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ボルドルーンサガ ブリタニア偽史伝  作者: ギサラ
第二章 エクセター戦役 命の順番
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第64話 エディンバラ攻防戦 兆し

 先日は第二の戦場となったフォルトン橋は、今は互いに橋の両端に監視部隊を置き、橋そのものは放置にも近い状態となっていた。

 イーヴァン達からすれば、橋向こうのアバーダーを攻めれば確固撃破される恐れが有り、かと言って橋を放置すればエディンバラの側面を突かれる。

 ノルマン達が橋を放置している理由は解らないままだが、エディンバラの北城壁のみが戦場というのは悪く無い状況であり、不気味がりながらも眼下の攻防に注力していた。


「ローエンヴァル殿はどう見ますか? 奴らが他に目もくれずここを攻めると言うのは、理解は出来ますが……私は何か不気味なものを感じています」


 既に安定して敵を退け続けている城壁の中央。

 第四軍と第六軍の全軍、イーヴァンとローエンヴァルが揃う城塞は、ヴァイキング達の猛攻を凌ぐに微かに余裕さえも持ち始めている。

 アバーダーの町一つで養い切れるほどヴァイキング達は寡兵では無く、逆に地の利と万全の兵站に支えられたドミニア側には疲労の色は薄い。


 眼下の攻防を見やりつつイーヴァンは傍のローエンヴァルに、相も変わらず完全武装で待機を続ける猛禽の騎士に問い掛ける。敵の狙いが解らないままに戦を続けるのは、いつか危うい事態になるのでは無いかと。


「橋が放置されているのは不可解だが……あくまでも得意の海戦のみに絞って来たと考えられなくも無い……だが、虫共にこの壁を破る策は無い様だ。地勢でも経済でもエディンバラこそがこの地の要。そこに執着する奴らの狙いに不思議は無い。尤も……あれの価値を理解出来るとは思えんがな」


 海から壁に挑み掛かるヴァイキング達は、矢で貫かれるか煮え湯を浴びるか岩で頭を割られるか、多少の差異はあれど撃退され続けている。

 ローエンヴァルは後ろを振り向き、城塞内に聳える小高い丘、陽光を受け黄金色の輝きを放つ、彼らの心の拠り所を恭しく仰ぎ見る。


「貴殿もご存知の通りだが、エディンバラにはかの騎士王の名を冠する丘を頂いている。あれが有る限り、我らは例え万の夜であろうと不休で戦えよう」


 エディンバラ大城塞、都市部の外れに悠然と佇む山にも近い丘。

 アーサー王の玉座と呼ばれるこの丘はドミニアに於いては神聖視されており、立ち入りが禁止されていると共に、エディンバラとその近郊の人々にとっては現王家にも勝る存在である。


 兜を取り丘へ一礼するローエンヴァル、イーヴァンもそれに続き礼をする。

 この地を拠点にする第四軍も丘を心の支えとしており、第六軍に比べて高い士気を保ったままでいた。

 あくまでも精神的な要素でしかないが、人は食と住だけではその生活を保てないもの。連日の城壁を巡る攻防戦に於いてそれは大きな意味を持ち、アバーダーの町のみで諸々を賄うヴァイキング達とは雲泥の差が有った。

 少しばかり長い黒髪を後ろに回し、ローエンヴァルは再び気難しい顔を真白の兜で包み隠す。必勝を期すのではなく必勝を己が身命とし、群がる侵略者達に再び、嫌悪にも近い敵意を放ち威圧する。


「このまま跳ね返し続けていれば、敵はいよいよ進退が窮まろう。そうなればアバーダーから内地へ侵攻するか兵を引かせるか……どちらにせよ我らにとっては好機となる。その時こそ青藍の騎士には存分に……!」


 今日何波目かの纏まった攻撃。ドラゴン船数隻が一塊となり城壁の中央、ローエンヴァルとイーヴァンの眼下、岩扉へと突っ込んで来る。

 士気の低下や疲労の色が濃くなって来たノルマン勢だが、ヴァイキング達の操船術には些かの翳りも見られず、まるで本物の竜の様に水面を突き進み、そのまま城壁へと突っ込んだ。

 ここから弓で援護をしつつ梯子を掛けてくるのが常套手段ではあるが――


「――? 奴ら何しに来たんだ? 船だけ置いて……逃げ……!」


 城壁にドラゴン船を残したまま、ヴァイキング達は海へ飛び込み離れて行く。

 不審がりながらも第四軍の兵士達は矢を射掛けるが、イーヴァンはその様子に覚えが有る。

 つい先日の橋での攻防、精霊の獅子グラスに大打撃を与えた爆発。あの時もヴァイキングの戦士達は一斉に水中へと逃れていた。


「水だあ!! 湯でも何でも良いからあの船へ水を掛けろお!!」


 城壁中にイーヴァンの声が響くが、ヴァイキング達の方が早い。

 戦士達が逃れるのとほぼ同時に放たれていた火矢は船に撒かれた油に引火し、そのまま船蔵に仕掛けられていた大量の悪魔の粉、黒色火薬に到達する。


「イーヴァン殿? 一体何が――!?」


 ローエンヴァルが首を傾げるのと同時に、ほぼ直下から轟音が響き渡る。

 衝撃は大気を(つんざ)き水柱は城壁を越えて噴き上がり、既に経験の有る者達も全て纏めて戦場の空気を震撼させる。地揺れにも似た震動に城塞は騒然とし、

濛々と立ち込める煙は辺りを覆い尽くした。

 猛禽の騎士も思わず顔を強張らせ、縁に手を掛け城壁を見下ろすが、深く胸を撫で下ろす。


「……驚かせおって、虚仮威しの類か? ……見るが良い! 我らが大城壁は賊共の切り札を見事に防ぎ切った! これぞエディンバラの宝、聖王アーサーの御加護であるぞお!!」


