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ボルドルーンサガ ブリタニア偽史伝  作者: ギサラ
第二章 エクセター戦役 命の順番
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第56話 運命と意思

 ウェーマスの北、森の中の第五軍の本陣、その一角の傭兵達のキャンプ地。

 諸々の設備も食事も兵達と同一のものだが、分けておいた方が互いの為に良いだろうというベルナルドの差配。

 ある程度切り開かれており、野外生活をするのに不足は無い環境。

 木々は風を和らげ火を起こすにも問題なく、天蓋を包む枝葉の隙間からは(ちりば)められた星々が見える。


「……よく喋ってくれた、辛かったろう。わしがもっと、どうにかしてでも……お前さんに経験を積ませておくべきじゃった」


 夕食を取り少し落ち着いたアメリアは、フィオン達がいない間に何があったか、少しずつだがそれを語ってくれた。

 アメリアが従事した本陣近くの野戦病院、詰める第五軍の治癒魔導士は二人。

 エクセター候が何とか囲い込んだ貴重な二人と、アメリアを加えての三人が治癒の魔法を行使出切る人員だった。

 三人は優先的に重傷者に当てられたが、決して万能の存在ではない。


 部位の欠損、内臓の損失、瀕死の者。これらに対しては如何に治癒の魔法であろうとも対処は出来ず、腕や足ならば兎も角、最早助からない者には最期の慈悲を下す事しか出来ない。

 "慈悲の一撃" 死に瀕した者を苦しみから解放させる為の処置。

 それは慈愛の心と倫理的な観点から行われるものではあるが、どの様な言葉で包み隠そうとも――紛う事無き殺人行為に他ならない。


「ロンメルのせいって訳でも無いだろう。……正直、戦場よりも裏の方が空気は最悪さ。怪我人や重傷者が一箇所に集められるんだ……効率の為とは言え、そっちのが地獄になるさ。あたしは御免だね」


 ロンメルによって事前に知識だけは整えていたアメリアは、いざ治癒の力で救えない者を前にし、ナイフを下ろす事は出来なかった。

 医療従事者や治癒士に対し、患者が向けるものは良い感情だけとは限らない。

 知識の不足や捻くれた考えによる医療者への罵詈雑言、自身こそを早く看ろと言う頭ごなしの怒声。瀕死になっても尚最期の時を受け入れられず、周り全てへ撒き散らされる悪意の数々。


「俺達の時ハ……止めは俺達同士だけでやっていたしナ。事前にアメリアの事を知っていたのもあったシ、無理もないだろウ」


 ワーウルフ達の時とは次元違いの、本物の戦場の空気にアメリアは遂に逃げ出してしまった。

 傷病者の搬送を行っていたオリバーが探し、見つけたのはテントの中。

 フィオン達が帰って来るまで彼女はずっと、そこから動けずに固まっていた。


「私が弱かったから、覚悟が足りなかったから……怪我人の人達の前では泣いたり、吐いたりは出来なかった。それで逃げ出しちゃって、戻れずに……。私がもっと強かったら、耐えられた……と思う」


 必要や命令に迫られ、自身の望まぬ行為に手を染める。

 それを飲み下す事が良いのか強いのか、拒絶することが悪いのか弱いのか。

 一概に断じる事は難しく、綺麗に白黒を分ける事は出来かねる問題。


 話を終えたアメリアの顔は煌々とする焚き火に照らされながらも、尚暗いものに閉ざされたまま、涙の跡がじわりと刻まれていた。

 話を聞いたフィオンは少女の心を心配しながらも、まだはっきりと向き合えていない己の心によって、口を開く事は出来なかった。

 

「本当に逃げ出したかったのなら、こんな所におらんで姿を隠しておるさ。テントに帰って来てくれたのはわしらを頼ってくれたと言う事じゃ。……まずはそれに対し、わしは嬉しいと思うしお前さんも何ら遠慮をする事は無い。家族みたいなもんじゃろうが」


