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ボルドルーンサガ ブリタニア偽史伝  作者: ギサラ
第一章 ヒベルニア冒険譚
44/151

第43話 三十秒の死闘

29.79

 フィオンが言い切るのとほぼ同時に、巨人は無慈悲に岩の棍棒を振り被った。

 彼らの準備を待つ義理も温情も無く、その思考回路は殺戮のみに特化している。


「っぬぅ!? お主ら伏せ――いや、飛べええ!!」


 ロンメルは全員を槍で押し込みながら、巨人の足元へと飛び込む。

 横薙ぎの一閃は彼らの頭上を通過し、猛烈な風圧と共に大地を削り取った。

 構えから横振りであると見切ったロンメル。しかし幾ら見切れようともそれを受け流すにも防ぐにも、常人には余りに全てが足りない。

 千度試して一度でも成せれば偉業だと讃えられよう。


「っづぅ……訳解んねえかもしれねえが、それでも三十秒凌げば――!」


 再び四人を説得しようとするフィオンだが、彼らは既に覚悟を固めていた。

 取り乱し必死なフィオンから諸々を察し、言っている事は全く解らないままに、それを黙って飲み込んだ。

 既にその目は巨人の一挙手一投足に注がれ、次の攻防をどう凌ぐかと頭を働かせている。


27.06

 懐に飛び込んだ事で、目の前には大樹の如き巨人の二本の足。

 比喩でもなく岩で構成されたそれは、足元に転がり込んだ塵芥を蹴り飛ばすべく、軽い踏み込みと共に右足が振り払われる。


「炎がダメなら――イミレートオオ!!」


 臆さず踏み込み前に出たヴィッキー。轟音と閃光と共に雷の奔流を放つ。

 火も刃も歯が立たなかった岩山の化身の怪物は、損傷は一切無いまでも、その衝撃と電流に僅かに怯む。

 振り抜いた足は見当違いの方へ振り抜かれ虚空を蹴り、そのままバランスを崩し地響きと共に片膝を付いた。


 人を動かすものは多々あれど、多くは利や論。或いは強制的な感情の類。

 フィオンの言葉に利は無く、論は荒唐無稽。赤の他人であれば無視されて然るべき世迷い言の類。当然、同情や自暴自棄によって彼らが動いた訳でもない。


21.48

 膝を付いた巨人は立ち上がりつつも左手を、彼らではなく大地へ振るう。

 一本一本が人の背丈以上の五指。異常なる巨人の掌は大地を軽く削り飛ばし、山崩れの如き飛礫を暴風に乗せ飛ばす。


「ロンメル!! お前の盾ヲ――」

「えぇい無茶苦茶な――しっかり捕まれええ!!」


 ロンメルの盾を先頭に五人は一列に、前の者の背を支えながら激流を耐え凌ぐ。

 土塊と石混じりの怒涛の嵐。殆ど前に倒れ込みながら、五人は互いが崩れぬ事を信じて五体に力を込める。


 利や論ではなく彼らを突き動かさせ、一蓮托生にさせたのは何か?

 仮に五人がバラバラに逃げ出せば、三十秒の間に巨人が潰せるのはせいぜいニ、三人が限度。残りの者は何とか生き延びれるだろう。

 五分に近い確立では無く一か八かに賭けさせたものは何か?

