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ボルドルーンサガ ブリタニア偽史伝  作者: ギサラ
第二章 エクセター戦役 命の順番
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第72話 執念の剛将

 第三軍が到着した翌日、カリング軍は夜戦に続き早朝から猛攻を仕掛けてきた。

 兵站と拠点の差を活かし持久戦を狙う第三軍ベドウィルに対し、帝国軍アーノルドは今すぐにでも確固たる拠点が欲しい。ドミニア軍が来る前に確保すべきであったものがフィオン達冒険者の介入によって半日程伸び、結果としてそれは致命的な時間稼ぎになってしまった。


「続けええ!! 敵は昨日着いたばかりでまだ疲れが抜けておらん! この機を逃がさず一気に決着を付けるのだああ!!」


 大将アーノルド自身が前線に立ち、第三軍の猛者達を相手に大戦鎚は休みを知らず振るわれる。如何な精鋭達であろうとも直撃を受ければ一溜まりも無い。

 希望的観測のアーノルドの口上も的を得ており、ベドウィル達第三軍は待機していたヨービルからこの地まで、兵の編成から物資や装備の調整、そして行軍までを休み無しの強行軍でこなしていた。

 昨夜ダークエルフ達と面会した時は何とか疲労を隠し通せたが、陣の設営をした後は泥の様に眠り、まだ万全とは言い難い状況である。


「ふむ……ちと無理がたたっておるな。加えて敵将のあの奮戦ぶり……まぁ、わしだってそうするわいな、敵地のど真ん中でいつまでもグズグズとはおられん。仕方あるまい、出張るとするか」


 ベドウィルも腰を上げ戦鎚を手に、敵の最も勢いが有る中心、大将アーノルドの下に足を運ぶ。

 戦線そのものはダークエルフ達の援護も有り危なげ無いが、それでも将自身が盛り立てる中央は被害が多く、これ以上好き勝手をさせれば全体にも影響を出しかねない。

 あくまで義勇兵としてベドウィルはアーノルドの前に立ちはだかり、名乗りは出来ぬが武人として堂々と、敵としては願ってもいない一騎打ちを申し込む。


「わしは義勇兵のベーリィじゃ! そこな大男を名の有る人物と見て取った、是非とも手合わせ願おうか!!」

「……義勇兵? いや、失敬……如何にも我こそはカリング帝国大将アーノルド。貴殿との手合わせ……望む所よ」


 突きつけられたアーノルドは、首を傾げつつも快諾し名乗りを返す。

 一目見た時から名の有る人物と見込んでおり、義勇兵と言われてもとても鵜呑みには出来ず、正に今も充溢した名将の気配を感じ取っている。

 ダークエルフ達も陣の設営の手筈や戦いぶりの場慣れ感から、彼らの事を軍とは気付いているが、ラオザミを始めとする者達から気付かぬフリをする様に言い含められていた。


 両者は互いに軽く戦鎚を合わせ、兵達は一時戦の手を止め死合いを静観する。

 得物は同種だがその装いは異なり、帝国大将アーノルドは茜の全身鎧に身を包み、円卓の騎士ベドウィルは手甲や足甲のみの軽装で臨む。

 何も武人の享楽という訳では無く、アーノルドとしては一発逆転の大将首を、ベドウィルとしては兵達の疲労が抜けない内の時間稼ぎを、それぞれに指揮官としての狙いを持った上での一騎討ち。