 苦しくもしっかりと話してくれたアメリアに対し、ロンメルは優しく頭を撫でつつ温かい言葉でそれを受け止める。

 しかしその言葉に、『家族』という単語にヴィッキーは反応する。

 何か思う所でもあるのか苦い顔をし、全てを否定するでは無いが、少しばかり異を唱える。


「……あたし達が知り合ってからはまだ一年にも満たない。そりゃ色々と有ったし幾らか気心は知れてるが……それでも家族ってのは、言い過ぎじゃないのかい?」


 フィオンとヴィッキー、そしてアメリアが知り合ってからは丁度一年程。

 初夏に出会ったロンメルと秋に加わったオリバーは更に短い。

 その期間で家族と言うのは何か違うのでは無いかと、ヴィッキーは考える。

 しかし問われたロンメルは首を振り、決してそんな事は無いと自論を述べる。


「赤ん坊だって生まれた瞬間から、いや腹の中におる時から家族であろう。年月というものは重要じゃがそれだけで全てが決まる訳では無い。……わしが思うに、人と人の関係を決めるのは、互いの想い次第じゃと思う。それが深ければ重ければ……例え僅かな月日でも家族になれる。わしはそう思っておる」


 フィオン達の中で最も年長者のロンメルは、その経験を以って月日よりも重いものは確かに有るとし、笑みを浮かべながら無精髭をさする。

 何か考えさせられたのかヴィッキーは食い下がらず、ロンメルは本題に入る。


「話はフィオンにも関係する事じゃ、しっかり耳に入れておくと良い。……お前さんらが人の命に、真逆ではあるが直に触れた反応は人として正しいものじゃ。その上でここに立ち続けるなら、それと正面から向き合い、何かを心の中で掴まなければならん」


 話しながらにロンメルは皆に温かい飲み物を配る。軍から貰ってきたものでは無く、軍の更に後方に酒保商人達が店を構えておりそちらから買ってきた物。

 エクセター候はしっかりと独自の兵站も築いているが、各地の町から出張って来ている彼らも無碍にはしていない。契約を結んだ上で出店を許可しており、食料品から嗜好品、装備の整備から娼婦の斡旋までをも受け持っている。

 兵達の士気や軍の維持に大きく関わるものであり、海を渡って敵地に入り込んでいるカリング側には無いものである。


「フィオンはあの時、何か口に出しかけておったな。……察しは付いておるが、まずはお主の口からしっかりとそれを吐いておけ。自分に嘘を付いたままでおる方が、後々に尾を引き取り返しの付かない事になるぞ」


 空き家の中でカリング兵士を殺した時、フィオンは何かを口にしかけ、咄嗟にそれを言わずに飲み込んだ。憚る内容というか、余りにも都合の良すぎる言葉であり、例え()()()()()()()()()、到底受け入れられない恨みを逆撫でる台詞。

 躊躇いを覚えるフィオンだがロンメルに見据えられ、他の三人からも、決して咎めるでは無く共有し受け入れる、包まれるような意思を感じ取り、少しずつではあるが己の罪を告解する。


「あの時俺は……許してもらいたかった。目の前で、俺が殺してる男から。……謝った所で絶対に無理なんて事は解ってた、それでも口を突いて……何とか言わずに踏み止まったが、頭では……」


 自身を殺そうと、既に凶器を突き刺している何者か。

 謝られた所で殺される者が許す事など、納得し命を差し出す事など有り得ない。

 成立するとすれば、余程特殊な関係性か精神の破綻者だが、少なくとも赤の他人同士では絶対に成り立つ事は無い。


 フィオンはそんな言葉を一瞬でも吐き掛けた己を苛んでおり、ヒベルニアにおいても、咄嗟に自身の行いから目を逸らした事を、心の奥底で責め続けていた。

 涙は流れない、そも流す資格が無い。

 それを痛感しているからこそ、彼の目は乾いたままでいた。

 話を聞いたロンメルは飲み物を、黒く苦いが不思議と後味は悪くない温かい飲料を一口啜り、ゆっくりと口を開く。


「二人共違う形ではあるが他者の命に振れ……その上で己を許せず、どう向き合えば良いか悩んでおるという事じゃな。……飯を貰いに行った時ちょいと聞いたが、アメリアは途中で持ち場を離れたとは言え、それでも大勢を癒やし命を救われた者もおった。感謝を伝えてくれとの言伝もな……それでもまだ、自分を許せないかね?」


 命を救われて感謝をする、それもまた自然な心の動向。

 人は自身の命が最も大事であるからこそ、それに危害を加えるものには悪意を放ち、助けるものには謝意を抱く。

 手遅れのものが増えて行きアメリアにその番が回るまで、彼女は確かに野戦病院で多くを癒やし多くを救っていた。他の治癒士は魔力酔いのリスクも限界もあり、治癒の力を使うかどうかはその都度判断に迷わされるが、彼女はそうではない。


