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ボルドルーンサガ ブリタニア偽史伝  作者: ギサラ
第二章 エクセター戦役 命の順番
81/151

第80話 生還、希望は無く

「なんだありゃア……魔ジュ――イイヤ、あんなもン……俺も見た事ネエッ」


 魔物の跋扈するヒベルニア、そこに住んでいた人狼オリバーを以ってしても、目の前の光景は愕然とさせた。

 頭を二つ持つ巨狼、腕が四本を越える魔熊、胴が双つに分かれた奇牛。

 それらが真っ当な生物に見える異形の集団。無数の目玉を全身に生やす馬、脚は無く二つの胴が繋がった虎、翼や嘴や足を、本来有り得ざる数有り得ざる場所に多数持つ怪鳥。凡そ生物として、真っ当な形態を持つモノの方が少ない。

 唯一共通しているのは、食性の区別無く、狂った様に帝国兵達を襲い食らっている事のみ。


「おいロンメル、ヴィッキー! お前ら大丈夫カ!? しっかりシロ!!」


 オリバーに揺すられ二人は何とか顔に正気を戻す。

 二人は異形の魔獣の群れから、忘れる事の出来ない過去の事件のモノと同じ気配を感じていた。以前の様に心を喪失するまではいかずとも、滝の様な汗と共に顔からは色が失せ、それを見るオリバーはまざまざと顔を不安にさせる。


「だ、大丈夫だよ……それよりあたし達がここで踏ん張らないと……。なーに軍人さん達ならあの程度、帝国軍より楽に」

「う、うむ……しかしな……。わしらよりはマシそうじゃが……それでも万全と言うには、程遠い様子じゃ」


 魔物が討伐され尽くして久しいブリタニア、年若い兵達の中には初めて目にする者達もいる。更に、目の前の異形の群れの狂宴振りは、嘗ての魔物討伐に駆り出されていた兵達にさえも、寒気を走らせるものだった。

 指揮官ベドウィルは声を張り上げるものの、第三軍の兵達は皆一様に顔を青く染めている。


「見た目に惑わされるな、魔獣には変わりない!! 皆、冷静に対応せよ!」


 散り散りに逃げ惑う帝国軍を追っていた魔獣達は、その牙の先を変える。

 効率的に死を与えんとする為に、最も人間が多く集まる場所、第三軍の戦列に向けて狂声を上げながら猛然と襲い掛かる。見た目だけでなく内部器官も違うのか、その雄叫びも姿形同様に、酷く耳障りで歪なもの。

 第三軍の前線は槍衾を並べ異形の群れを迎撃する。

 魔獣にしては何故か単調な動きで、真っ直ぐに突っ込んできた異形達は容易くその身を貫かれる。しかし――それのみで稼働を止めはしない。


「ぬっぐ!? こやつらあ……ぇぇい気色悪い、中身の方も滅茶苦茶か」


 槍で貫かれたその傷口からも、異質な牙や爪が躍り出て肉を食もうと蠢動を止めはしない。頭や心臓が本来あるべき部位を破壊されようとも、血肉を欲する大口は開閉を止めず、槍を身に食い込ませたまま更に前進しようとする。

 前列の者達は顔を強張らせ激しく槍先を振るうものの、大型の魔獣達の背を伝い小型や中型のものが飛び込んでくる。

 戦列の中に突っ込んだ異形の魔獣達により、一挙に大混戦となる。


「ッヂィ、ちょこまカ――ットオ! ヴィッキー、火は使うなヨ!? 同士討ちか火事ニ……」

「言われなくても使える暇が無いってんだよ。たく、何で魔導士が肉弾戦やってんのか――ねえッ!!」


 ヴィッキーも今は槍を手に、嘲る様に暴れ回る魔獣達へ刃を突き立てる。

 第三軍の兵士達も剣や槍で応戦するものの、混乱は中々治まりはしない。槍先を揃えた最前列は兎も角、人とは余りに勝手が違う奔放とした異形達の暴れっぷりに手を焼いている。

