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ボルドルーンサガ ブリタニア偽史伝  作者: ギサラ
第二章 エクセター戦役 命の順番
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第67話 武人の矜持

 カリング軍三千を相手にするフィオン達冒険者二百と、ラオザミ率いるダークエルフの戦士達五百。

 フィオン達に割かれたのは全体の極一部だが、それでも帝国軍は倍を上回り、必死に踏み止まって応戦するものの苦戦は必至であった。


「ぐ、ぬぉっ……こん、のぉ――邪魔じゃああ!」


 盾の競り合いをロンメルが制し、フィオンとヴィッキーが間髪入れずに敵を仕留める。しかし周りでは劣勢が目立ち、それは徐々に広く戦意に響く。

 数と練度に勝るカリング軍はその有利を最大限に活かし、冒険者達へと容赦無く盾と槍の壁で迫る。相対する冒険者達は中には個の武で勝る者達もいるにはいるが、全体の趨勢を変えれる程では無く、見る見る内に旗色は悪くなっていく。


「こいつはっ……どうする、一旦引くかい!? やっぱあたし達だけじゃどうにも――荷が勝ちすぎてるよ!!」


 初撃でこそ奇襲は成功し、カリング軍の一端を撃破した冒険者達だが、全体で見れば些細な事でしか無く、その影響を伝播させるには余りに数が不足していた。

 加えて茜の軍勢を率いるのは彼らの信篤い歴戦の将アーノルド。茜の甲冑を纏う指揮官はどっしりと構えたままその混乱を鎮め、勝てる戦いを順当に収めるべく士官達へと指示を飛ばす。


「あの小勢はあれで十分、あくまで本命はダークエルフ……敵を村まで押し込んでやれ! 森の中で仕留め切れぬのなら、奴らの本拠を狙うまでだ!!」


 帝国軍はダークエルフ達と矢を競わせながら更に前進する。

 森の中では木々や茂み等の遮蔽物が多く、地の利を有するダークエルフ達は被害を受けながらも、尚もしぶとく茜の軍勢に食らい付く。ならばその地の利を奪うべく、戦線を森の中から村へと変えるべく深緑の森を押し進む。


 ダークエルフ達は木から木へ、茂みから茂みへと退きながらその波に矢を射掛けるが、侵攻を止めさせるまでには至らない。

 如何に戦士達の技が冴えようと如何に神技の大矢が鋼を貫こうとも、茜の大波は着実にその歩を進め森の中心へ踏み入るべく、金属鎧は草花を踏み荒らす。


「このままでは……しかし――! ッ……ヌゥ」


 退きながら闘うダークエルフ達、それを率いるラオザミは何かに気付くが、苦々しげに歯噛みし判断を迷う。

 気付いてしまえば余りにも単純な事。弓兵は弓兵のみで戦うものではなく、帝国兵達もまた盾兵の裏から無数の弓兵達が矢を放っている。

 ならば森の戦士達にとっての盾と言えば……無論、それがこの場にいる理由も剣を取る理由も、侵略者達と真逆だとは理解している。

 しかし森と村を守る為とは言え、それを頼る事は彼らにとっては余りにも――


「ッ――聞けえ! 我らは何としてでもこの地を守り切らねばならん! 我らが敗れれば次は村が……人間共の食い物にされるだろう!!」


 カリング帝国がこの地を狙うのは戦略上の重要地点であり、兵を休めるのに都合の良い村が在るからである。制圧の暁にはダークエルフ達の扱いは、戦闘員は()()()()()()戦奴として使い潰され、非戦闘員は人質兼奴隷として使役される。

