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ボルドルーンサガ ブリタニア偽史伝  作者: ギサラ
第一章 ヒベルニア冒険譚
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第38話 忘れられた叫び

 ヒベルニア領都、初秋のアスローン。

 緑豊かな城内は仄かにその衣を替え、深緑は淡い黄や黄緑となっている。

 心身の癒えたフィオンとアメリアは次なる依頼を受けるべく、冒険者組合へと足を運んでいた。


 多くの依頼書が張り付けられた使い古された依頼版。殆どは小さな村落からのそう切羽詰った内容でもない依頼、目を引くものは限られる。


「漁獲量の調査の付き添い……開墾の為の人足補充……。どうにも、中々良い依頼は無えなあ……」


 依頼書の山を睨むフィオンの目は少々重い。

 ダブリンに比べ求める類の依頼は殆ど無く、魔獣討伐の依頼を見つけ即決を決めたヴィッキーの気持ちがよく解ると共に、少しばかりまた思い出してしまう。


 アンディール達とはあれから何も接点は無い。彼らの拠点はダブリンであり、フィオン達とはそもそも帰り道さえ違った。

 帰る前に、彼らが落ち着くのを待ってから幾らか言葉を交わしたが、今後の事は全てが未定と言われ、連絡先の交換も出来ていない。葬儀や遺族への連絡など、やるべき事が山積した彼らに、更に負担を掛けさせる事は出来なかった。


