第39話 人狼達の村
ワーウルフ達の救援依頼を受けフィオン達が出発してから一両日。
馬車の一行は街道上の遠目に、木造建築が並ぶ集落を確認する。城壁の類は無く、同じく木造の柵が周りをぐるりと囲っている。
ワーウルフの生活様式は人とそう変わらず、魔操具の有無程度しか差異は無い。
馬車に揺られる一行は体調等に不備は無いが、ヴィッキーの目はなぜか険しい。
細まった赤い目は狩人を、寛いでいるフィオンを睨んでいる。
「……なあヴィッキー、俺が何かしたか? ……何かあるならはっきり言ってくれねえと、居心地がだな」
フィオンとしては思い当たる節は無い。アスローンでの共同生活において色々決め事や暗黙の了解は定められたが、フォオンはそれらをしっかり守っている。
今回の依頼の道中においても何かやらかした覚えは無く、自身へ向けられる怪訝な視線へ抗議を飛ばす。
「何かした、じゃなくって。……あんた自分の格好を見てどう思う? いや、あたしも今になって気付いたんだけどね」
今になって気付いた。そう言われフィオンは自身を見やるが、何も解らない。
秋になり気温が下がった事で、既に身に付けている灰褐色の狼の革鎧。保温性と柔軟性、軽量性を備え、内側のバロメッツの帷子で防御力も高い。
今までと同様の装備であり、予期される激戦でも頼りにしている。
だが、頼りになるはずの相棒とも言える装備を見るフィオンの顔は、段々と青褪めて行く。
「まさか……お前の言いたい事ってそういう事か? もしそうだったら、俺は今回何付けてたら……。なあロンメル、これってまずいのか!?」
「フィオンどうしたの? 急に慌てて……何がまずいの?」
何かに気付き焦るフィオンと、暢気に首を傾げるアメリア。
馭者のロンメルは問われて首を向けるが、フィオンが何を言いたいのか今一解らない。顔を青くして指差しているのは、彼がいつも身に付けている狼の革鎧。
「いきなりなんじゃ、鎧? そろそろ村に入るんじゃ、そう騒がしく……?」
話だけを聞いていたロンメルは何かの悪ふざけとも思い前を向き直し、目に入るのはワーウルフ達の集落。
狼の革鎧とワーウルフ達の村。それらを連続して見た事で老兵は答えに行き当たり、華麗に二度見してからわなわなと口を開く。
「わ、わしは知らんぞ……昔会ったワーウルフはそんな事は……。えぇい考えても解るものか、さっさと脱いでバッグに隠しておけ! 臭い、は大丈夫じゃろうが……。もう村に入る、後は何とか落ち着いておけ!!」
フィオンは急いで革鎧を外し、バッグの一番奥にしまっておく。
ワーウルフ、人狼。狼とは別種の存在だが、彼らが狼の皮を使った装備を見てどう思うのか。答えが解らない一行の馬車は、急にドタバタ騒ぎとなる。
スプマドールをゆっくりと歩かせ、ワーウルフの集落に入るフィオン達。
入り口では警備をしているワーウルフが二人。茶と黒の毛並みに手甲や足甲等、所々に金属製の鎧を纏い簡素な槍で武装している。
敵意は持っていないが人間の客人は珍しいのか、余り慣れない様子で馬車の方へ、馭者のロンメルに話し掛けてくる。
「何用で、ショウカ? 行商人、デハ無い……様ですガ」
「魔物に関し依頼を受けてきた冒険者じゃ。半年も遅れたのは悪かったのお。宿を取ってから族長さんの所に伺わせてもらうわい」
二人のワーウルフは見合わせて首を傾げ、一先ずは村の中へと通してくれる。
ワーウルフは人とは違う言語を扱うが、ドミニア王国では人と同列に扱うと言う条件の下、一定の割合で人語を使える様に努力目標が定められている。
定められている数値は五割だが、実際の普及率はその半分程。人と接する機会の多い門番や宿の受付等には必須のものであり、彼らには特に奨励されている。
首を傾げられ妙な対応をされた事で、フィオン達も少々困惑する。
火急の依頼を半年も放ったらかしにしておけば、腹を立てられて当然と覚悟をしていたが、対応はまるで真逆と言うかまるで気にしていない様子。
もしや魔物はとっくに退治したのかと勘繰るが、それもまた違う事に気付く。
「まさか、もう魔物は追っ払ったか倒しちまったか……。だとしたらあたし達は無駄足って事かねえ。報酬だけ貰える訳も無いだろうし」
「……いや、そういう訳では無い様じゃ。……左手の方を覗いてみよ、余りジロジロとはいかんがな」
馭者席のロンメルに促され、フィオン達は幌から首を出し村を観察する。
所々打ち壊された村の柵。その周辺の破壊された家屋や納屋等の建物。村に満ちる空気もどことなく重いものであり、魔物達が去った後とは思えない。
魔物は依然健在であり村はまだその脅威に曝されている。それをまざまざと感じ取ったフィオン達は、口を噤んで再び頭を巡らせる。
