出来なく、で……」


 多くの兵士を看取ってきたアメリア。最近では野戦病院での涙は少なくなっていたが、今は溢れるものを堪えられずにいる。

 涙の量は想いに比例し別れの時を拒み続け、自身の無力を嘆き悲しむ。

 ロンメルは少女の卑下に首を横に振り、最期に感謝を言い遺す。


「こんなになっても苦しまずに逝けるのは、お主の力のお陰じゃよ。感謝してもし切れんさ。お主ならばその力で……もっと多くの人を助ける事が出来るはずじゃ。胸を張りなさい」


 受け取ったアメリアは咽びながらも頷き返す。ここで泣いてばかりいては、それこそ自身もロンメルにも、悔いになってしまうと。

 次いで目が向かうのは、嗚咽を何とか抑えている人狼の青年。

 目が合ったオリバーは顔を背けるが、構わずロンメルは感謝を言い遺す。


「お主がわしらを運んでおらねば……二人共治癒が間に合っておらんかった。こうしてベッドで最期を迎えられるのはお主のお陰じゃ……感謝しておるよ」

「ッ……んな事聞く為ニッ……助ケ……走った訳じゃネエッ。どうせ口開くナラ……生キテ、見セロ……ッ」


 無茶を言うなと、ロンメルは困ったような笑みを浮かべる。戦士に生まれたとは言えまだ年若い人狼は、種族を超え絆を結んだ者との別れを、受け入れるのに苦労をしていた。

 最期に、ロンメルはフィオンと目を合わせるが、軽く微笑み頷いてから、深く枕に頭を埋める。語るまでも無くこの若者ならば大丈夫であろうと、死を悼みはしてくれども死を引き摺る事は無いだろうと、そう思っていた。


「物騒な事ばかりじゃったが……こうして看取られながら逝けるとは……最期まで生きてみねば、解らんものじゃなあ。……まるで、こいつは」


 家族に看取られながら逝く様だと、音は無く意思は伝わる。

 意識は肉体を離れ、己の人生をパラパラと、絵本か映画か、観客の様な視点でつぶさになぞっていく。

 若くして兵士として身を立て、ヴィッキーに纏わる事件で大怪我を負い、魔道の義手を得て職を辞した。罪悪感から逃げる様にヒベルニアに渡り、その後は冒険者として多くを成し、遂にフィオン達に出会い、ヴィッキーと再会した。


「あぁ、そうか……こいつが……。やれやれ我ながら何とも……甲斐性の無い男じゃったのお」


 その後の一年、この直近の一年こそ、最も多くの彩りに満ちていた。

 兵士の頃は周りと反りが合わず、冒険者となってからも実力や損得の観点から、長年特定の仲間を持たなかった男は、晩年になってから漸く初めての仲間を得た。

 もっと早くこうしていれば良かったと思いつつ、走り抜ける様に通り過ぎたこの一年を振り返り、男の顔は柔らかく崩れる。


「……未練が無いと言えば嘘になるが……考え出せばそんなもの限が無いか。ったく、欲というのはどうなっても捨て切れんもんじゃのお。……まぁ、それでも……この幕引は……」


 幸せ者めと、自身の生を振り返り、男は他人事の様に呟き現世を離れる。

 とても兵士には見えない面持ち。真っ白のベッドには一人の老人が、穏やかな安らぎと共に、静かな眠りについていた。

 故人を悼む三人の声は、家族だけに聞かれながら、森の風に溶けていった。

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