 魔獣達は手を休める事は無く、二列目三列目の援護を失った一列目へと、更に大型の異形の群れが突撃し戦線を崩壊させる。


「えぇいこうなれば、わし自らもう一度……」

「ご自重下さいベドッ……ベーリィ様! 既にふらついておりますぞ!!」


 戦鎚を手に出張ろうとするベドウィルだが、既に精根使い果たしている。

 いつもなら押し切り無理を通す所だが、アーノルドとの激戦で疲弊した偉丈夫は、部下達の静止を振り切れずに留められる。

 戦場は異形の魔獣と第三軍との大混戦となった。軍と冒険者達は隊伍やパーティで連携を図ってはいるものの、縦横無尽に暴れ回る魔獣達は甚大な被害を齎す。

 ロンメル達三人も周りの者達と共に魔獣達を退けていくが、人狼の鼻は異変を捉える。


「ッヌ……ッヅア!! ッチ、埒が開かネエ。このままだと飲み込ま――!」


 オリバーの鼻は西の風上から、焦げた臭いを嗅ぎ捕らえる。次いで耳に響くのは戦場の音に混じる、パチパチとした木々の焼け爆ぜる音。

 帝国軍が放ったのか或いは別の何者か、森を走る風には熱と火花が乗り、火風となった猛威は異形の群れと共に、第三軍を囲う様に炎を広げさせる。


「な!? 帝国軍の悪足掻き……? いや、あの男に限ってそれは無いか……。全軍、目の前の敵を切り抜け一時下がるのじゃ! 陣にまで退けば水の魔操具が有る、今は生き延びる事に専念せよおお!!」


 ベドウィルは兵達を火から逃げさせようとするが、暴れ回る異形達はそれを自由にはさせない。獣に非ず魔獣は炎を恐れず、窮地を脱しようとする兵達の背に、弄ぶ様に爪と牙で赤を刻み込む。

 ロンメル達も下がろうとするが最前列からは後方の者達が壁となり、大混戦に阻まれ思う様に下がれない。指揮系統の崩壊した隊もちらほら有り、撤退の合図に気付けていない者も多い。


「こん、のッ……オリバー! あんただけで先行きな!! このままじゃ纏めて燻されちまうよ」

「ッハア!? 出切る訳ねえだろウ、自分に出来ねえ事こっちに押し付――!」


 魔獣を盾で押さえつつ、ロンメルはオリバーに目線だけで行けと伝える。

 何も一人だけを助けようという自己犠牲では無く、あくまで全員が助かる為に今は先に行けと。意を汲んだ青灰の人狼はナイフを握り直し、成すべき事の為に脚に力を込める。


「あんたが先に行って邪魔してるのをぶっ潰せって言ってんだよ!! ついでに混乱してる兵士たちに逃げろって叫」

「解った解ッタ! 今直ぐ行って道を開いて来ル、それまでおっ死ぬんじゃねえゾ!? 約束ダカラナ!!」


 ワーウルフはその四肢を限界にまで酷使させ、大混戦の中、大型の魔獣の背や頭を足場に、蒼の彗星となって一気に戦場を渡り切る。

 二人になったロンメルとヴィッキーは背中合わせに、異形の魔獣達と凌ぎを削っていく。火の手の方はそう早い訳では無いが、流れて来る煙は段々と濃くなり、大気が帯びる熱もじわじわと上がる。

 周りの兵達も必死になって抵抗しているが、遅々として進まない撤退と更に湧いて来る異形の群れに、段々と息は苦しくなる。


「ッ――エエイッ! っ……ヴィッキー、まだ余力は有るか!? いざとなったらわしが担いで」

「気持ち悪い事言ってんじゃない――ッヨオ!! まだまだ余裕は有るし煙も吸い込んじゃないよ、あんたの方が息が上がってんじゃないのかい?」


 共に槍を繰り出しつつ、疲労の色は隠しながら互いの身を気に掛け合う。依然退路が開く様子は無く、二人は気力を尽くし死地で抗い続ける。

 魔獣の数は減る気配さえも無く、周りの戦況も芳しくは無いが、肩で息をする二人に悲壮なものは無く、一切の生存を諦めていない。更に火の手が広がる中で何の打開策も無く、意思を挫かせる事だけは無い。


