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ボルドルーンサガ ブリタニア偽史伝  作者: ギサラ
第二章 エクセター戦役 命の順番
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第48話 森の住人

 何とか自分達で馬車を押し運び、冒険者組合へと預けたフィオン達。

 スプマドールを奪ったのはアメリアとロンメルによれば二人組みの男。

 まずはその風貌と白馬を頼りに聞き込み、オリバーの鼻を使って捜索を行う。


「すまん……町中という事で気を抜いておったわ。馬が貴重になれば馬泥棒が出る。……この程度の事に気付かんとは、面目ない」

「ロンメルさん一人の責任じゃ……私も何も出来ずに……。顔は隠してて解らなかったけど……どっちも真っ黒の格好で普通の体格の人と背が低くて少し太ってる人。あと何か袋を持ってて、それをスプマドールが嗅いだ途端に暴れ出したの」


 ある程度責任が有るとして船の船員達も聞き込みを手伝ってくれた結果、盗人とスプマドールの行方が判明する。

 黒い服装の二人組みの男が白馬を連れ北東へ向かって行ったという情報。

 すぐさまフィオン達は町を出て街道を進み、オリバーの鼻によって突き止める。

 臭いの元は町から程近い海沿いの街道の傍、寂れた漁師小屋から漂っていた。


「馬の臭いト……何か変な臭いがするガ、潮が混じってて解らン。武装の方モ……ダメダ、効かン」

「踏み込むしかねえな。いつもの通りに……オリバーは一応後ろを頼む。アメリアも真ん中じゃなく俺の後ろに」


 日も暮れだしてきた夕刻、ロンメルを先頭に漁師小屋の中を探る。

 忍び寄り槍で静かに押し開かれた扉の先には、紛う事無きフィオン達の白馬スプマドールと、それを前に何か話し合っている盗人の二人。

 罠の類は無いと判断したロンメルは、押し入りながら降伏を促す。


「動くな!! ……抵抗はせん方が良いぞ、大人しくしておれば役所に突き出すだけで済ましてやろう」


 自身の責任も感じてか、普段よりも気合の入った圧の強い声。

 ロンメルの強烈なプレッシャーと弓矢と魔道の杖を向けられた二人の盗人。その場でビクリと体を硬直させ、ジリジリとフィオン達へと振り返る。


 中肉中背の髭面の男と、小太りでどこか間の抜けた男。

 脂汗をだらだらと流し顔を強張らせているが、その顔にはどこかフィオンに見覚えがあり、髭面の男と目が合った瞬間、同時に思い出す。


「て、てめえは!? あの時俺を……ッチ、なんでまた」

「……そりゃこっちの台詞だ。二度も同じ相手に盗みやってんじゃねえよ。ったく、性懲りもねえ」


 一年前、レクサムのフィオンの家に盗みに入った三人組の強盗。

 髭面の男はその時フィオンが右肩を射抜いたベドルであり、小太りの方はその片割れトートであった。

 見れば身形の方もその時の物、闇夜に溶け込む全身を覆った黒装束。だが所々にほつれや破れが目立ち、羽振りの方はどうにも悪い様子。


「あんたが前に言ってたこそ泥かい? ……全く、同じのとかち合うなんざ運が良いのか悪いのか」

「悪いに決まってんだろんなもん。さて、大人しく馬を返すってんなら……?」


 先程までは大人しく従う風だった二人は、フィオンの存在に気付いた途端に急に様子を変える。恨み辛みが募った様な、怨嗟に満ちた表情でフィオンを睨む。

 フィオンは肩を矢で射た事も有り、ベドルに対しては心当たりが有るが、もう一人のトートの方に恨まれる覚えはまるで無い。

 とは言え今は馬を盗まれている最中、気は緩めぬままに二人に投降を迫る。


「何勝手に怒ってるかは知らねえが、悪い事は言わねえからさっさと――!?」


 フィオンの忠告を無視し、ベドルはスプマドールの鼻先に何か小袋を出す。

 刹那、フィオン達が行動を起こす前にスプマドールは激しく嘶き、そのまま脇目も振らずに真っ直ぐと――フィオン達目掛けて突進する。


「ッチィ、何か嗅がせおったか」

「言ってる場合じゃ、避けろおお――!!」


 フィオン達は咄嗟に左右に飛び避ける。幸いにも横へ逃げるスペースは有り、五人は何とか事無きを得た。

 スプマドールはそのまま外へと突っ走り、目の届く距離で落ち着きを取り戻してくれる。アメリアとオリバーはすぐさまその後を追って捕まえに走った。

 前の三人は悪足掻きを仕掛けた盗人へ向き直るが、既に影も形も無かった。


「……やられたね。まあ漁師小屋なんだから海側にも出入り口はあるか。……馬が戻って来ただけで良しとするしかないね」

「今は一刻を争う……町へ戻って先を急ぐべきじゃ。無駄に出来る時間は無い」


 フィオン達が飛び退いて隙を作ったのと同時に、ベドルとトートの二人は逆側のドアから姿を晦ませていた。直に日も落ち、黒装束の二人を探すのは困難になる。

 今優先すべきはブリストルへ急ぐ事。フィオン達はこの場を後にしスプマドールと共に町へと戻り一路、カーディガンから南東へ夜道を急ぐ。


 本来の予定でもそう余裕の無い日程。

 馬泥棒の騒動によって無駄な時間を使ったフィオン達は、馬車で急ぎながらに逼迫していた。このまま本来の道順通りに進むべきなのかと。


「どうする? このまま街道を進んでりゃ……急いでも二日、ギリギリ間に合わないかもしんねえぞ?」

