第49話 七年ぶりの再会
フィオン達がブリストルへ到着し宿を押さえて間も無く、冒険者組合を経由して軍からの呼び出しが掛かる。
取った宿は組合とツテのあるものなのでそう不思議では無いが、時間的にギリギリだったのか街に入った瞬間から監視されていたのか、少しばかり不安になる。
エクセター領の実質的な領都、ブリストル。
西の海峡へと続く巨大な川、セバーン川の恩恵を受ける港湾都市。
街中にも曲がりくねった二本の川が流れ、豊かな水運に支えられた地勢の下、エクセター候の手腕によって近々正式に領都になる予定である。
軍に呼び出されたのは代表者一名のみ、戦地に向かう前の事前説明との事。
フィオンは一人、街の南に構える兵営へと出向いている。
「着いて早々ってなあ……話が早えのは助かるが、一息入れさせてくれっての」
森を抜けてからはロンメルに馭者を代わっていたフィオン。睡眠の方は問題無いが、それでも長時間馬車に揺られていた体には疲労が残る。
正門で衛兵の案内を受け、兵営の奥へと進んで行く。
ブリストルの街の南に敷地を持つ巨大な兵営。正規兵達の寝所や浴場から調練場、軍関係の市民への窓口までが全て一体となっており、ブリストルの中枢部と言っても過言では無い。
その中央、建物に囲まれた広場には大勢の兵士達と軍旗が整然としており、何かを待っている様だった。
「何か式典でもあんのか? ま、関係ねえか……この先の筈だが――ん」
広場を右手に過ぎた先、入り口に一人歩哨の立った建物。
黒の布地に控え目な金の刺繍で彩られた第五軍の軍服、それに身を包む一人の軍人。遠目でも判る恵体と見覚えのある風貌の、懐かしき親友。
フィオンは、久しぶりに会うクライグにどう接するべきか、それを頭の片隅で悩んでいた。幾ら数年来の友とは言え、今の間柄は傭兵と軍人。
とても対等な立場とは言えず、戦時の指揮系統に照らせば完全に上下関係。
士官であるクライグの立場を考えれば傭兵と馴れ馴れしく接するのは問題を孕み、内心では再会を恐れていた節さえもあった。
「……行くしかねえか。まあ、あいつのこった……何とか何だろ」
最早後戻りは出来ず、フィオンは足を前に進ませる。
どれだけ関係が変わっても自身と彼が親友には違いない。
そんなあやふやで目に見えないものを信じ、軽く声を掛ける。
「お前……まーた背が伸びたのか? どこまででっかくなれば気が」
「……冒険者のフィオンだな? 説明は中で行う、速やかに入りたまえ」
フィオンの記憶、七年前より縦にも横にも逞しく成長したクライグ。
短い金のオールバックと濁りの無い緑の瞳。顔立ちは引き締まったものとなり、士官学校と軍での生活で厳しく鍛えられた様がまざまざと浮かんでいる。
その口から飛び出してきた聞き覚えのある、無感情の事務的な声。
そもそもフィオンとの会話に応じる気がない他人行儀のクライグ。その手はフィオンに向く事は無く、腰に提げた軍刀へと油断無く据えられている。
上げかけた手をどこか気恥ずかしく、居た堪れない感情でフィオンは下ろす。
もう互いに只の親友では無く、多くの要素が壁となっている事を実感した。
何とか平静を装い案内のままに中へ入ろうとする。
「ッ――……解り、ました。いえ、失礼しました……」
「…………」
軍人の横を通り過ぎ、フィオンは手をドアへと伸ばす。
何の為にここに来たのか、何の為の一年間だったのか。
多くの疑問が頭を過ぎるが今は思考に蓋をし、奥歯を噛み締め感情を押し殺す。
その歯軋りが聞こえたのか、そもそも予定通りだったのか。
傍らの親友は手を伸ばしその肩を強く抱いた。
「っ……だーっはっはっはっは、何て顔してんだよ! ここまで効くとは思わなかったからこっちが困っちまった。なーに固くなってんだよ、フィオン!!」
再会の喜びを満面に表すクライグ。その顔はフィオンの知っている通りの、屈託の無い快活な笑みそのものだった。
存分に出し抜かれたフィオンは一瞬息を飲み更に驚くが、安堵と呆れが混ざった溜め息を吐きいつもの調子を戻す。
「……おっまえなあ。マジでびびるから勘弁しろっての。……てっきり軍人になったから、もう軽いのは無理とか思っちまったじゃねえか」
「いやー、どこでもそこでもって訳にはいかないけどな、今は他に目も無いしこの建物は盗聴対策で音を通さないから平気だ。……でも、先にドッキリを仕掛けてきたのはお前だからな? 返事も出さないのに、リストにはしっかり名前が有るんだからよ」
先にフィオンが仕掛けた、と言われても心当たりは無くフィオンは首を傾げる。
その様子が面白かったのか、クライグは笑い混じりに説明を続ける。
「傭兵依頼は軍が出すんだから、当然俺もその対象を知ってるさ。お前から手紙の返事が無くて落ち込んでたら、ちゃっかりお前の名前が有るもんだから……。な? その仕返しって訳なんだから大人しく驚いとけって」
「手紙……返事……ぁーそういや、すっかり忘れてたなあ。……なるほど、そのお返しって訳ならまあ……充分驚きまくったからもう勘弁してくれ。普段冗談言わねえやつがやるのはほんとタチが悪い」
手紙の意趣返しと言われ、ようやくフィオンは腑に落ちる。
確かに、返事も貰えずにいればクライグからは放置された様に思え、その上で傭兵のリストの中にフィオンの名を見つけたなら驚きもするだろう。
「だがお前だってあの手紙の中身は……つーか、軍って手紙出す前に検閲とか無えのか? お前だってPSで燃やせって」
「私信として出したからなあ、書き直すのが面倒……ん゛ん゛! ……いや、問題は無かっただろ? 実際に何か影響も無かったんなら……ほら! 災い転じて福とな……ちょっと違うか?」
何も変わっていない。少々お調子者で不器用な所が目立つクライグに、フィオンは安心して胸を撫で下ろし、ようやく笑みをこぼす。
同時に、これで軍人として大丈夫なのかとも心配ももたげる。
「見てくれは良い成長ぶりだが……つーか、何でお前まだ背丈が伸びてんだ? 軍で変な実験でもやってんじゃねえだろうな」
「な訳ないだろ、士官学校では食うのも仕事だったからな。それでゴリゴリと鍛えられりゃ……。お前の方こそ背は変わってないけど……大変だったんだな」
クライグの目からも、フィオンの七年間は安穏としたものでは無かったと一目で解った。面持ちは厳しく目尻は鋭く、冒険者然とした鉄の空気を纏っている。
伸び気味の黒髪は後ろに束ねられ、喜びを浮かべた青い瞳は尚敏いものが残る。
武装はしておらず普段着だが、脇の使い古されたナイフ一本だけでも一般市民では無いと見て取れた。
「っと、そろそろ時間だ。お前が最後だから直ぐに話が始まる。聞けば解るだろうが……口外は厳禁だからな」
少しばかり軍人として気を引き締め直すクライグ。
だがそこには冷たいものや暗いものは見て取れず、フィオンの目からは昔のままの、裏表の無い親友の顔にしか見えなかった。




