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ボルドルーンサガ ブリタニア偽史伝  作者: ギサラ
第二章 エクセター戦役 命の順番
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第68話 迎夕、戦の流れ

 冒険者達の中に突っ込んできた大将アーノルドは、そのまま引く事無くフィオン達五人に加え、大将首を狙う他の冒険者達をも圧倒する。

 縦横無尽に振るわれる長柄の大戦鎚は、周り全てが敵という状況に合致し、瞬く間に茜の大鎧は血風を吹き荒ばせ森の中を朱に染めていく。


「どうしたどうしたあ! 歯応えの有るのはこの老いぼれだけかああ!? この程度で我らに挑み掛かるとは……身の程を弁えよ!!」


 魔道の義手と歴戦の経験を有するロンメルのみは、何とかそれを相手に前を張れているが、疲労の色と損耗は隠し切れない。戦鎚の一撃を受ける度に盾は(ひしゃ)げ、双肩と槍は荒い息に連動し大きく揺れ動く。

 オリバーとクライグは横や後ろを取り反撃を狙おうと試みるが、暴風を伴う戦鎚の嵐は割り込む隙は無く、甘く見て突っ込んだ冒険者は森の大地に骸を曝す。


「いい加減に……しろっての――アルドオオ!!」


 ヴィッキーは誤射と山火事を懸念しながらも炎球を放つが、あくまで冷静に蹂躙を行う大将アーノルド。致命的な一撃には丁寧な対応を行い、打ち払い搔き消すかそこらの骸を盾に使うか、危な気も無く魔道を凌ぐ。


「ふざけやがって、どんだけ暴れるつもりだ……調子に乗んじゃねえっ!」


 フィオンもまた複合弓での援護を矢継ぎ早に行うが、振るわれる戦鎚の暴風は矢の狙いを狂わせる。それを突破したとしても、各所に丸みを帯びた甲冑は鏃の有効角を自然に外し、有効打は得られずに矢は力無く逸れるばかり。

 白兵戦を挑む者は二合も持たずに捻じ伏せられ、誤射を恐れる援護はどれも無力化され搔き消される。

 茜の大鎧の大将首は悠然と冒険者達の中を闊歩し、油断無く休み無く捌かれる戦鎚は、受けを重視しながらも目の前の老兵を少しずつ追い詰めて行く。


「ぐっぬぅ……こんの、馬鹿力め――があっ!?」


 旋風と紛う戦鎚は火花を散らせ、ロンメルの盾を弾き飛ばし体勢を崩させた。

 血に塗れた凶器は更に鮮血を啜らんと、間髪入れずそこへ打ち込まれる。

 老兵は両手で槍を持ちそれを防ぐべく構え、フィオン達も阻むべく各々が動くが、大将アーノルドが反応したのは――更に強烈な殺気であった。


「もらっ――ぬ!? ぉおオ゛オ゛オ゛ッ!!」


 瞬時に、アーノルドは振り向き様に戦鎚を振り払い――鋼をも貫く剛矢を防ぐ。

 ラオザミが放っていた大矢は痛烈な炸裂音と共に四散し、アーノルド自身には依然何の損耗も無い。


「ッチィ、奴ら……まだ粘るかっ!?」


 だが茜の兜の下、髭を備えた厳つい双眸は苦々しく帝国兵達へ向けられていた。

 アーノルド自身が幾ら冒険者達を圧倒しようとも、左翼の軍勢を縫い止めているダークエルフ達の援護は、一向に止む気配が無い。兵達も気力のみで保つのは限界に近く、相当の被害が出ている事も経験に富んだ将は瞬時に読み取ってしまった。


 カリング軍の本隊はダークエルフ達を追い立ててはいるが、彼らは軍では無く個で動く戦士達であり全てを捉える事は難しい。更に森の中では超人的な身体能力を発揮し、この地に生きる戦士達に地形も有利に働いては、列や隊で動く帝国軍は翻弄されてばかりだった。

 アーノルドの奮戦ぶりは武人として讃えられるに相応しいものだったが、しかしそれでも、戦場全体を一人で支配出来る程では無く、誰よりもよく知っている大将は手甲を握り込み、鈍い音を掻き立てる。


「ロンメル、無事か!? 一旦退くぞ、盾が無えってんなら流石に――!」


 フィオンがロンメルを引き起こそうとした所で、戦場に変化が起こる。

 帝国軍に追われ散り散りに逃げ少しずつ討ち取られながらも、それでも矢を放ち続けるダークエルフ達。自身らの居場所を守る為に(わだかま)りや過去を捨て、ただ切実に生き抜く為に弓を引く森の戦士達。

