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ボルドルーンサガ ブリタニア偽史伝  作者: ギサラ
第一章 ヒベルニア冒険譚
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第40話 亜人と歴史

 宿に戻ったフィオン達、と監視として付いて来ているオリバー。

 既に諸々の準備は済み後は休んで待つだけだが、部屋には危うげな空気が満ち気が休まらない。


 アメリアに対してだけは態度を改めたオリバーだが、今尚フィオン達に向ける目は厳しいもの。部屋の隅で胡坐を掻き、神経質に目を光らせる青の人狼。

 族長の家では抑えていたフィオンだが、堪忍袋の限界は近付き、段々と溢れたものが顔と言葉に浮き出る。


「なあ……お前は俺達と一緒に戦うんだよな? いつまでもそんな態度でいられるとよ……解るだろ?」


 問い掛けるフィオンはまだ言葉を選んではいるが、端々には剣呑な気配が宿る。

 対してオリバーの方も、それを相手にする事無く睨み付けたまま。

 我関せずの態度で茶をしていたヴィッキー。放置しておけば更に良くない事態に成りかねないと考え、溜め息を混じらせ二人を諭す。


「はあ……ったく、どっちもどっちだが……。なあオリバー、あたしらはそっちに加勢しに来たんだ、それも族長の依頼でね。それをいつまでも仇の様に睨んでちゃ、協力出来るもんも出来なくなっちまうよ?」


 諭しつつ、しかし魔導士の言葉にも不機嫌さが滲み出る。

 魔導士の恐ろしさは人でもワーウルフでも同じ認識。

 少々相手が悪くオリバーは舌打ちと共にそっぽを向き、忌々しげに歯噛みする。


 依然危うい雰囲気の室内。五人の気は休まらず沈痛な時間が流れる。

 静観していたロンメルは、このままではまずいと考え話を始める。

 今この場に必要なのは一方的な押し付け合いではなく、相互理解だと考えて。


「わしも知識で知っておるだけじゃが、ワーウルフがドミニア王国に組み入れられたのは……はて何年前じゃったかの? わしが生まれる少し前だったと思うが……まあ結構昔じゃ。それだけで済む事ではなく、その後色々な事が起こった」

「色々……? 国に入って人と同じ様に扱われて、良い事だけじゃなかったの?」


 ここに来る途中の馬車でも幾らか話していた、ドミニアとワーウルフの歴史。

 知識欲の刺激されたアメリアは三人の中で最もその話に食いついていた。

 ピリピリとした鬩ぎ合いに少しうんざりしていた少女は、再び老兵の話の聞き手となる。


「それまでの過去、ワーウルフと人は互いに争い合っておった、主にヒベルニアでな。理由は土地や食物が主じゃったが……。そんな中でドミニア側にワーウルフ達が入ったのじゃ、すんなりとはいかんさ。大きな争いは止んだが小競り合いはそれでも続き、ワーウルフ達は軍隊の保持を禁止された。それは」

「そうダ、俺達がしっかりと軍を持っていれバ……。そうすれば今回の事も俺達だけで解決出来たんダ! それも人間が取り上げたせいデ……」


 話に割って入るオリバー。激昂し、傷を覆っていた包帯が落ち生傷が顕になる。

 しかしロンメルは動じず、落ち着いた仕草でそれを制した。威圧や抑圧とは違う、老練で柔らかい所作と目線の運び。

 ロンメルが言っていた通り、ワーウルフ達は総じて優秀な戦士集団であり、魔物との実戦や日頃の狩猟等多くの経験を積んでいる。

 その経験を備えたオリバーの黄色い瞳は、目の前の老兵から確かな強さを感じ取らせ戦士として一目を置かざるを得ず、大人しく話を聞くべく腰を下ろす。


「……軍の保持の禁止は双方の合意のものじゃ。ワーウルフ達としても軍隊を保持するコストを削減出来た。ドミニアはその安全を保証し要請に応じて軍の出動をする義務も……そういえば、今回は要請をしておらんのかね? 組合の依頼とはまた別じゃろう」

「先月……俺の親父が連絡に走っタ。それがどうなったのか解らないガ、まだ何も連絡は無く帰って来てもいなイ。それに頼るかも随分揉めたんだガ、言い過ぎでもなく村の被害と犠牲者ハ……」


 族長の苦肉の策以外にも既に人間に頼ろうとし、それが不発に終わった上に肉親との途絶。言い淀むオリバーに、先程までとは違う雰囲気が漂う。

 それは人でもワーウルフでも変わらない、哀愁の気配であった。

 ロンメルは話を更に先に、ワーウルフ達がドミニアに入った事で受けた恩恵にも焦点を当てる。


「ワーウルフ達がドミニアに入った事で、技術の供与や行政のサービスが及んだ事もまた確かな事じゃ。魔操具の普及に関しても、ブリタニアから遠い西側という事で遅れてはおるが、それは人もワーウルフも変わらん。ヒベルニアではまだまだ魔操具は足りておらん。今年の冬に間に合えば良いんじゃが……」