 帝国内部の亜人達ならばいざ知らず、遠くブリタニアの亜人達に帝国兵が人としての感情を向ける事は有り得ず、ラオザミの予想はほぼ正鵠を得ていた。

 戦士達は再びその双肩に掛かったものを意識し弓を引き絞るが、勇壮なる戦士長は逡巡を振り切り、前言の通りに戦士達へ吠える。


「我は何をしてでも守り切れと言った。二言は無い――何をしてでもだあ!! っ……冒険者達に群がる敵を射てええ!! 奴らを利用し敵を殺し尽くせ!!」


 率先してラオザミが放った剛矢は、冒険者達を襲う帝国兵の真横を捉えた。

 死角からの一撃はこの上ない援護となり鋼鉄の鎧は深々と貫かれ、一人の兵士が断末魔と共に戦場に転がる。

 何ら珍しくも無くそこかしこに転がる骸の一つに、茜の兵士達も森の戦士達も、そしてフィオン達も目を見開く。


「あいつ……っへ、だったらせいぜい利用してくれよ。俺達もそれを、勝手に利用させてもらうさっ!」


 一切動じる事無く、ラオザミは再び矢を番え大弓を引き絞り、惜し気の無い神技は瞬く間に三人の兵士を冥府へと突き落とす。

 人間に侵略を受けながら人間との共闘に応じる。それに躊躇いを見せていた戦士達もまた、冒険者達に群がる帝国兵へと、その横っ面に鏃を叩き込む。

 冒険者達がダークエルフ達の気概に応じた様に、彼らもまたそれに応え返し共に侵略者に向け足並みを揃える。最強の援護を受けた冒険者達は目の前のカリング軍に、気勢を上げて立ち向かい一気に盛り返す。


「俺達にも色々有るんだヨ、建前とか昔の事とカ……色々ナ。それでも一番なのは仲間達ダ……根っこの部分はどいつもこいつも変わんねえ――ナ゛ア゛!!」


 青灰の人狼の刃は深々と帝国兵の鎧の隙間、脇を抉り、大動脈を裂かれた兵士は痙攣しながら地に伏し息を引き取る。

 二方向からの猛撃を受け瞬時に窮地に陥った帝国軍左翼。

 しかし軍を率いる指揮官は、()()()()には表情も変えない。

 目の前の光景以上の逆境も苦戦も、数多くの地獄を平らげてきた歴戦の将は即座に戦術を紐解き、将兵達へ下知を飛ばしながら愛用の大戦鎚を握る。


「本隊はこのままダークエルフ達を村へと追い立てよ、やつ等が援護すべく踏み止まるなら一匹ずつ狩り殺せ! 三隊はわしに従え、左翼の救援に向かうぞ!!」


 大将アーノルド自らが左翼への後詰に向かい、二千を越す本隊は更に森の奥へと前進し戦線を押し込む。森の中でダークエルフ達を仕留め切る事は難しいと考え、まずは目障りな小勢を踏み潰し、二正面の状態を解消させようという動き。

 仮にダークエルフ達が援護に徹しこの場に留まるのなら、距離を詰めた本隊がそれを飲み込み、拘らずに下がるのならば左翼を襲う矢はいずれ止まる。

 アーノルドは左翼の士官達に防御命令を取らせつつ、率いて来た隊を伴い御自ら、その戦鎚で猛然と冒険者達に吶喊を仕掛ける。


「我こそは、大いなるカリング帝国大将アーノルド!! 小島の猿共よ、我に名乗るべき名が有るのなら――頭が無事な内に叫んでおけよおお!!」


 名乗りと共に振るわれる戦鎚は、一人の冒険者の頭を水風船の様に叩き潰した。

 軽率にも取れる指揮官自らの最前線への乱入。

 だが下位士官の頃から泥臭い戦働きで身を立てて来たアーノルドにとっては当たり前の事であり、総大将自身が得物を振るい敵を屠る姿は、全軍の心に火を灯し士気を跳ね上げる。

 依然猛烈な矢に襲われる帝国軍左翼ではあるが、盾の隙間からは槍と雄叫びを撒き散らし、一人の武人としてこの地に立つ彼らの誇りに血を以って応える。


「ッ……いきなり息を吹き返しやがった。……あの鎧の大男、大物なのかい?」

「敵の大将ですね。アーノルドと言えば帝国軍でも名の知られた武人です、それが出てきたとあっては……兵達にも心強いってもんでしょう」


 名乗りを聞いたクライグはヴィッキーに答え、深紅の片眸の魔女は静かにひっそりと後ろに下がり、姿勢を低くして狙いを定める。

 敵が頼みとする所は即ち狙い所でもあり、それは戦の盤面を引っ繰り返す一手であると共に、彼女自身のまさに念願。己が願いの為に利益の為に、大将首へと冷静に狙いを定め、その冷たさとは真逆の轟炎が唸りを上げる。