 担当した全ての患者にアメリアは治癒の力を惜しみ無く使った。

 彼女の事情を知らぬ者からすれば何とも大盤振る舞いな、自身の身を省みない骨身を削る献身。癒やされた者達の感謝も一入(ひとしお)だった。


 確かにアメリアは役に立ち多くの者が救われ恩義を感じた。

 少女はそれを教えられてもまだ様子は変わらず、それでも逃げ出したという事実に歯噛みし、真白いエルフの服を握り皺を作っていた。


「でも、私はその後……逃げちゃったんだよ? 私があそこに踏み止まってれば、もっと大勢の人を……私が逃げたせいで、死んじゃった人も」

「自分がいなかったから、等と言う例えをしてはいかん。それを背負う事は人の身には余る、もしもの話をし始めては限が無くなる。……お主に救われた者がいた、今はそれだけで良い。最初から全てを完璧に出来る者など」

「なら、俺はどうだって言うんだ? もしもの話でも何でもなく、俺は……」


 アメリアに関しては温かな言葉と表情を向けるロンメルだが、フィオンに対しては少し違う。彼自身もまだはっきりと言い切れない、誰にも答えの解らない領域。

 老兵は少しばかり言葉を探し、五十年程の経験で得てきた感触と感慨、それらを目の前の青年に余す所なく伝える。


「お主の感じておる通り、幾ら謝ろうと命が戻る事は絶対に無い。故に、許しを請うた所で殺された者自身が許す事など……絶対に無い。じゃからこそ、人を殺めておいて許しを請う事だけは止めておけ」


 重々しくも、珍しく絶対を言い切る歴戦の老兵。

 真摯な言葉と態度だが突き放されたような物言いに、フィオンは噛み付く。


「……だったら、俺はどうすれば? あんただって殺した、クライグだって他の皆も……それに対してどうすれば良いってんだ!?」


 夜の森に一筋の怒声が響く。自身の心に押し潰されそうな青年の痛切な嘆き。

 辺りの他のグループは少しばかり首を向け反応するが、絡んで来たり邪険にして来る事は無い。戦場で交わされる声音としても葛藤としても、珍しい類では無いのだから。


 難しい顔のまま、ロンメルはフィオンの肩に手を置く。生身の左手ではなく、重々しい金属塊でありながら生気を感じる、右手の魔道の義手で。

 だがそれでも、何か確かな感情が、フィオンへと伝わってくる。


「殺人に対し許しを請うのは逃避でしかない、己の心を誤魔化す行為じゃ。どうすれば良いか……わしにも解らん。人殺しなんぞせんのが一番だが、綺麗事だけで生きていける程世の中単純でも無い。確かな事は、あそこでお主が仕留めておらねば、口を封じていなければ……わしらは無事では済まなかったろう、それもまた事実じゃ。お主の殺人で生きた命もおる、それもまた現実なのじゃ」


 フィオンが手を染めた事によってロンメル達は事無きを得た。それもまた覆し様の無い事実であり、ロンメルは感謝とは違う何かをフィオンに向けていた。

 だが、フィオンは顔を曇らせる。

 自身の倍近く生き、更に何倍もの経験があるロンメルを以って、どうすべきか解らない問題。心の中に溜まった黒いものを感じながら、どうする事も出来ない。

 八つ当たりでもなく出来るだけ言葉を選び、何とか感情を押さえ答えを求める。


「足し算引き算で……納得しろってのか? 殺す事で多くを助けたなら、それで踏ん切り付けろって……?」

「そんなバカな話有って良い筈があるか。……わしは、世の中の全てのものには順番が有ると思っておる。日常の些細な事から、だれそれが生まれ死に国が興り滅びてゆくかまでな。余り好きな言葉では無いが、言うなれば『運命』とでも言おうか。わし自身信じておるかどうかあやふやじゃが、有る様な気はする……」


 運命、この世には大いなる流れがあり、人の与り知らない所で予めあらゆる事は決定されているという、諦めか信仰にも似た概念。

 誰でもぼんやりと知ってはいるが、どの程度の強さなのかどの程度にまで及ぶのか、そもそも本当に存在するのかさえもあやふやな言葉。


 ロンメルはその生を以って、何となく有る気がすると言いながら、決してそれに屈してはいない。少々吐き捨て気味で、嫌な言葉だと顔に出ている。


「一つ例え話をしよう、楽に考えると良い。ここに来る前のヒベルニア、アスローンでの生活……オリバーが加わってからの五人での生活を思い出してみよ。依頼中では無く、何も無い休養日をな」