「良い事も悪い事もどっちもあるのね。……でも、魔物を追っ払うのは人の役目なんでしょ? なら今回の事は……」


 アメリアの指摘にフィオン達は苦々しげな顔を浮かべる。

 軍の不保持の前提条件である義務を、人間側が果たしていない現状。その上でワーウルフ達に犠牲者が出ているというのは、とても看過出来る事ではない。

 軽視していた訳では無いが、オリバーが訴えていた犠牲者の件が、今更ながらフィオン達に重く感じられる。


「うむ、今回の件は当然人側にも問題がある。北に軍が駐留しておるのならここからそう遠くも無いがのお……。同時に、事が起こったのは半年前、連絡に走ったのは先月。これは人ではなく、感情的になったワーウルフ達が原因じゃ。……そして、諸々の契約を行ったのは今を生きる者達ではなく、あくまで過去に生きた者達じゃ。それを受け継いでおる以上一切責任が無いとは言わんが……それによる怒りや嘆きを直接ぶつけるというのは、わしは筋違いとも思う」


 話は終わったとばかりに、ロンメルは茶を口に運び椅子にもたげる。

 人に責任が有り、被害拡大の原因はワーウルフにも有る。

 決して無関係とまでは言わないが、過去の事を今を生きる者たちに直接問うのは違うという私見。


 話を聞き終えたフィオン達とオリバー、まだ完全に壁が消えた訳ではないが、部屋に張り詰めていた空気は幾分か変化している。

 互いに思案を巡らし何か言いたげな面持ちとなり、同時に口を開きかけ目線が合う。どちらも開きかけた口をそのままに、フィオンとオリバーは硬直する。


「……いヤ、何でもなイ。そろそろ飯時カ……しっかり食っておケ」

「そうか、いや俺も……って、そうじゃねえな。なあアメリア、こいつを……」


 アメリアは頷き、オリバーの怪我へと両手を翳し治癒を行う。

 戸惑うオリバーだったが、流れ込む温かい何かに身を任せそれを見届ける。程無くして青灰の人狼の傷は癒え、オリバーは身を確かめながら目を白黒させる。


「私はこの力を、治癒をする事ができるから今の内に村の人達を。魔法って事にして隠してるから、オリバーさんもそれに合わせて……」

「……アァ、勿論ダ。怪我人は向こうに集められていル、今すぐ一緒に来てくレ。これなラ……戦いハ勝ったも同然ダ!」


 オリバーに案内されフィオン達は村の一角、診療所へと向かう。

 血生臭さの漂うそこは、程無くして歓喜と感謝に満たされた。魔法と言う事にしてアメリアは怪我人達に治癒を施し、驚かれると共に謝意を一身に受ける。

 患者が多くひしめき合っており、付き添うのはヴィッキーとロンメルの二人。

 フィオンはオリバーと共に端で壁にもたれかけており、二人の間の空気は幾らか穏やかなものとなっていた。


「感謝すル……だが軍が来なかった事を含メ、全てを水に流すつもりは無イ。少なくとモ、戦いが終わるまではナ」

「解ってるって、それに関しちゃ面目立たねえよ。辺境伯の野郎はなーにやってんだか、どっかで会ったら……いや、それよりもよ。アメリアの()()を見た時、急に態度が変わったのは何だったんだ? 人じゃないって解っただけにしても、大袈裟っつうか」


 エルフという事を明かしたアメリア。それを目の当たりにした族長とオリバーは急に恭しい態度を取り、オリバーは彼女に対してだけ丁寧な物腰になった。

 人に対して敵意を抱くのは理解できるが、エルフに対してそういった態度を取る事にフィオン達はピンと来ず、ここまで聞きそびれていた。


「エルフはブリタニアでダークエルフを率イ、亜人達を代表しドミニアとの最前線に立っていたと聞いていル。俺達の勝手なものだガ、そうしてくれていたエルフを崇めている訳ダ、特に老人連中はナ。俺は言い聞かせられている程度だガ……いざ目の当たりにしちまうとナ……」


 かつてブリタニアの各地でダークエルフを率いていたエルフは、亜人達の権利や土地に関し国と強く交渉を行ってきた。

 エルフが忽然と姿を消し二十年余り。亜人達の間ではエルフは神聖視され、再来を望まれている存在である。

 既にアメリアがかつてのエルフ達とは全く関わりを持たない事は族長とオリバーに説明済みだが、それでも敬服すべき対象として変わらない。


「ふぅーん……なるほどな、大体解っ……。いやだから、その名前を使うの止めろっての。どっから漏れるか解んねえだろうが」


 夕餉は村にとって存亡を賭けた夜という事も有り、戦士達には普段よりも豪壮で強い味付けの料理が振舞われる。

 それはフィオン達も例外では無かった。

 山野の肉料理を中心とした香辛料の効いた品々。慣れない味付けではあるがそう悪い物でもなく、万全の準備で出立の時を迎えた。

 装備を整え宿を後にしかけ、オリバーがフィオンの格好に首を傾げる。


「お前、何か鎧は付けないのカ? それは……ただの服に見えるガ」


 革鎧を付けず、普段着で事に臨もうとするフィオンにオリバーが訝しむ。

 幾らか態度は柔和になったが、それでも狼の革鎧を引っ張り出す踏ん切りは付いていない。もし逆鱗に触れればどうなるか解ったものでは無いし、こればかりは言い訳が立たない。


