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ボルドルーンサガ ブリタニア偽史伝  作者: ギサラ
第一章 ヒベルニア冒険譚
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第44話 獅子を連れた騎士

 三十秒を凌いだ末に現れた、精霊の獅子グラスの主。

 全身甲冑に身を包み、斧槍の一投のみで巨人の一太刀を阻み、悠然と戦場を闊歩する青藍の騎士。

 満身創痍のフィオン達はグラスと共に、その戦いを注視する。


「お前に乗ってたって事は……。あれが辺境伯か?」

「如何にも。あの巨人は初めて見るものだが、ボウズが一人でやると言い切ったのならば問題なかろう。安心して見ているが良い」


 既に一歩も動けないフィオンは今更どうこうするつもりも無い。

 アメリアは必死に皆を癒しているがそれも体力までは回復できず、ヴィッキーが捕まえて大人しくさせる。


 双頭の巨人へと無造作に近付いて行く騎士。

 重圧でガチガチになっているよりはマシだが、それにしては足取りが軽過ぎ、見ている分には怖気が走る。

 今にも崩れ落ちそうな岩山か深い谷底へと、暢気に軽い気持ちで歩いて行っている様にしか見えない。

 それを細目で危ぶんでいたヴィッキーは、思わず息を飲む。


「あれは……正気かい? あれじゃあ殺されに行く様なも――!?」


 まだ騎士の斧槍には遥かに遠く、しかし規格外の巨人には充分な間合い。

 何の予備動作も無く、巨人はその岩柱の棍棒を素早く力み無く振るう。先程までの掃除ではなく、戦いの為の早さを追求した一薙ぎ。

 巨人の体躯に備わる異常の怪腕。それは決して重鈍ではなく、その豪筋に見合った機敏さも兼ね備えている。

 

 それに曝された騎士は、避けるでもなく受けるでもなく――斧槍を振るう。

 正確に騎士へと迫っていた巨人の大棍棒。それは一片の土も肉も捉えず、ただ虚空のみを裂くにとどまった。

 何の音も衝撃も無く、静寂に包まれたまま一合目を終える。


「ッ――? 今のは、何が……。何をしやがったんだあいつ」

 

 騎士は先程までとは打って変わり、腰を落とし斧槍を両手で構え、更にそのまま油断無く双頭の巨人へとにじり寄って行く。

 一瞬の事に理解が追いつかないフィオンに、ロンメルはありのままを語る。


()()()()、としか言えんのお。見切るだけならわしでも出来るが……。あんなもん、正気の沙汰じゃないぞ」


 巨人の迎撃は一度に留まらず、休む事無く縦横に殴打を振るう。

 無尽蔵の体力、次元違いの巨躯と筋骨。繰り出される乱打の肩や腰の動作は大気を震わし、踏み込む足と体重移動は地揺れを周囲に齎す。

 人の身では生存を許されない魔の嵐。掠っただけで人を木っ端にする死の乱舞。


 だが――嵐の中央に立つ騎士は歩みを止めず、真っ直ぐに巨人へと進んで行く。

 巨人の猛攻の一つ一つに斧槍を合わせ、全てを受け流す。

 槍先で捉え、ハルバードの平面に乗せ、鋼鉄の柄で流れを淀み無く導く。

 

 雪崩の崩落全てを見切り、その全てを優しく押し退け頂を目指す。

 人外の境地を人のままに成し遂げる。人はそれこそを英雄と呼ぶ。

 絶句するフィオン達をよそに、獅子グラスはまだまだ未熟と欠伸を漏らす。


「幾ら技を磨こうと、人は人でしか無い。どれか一つでもまともに受ければタダでは済まないだろう。……見栄の為にわざわざ危険に首を突っ込んでいるだけだ、決して褒めれるものではない」