 突然のロンメルの提案に四人は頭をひねるが、その様子は冗談でもなく場を紛らわす為のものでもなく、変わらず重々しく真剣な態度。大人しく従い頭の中に浮かんだ記憶は、目の前の状況とは余りにもギャップがあり過ぎた。


 のどかで戦いの臭いはまるでしない湖の都市アスローン。賑やかながらに充実していた五人での生活。

 朝食の献立決めから掃除の当番、風呂を使う順番や諸々の決め事。

 少しばかり、四人の目はどこか遠く、物憂げな表情となる。

 それを確認してから、ロンメルは更に言葉を続ける。何でもない日常の一シーンを切り取って。


「ではフィオンよ、一つ思い浮かべよ。……朝、洗面台を使う順番はどうじゃったか、覚えておるな? ここの生活でも明日から同じ順番じゃ、間違ったらえらい目に会うぞ」


 朝の洗面台、使う順番はヴィッキーとアメリアから、その後は男衆でなあなあとなっている。依頼で早朝出発でもない限り朝はそう忙しい時間でもなく、ゆったりとしていた事が多い。

 基本的に順番は守られていたが、更にロンメルは条件を加える。


「では、譲ちゃん達が寝坊をしておったらどうじゃった? わしらは既に起きておる、忙しい朝では無い。……起こしてもヴィッキーが起きなかったとしよう、何度か実際に有ったな。……さて、どうなっておったかね?」


 朝起きてこないヴィッキーに対してフィオン達がどうしていたか、ここまで言われては何を言いたいのかフィオンにも察しが付き、顔を顰める。

 運命や順番を紐解く話にしては、少々どうなのかというものの例え。

 それとは違う意味で眉間に皺を寄せるヴィッキー。無言で目を細める魔女に促され、首を傾げながらフィオンは答える。


「待つ事も有ったし待たねえ事もあったけどよ……幾ら何でもそれで運命をどうこうってのは、話のスケールが違い過ぎじゃねえか?」


 ロンメルはカップを呷り、フィオンの答えを受けて話を進める。

 冷たく固い表情で、こちらが本題であると言わんばかりの空気。


「事の大小はそう問題では無い、大切な事は……。では次じゃ、目を閉じて想像するが良い。……お前は既に弓矢を構え狙いを定めておる、目の前から突っ込んで来る敵にな。敵が持っておるのはただの剣、まだ血を吸っておらず切っ先は鋭いまま……お前が弓を放つかどうかに全てが掛かっておる、選ぶが良い」


 突如として凍りつく焚き火周りの空気。

 比喩ではなく、ロンメルはフィオンに対し殺気を放ち、空想の中の剣を持つ兵士を演じる。目を閉じたままのフィオンにはっきりと、茜の軍装に身を包んだカリングの兵士が浮かんでいた。


 いつもの複合弓と右手で引かれた矢と弦。

 まだ間合いは遠く剣は届かないが、一射目を外したならば次は間に合わない。

 狙いは正確に敵の首元を捉え微動だにせず、矢を放てば敵兵は死にフィオンは生き残る。逆に矢を射なければフィオンは殺され、敵が生き残る。

 間違いなく、二人の運命はフィオンの意志に掛かっている。

 間近まで迫った敵の顔は、昼間のあの時の顔となり――


「ッ――!? ……あぁ、しっかり頭ん中でやり合ったよ。……それで、何が言いたいのかそろそろ教えてくれねえか?」


 汗を滲ませながらフィオンは目を開け、溜め息混じりに答えを欲する。

 既にロンメルも殺気を解いており、冷たく剣呑な空気は薄れていく。空になったカップを置きながら、夜空を仰ぎながら老兵は話の締めに入る。


「今お主がどういう行動を取ったか……どういうものだったにせよ、それこそが大事なのじゃ。例えこの世に運命と言うものがあろうと、全ての物事に順番が決まっておろうと……人の意思はそれを変える事が出来る、わしはそう信じておる。どんな些細な物事の順番であろうと人の生き死にであろうともな。……人は運命に勝てる、でなければ生きている意味なぞ無くなってしまう」


 運命はあるかもしれない、そう言いつつもロンメルは、人は運命に勝てるとはっきりと断言した。迷い無く黒く落ち着いた目で、まだ惑う若者に意思を託す様に。


 フィオン自身にも、いつだったかの記憶が頭を過ぎる。

 オリバーと出会った依頼、彼らには手に負えない余りに巨大な双頭の巨人。

 正にアメリアが死の淵に立たされた時、フィオンは確かに何かを打ち破り踏み砕き、その未来を変えた。それが運命だったのかどうかは解らないが、今もこうして少女はここに生きている。