「鉄の鎧なんざ魔導士からは只の鍋に過ぎないさ……せいぜい真っ赤に茹で上がりな――アルドオオ!!」


 放たれる特大の大火球。十分な時間と魔力、そして気合と欲望で練られた渾身の一撃は、比喩でも無く戦場の熱を上げ一直線に加速する。

 掠めた冒険者は肝を冷やし帝国兵達は飛び退いて事無きを得、狙いの先に立つ茜の甲冑の総大将は、兜の下で目を細め太い両の足はどっしりと地を捉える。

 大将首の価値を誰よりも知り誰よりも奪って来た歴戦の将は、当然、前線に出れば真っ先に己が狙われる事等、何度も身を以って経験して来た事であった。


「洒落臭い真似を……わしの首が欲しいのなら――堂々と矛を交えんかああ!!」


 戦鎚は森の大地をごっそりと抉り取り、土塊丸ごと大火球を下から消し飛ばす。

 派手に吹き飛ばされた土石は、落雷の様な怒声と共に冒険者達へと降り注ぎ、帝国兵達は将の勇壮な振る舞いに更に士気を大きく上げる。


「っふん……今の内に粋がってると良いさ、そう何度も上手く――!?」


 しくじったヴィッキーは何ら気落ちする事無く次弾の狙いを定めようとするが、既に眼前には茜の大鎧、大将アーノルドが得物を振り被り迫っていた。

 巨躯に似つかわしくない俊敏な動きと実戦育ちの果断。大技をそう何度も許す事は無く、目障りな魔導士を叩き潰すべく大戦鎚は振るわれ――


「ッ!? 小癪――のぉああ!!」


 振るわれる直前、戦鎚は大きく軌道を変え――声も無く突き出されていた横槍を打ち払う。ヴィッキーの窮地に駆け付けたロンメルはアーノルドの肩口を狙ったが、轟音を響かせ両者の得物は火花を散らし弾き合う。


「ッチィ……しぶとい奴め、すんなりとは取らせてもらえんか」

「良い一撃ではあったが、わしの首を狙うには少しばかり――!」


 話を待つ訳も無く、オリバーの刃とフィオンの鏃が挟み込む様にアーノルドに襲い掛かる。装甲の無い関節部、脇を狙うオリバーのククリナイフと、あわよくばバイザーの隙間、通らずとも頭を揺らす衝撃を与えるフィオンの矢。

 二匹の狼の牙は寸分違わぬ呼吸で茜の大鎧に迫るが――尚もその懐は遠い。


「この程度捌けずに辿り着ける程――大帝国の大将は、安いものでは無いわ!!」


 無駄なく鋭く振り払われる戦鎚と繰り出される手甲(ガントレット)

 既に間合いの近い青灰の人狼はその柄で大きく打ち飛ばされ、丸みを帯びた手甲の金属板と熟練の手捌きは、鏃を受け流し無力化する。その隙を突こうとクライグは軍刀を構え狙っていたが、兜の奥から覗く双眸は、放つ殺気だけでその足を縫い止めていた。


「マジかよ……ざけやがって、もう一発」

「闇雲に狙うな、下手をすれば隙を突かれるのはこっちじゃぞ! ……とは言え大将首には違いない。落ち着いて連携し、切り崩すのじゃ」


 取り囲むフィオン達のみならず、帝国軍と戦う他の冒険者達も隙有らば噛み付かんと殺意をまざまざと蔓延させる。茜の軍勢の士気は確かに上がったが、依然ダークエルフ達からの援護は途絶えておらず、前線には少しばかりの余裕が有る。


「良い気配だ、戦場とは正に斯くあるべき……しかし勘違いはするな」


 冒険者達の真っ只中に切り込み殺意を一身に浴びる茜の大鎧。

 だが大将アーノルドは気負いする事無く、軽く鼻を鳴らして戦鎚を取り直し、

 ――狩人と獲物の立場をはっきりとさせる。


「活きの良い事は結構だが……切り崩すだと? 調子に乗るな猿共、貴様らは大人しく踏み潰されておれば良いのだ――履き違えるな!!」

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