 ローエンヴァルはパッと切り替え、敵の失策を即座に逆手に取る。

 正体も何も解らない攻撃では有ったが、ヴァイキング達にとっては大事な財産であるドラゴン船、それを犠牲にしてまでの攻撃に城壁はビクともしなかった事を強調し、更にこの地の者達が憧憬を灯す丘を絡め、自軍の士気を上げに上げる。


 まだ戦の最中ではあるが、守兵達は勝鬨を上げて敵を威圧し、ヴァイキング達はそれを憎々しげに見上げて歯噛みする。ただ一人の漢を除いては。


「見事な一撃であった、予はその愛の猛りに千金を以って遇しよう。苦楽を共にした船はもう戻ってこぬが……せめて新たなものを買うと良い。……はち切れんばかりの愛を受け切った城壁にも、予は喝采を以ってこれを愛でよう。それでこそ我らが攻め挑み、越えるに相応しいというものだ」


 ドラゴン船が数百と連なる海上、その中でも一際大きな中央の船で、拍手を上げて双方を褒め称えるクヌーズ。一切の皮肉や負け惜しみも無く、晴れ渡る笑顔で本心を表している。

 その直ぐ横の比べれば少しばかり小さな、しかし他よりは充分に巨大なドラゴン船で吐き捨てるのは、青の衣で全身を包む彼の実弟ハーラル。対照的に忌々しげに城壁と城主へ睨みを飛ばし、横からの笑い声には耳を塞いでいる。

 彼自身は何も言わないが、彼の手勢、鉄兜と鎖帷子の兵の一人はこそこそと耳打ちし、戦への具申を述べる。


「ハーラル様、あの城壁を抜く事が困難なれば……別の地を攻め戦果を上げる方が良いのでは無いでしょうか? 何もエディンバラに拘る必要は」

「解り切ってる事を一々言うな、一番でけえ宝箱に拘る奴は……だろうが? 解っていても首が回らねえのが今なんだよ」


 ハーラルとしてはエディンバラに拘る事は無く、別の地へ転戦し中小の町や都市を襲いたいと、大っぴらでは無いが部下達に漏らしている。

 戦争の勝利という形式的なものでは無く、原初の視点に立ち返るもの。

 所詮戦とは何かの奪い合い。人、物、金を奪う事、略奪こそが戦人の本分であると、ヴァイキング然とした現実的な思考。


 しかし軍の総指揮権を握っているのは兄のクヌーズ。彼の手勢だけを引き連れて略奪行にでも向かえば、たちまち敵に狩られ無残に陸で骸を曝す。

 今は渋々仕方なく、兄に忠実に従いこの地を攻め取るべく頭を巡らせている。

 ――そういう事にしてこの地に留まっていた。


 最大の宝箱がエディンバラであれば、最大の首級は辺境伯ローエンヴァル。

 クヌーズは下より全てのヴァイキング達は、その勲を己が剣で成すべくこの地に乗り込んでおり、誰もその背後までは警戒していない。

 手勢達にも明かせない胸中を秘める王子は、一人先を見据えて頭を巡らせるが、その肩に巻かれるのは剛筋を滾らせる熊の様な腕。

 唯一彼に無作法が通る人物、大王の嫡子クヌーズが肩を抱いて話し掛ける。


「我が愛すべき弟よ! 今の一撃を見て天恵が下ったぞ!! 是非互いの愛を語り愛、次こそはかの貴人へ届かせようぞ!」

「……ぁーそうだな、あれが通じなかったのなら何か策を講じねばな。俺の方は今は何も無い、まずは兄者の考えを聞かせてくれ」


 むさ苦しくも弟を頼りにするクヌーズと、気怠げではあるがしっかりと応え、策に関し耳を傾けるハーラル。

 周りの手勢や取り巻き達は二人の間柄や宮中の事に関し幾らか把握しているが、そう先行きを案じてはいない。派閥争いや血生臭い抗争は少し前までは裏で起こっていたが、彼らの父である大王ゴームが長兄クヌーズを世継ぎと定めてからはそれもピタリと止んだ。


 元々クヌーズは弟であるハーラルを一切邪険にはしておらず、自らの治世においても弟は自身を支えてくれるだろうと、彼自身も彼の取り巻き達も信じている。

 それに背く事は大王の意思に反する事であり、例え王族であろうとも一切の容赦は無く極刑に処される。無論、王族殺し等は画策するのみで首を討たれる。


「先日アバーダーを攻め取った時にな、恐らくは軍の倉庫だと思うが……何とも愛を感じるものを入手したのだ! 次はそれを使って……」


 まるで幼子が大事な人へプレゼントを考える様に、ヴァイキング達の王子クヌーズは純真な笑顔で物騒な策を提案する。

 見守る取り巻き達は幾らか危ういものも感じながら、太陽の様な気性と彼らの主として充分過ぎる豪腕に、その運命もまた光り輝くものであると確信していた。


「まずは使う前にしっかりと見せてくれ。まぁ、どうせ手はねえから使う事にはなると思うが。それでも有効だったなら先々にも活かせるからな……先々にも」


 それに応えるハーラルは陰鬱な顔ではあるが、兄の考えをしっかり吟味しつつ、彼が彼として正しく在る為の、策を練っていた。

 混沌と破壊を齎す戦乱の具現、ヴァイキング達を統べる王者として、略奪こそがその本分であると――誰よりも正しく理解していた。

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