第47話 ブリタニアへ
僅かな残雪も溶け出した頃、半年振りにダブリンに戻ったフィオン達。
遂にカリング帝国から宣戦布告が成され、開戦は初春とドミニア国中に広まってから数日後。
戦争を間近に控えたヒベルニア最大の港町は、人と物の往来は過剰な程に盛んであり、海路のみならずネビンの洞窟さえも混雑していた。
冒険者組合の建物内、酒場の一角で改めて各々の意思を確認するフィオン達。
戦争に対し何を求め、どういう意思の下でそこへ赴くのか。
一人一人がその胸の内を、虚飾や見栄を張らずに再確認と共に披露する。
「商売と偉いさんへの覚えをよくする為さ。……イーヴァンは別だよ。上から伸ばされた手を掴むだけってのは、あたしの沽券に関わるってもんさ」
「……どうせ傭兵として行かねば徴兵される可能性が高いからのお。乗りかかった船じゃが、お主らと一緒におる方がわしには合っておる。あくまでわしの為じゃ」
「それを言うなラ、俺こそ乗りかかった船ダ。元々ワーウルフは関係の無い戦いだからナ。お前達への恩返しカ、それに近いもんだガ……俺モ、俺の為の戦いダ」
ヴィッキー、ロンメル、オリバー。
それぞれがそれぞれに己の為と言い切り杯を空ける。
各々別々ながらに、あくまで自身の意思で戦地へ向かうと確認をし直す。
続いて杯を取るのはアメリア。
戦争というものを知識としても初めて知り、考え続けて約半年。未だ明確な答えは出ないままに、鍛ち直された想いをはっきりと口にする。
「私はまだ戦争を納得できていない。他にもっと良い方法があるんじゃないかって……。でも、解らないままで立ち止まってもいられない。私が行く事で一人でも多く助けられるなら……。まだ悩んだままだけど、そこに行ってやれる事をやる」
まだ明確な答えは出ず、戦争そのものへの納得は出来ていない。
だがそれでも、自身がその地で出来る事があり、それで救われる命が有る。
知識だけでなく既に経験でもそれを知っている少女は、はっきりと己が決意と共に杯を呷る。酒にはそう強くないが、今日ばかりは林檎酒を干し杯を力強く置く。
最後に杯を取るのは、そもそもから戦争の為に冒険者になったフィオン。
思いは今も変わらず幼き頃からの親友の為だが、僅かばかり決意に変化がある。
「俺は、親友を一人で戦地に行かせない為に。俺が行く事であいつに何をしてやれるかは解んねえが、黙って見てる訳にはいかねえ。初めは一人で戦争に行くつもりだったが、まさか五人にもなるとはな。巻き込んじまった気もしてたが、皆自分の意思で行くってんなら……もう遠慮はしねえ。向こうでも宜しく頼む」
改めて親友の為と言いつつ、目の前の仲間達の事も案じながらフィオンは杯を干した。初めはクライグのみの身を案じての旅立ちだったが、気付けば、案じる対象は随分と増えてしまった。
それが心強くも有り口に出すのは少々恥ずかしいのは、今は伏せられる。
先日の海岸線調査での一件は、今でも忘れられずに感触と記憶に残っている。
ロンメルが言うには今はそれで良いと言う。戦働きをするのならば降ろせない荷であり、意識し過ぎない程度に大事にしておく程度が丁度良いと言う。
言葉の真意はまだ解らないが、今はそのままフィオンは胸に仕舞っておく。
組合から傭兵依頼を受けると共に、今後の日程についても軽く説明を受ける。
依頼を受けた冒険者達は期日までにエクセター、ブリストルへ集合。手段と経路は問わず、経費は一定額を現地支給。
その後は第五軍団の指揮下に入り軍と共に行動を行う。
具体的な戦場の場所や集合期日以外の日程は明らかにされておらず、情報漏洩を防ぐ為かまだ未定なのかは判別が付かない。
「ま、あたし達は随分ラッキーだね、スプマドールと馬車を手に入れといて。全くの予想外って訳じゃ無かったが、ここまで大規模とは思わなかったよ」
荷馬車も馬も軍の徴用により切迫しており、需要と供給のバランスは完全に崩れてしまっている。相場がどうのこうのではなく完全に数が足りておらず、幾ら出そうとも借りられないと言う状況に陥っていた。
その点フィオン達は両方自前のものがあり、陸路の方には問題が無い。
「ま、結局は乗船料金でかなり飛ぶ事になるがのお。洞窟を馬車で行くのは不可能じゃし、他に選択肢は無いわい」
「船も混んでるだろうガ、馬車をちゃんと乗せられるのカ? それがダメだったら元も子モ……あれハ、何の像ダ?」
組合の建物を出た所で、アメリアが以前興味を示した像、祖王コンスタンティヌスと逆賊アウレリウスの像にオリバーが興味を持つ。