「馬鹿を言え、まだまだ若いもんに体で負けは……とは言え、何とも……熱さの方はどうにもならんな。戻ったらダークエルフ達の酒を浴びる程飲みたいもんじゃ」

「そいつは構わないけど……二日酔いしたらまたアレを飲ませるよ? 前のはまだ易しいもんだったけど、次のは容赦――?」


 軽口を飛ばし合いながら互いを激励し、ヴィッキーは何かに気付く。

 ロンメルは過去のスライムの件を口に出され体をビクリとするが、直ぐにヴィッキーの異変に気付き、振り向きながらに問い掛け――それを目にする。


「何か有ったのか? 大型が来たのなら迂回してでも逃げ――!?」


 振り向いた老兵の黒目に映るのは、()()()()()魔獣の死体。

 炎に巻かれたそれは激しい膨張を始め、それを皮切りに周りの熱された異形の群れ達も、生き死にを問わずにぶくぶくと体を膨らませていく。

 何かの予兆であると脳裏を過ぎった刹那、魔獣達の体は閃光を発し――


「ッ゛――伏せろヴィッキー!」

「って、何庇って――!?」


 槍を投げ出しヴィッキーを抱え込み、自身の身と盾でロンメルは覆い被さる。

 反射的にそれを拒んだヴィッキーだったが、ロンメルは構わずにその体を僅かな地面の窪みに押し込み、苦々しく口を開く。

 最期に、ヴィッキーの耳に届いた声は、何かを謝る言葉だった。


 ――瞬間、森の一角は強大な爆発に包み込まれる。

 木々も大地も兵も魔獣も、あらゆるものを区別無く力の波動は飲み込んだ。

 次いで吹き荒れる爆風は、諸々の残骸と鮮血を空から降り注がせ

使い古された特注の盾を――粉にして舞い上がらせた。


      §§§


「なん……今のは? 帝国軍が何か……?」


 戦が収束したダークエルフ達の村、野戦病院。強烈な轟音に村中が騒然となり、過ぎ去った爆風は包帯やガーゼを散乱させた。

 アメリアやクライグと共に怪我人の手当てに奔走していたシャルミラは、顔を強張らせ森の方を睨む。周りの者達も同じ様に爆発の方に首をもたげ、不安と緊張にざわめきを発っしている。


「……クライグ、今のでけえ音……何か知ってるか? 魔操具か何かか?」

「いや、俺も何も……敵を直接攻撃出切る物とかは聞いた事が無い……」


 自身の手当てをするフィオンとそれを手伝っていたクライグ。二人も一時手を止め、音と風が響いてきた森を見やる。

 幾筋か煙は上がっているが先程まで見えていた黒煙は無く、白い煙ばかりであり、何が起こったのかは解らないが火は消えている様だった。

 村を襲った帝国兵達を拘束し終えた第三軍とダークエルフ達は、何が起こったのか確認すべく森の方へと向かって行き、それとすれ違いになる者が一人。

 青灰の人狼オリバーが血相を変え――二人を背負って戻って来る。


「アメリア――アメリアアア゛ア゛!! どこダ!? ドコニイル!? 早ク、二人ヲ……アメリア゛ア゛ア゛ア゛!!!!」


 村中に響く、痛切に助けを呼ぶ声。焦りと惑い、絶望に染まった孤狼の吠え。

 初めて聞く様なオリバーの叫びに、フィオンもアメリアも顔を青く染め頭を真っ白にして走る。

 何が有ったのか何が起こったのか。思考は先程の大爆音とオリバーと一緒にいる筈の二人を結び付け、意識はそれを否定し走馬灯の様に思い出を振り返る。

 あの二人に限ってその様な事は起こる訳が無い、遅れを取る訳が無い。明日も明後日も、昨日と今日と同じ様に、何事も無く顔を合わせるに決まって……。

 息も絶え絶えに人狼が降ろす二人を目に、フィオンは――膝を地に付ける。


「アメリア!! 二人ヲ、どっちヲ……ロンメルヲ!!」

「――――ッ!」


 息は有る、二人共確かにまだ息をしている。それは確かに命の存在を示しているが、有る筈のものが、二人には無い。

 よくアメリアの頭に触れていた、黒い手袋を纏っていたヴィッキーの右手。

 時にあやす様に優しく撫で、時に叱る様に軽く叩いていた右手。それは肩口から、彼女の髪と同じ色の、赤い色で塗り潰されていた。

 命に別状は無い。意識は無く夥しい汗を掻いてはいるが、顔には生気が有る。

 アメリアは変わり果てた二人を見て一瞬立ち眩むが、頭を振って意識を保ち、涙と声を抑えロンメルの治癒を開始する。己の思考に、硬く蓋をして。


「助かるよナ!? マダ助カルヨナ!? ナントカ、マダ……ナントカ……」


 アメリアの返事は、無い。野戦病院で多くを目にしてきた少女の経験は、温かな意識はそれを否定し、冷たい思考は結論を下げはしない。

 思わず足を折っていたフィオンはロンメルに近付き、生気の消えた顔を撫でつつその名を叫ぶ。肌はかさつき体は土に塗れ、最早、生きている方が不思議な――


「ロンメル? 起きろよ、おい? なあ……目を開けてくれよ! ロンメル!!」


 胴に残っているのは頭と、右腕の義手。文字通りに、正しく、()()()()()()()

 左腕は肩から消え失せ、足所か腰も、腹の半ばから下は無い。

 無数の傷を刻む屈強な身を半分に、ロンメルは息を細く、まだ生きていた。

 別れの時が、迫っていた。

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