 その答えは単純にしてそう珍しくも無く、掛け替えの無いもの。


16.41

 立ち上がり再び棍棒を振り被る双頭の巨人。

 次こそは必殺を期し、防ぎ様の無い大上段の構え。両手で構えた岩の柱は天を衝き、真下のフィオン達からは中天の満月を貫くほどの異形に見える。

 防ぐ事は不可能の断頭台(ギロチン)を前に、しかし老兵は激を飛ばす。


「向こうへ走りながら放て!! しっかり合わせよ!」

「ッ――走りながらってか!? 無茶言いやがる……っぜ!!」


 振り下ろされるのとほぼ同時にロンメルは投げ槍、フィオンは弓矢、ヴィッキーは炎、オリバーはナイフを巨人の頭へと放った。

 余りにか細い抵抗ではあるが放たれた四つは巨人の眼を掠め、振り下ろされる岩塊の軌道をズラし、何とか飛び逃げたフィオン達は九死に一生を得る。

 地震かと紛う揺れを発し、巨人のぶった切りは深々と地だけを裂いた。


「ッヅゥ……っ。すまないが、もう魔法は……自滅は御免だよ」

「スケイヴ達から連戦続きじゃ、気にするな。しかし、こうなれば……」


 魔力酔いによるヴィッキーの手札切れ。洞窟の包囲戦からここまで、休み無く魔法を駆使してきた後の雷の魔法の大盤振る舞い。

 とっくに限界を超えていたが、先程の炎で完全に品切れとなる。


「フィオン! あれ使えないかな!? 一回だけでも……あと十秒位でしょ?」

「あれって――! ……解んねえが、こうなりゃあるもん全部使うしかねえ」


 アメリアの指差した先には、オーグルが持っていた大型の錆びた盾。

 前時代的な造りの無骨なもの。大の男が複数で構え一歩も動かず一所を死守する事を想定した、欠陥品。試作されたのみで打ち棄てられ、山野に埋もれていた品。

 使うべきかどうか、未来の見えない彼らには知る由も無い。逆に使う事で全員が同時に、一瞬で肉塊に変えられるかもしれない。


 先程の投擲による目くらましは一回きり、ロンメルもオリバーも得物は無い。

 ヴィッキーの魔法も底を突き、フィオンの矢だけでは何も出来ない。

 少女の気付きに青年は呼応し、三人も迷わずそれに続く。

 オリバーだけは少々破れかぶれだが、僅かながら既に『それ』は心にある。


9.68

 棍棒を構え直した巨人は足元に固まる虫けらを、憎々しげに見下げ果てる。

 人の身には余る巨大で分厚い盾。男三人で直接構え、アメリアとヴィッキーがその背を押し支えている。

 巨人は、自らの一撃を受け止める姿勢の羽虫達、それを見て不快を表す雄叫びを吠え散らかす。分を弁えぬ所業、人が神域の存在に真っ向から立ち向かおうという狼藉に、憤慨を顕にする。


 その存在を消し飛ばさんと、即座に両腕で振るわれる岩の柱。

 大地を砕き空を割きながら迫る死の塊へ、五人は息を合わせて互いを信じる。


「ッ――――いっせえ、っのおお!!」


 何の事は無い。彼らが互いに動き命を預け合ったのは、互いを信ずるが故。

 利や論では無く、感情とも少し違う。淡く儚く目に見えない朧気な糸。

 だがそれ故に深く固く結ばれ、その有無こそが『仲間』かどうかを分けるもの。

 