 一歩一歩しかし確実に距離を詰める騎士を目にし、フィオン達は呆然とその攻防を見つめる。最早攻防と呼んで良いかも判別が怪しい、目を疑う光景。

 破壊の嵐は一向にその勢いを弱めぬまま、騎士は傷一つ負わず歩を進める。

 着実に間合いが近付く巨人は、段々とその二つの頭に苦渋が現れる。


 遂に、巨人は騎士の間合いに入るのを()()、下がりながらに横薙ぎを放つ。それすらも人を肉塊に変えるには充分な魔の一撃。

 しかし、騎士はそれこそを待っていたと――獅子の兜の下で目を見開く。


「勝負有り。恐れて逃げるは――墓穴のみっ!!」


 力を尽くすべきは最初の踏み込み。そう言わんばかりの騎士の一刀一足。

 ハルバードの斧頭は一太刀で、巨人の右腕を岩の肌諸共に両断した。決して大振りでもなく堅実だった巨人の最後の薙ぎ。騎士は、それすらも甘いと切り捨てた。


「っ――っぬ゛ん゛!!」


 その鮮血が滴る間も無く、斬り抜き様に巨人の背後に回った騎士は、自らの得物を豪快に投擲する。一直線に闇夜を裂き天を衝く、血塗られたハルバード。

 駆けた斧槍はその槍先で、深々と巨人の頭を貫いた。


 右腕と右の頭を陥とされた巨人は、背中から派手に地面に倒れ伏す。

 風圧と震動を物ともせず、騎士は引き抜いた斧槍で素早く、残った左頭を叩き割る。惨たらしい断末魔を漏らし、双頭の巨人はそのままに息絶えた。

 返り血に塗れた青藍の騎士。

 鬼気迫る剣幕を一瞬で消し、息をついて気を整える。


「……っふぅ。よし……掴みは上々。こっからが本番だ」


 斧槍を肩に担ぎ、獅子の兜の男は血払いをしながらフィオン達へと歩み寄る。

 紛う事無き()()の円卓の騎士にしてヒベルニアの統治者、辺境伯。

 自身らが死を間際に凌いだ怪物を事も無げに打ち倒し、偉ぶるでもなく鼻に掛けるでもなく、ただ悠然と構えている。

 どう対応すべきかと身じろぎするフィオン達だったが、オリバーは血走った眼と荒い息で、今にも殴り掛かりそうであった。


「君達は冒険者かな? まずはワーウルフ達への救援に感謝を」

「感謝、ダトオ……? ふざけるのもいい加減にしろヨ? 貴様らがさっさと軍を寄越さなかったせいデ、俺達の村ハ……」


 怒りを顕に、為政者の不手際を訴えるオリバー。

 双頭の巨人は倒され魔物は全滅したものの、その被害は甚大。

 ワーウルフ達は既に怪我人の収容を終え犠牲者の遺体回収を始めているが、パッと見でもその数は三十を越えそうである。更にこの半年の犠牲者を合わせれば、村にどれだけの哀悼が流れる事になるか。

 惨状を目にしそれに弔意を示しつつも、何故か辺境伯と話が噛み合わない。


「……ワーウルフ達から連絡が来るまで気付けなかったのは我らの落ち度だ。それについては謝罪し対応もしよう。だが今日の、ここの分は……我らは伝えていたよりも早く到着した。何故待たなかったんだ?」

「……伝、エ? 待ツ、ダ……ト!?」


 予想外且つ理解の出来ない言葉。辺境伯は嘘を吐いている様にも見えず、オリバーは言葉に窮しその場でたじろぐ。

 伝えていた? 待たなかった? 

 ならばもし、待っていたのなら三十の犠牲者は……。

 もしもの場合の未来()を想像し、オリバーは顔を真っ青にする。

 困窮するオリバーの肩を叩き、ロンメルはこの場を取り成す。


「何か行き違いがある様子じゃな。まずはするべき事をして村に帰ろう。落ち着いて、族長とも話を交えるべきじゃろう。辺境伯様もそれで宜しいですかな?」

「……それが良いだろうな、直に俺の手勢も……ぁーそれと、敬語は無しにしてくれますか? 呼ぶのもイーヴァンって、名前で呼んでくれた方が助かります」


 間も無く到着した辺境伯ハーヴァンの軍勢二千。

 速やかに怪我人に応急処置が施され、死体は出来うる限り回収された。

 生き残った者達の中にそう重傷の者もおらず、アメリアは念の為にその力を隠しておいた。ワーウルフ達もそれを汲んでか、軍の者達には話さずに。


 一行は村へと戻るが、まだ気は休まらない。

 フィオン達とオリバーと族長ビアス、辺境伯イーヴァンと村の有力なワーウルフ達とが族長の家で一堂に会している。既にイーヴァンは話すべき事を幾らか話しており、ワーウルフ達は困惑の表情を浮かべていた。

 濃紺で毛長のワーウルフ、族長ビアスは確認を込めて辺境伯に聞き直す。


「……つまり、連絡に走ったイダリスにはしっかりと、言伝を預けたと?」

「はい。オーマに陣を構えていた我らの下へ確かにイダリスと名乗る青いワーウルフが……我らは明日の到着を伝えましたが私と手勢だけはついさっき、戦の気配を察して直接戦場へと乗り込みました」


 オリバーの父、イダリスは先月確かにイーヴァンの下へと辿り着いていた。

 その上で、伝えた日より一日早くイーヴァンは到着したとの事。

 だがワーウルフ達の下にイダリスは帰り着いておらず、それを待つ事は出来なかった。もしもを考えてしまうと、今日の犠牲者達に申し訳が立たない。


「何たる事か。帰路に何があったか解らぬが……悔やんでも、悔やみ切れんわ」

「……イーヴァン、言うべき事が有るだろう? しっかりと言っておかねば、後で伯として困るかもしれんぞ?」


 精霊グラスは人魂の形態のまま、鎧兜を脱いだイーヴァンの頭の上で何かをせっついている。イーヴァン自身もそれは解っている様だが、少し苦い顔で押し黙る。

 少々くせっ毛の淡い茶髪と黒目のイーヴァン。黙っていればフィオンよりも少し年上程度の、どこにでもいる好青年に見える。

 