ならば先程の警備の二人、あの対応はどういう訳で何を示しているのか。
幾らかの仮定を浮かべながら、宿へと向かいスプマドールを休ませる。
問題無く部屋を押さえ族長宅を尋ねて行くと、何か話し合いをしているのか、大勢の気配とざわざわとした話し声が内部から聞こえてくる。
人語とは違うワーウルフ族の独自言語。話しの内容は解らないが、声色は重苦しいものが多く怒声に似た様なものも混ざっている。
「こいつは……ちょっと間が悪い時に来たか。……一旦出直すか?」
「いーや、逆に丁度良い。言葉は解らないが内容の察しは付く。……まあそれでどっちに転ぶかは解らないが、多分大丈夫だよ」
ドアをノックしヴィッキーは中からの応答を待つ。乾いた木が鳴らすよく通る音に、一旦建物は静まり返りドアが押し開かれる。
出てきたのは少し青味のある毛並みのワーウルフ。武器は持っていないが手甲や足甲を纏い、所々に包帯が巻かれた生傷が目立つ。
「ニン、間……? 今は会合の最中ダ、長に用があるのならば改めテ……」
警備の者達よりも流暢な人語。声の響きからは若干の若さが感じられる。
と言っても、体付きはフィオンやロンメルよりも一回り大きく、毛並みや口端から覗き出る爪牙と筋骨は、怖気を感じさせる鋭さと逞しさ。
ヴィッキーはそれを前にして特に反応するでもなく、淡々と用件を伝え中のワーウルフ達を深紅の片眸で見据える。
他のワーウルフ達も真新しい傷が目立ち、魔物との戦いの激しさが垣間見える。
「魔物に対する対策の話し合いだろ? あたし達はそれに関係する依頼を受けて来てる。救援依頼を受けてきた冒険者だよ」
「冒険者……依頼……? 少し待っててくレ、確認すル……」
ワーウルフの青年は一旦他のワーウルフ達とやり取りを始める。フィオン達には解らない言語だが、何かもめている様子。
暫くした後、フィオン達は中に招かれる。注がれる感情は様々だが鋭い視線や困惑の表情等、歓迎のムードは無い。
奥に座る一人のワーウルフ。長い紺の毛並みと垂れた耳、老人に見える人狼。
体が不自由なのか席に座ったままぺこりと頭を下げ、綺麗な人語で語り掛ける。
「族長のビアスじゃ……救援には感謝したいが、まずは詫びねばならん。人族への依頼はわしと一部が内密に行ったものじゃ。余り、良く思っておらん者も多い……それに曝される事を先に詫びておこう」
「……そんなこったろうとは思ったよ。気にしないでおくれ、実害を受けない限りとやかく言うつもりは無い。それに、こっちも謝る事がある。……あたし達が依頼に気付いたのはつい先日だが、依頼が出されてからは半年放置されてたね。……人を代表するつもりも無いけど、謝らせてもらうよ」
ワーウルフを良く思わない人間が多い様に、逆もまた然り。
救援依頼は一部の独断専行だった事を謝るビアスと、フィオン達の責任では無いが、半年の間助けを求める声が無碍にされていた事を謝るヴィッキー。
族長ビアスの物腰は比較的落ち着いたものだが、周りからの視線は依然不穏なものが多い。実際に手を出してくる訳ではないが、少々落ち着かない雰囲気。
「今話し合っておるのは、魔物共の巣に打って出る具体案に関してじゃ。本来は救援を待ってからのつもりじゃったが……いや待て。救援に来てくれたのは全部で何人じゃ? まさかたった四人という事は……」
問い掛けるビアスに対し、苦い顔で首を横に振るヴィッキー。
ビアスは目に見えて落胆を顕にし、顔を手で覆う。周りのワーウルフ達がそれを問いかけ答えると、落胆は部屋中に広がりフィオン達への態度は更に悪くなる。
「……ったく、助けに来て早々にこれかよ。そりゃ解らなくはねえけどよ」
「向こうにとっては死活問題だからのお。まあこの対応という事は、加勢が有り難い事の表れでもある。いきなり取って食われる等の事はあるまいよ」
ざわめきはビアスによってある程度収められ、次いで一人のワーウルフがフィオンの前にやってくる。先程ドアでやり取りをした青味がかった青年の人狼。
面倒臭そうな態度が多少見えるが、それでも族長の命に従い役目を果たす。
「オリバー、ダ。会議を続行するからお前達ハ……。質問が有るなら俺にしロ、通訳もすル。決行は今日の深夜、しっかり頭に入れておケ」
「フィオンだ、宜しく頼……今夜? いきなりだな……まあ異論はねえけどよ」
訝しむフィオンに対し、オリバーは呆れるように顔を背け吐き捨てる。
人語を扱えはするが人に対して良い感情を持っていない事をはっきり示し、その拳は硬く握られ打ち震えていた。
「長がお前らを待って尻込みしていたせいデ……随分と犠牲が出タ。元々お前らを待つつもりも無かった作戦ダ。遅れだけは取るナ」
敵意さえも見え隠れする声音と言動。