「解っておる、じゃから今地図を……。ブリストルまではブレコンの森を南回りに……進むしかないのお。やはり他にルートは無い、予定通りに行くしか……」

「遅れた場合ハ……どうなるんダ? まさか殺されるって事は無いだろうガ……」


 フィオンが馭者をしつつ四人で地図を睨み道を模索する。

 とは言え、既に計画を練っていたものがそもそも最短のもの。カーディガンとブリストルの間のブレコンの森を南に迂回して進むルート。

 何度地図を見直しても他に道は無く、馬車には諦めムードが漂う。


「そうさな、遅れれば……罰金程度で済めば良いが、運が悪ければ逃走の疑惑が掛けられる。フィオンの親友がいるのなら口利きも有り得るが……うーむ」

「……仕方が無い、こうなったら森を突っ切りな。確実に行ける保証は無いけど……まあ、多分大丈夫だよ」


 森を突っ切れというヴィッキーの提案。グレコンの森を避けるのは何も物理的に通れないからでは無く、しっかりと中には街道も通っている。

 問題なのはそこにはダークエルフが集落を築いており、形の上ではドミニア王国の版図だが、実質的には彼らの許しが無ければ立ち入る事は出来ない。

 無断で入ろうとすれば追い払われ、最悪の場合には矢を向けられる事にもなる。


「アテは有るのか? 無策って事は……ぁー、なるほどな」


 馭者席から振り返ったフィオンは、既に他二人がヴィッキーのアテを理解している事に気付く。当のアメリアも少し緊張している様だが、恐らくは問題無い。


「な、何を話せば……ヴィッキー、振ったからには今の内に台詞とか考えといて。出来るだけ短くて……簡単なやつを」

「アメリアを出すのは奥の手だよ。……あたしの杖はダークエルフと縁が深い、こいつで話を通せるならそれに越した事は無いんだが」


 ヴィッキーが取り出したのは、いつも戦時に使っている赤く短い木の杖。

 真っ赤に染められた細長い円錐状。どこか薄ら寒い気配を漂わせる魔道の武器。

 ダークエルフとの話は初耳のフィオン達だが、特にそれで奇異な目を向ける事も無い。そんな事で忌避感を示すのなら、そもそもこれまでの道程が成り立たない。


 一行は少しばかり道なりを北寄りに、街道の分岐をブレコンの森へと進む。

 道の先に見えるダークエルフの森。夜闇の下で見るそれは遠目には真っ黒の塊であり、何か巨大な一つの生物の様にも見えた。


 間近まで迫った所でフィオン達は一時馬車を止め、ヴィッキー一人で森へと近付く。灯りはヴィッキーのソーラス(魔法の灯り)のみだが、ダークエルフ達は夜目が効くと言う。

 森に踏み入る直前、一人のダークエルフの戦士がおもむろに姿を表す。

 薄い月明かりに映えるのは、黒紫の肌に長く健強な四肢。木製の鎧と仮面に身を包み、長い弓矢と鉈の様なものを携行している。


「突然すまないんだが、この森の通行を許可して欲しい。何かを取る事もする事も一切しないよ。不安だって言うなら……こいつを見て欲しい」


 ヴィッキーはダークエルフに杖を差し出す。魔導士にとって最大の武装であり、彼女には一振りのみの杖。

 受け取ったダークエルフはそれを月に翳し、次いで仮面越しに匂いを嗅ぐ様に顔に近付けた。そのままヴィッキーを暫く見やった後、杖を返し軽く頷く。

 感謝しつつヴィッキーはそれを受け取り、馬車へと戻って来る。


「森の恵みと同胞に感謝を……。許可を貰えたよ、あくまで通るだけだけどね。これで半日分位は距離を稼げる。さっさと通っちまおう」


 ヴィッキーに急かされ一行は森の中を急ぎ出す。とは言え完全に信用されている訳ではないらしく、馭者席のフィオンはそこかしこから気配を感じ取る。

 剣呑なものでも敵意を孕んだものでもないが、居心地は余り良くない。

 他の四人もそれは同じらしく気は休まらず、先を急ぎながらに口数が多くなる。


「ダークエルフの杖と言ったガ、ヴィッキーは彼らと繋がりがあるのカ? 魔導士が混血というのは俺達も知っているガ」

「あたしは北のグラスゴー出身だけどね。北の彼らは南よりも人と……まあ、仲が良いんだよ。あたしが魔導士を志した時にも色々と手を貸してくれて、こいつはその餞別の一つさ。マントと装束も、彼らの手で作られたもんだよ」


 赤く短い杖と、ヴィッキーが常に身に纏っている黒の衣装。無駄が無い機能性に特化した造りと、それ故にボディラインが浮き出たデザイン。

 休日以外は町中でも常用しており、どこか人の手によるものとは一線を画す空気を纏っていた。ダークエルフの逸品と言われ、四人は納得して膝を打つ。


「特注品ってそういう事だったのね。でも一つしか無いんなら……。今更だし臭いとかは無いけど……ちゃんと洗濯してる?」

「当たり前の事聞いてんじゃないよ、きちんと洗ってるさ。魔法で何とか乾かして間に合わせ……この話はもうお終い、今はさっさと寝ときな。フィオンは眠気がやばくなる前に……次はロンメルだったかね?」


 一行は馬車に揺られながら睡眠を取り、明け方頃に森を抜け切る。

 稼げた距離は充分であり、目的地ブリストルはもう目と鼻の先。

 懐かしき親友との再会と余りに大き過ぎる運命との邂逅は、もう避けられない所まで踏み込んでしまっていた。

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