「ぁー、俺はだな……基本は弓矢だから防具の類は付けて……」

「魔物は馬鹿では無いゾ。俺達から奪った武器の類も使ってくル。何も無いのなラ、何か適当に探してきテ……?」


 部屋の端に置かれたフィオンのバッグ。

 その端からほんの少しだけ覗き出る灰褐色の毛皮。

 人よりも鋭敏な感覚器を備えるワーウルフ。オリバーはそれに気付き無遠慮に近付き引っ張り上げる。顕になるのは灰褐色の狼の革鎧。

 言葉を無くし窮すフィオンとそそくさと離れようとする三人だったが、直ぐに杞憂であったと判明する。


「そ、それはだな……。いや、俺の物じゃ……俺のなんだけど……それは狼じゃ」

「……丁寧な仕事だナ。中のこれは、何ダ? 妙な編物だガ、強いし軽いナ……。良い装備じゃないカ、何故使わなイ?」


 革鎧を検分し褒めながらも首を傾げるオリバー。フィオンの胸に押しつけ、ようやくその困惑に思い至る。

 ワーウルフ。人狼が狼の革鎧を忌避するか否か。

 呆れながらその答えを明かす。


「そういう事カ……。お前達が猿に感じる様ニ、俺達は狼とは違ウ。狼は俺達を襲うシ、俺達も狼を狩ル。全ク、酷い勘違いだナ」


 革鎧の問題は解決し、今度こそフィオン達は万全の準備で事に臨む。

 村から出発するワーウルフの戦士達は百人余り。アメリアの治癒による復帰者を併せ、村の警備や見張りを最小限に残し、生死を分かつ総力戦の構え。

 槍や弓の武装と共に、つぎ込むものも最大限。

 手押しで引かれて行く荷車に並ぶ壷、ヴィッキーがそれに気付き尋ねる。


「あれは……油? 火を使うなら効果的だろうけど、冬越えにも必要なもんじゃないのかい? この村の規模なら、中々大盤振る舞いな量だけど」

「まずは魔物をどうにかするのが先決ダ。事が済んだラ……国か軍にでも補填してもらうサ。もうこれ以上形振り構っていられン……」


 列を成して行くワーウルフ達。静かな闘志を身に滾らせ奮い立っている。

 大きな観点からすればたった一つの村の存亡だが、ワーウルフ達からすれば彼らの国にも等しい存在の未来が懸かっている。

 何を言われるでもなく、フィオン達もそれを肌で感じ取り、身を引き締めた。


 満月が中天に差し掛かる中。狼の戦士達と共にフィオン達もその歩みを進める。

 僅かではあるが人と亜人の混成の群れ。手に持つ得物は様々で、軍と呼ぶには少々不揃い。

 だがその士気は高く、今はいがみ合いや敵対も無く穂先を同じくする。


 目指す魔物の巣窟。大洞窟は村から北東の程近く。

 警戒しながら到着し、ワーウルフ達は洞窟の大口を半円状に取り囲む。

 手筈としては油壺の投擲と同時に火矢を射掛け、逃げ出す魔物達を迎え撃つというもの。ワーウルフ達の多くは弓にも矛にも心得がある。

 火だけで決着を付けれるとは考えておらず、問題は大型の魔物。オーグルとは死闘が予想されるが、戦士達に恐れは無い。


 フィオン達が陣取るのは全体の右側、オリバーを加え五人一組で動く。

 火矢は鏃に油布を巻き火を付けるだけの簡素なもの。既に全員が準備を終え合図を待つのみとなり、それは唐突に起こった。


「なんだ、オリバーは弓使えねえのか……。まあ全員が使えるって訳もねえか」

「解ってるなら一々言うナ。しっかり合わせろヨ、一人先走……!?」


 包囲の左端で、突如として騒ぎが起こる。

 巣穴に戻って来た少数の魔物とワーウルフ達が遭遇。

 人間大の二足歩行の鼠、スケイヴとの戦闘が勃発。喧しく耳を突く鼠達の金切り声が辺りに響き渡る。

 それは洞窟内にまで反響し、寝込みの襲撃を台無しにさせた。

 争い事に疎いアメリアでさえも、事態の暗転を察知する程の不運。


「ね、ねえこれって、まずいよね? なんか洞窟の中からも……起きちゃった?」

「ッチ、運がねえが……今更後には引けねえ。今は――」


 ワーウルフ達がこれで浮き足立てば、包囲と作戦は水泡に帰し蹂躙される。

 だが冷静に策を完遂するならば、まだ幾らでも挽回できる状況。

 反目していたワーウルフ達に今は信を置き、狩人は火矢を番えて狙いを定める。

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