 ()()()()()()、一塊の軍勢が出現する。


「間に合った様だな……ほんと、アメリアには感謝しても仕切れないよ。勿論……お前にもな」


 ロンメルに肩を貸しつつ、クライグがフィオンの背を軽く叩く。

 戦いは続いており大将アーノルドも依然健在だが、状況はフィオン達に傾いた。

 列を整えた新手の軍は並ぶ穂先を夕陽に輝かせる、木の武具を揃えた黒紫の肌。

 ダークエルフの軍勢は戦列を成し、猛然とカリング軍に襲い掛かる。


「皆さん、お待たせしました! 治癒の済んだダークエルフの援軍、まずは一波目の到着です!!」


 高い声を張り上げながら、駆けつけて来たシャルミラがフィオン達に合流する。

 一波目とは言うが、アメリアが癒やしたダークエルフ達は新たに現れた三百程が全て。戦力を小出しにする事は無く、全戦力を一気に投じている。

 しかし知る由も無いカリング軍にとっては、更なる援軍を予感させる最悪の言葉であった。


 帝国兵達は浮き足立ち、ばらばらに逃げるダークエルフ達を追う為に列を崩していた本隊は、整然と隊列を整えた森の戦士達に各個撃破の逆襲を受ける。

 逃げながら戦っていたラオザミ達も反転し、茜の軍勢は成す術も無く、瞬く間に広がる鮮血と阿鼻叫喚は森の供物となった。

 指揮官である大将アーノルドは、勢い付いた冒険者達を退けつつ、戦の潮目を理解し冷静に決断を下す。


「……全軍撤退せよ!! 殿は第八隊と第十隊、負傷者を見捨てる者は――!?」


 退却の号令を飛ばすアーノルドに、当然ながら、フィオン達は容赦無くその首を狙う。フィオンとヴィッキーは矢と炎をけし掛け、オリバーは二人と挟み込みながら退路を塞ぐ。

 アーノルドは顔色一つ変えずにそれらを打ち払い、三者のみならず他の冒険者達から包囲を受けつつも、何の気負いもせずに豪放に振る舞う。


「わしが撤退と言ったら撤退じゃ! それを阻むと言うのなら――もう一層は覚悟を上積みしてから立ち塞がれええ!!」


 冒険者達は四方八方から首級を狙うものの、やはりその武技と膂力には太刀打ち出来ず、仕留める所か足を止めさせる事も適わなかった。

 大将アーノルドは立ち塞がる冒険者達を真正面から突破し、帝国軍と共に森の南へと姿を消した。ダークエルフ達は幾らかの追撃はするが、反撃を恐れ程々に切り上げる。幾ら背を見せたとは言え余りにも数に開きがあり、深追いし反撃を受けては元も子も無い。


「ッチィ! 滅茶苦茶な奴ダ……暴れるだけ暴れて勝ち逃げしやがっテ」

「取れなかったもんを僻んでも良い事無いさ……ほらほらさっさと動いた動いた! あたしらにはやる事が残ってるよ」


 最も大将首を狙っていたヴィッキーだが、いの一番に頭を切り替え周りを促しながらするべき事に着手する。

 負傷者の回収や応急手当、放棄された武具から使えそうなものを取捨選択。穴は開いていないものの、傷つき歪んだロンメルの盾も回収しておいた。

 ロンメルに肩を貸しフィオンは村へと引き揚げて行く。難敵を相手に常に前衛を張る歴戦の老兵は、今回もまた多くの傷を負い体を痛めていた。


「っぐ……ぬぅ……すまんのおフィオン、重いじゃろう?」

「気にすんな、こんくらいはさせろって……ロンメルにはいつも世話に――!」


 村へと向かうフィオン達の前に、ダークエルフの戦士長ラオザミが姿を現す。

 傷だらけの木の鎧だけでは無く長身の肉体にも多くの手傷を受け、腰に提げた手斧は柄の部分までもが真っ赤に染まっていた。

 冷たい態度は崩さぬままに、一人でロンメルに肩を貸すフィオンに、膝を曲げ高さを合わせ、ロンメルのもう片腕に肩を貸す。


「……礼を言う事は出来ん、我らにも体面というものが有る。……だが、お前達がいなければ今日を乗り来えられたかは……その分を返す事だけは約束しよう」


 ダークエルフ達も冒険者の負傷者達へと肩を貸し、その傷に森の生薬を施す。

 木の仮面の下の表情は窺えないが、礼を言う冒険者達に対してはそう悪い対応をしてはいない。互いの言動は最小限のものではあれど、張り詰めたものは漂っていなかった。


「気にすんな、俺達だってあのまま村が陥とされてたらやばかったんだからな。持ちつ持たれつって奴だろ。……俺達はこのまま暫く村に留まる。心配だってんなら森の中で野宿でも構わねえが、それで良いか?」


 事実上、再びの共闘の申し出。

 問われたラオザミは深く息を吐き、やれやれと頭を振って是非を答えない。

 一人の戦士でありダークエルフ達を率いる戦士長でもある彼は、易々と申し出を受ける事は出来ず、生死を共にした恩人達を無碍にする事も出来なかった。

 フィオンとロンメルはその様子から諸々を察し、何とか黙認してくれた戦士に、言葉は無くとも感謝をする。


「話は変わるのじゃが……既にエルフに関しそちらの事情はフィオンから聞いた。お前さんらは彼らがどこに行ったか、何か心当たりとかは無いのかね?」

「……寧ろ我らの方こそ知りたいくらいだ。言伝も何も無しに姿を消され……彼らに依存していた我らの落ち度ではあるが……。それ以来だろうか、村や森の外に頼る事を……より忌む様になったのは」


 ヴィッキーには否定されたものの、ダークエルフ達ならばエルフの行き先に心当たりが有るのではと、フィオン達は少しばかり期待をしていた。

 ラオザミの答えと表情は痛ましい程にそれを打ち消し、遠く森の先を見通す灰の目は、自身らの未来を案じている様だった。


 帝国軍の攻撃を凌ぎ切った冒険者達とダークエルフ達。今は一所、森の中心の村に座し、金砂の髪の少女から治癒を受けその身を癒やす。

 夕日を浴びる深緑の森は仄かに朱に染まり、戦場に飛び散った赤とは別の色を皆に(もたら)す。依然鉄と血の臭いは鼻を突くものの、僅かな時の平穏は戦士達の心を安息で包み込む。


 その村の南、森の南端の一角。

 軍では無いとは言えいよいよもって敵に援軍が現れた事で、侵略者達は次なる一手の為に英気を養う。孤独に敵地で戦う彼らに安息は無く、その双眸は夜の帳と共に閉じる事は無く、逃げ場の無い戦意は焦りを増して鋭く研がれていた。

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