受けるフィオンは何も言わずに受け流す。
犠牲者が出たというのであれば激しい感情も理解出来るが、同時に、それが向けられるのはお門違いな八つ当たりである。それに付き合うつもりはフィオンには無く、溜め息一つして作戦に関し淡々と質問をしていく。
決行は今夜半、魔物の巣は村から北東の巨大な洞窟。
魔物の構成は大量のスケイヴと、二足歩行の大型の魔物オーグルが二体確認されている。他にもいるかもしれないが、ワーウルフ達が確認出来ているものは以上。
作戦は大雑把なものであり、包囲した後に火矢を射掛け掃討するというもの。
ワーウルフ達は犠牲を覚悟しているものの、勝算は有るとして士気は高い。と言うより、これ以上魔物の問題が長引けば冬越えに影響が出るとして切迫している。
魔操具が無く前時代的な生活をしている者達にとっては、まだまだ冬越えは厳しいものであり、それはワーウルフに限った話ではない。
口を挟むまでは出来ずとも、フィオン達は作戦の概要と役割を理解した。
弓が扱えるフィオンは火矢の斉射に参加、その後は殺到してくるであろう魔物達との戦闘。オリバーが側で戦い、他のワーウルフ達とはそれでやり取りを行う。
打ち合わせが済み、ワーウルフ達は準備の為に族長宅を後にする。
残っているのはフィオン達と、族長ビアスとオリバーのみ。互いに作戦とは別に話が有り、オリバーは用件というよりは警戒の為に残っていた。
「お前達、さっさと宿に帰ったらどうダ? なぜまだ残っていル」
「ちょっと族長さんに話があるからだよ。……見たとこ、そっちも何か用があるっぽいが……」
作戦会議の最中にも、何度か族長はフィオン達に目を向けていた。
それは他のワーウルフ達とは少々違う感じの、疑問や違和感が顔に表れたものであり、目線の先に捉えていたのはアメリア。
フィオン達が族長に聞きたいのは、エルフの郷に関して何か知ってはいないかという事だが、まずは族長の真意を尋ねるべく話をそちらへ振る。
「うむ、わしの勘違いだったら申し訳無いのじゃが。……そちらのお嬢さんは、人間かね? 何か違う空気を……臭いとは少々違うのじゃが」
フィオン達は目配せで最後の確認を行う。エルフの事を探る以上、相手にアメリアの正体がバレる可能性は想定していた。
アメリアの同意を受け、フィオンとロンメルは窓とドアに張り付いて外を警戒し、ヴィッキーはワーウルフの二人にせめてもの口約束を取り付ける。
「それに答える前に、これから見る事を絶対に口外しない事。信頼出来るものが結べないなら……質問には答えられないし、加勢の方も考えさせてもらう」
「!? 調子に……乗るなヨ。元はと言えば貴様らガ……」
「オリバー、抑えよ。こやつら自身は関係の無い事じゃ。……祖霊に誓って口外せぬ事、悪い様には扱わぬ事を約束する。勿論オリバーにも遵守させる。……これで良いかね?」
敵意を増したオリバーを下がらせ、ビアスは真摯にヴィッキーの契約に応じる。
観念したヴィッキーはアメリアの耳に触れ、エルフの耳を隠している偽装の魔法を解除した。
途端に現れ出る、エルフの特徴を備えた長く細い耳。二人のワーウルフは困惑を顔に浮かべ、言葉を無くしてそれを凝視する。
つい先程までオリバーが向けていた敵意は、瞬時に霧散した。
「どういう訳だか族長さんは勘付いていた様だが、こういう事だよ。……それでこっちの用件なんだが、あんた達はエルフの郷とかそういうもんに心当たりは無いかい? この子の帰る方法を探してるんだが、ちょっと手掛かりが無くてね」
「隠してた事はすいません。私の身を守るにはこうするしか無くて……。エルフに関して何か知っていましたら、教えて下さい」
目を白黒させていたオリバーが先に反応し、依然固まっているビアスの肩を叩いて正気を取り戻させる。
ビアスはようやく落ち着きを取り戻し、髭の様に伸びた長い顎の毛をさすりながら思案するが、望ましい答えでは無かった。
「いやそんな、それは隠していても当然で……。わしらにも心当たりは何も。寧ろわしの方こそ、エルフの方々がどこに行ってしまったのか知りたい位で……。一切の口外も利用もせぬ事を改めて約束しましょう。オリバーよ、お前もしっかり誓いなさい」
人ではなくエルフと知り、アメリアに対してだけはオリバーの態度は丁寧なものとなる。
その理由にフィオン達はピンと来ないが、一先ず実直な対応に胸を撫で下ろす。
予想外の事に幾らか阻まれたが、ワーウルフ達との協力体制は整った。
決行は深夜、丁度今日は満月の夜。彼らにとって縁起の良いものであり、今夜を選んだのもそれが一因。
果たして月下の作戦はどう転ぶのか。
冒険者達と人狼達は今は一時歩みを揃え、狩りに備えて牙を研ぐ。