 横薙ぎに振り抜かれる岩の棍棒。巨人は確かな手応えを感じ口端を歪ませた。

 盾はバラバラに砕け散り、五人は石ころの様に吹き飛ばされる。

 地に投げ出され、五体を力無くだらりとさせるフィオン達。


「……っぃ、はあ。生きて、る……か?」

「……何とかね。全く、しぶといもんだね……あたし達も」


 だが――その目の光は消えず、即座に立ち上がろうと四肢に力を込める。

 全身に走った冗談の様な衝撃。最早閾値を越え凄まじかったかどうかさえも解らないものを受け、それでも五人に息はある。


5.17

 忌々しげに舌打ちする巨人は、しかし殆ど動けなくなった五人に止めを刺すべく、四つの目を禍々しく光らせる。

 捉えたのは直ぐ傍で起き上がれず、しかし必死に立ち上がろうと足掻く金の髪の少女。双頭の巨人の四眸は細まり掃除を終わらせるべく、その棍棒を振り被った。


「!? アメリア!! 立て! 立って……走れええ――!!」


 フィオンの叫びに、少女は体に鞭を打つが、根性だけでは乗り越えられないものもある。精神よりも先に肉体が敗北し、べしゃりと地に伏せる。

 うつ伏せになり動けなくなったアメリアは、せめて最期に怯えた顔を見せまいと、フィオンから顔を背けた。――途端、青年に変化が起きる。


 運命に屈した少女を目にし、フィオンの心の中で何かが熱を上げる。

 それは心に炎を灯し――魂が反逆の狼煙を上げ、肉体を駆動させる。


 己の限界を超えて地を踏み砕き、フィオンは矢の様に飛び出した。加速と言う概念さえも置き去りに、それは刹那に神速を越える。

 月光さえも振り切り、死の運命さえも踏破する彗星の走破。

 一切のブレーキを埒外に置き、速度を緩めぬままアメリアを抱き上げ、巨人の裁断を皮一枚で駆け抜けた。


 限界を超えた業は腱と関節を一瞬で使い潰し、二人は無様に地に投げ出される。

 何かに打ち勝った事を感じるフィオンと、ほんの数秒だけ命が延びたアメリア。

 もう一歩も動けない二人だが顔に絶望は無く、互いを呆然と見つめるのみ。


 倒れ伏した二人へ向き直る双頭の巨人。最早怒りを通り越して呆れの表情。

 慈悲でも無く只効率の為に、二人を同時に仕留めるべくその怪腕を振るう。

 他の三人はそれを阻むべく立ち上がるが、一歩間に合わない。

 フィオンは、せめてアメリアに恐怖を与えまいと、その顔を胸に抱き寄せた。


「悪かったな、こんなとこまで引っ張って来ちまって――許してくれ」

「ううん、私が選んだ道だよ。それに私は……望んでここに――」


 神代の巨人は死を振り下ろす。

 それを阻めるのは同じ神域の英雄か、伝説に謳われる騎士達の領分。

 そして――此は正にその円卓の騎士達が遺した王国。その領域にあって大一番に間に合わずは、円卓に非ず。


 一本の穂先が月光を纏いて闇夜を裂き、振り下ろされる岩柱の芯を撃つ。

 石ころが滝を割るかの如き目を疑う神業。比すれば針の様な斧槍が打ち勝ち、巨人は堪らずたたらを踏む。


 二人の真上にまで迫っていた岩の塊はその真横に轟音を響かせ落下し、地を伝わる震動と風圧を浴びせるのみに留まった。


「な……何が起こ……。三十秒、か?」

「槍、だよね。でも何だか……変な形」


 巨人を退けし槍は、歪で様々な武器を交えた形態。

 斧頭(アックス)鉤爪(フルーク)刺先(スパイク)、鋼鉄の(ポール)

 長柄武器の極地の一つハルバード。熟練を要す武器ではあるが、習熟すれば叩き切る、突く、引っ掛ける、薙ぎ払う、あらゆる用途において適正を示す万能武器。

 呆然と斧槍を眺める二人の前に、見覚えのある精霊の獅子が夜闇から躍り出る。


「おや、この様な場で(まみ)えるとは……いや、冒険者ならば不思議でもないか。後は我らに任せよ」


 重々しい声を響かせ、獅子は颯爽と二人と巨人との間に立ちはだかる。

 その背に跨るは――全身甲冑に身を包む一人の騎士。


「――お前は二人を頼んだ。こいつは……ぬぉ!? ……俺一人でやらせろ、手出すんじゃねえぞ」


 獅子の背から降り立つ騎士。声はまだ若さに溢れ、鎧の分を差し引けば背丈はそうフィオンと変わらない。

 僅かに後ろを見た横顔、前面が大きく空いた兜からは精悍な顔立ちが見えた。

 飾り羽やマントは無く、関節部を阻害しない実戦向きの軽装の鎧。月明かりに照らされるそれは第六軍を率いる者を示す、青藍を基調とした白の差し色。

 何かフィオン達の方を見て驚いた後、一人で正面から巨人へと向かう。


 双頭の巨人は突然の乱入者を訝しむと共に、その身に備わる気配を本能的に感じ取った。久方ぶりに湧き上がる恐怖の感情、それを歯噛みして警戒する。

 斧槍を拾い上げ無造作に歩む騎士に対し、大きく距離を取って構え直す。


 呆気に取られる二人は駆けつけて来た三人に引き摺られ、グラスに付き添われながらこの場を離脱して安全な場所まで退く。


「まったく、どんだけ無茶を……。いや、お陰でアメリアは助かった。今日の所は、大人しく褒めてやるよ」

「……お前、本当に人間カ? 俺達でもあそこまで早くハ……。人の身にしておくのハ、少し惜しいナ」


 無事を安堵され、無茶に呆れられ。

 最後の大盾で最も負担の大きかったロンメルは、息が荒く言葉が無いが、肩を貸しながらに快活な笑みを二人へと向ける。


 グラスに付き添われながら距離を取り、現れた騎士の背へと五人は注視する。

 あれが何者なのか案ずる事は無いが、その実力の程は未だ未知数。

 その気配を感じ取ったのか、獅子の精霊は一応の主へとお墨付きを与えておく。


「心配するな、腕の方は確かだ。まぁ、どうにも邪念に歪んでいるが……それでも手許を間違える事はあるまい」


 溜め息混じりに、今代の主の実力を保証するグラス。

 其は誰あろう、誉れいと高き円卓の騎士に連なる者の後裔。

 『獅子を連れた騎士』と呼ばれる遍歴の騎士。ユーウェインの末裔である。

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