 項垂れ明らかに落ち込んでいるワーウルフ達。彼らには話し難い事であり、同時に、グラスが言う通り、立場上話しておかねば後で困る可能性もある。

 イーヴァンはあくまで自身の立場、伯として言うべき事であると考え、ワーウルフ達には辛い事実を伝える。


「イダリス殿は……彼は帰る前に金銭を要求してきました。半年近く放っておいた埋め合わせと、困窮した村への施しを求めて……。その場では即決し兼ねる議ではありましたが、あくまで私の自費で幾らかの金を渡しました。彼がその後どうなったのかは、我々としても掴めておりません」


 絶望に染まっていたワーウルフ達は、別の感情、明らかな憤怒をその双眸に浮かべる。矛先はイダリスの親族へ向き、その息子オリバーは更に絶望を濃くする。

 軍がオーマに駐留していると掴んだワーウルフ達は、連絡役をイダリスに託した。彼の力量を知る限り、事故や何かに巻き込まれたとは考え難い。


 そして、纏まった金を得たイダリスが帰って来ないという事実。

 イーヴァンが口にした彼の到着日時は正に予想通り、行き道には何も問題が無かった事を証明している。

 ではその帰路でのみ何か有ったのか? そう考える事は出来なかった。

 ワーウルフ達が口を開き切る前に、更にイーヴァンは言葉を続け頭を下げる。


「彼に何かを抱かせたとすれば、それは私の責任でもある。それによって被害が拡大されたのならば……改めて、国として対応する範囲を考え直す事を約束する。君達の気持ちは全てとは言わないが、全く解らないという事は無い。どうか、今は矛を収めて欲しい」


 辺境伯に頭を下げられ、ワーウルフ達は一旦その殺気を収める。本人ではなく親族に当たっても何の解決にもならないという事は、彼らも解らないでは無かった。

 族長ビアスも、この場では語る言葉を持ち合わせず口を閉ざす。


 ワーウルフ達は族長の家を去りやるべき事に当たる。

 村の被害の把握、冬越しに備えるべき物資の状況。今はそれらを纏めて伯に要請すべきであると自らに言い聞かせ、溜飲は下がらぬままに村へと散る。

 依然項垂れて動かないオリバーへ、イーヴァンは改めて謝罪を述べる。


「すまない、君が親族だと知っていれば先に席を外させたんだが。……重ね重ねで申し訳ない」

「……知らずに袋叩きにされるよりはマシダ、気にするナ……少シ、風に当たル」


 オリバーも一人、族長の家を出てどこかへと去る。

 引き止めようとフィオンは動きかけたが、ロンメルはそれを制し、一人になりたいという青年の心を尊重した。

 話は終わりフィオン達も宿へと帰る。幾らかまだ族長と交わすべき話はあるが、それは明日に持ち越す事にする。

 たった一日にも満たない時間だったが余りにも濃い時間。まずはその疲れを癒すべく、熱いシャワーと柔らかなベッドを求めて帰路に着く。

 だが、何故か一人多い。


 辺境伯イーヴァンは村の外の兵達の下へは行かず、フィオン達について来る。

 何も言わぬまま好きにさせていたが、流石に宿の中まで一緒に来ようとしては無視できなくなり、苦々しく口を開く。


「……あのぉ、何か用っすか? 俺達もう休みたいんですけど……あんたも忙しいんだろ? ワーウルフ達のあれこれの対応だって」

「ぁーそれはそうなんだが……。こっちも火急の事態というか、この機を逃がす手はないと言うか……」


 先程までの辺境伯としての立ち振舞いは微塵も無く、両手を頭の後ろに回し何かを思い悩むイーヴァン。

 煮え切らない態度で何かちらちらと、誰かへ視線を飛ばしている。

 視線の先にいる黒ずくめの魔導士、ヴィッキーは目を細めてそれに対応する。


「……あたしに何か用かい? 言いたい事があるならはっきり言いな。こちとら魔力酔いで体中だるくてね」


 発破を掛けられたイーヴァン。サッと服装を正してヴィッキーの前に進み出る。

 恭しく膝を折りその場に跪き、騎士が王に忠誠を誓うかの如きポーズを取る。

 巨人との戦闘時よりもキビキビとした動き、目に宿る炎は情熱を表す。そのまま右腕を掌は上に向け指先まで真っ直ぐに伸ばし、己が真情を高らかに謳う。


「辺境伯としてではなく一人の男として……結婚を申し込みます。私の全てを投げ打ってでも必ず、貴女を幸せにすると約束しましょう」

「………………は?」


 深夜のワーウルフの集落、通りの一角。

 熱い告白に不意を突かれた魔導士の、初めて聞く間抜けな声が夜に木霊する。

 ワーウルフ達との一件は終末に至り、まだまだ波乱を含んでいた。

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