 人の意思は運命に勝る。その言葉は自然と、フィオンは理解し受け入れる事が出来た。まるで、昔から解っていたかの様に。


 だが、今フィオンが求めているのは、殺人に対しどう向きあえば良いかという心の所作。左手には手袋越しに噛まれた跡がはっきりと残っており、右腕の掴まれた跡も、未だに消える事は無い。

 既にロンメルははっきりと言い切っているが、もう一度それを求める。


「そいつは何となく解った、飲み込めるさ。……それで、人を手に掛けた事に対しては……結局俺はどうすりゃ良いんだ?」

「さっきも言った通り、わしにも解らん事じゃ。……じゃが、正当化や許しを請う事だけはしてはいかん、自分自身を騙す行為は破滅を招く。下ろす事は出来ず背負い続けて行くしかないんじゃよ。……中には捨ててしまった気になっておる者もおるが、後になって捨てれてはいない事に気付き、更に酷い事になるだけじゃ」


 誰に言うでもなく、殺人の咎は消える事は無く生涯背負い続けるしかないと、ロンメルは諭す。フィオンのみではなく、話を聞いている他の三人にも。

 話は終わったとばかり腰を上げテントに向かうロンメル、だがその前に最後にアメリアに気を掛け、明日の事に関して心を配る。


「アメリアは明日はどうする? 無理ならクライグの方に話を通しておくが」


 まだ顔に影が残るアメリアは、しかし目を擦りカップを一息に呷り、強くロンメルに向き直る。これ以上くよくよしてはいられないと、それこそ何の為にここに来たのかと初心を振り返る。

 まだ涙の跡が残る顔で、背負う覚悟を口にする。


「私が行かないともっと大勢の人が死ぬ……私が行かないのは、その人達を殺す事と同じだと思う。……私はもう大丈夫、明日からは……頑張れる」

「……それを背負うのは人の身では過ぎると言うたじゃろうが。お前さんが行かない事で死ぬ分は、お前さんの責任では無い。そもそも戦場で死ぬ者の責任は、本人自身と率いる者にある」


 言い聞かせられながらもアメリアは首を横に振る。

 一度はへこたれてしまったが根っこの方は頑固者。僅かばかりではあるがいつもの調子を取り戻し、ロンメルに向かって啖呵を切る。


「そもそも私は人じゃないもん、幾らロンメルさんが言ったって私は行く。一度背負ったら下ろせないんでしょ? だったら、私はもうとっくに背負ってる!」


 強く言い切りながら見上げてくる緑の瞳。涙とこすった跡は残っているが、その目に淀みは無く、滾る意思は堅い。

 少女の強情に負け、ロンメルは白旗を上げる。そもそも強制するつもりでもなく、本人が行くと言うのなら止めるつもりは無かったのだが。


「そういう事ならわしの言う事は無いよ、しっかりとおやり。……どうにも腰が悪い、潜入はずっと中腰じゃったからなあ。明日はわしも裏に詰めようかの」


 演技なのか本当なのかロンメルは腰を摩りながらテントに戻り、四人に対しても休む様に勧める。明日は早くから戦闘が始まる、今は寝ておく事こそが明日の生きる力になるのだからと。


 終始話を黙って聞いていたオリバー。人とは違うワーウルフではあるが心の方はそう変わらない。既に多くを経験している彼でも改めて考えさせられる話に、星々を見上げて遠い目をしていた。

 話は終わり、依然難しい顔をしているフィオンを彼なりに気遣う。


「フィオン、大丈夫カ? お前こそきついってんなラ、明日は仮病でも使っテ」

「……馬鹿言ってんじゃねえ、あいつが頑張るってのに俺が休めるか。……俺は大丈夫だ、どうすれば良いのかは……何となくわかった。俺達も寝よう、明日もあるんだからな」


 今すぐに解決出来るものでは無いと知り、同時に、まだ朧気ながらに答えらしきものは得た。逃げもせず誤魔化しもせず、ひたすらに向き合って行くしか無いと。

 フィオンは覚悟が足りなかった事を認め、その上で積み足し、もう逃げはしないと己が心に強く誓いを立てる。


 まだ戦場での日々は始まったばかり。青年と少女は覚悟を新たに、更にその気概を見つめ直し、もう決して逃げる事は無い。

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