 付き合う義理の無いダークエルフ達だが、彼らにも戦士として矜持は有り、今は一時弓を休ませ静かに双眸を注ぐ。


「いざ――参る」

「応よっ!! 存分に力を尽くせええ!!」


 冷たく鋼の殺意を放つアーノルドと気炎を上げるベドウィル。闘気は真逆の両者は、その動きさえも気勢とは正反対。

 無駄無く冷静に一声も発さず、アーノルドは疾風の如くに戦鎚を振るわせる。

 豪快に見える一撃は全て二手三手で必殺に至る実戦育ちの戦技の数々、巨躯には似つかわしくない俊敏さで、偉丈夫の老将を縦横に攻め立てる。


「どうしたどうしたどうした!! この程度が帝国の大将か!? 尻の青さが滲み出ておるわ!!!!」


 対するベドウィルは火山と見紛う闘気を発するものの、自らは攻めに入らず徹底して受けに回る。絡め手さえも必殺の一撃を全て紙一重で受け、流し、躱し切る。

 荒々しく躍動する様は戦場を圧倒し、その熟練の柄捌きと足運びは味方のみならず、帝国兵達さえも刮目させる。

 戦場の中央、双方の総大将の死闘を兵達は固唾を飲んで見守り、干戈を打ち鳴らすのは二人だけになったにも関わらず、戦いの熱と激しさは一層熱を上げ、大気と木々は激しく揺り動かされる。

 どう転ぼうとも戦の趨勢を傾ける衝突は、神妙な沈黙に囲まれながら更に勢い増していく。


「すっげえ音だな……あんなのと俺達やり合ってたのか? ……つーか、昨日よりも明らかに強くなってんだろ、化けもんかよ」


 ダークエルフ達の厚意で村に設えられた野戦病院。

 第三軍の登場によって戦の規模は増し、治癒を担うのがアメリア一人では怪我人の急増に間に合わなくなっている。

 今は冒険者達は二手に、戦線に参加する者と裏方に従事する者とに別れており、クライグとシャルミラそしてフィオンは、怪我人の搬送や応急手当を務めていた。

 直接は見えないまでも戦の音はここにまで響き、激しく打ち鳴らされる金属音と天を衝くような威勢の良い声は村中にまで響いている。


 急ごしらえの野戦病院ではあるが、村からの支援物資を直接受け取れる環境は、ウェーマスでの第三軍の時とそう変わらない水準を保てている。

 傷病者達の医療への理解度やアメリアへの接し方はあちらの時より柔らかく、多忙を極めつつも少女の精神的な負担は減っている様だった。


「っふん、我らが村にここまの人間が入り込むとはな……全く世も末じゃ。戦が終わった暁には……貴様らの王からたっぷりと搾り取ってくれよう」


 怪我人に手当を施すフィオンに、苛立ちをまざまざとする声が投げられる。

 数人の従者と共に、ダークエルフの族長アルディトが杖を突きながら表れた。

 皺深く痩せ衰えてはいるが、往年はラオザミ達同様の戦士であった傷跡は長身のそこかしこに刻まれており、並べられた怪我人達に軽く目を飛ばし、忌々しげに舌を鳴らす。


「救護所を村の中にしようってのはラオザミ達からの提案だ。怪我人を村と陣の二箇所に分けるよりはマシだってな……治癒をしてるのもうちのもんだ。国だの何だのは知ったこっちゃねえが、今は足並み揃えるしかねえだろ?」


 アルディトは特に反論もせず、フィオンから目を逸らしアメリアの方を向く。

 人もダークエルフも区別無く、怪我の重篤や緊急性の違いのみで一心に治癒を施していくエルフの少女。治癒の力に関し、第三軍の将ベドウィルにはラオザミとクライグから説明済みだが、込み入った事情が有る旨を伝えると、深くは聞かずに理解を示してくれた。

 必死に怪我人の間を駆けずり回る金砂の髪の少女、それを見るダークエルフの族長の目には、変わらず憎悪や怨念の類が含まれてはいるものの、直接侮蔑を口に出す事は無く口蓋は強く閉じられている。


「……せいぜい我らの為にその力を振るうが良い、その限りであれば……役に立つと言うのなら目を瞑りもしてやろう」


 従者達を伴い族長アルディトは去って行く。

 用件も何も解らない嫌がらせの様な態度ではあったが、フィオンはその言葉の端々から、何か別の感情も朧気ながらに感じていた。


「何か話してたのか? 相変わらず気難しそうな顔だったけど……変な事言ってないだろうな?」


 入れ替わる様にやって来たクライグは、フィオンの口に対して少しばかり心配を催す。狩人になる前ならばいざ知らず、今のフィオンは偶に口を滑らし相手の感情を逆撫でてしまう事を、十年来の親友は再会以後、何度か身を以って知っていた。