聞いておきながら説明を待たずに備え付きの碑文をスラスラと読み解き、時間を掛けずに戻って来る。
読む前とは打って変わって気の抜けた顔であり、余り気に召さなかった様子。
「あんま好きじゃなかったか? まあそんな良い事書いてる訳でもねえしな」
「ン? いヤ、そういう訳じゃないガ……反逆者に慈悲を示したのは甘過ぎるとは思うガ……なラ」
「そいつの子孫は今もいるのカ?」独り言に明確な答えは得られぬまま、五人は乗船手続きを終えて船に乗り込む。
割高ではあるが馬車とスプマドールも積み込む事が出来、一行はダブリンからウェールズ領、カーディガンへと船で目指す。
船に乗るのは初めてのアメリア、心配を堪え切れずに乗船してからも暫くはドタバタとしてしまう。
「……これ、本当に大丈夫なの? 途中で沈んじゃったら……どうするの? 乗ってて大丈夫かしら……もし沈んだら……スプマドールが」
「最初に心配すんの馬かよ。良いから落ち着いて座ってろって、船員さんが言うには半日位で着くってよ。日程にそう余裕ねえし、今は寝といた方が良いぞ」
大型帆船に魔操具を取り付けたものだが、風の魔操具は制御が難しい。とは言えそれでも使わぬよりは余程早く、通常の半分、半日程でカーディガンへ着く。
本来であれば目的地ブリストルは港町としても栄えているのだが、今は軍関係のもののみで港は逼迫している。それ以外のものは後に回され続け、最悪の場合は海上で立ち往生するハメにもなり兼ねない。
遠く離れていき段々と小さくなるヒベルニア。それを眺めどこか寂しげなロンメルに、ヴィッキーが冷やかす様に声を掛ける。
「随分としんみりとしてるが、あんたの生まれもブリタニアだろ? ヒベルニアは長かったのかい……?」
「おっと、顔に出ておったか。そうじゃな、軍を離れてからこの方……十年近くはヒベルニアだったかのお。思えばブリタニアに帰るのは久しぶりじゃわい」
「それは何か、理由でも? 帰り辛いか……帰れない理由でもあったのかい?」
潮風にそよがれる白髪混じりの老兵、問われた顔は何か達観した様な、諦めた様な顔。珍しく他人に詮索する赤いショートヘアの魔導士に「さてなあ……」と、ボケたフリをして再び水平線を見やる。
程無くして船はカーディガン、ウェールズ領の港町に着港する。
普段はセントジョージ海峡の漁で僅かに賑わう程度の港町は、今はヒベルニアとブリタニアの臨時の玄関口として、港も入り江も別なくごった返している。
フィオン達は港の片隅で馬と馬車の荷降ろしの順番を待つ。
馬車の方は先に降ろされ荷物の確認等は済んだが、馬の方は扱いが難しい。諸々が立て込んだ町中は繊細な馬には刺激が強く、積み込む時にも一苦労であった。
「やっぱりこっちも馬と馬車が足りてない様だ。つくづくスプマドールと馬車を買い取ってて正解だったね。悪い買い物じゃ無かったって事だ」
待ってる間に厩舎等を回ってきたヴィッキー。馬車の横で待つフィオンとオリバーに、こちらでも戦争の影響が深刻に出ている事を語る。
馬と馬車の徴用は物資の輸送を主目的としたものであり、直接戦場で使われる訳では無い。しっかりと訓練された馬でなければ戦場では役に立たず、馬と軍馬には明確な隔たりがある。
フィオン達もスプマドールを、戦場にまで連れて行くつもりは無い。
騎乗の心得はフィオンとロンメルが僅かに有る程度だが、傭兵一人が騎馬になった所で何の役に立つ事も無い。
スプマドールも訓練は受けておらず戦場では使えない。予定としてはブリストルで、冒険者組合にツテのある厩舎で待機させておく予定である。
「買い取った原因は俺とアメリアだからな、良い目が出たってんなら安心だよ。ブリストルにも間に合いそうだし、後は戦場で……」
「ン? あれハ……ロンメル、とアメリア? 何カ、様子ガ……?」
船の荷降ろしを待っていたロンメルとアメリアが、血相を変えて走ってくる。
明らかに何かが起こった事を示しておりフィオン達の顔は苦くなる。
息も絶え絶えになった二人は、ぜえぜえとしたまま火急の事態を報せた。
「……う……馬……馬が。ぬ、ぬ……」
「……ッ……スプマドールが! 盗まれちゃったの!!」
カーディガンの港の片隅で、少女の悲痛な叫びが響く。
フィオン達は晴天を仰いで顔を渋らせながらも、取るべき道は一つのみ。
借りれる馬は残っておらず、盗人をそのままにしておくつもりも更々無い。
ブリストルへ行く前に、白馬を盗んだ不届き者へ仕置きに向かう。