 問われた狩人は手をひらひらさせ、次の患者の下へさっさと足を向ける。


「おめえじゃあるめえしブチ切れていきなり殴り掛かったりはしねえよ。無駄話してねえでさっさと――? 音が止ん……いや、まだケリは付いてねえか」


 村にまで届いていた衝撃音は唐突に止み、次いで戦の音が再び響きだす。

 一騎討ちには区切りが付いたが戦いの熱はまだ冷めやらないと、森の中には再び、無数の矢音と鋼の音が打ち鳴らされる。


「っぐ……ぬぅ、しくじったわ……あんなものが、義勇兵であって堪るかっ」


 兵に肩を貸され、苦々しく歯軋りしながらアーノルドは後方に下がる。

 受けに専念していたベドウィルは刹那の隙を突き、鎧兜の弱点である視界の狭さ、バイザー越しには死角となる足元を穿った。

 骨を砕く重撃を受け流しながら放たれた石突きでの足払いは、巨躯のアーノルドの片足をふわりと浮かせ、間髪入れず、ベドウィルはその背を容赦無く打ちのめした。


 分厚い金属鎧に守られたとは言えその衝撃は深く骨身に突き刺さり、命辛々離脱した所で部下達に救われたアーノルド。一騎討ちとは言えどちらかが命を落とすまで見守り続けるという事は存外少なく、明らかに形勢が傾いたなら、その時点で周りの者達は介入する事が多い。

 命拾いはしたものの結果は戦場に大きな影響を与え、互いの士気には目に見えて開きが出来ており、帝国兵達はジリジリと戦線を下げざるを得なくなっている。


「将軍、転戦する訳にはいかないのでしょうか? 最早この地を奪取する事は余りにも……困難に思えてしまうのですが」


 肩を貸す兵の問いに、大将アーノルドは苦々しく首を横に振る。精鋭兵の彼らは軍学についてある程度覚えが有り、それ故にこの地での戦の展望にも察しが付いてしまっていた。

 クランボーンの森はダークエルフ達の住処、それに付け込んだ上での少数での急襲であり、今の兵力でよそを狙った所で掠め取れる地は皆無、森を出て彷徨えばドミニア軍に包囲を受ける。

 おめおめとウェーマスへ一直線に逃げ帰り恥を晒すか、この地にしがみ付いて勝算の薄い戦いに身を投じるか。彼らに残された道は既に二つに一つであった。


「愚かにも見えるかもしれんが……現実的に可能且つ旨味がある地はここだけなのだ……。よそを狙った所でそれはジリ貧に――!」


 (かつ)てワイト島を狙い多大な犠牲を出しつつも固執していた、異国の騎士。

 その戦略を強引に断ち切りウェーマスへと転戦をさせたのは、誰だったのか。

 過ぎ去りし己の失策を思いながら、同時に、その異国の騎士の献策によりこの地に立てている事を、茜の大将は奥歯を砕き心の底で深く噛み締める。


「ッ゛ッ゛ッ゛ッ゛――!! ……今はこの愚将を嗤う事で溜飲を下げてくれ、然るべき時に然るべきケジメも取ろう。……だが、わしはしつこいぞ。

地べたを這いずろうが泥で臓腑を満たそうが……どの様な下劣な策を使おうとも――必ずや勝って見せる」


 下官上がりの大将は静かにその闘志を燃やし、心を汚泥に沈めて牙を研ぐ。

 軍人であるからには負け惜しみ等吐く事は無く、既にして不言実行。

 剛将を破りし神将さえも気付けぬまま、苛烈を極める謀り事は森を侵していた。

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