 ロンメルが言うには冒険者には身寄りの無い者が多く、犠牲者が出た際には、パーティ員でのひっそりとした家族葬に近いものが一般的だと言う。

 居合わせ最後を看取ったとは言え、向こうから話を切り出さなかった以上は、フィオン達にそれ以上踏み込む権利は無かった。


「……今は目の前の事、だな。亜人達との調停補助、失くし物の捜索……いや、ちょっと報酬が……厳しいな」


 戦争に際しての名声を稼ぐ為とは言え、先立つものは常に入用である。

 少し長く休んでいたフィオン達の財布はそう余裕が無い。四人分の生活費をしっかり賄いつつ、その上で実績を稼げるものを探し更に目を走らせる。

 とは言えベストの依頼を見つける事も出来ず、頭を抱えて横を見やると、一枚の依頼書を手に取り真剣な顔付きのアメリアが目に入った。


「どうした? 何か良いもん見つかったのか?」

「ん、これ報酬も凄いし……。村の救援ってつまり……そういう事だよね?」


 アメリアが手に取っていた依頼は『ワーウルフ達からの救援依頼』。

 アスローンから北東、カルバーの地に集落を構えるワーウルフ族。住処の近くに魔物が巣を作ってしまったという事で、加勢を求める内容。

 報酬金も随分な額だが、依頼書を見たフィオンは即座に気付く。


「こいつは、複数のパーティを募集してるな……。大型の魔物が何匹か……。まあ参加したパーティで頭割りってんなら納得の額……ぬ」


 強い目で睨んでくるアメリアの顔は、どうにも報酬金の事は頭に無い様子。

 単純に助けを求めているから助けたい、見過ごしたくないという面持ち。先日の

一件を受けてまるでへこたれておらず、鍛え直された鉄の如き頑固者。


 フィオンとしても断る理由は無い。危険を避けたいというのならそもそもこの場には立っていない。ヴィッキーとロンメルからも次の依頼に関し了承は得ている。

 それにこの依頼ならばワーウルフ達との接触によって、アメリアの帰る方法に何か進展があるかもしれない。

 当のアメリア本人は今一それに関して積極性が見られないが、フィオン達としては無碍には出来ない案件である。

 アメリアに背中を押されながら少々なし崩し的に、依頼書を手に受付に向かう。


「はいよ、身分証を良いかい? あんた達なら大丈夫だろう」

「ちょっと待ってく……ん? ぁーこいつは、宿に忘れて来たか。アメリア持ってるか? ねえなら一旦戻るしか……」


 アメリアは懐から赤い半透明の水晶、楕円形の冒険者登録証を取り出す。

 フィオンやヴィッキーが身分証を忘れて来てしまった時限定だが、ちょくちょくと世話になっていた小さな水晶。

 アメリアにとってはそれ以上に大事な品であり、肌身離さず携行している。


「これでお願いします。多分今日中に出発できると思います」

「あいよ、水晶の方だね。ちょっと待っててくんな、すぐに……?」


 受け取った組合の男性は手続きを済ませようとするが、依頼書の一角、依頼を受理した日付けに気付き顔を顰める。よく見れば、紙そのものも少し色褪せていた。

 申し訳なさそうな顔で、フィオンとアメリアにその詳細を説明してくる。


「……お二人さん、ちょっとこの依頼は……止めといた方が良いかもしれんぞ?」


      §§§


 忠告を受けたフィオン達は一旦依頼書を持ち帰り、宿で顔をつき合わせている。

 組合の男性から指摘された事は決して無視出来る事ではなく、全員で話し合う必要性が生じていた。


「なるほど。半年前の依頼で複数パーティを募集……。今受けた所で事に当たるのはあたしらだけになる、か……。報酬を独占出来るのは美味しいけど、ちょっと荷が大きいね」


 ワーウルフ達からの救援依頼が受理されたのは半年前。

 村が壊滅したという報告は組合も受けていない以上、まだ持ち堪えているという事だが、今更依頼を受けた所で他の冒険者パーティが来る可能性は皆無。

 確認されているだけでも大型の魔物が最低二体、更に大量の取り巻きもいるらしく、ワーウルフ達と共に戦うとしても苦戦が予想される。


 説明を受けたヴィッキーとロンメルは、共に押し黙り思案する。

 詳細を飲み込んでからもアメリアの考えは変わらず、危機に瀕したワーウルフ達を助けたいという考えに変わりは無い。


 フィオンとしては少々難しい心境。

 実績と報酬だけを考えれば申し分無い依頼だが、付き纏う危険を量りかねる。

 複数のパーティを求める依頼を、自分達だけで無事にこなせるかどうか。

 アメリアもその辺りは既に理解しているが、その上で頭を下げて三人に頼み込んでいる。自身の我侭に付き合って欲しいと。

 重苦しい空気の中、淡々とロンメルが口を開く。


「依頼が放ったらかしになっとったのは、亜人種への差別意識からかのお。幾ら法の下では平等に扱われようが、刷り込まれた意識の払拭は中々難しい。……場所もヒベルニアの西端。ダブリンと正反対というのも彼らにとっては不幸になったか」


 ドミニアの法の下では、全ての亜人種は人間と平等に扱われている。

 だが過去には互いに血を流してきた歴史があり、確かな隔絶が存在する。

 法で示されようとそれだけで納得をする事は、心を変える事は難しい。


 冒険者達の最大の拠点はヒベルニアの東端ダブリンであり、西端のカルバーとは真逆の位置にある。それによる問題は確かに存在するが、声を挙げるのは全体から見れば小数。

 少数の声は取り沙汰されず、取り沙汰されない以上は捨て置かれる。

 人の世の常であり、別に亜人種達のみが味わっている艱難という訳では無い。


 ロンメルはあくまで冷静に、依頼が放置されていた状況を分析し口にした。

 まだはっきりと自身の考えを出しはしないが、頭を下げたままのアメリアを優しく諭し、頭を上げさせる。


「要望通りに六パーティで分ければ、報酬の方もそう潤沢って訳でも無いね。割りにあってるかどうかは実際に行って見ないと解らないが……。今日中に出発すれば明後日の朝には着くだろう。ほら、ちゃっちゃと仕度しな」


 依然重苦しい空気の中ヴィッキーはさらりと、依頼を受けるとして席を立つ。

 たまに口にする魔導士の理論。等価の交換やリスクとリターンの釣り合いを考えるなら、今回の依頼は正にそれに反するとも思える。

 だが魔導士は一切調子を変えずに、あくまで自身の理念に沿った行動であると、強く芯のある声で宣言する。


「ヴィッキー、お前……良いのか? どう考えても危険な依頼だぞ? そりゃ俺達だけで成功させりゃ見返りはでけえが」

「今までの依頼は殆どあたしが、あんたも少し選んでたね。そいつにアメリアは文句一つ言わず引き回されてた訳だ。そして今回はアメリアが選んだ依頼……。それを前にして、今更あたしに我が身可愛さに突っぱねろってのかい? それこそ有り得ないってもんだよ」


 等価の交換を考えるなら、今までアメリアが飲んできた事を逆の立場になった途端にヴィッキーが拒絶などは出来ない。と言っても、今までにアメリアが依頼に対し不満を覚えた事も無いのだが。

 魔導士はあくまで自身の規範に則って出立の準備を始める。

 それを見たロンメルもまた何も言わずに、少し優しい顔で席を立ち、同じく荷物の確認を始めた。

 きょとんとした顔のフィオンとアメリアに、老兵はいつもの調子で語り掛ける。


「わしはそもそも口を出すつもりは無かったんじゃがな。ヴィッキーがどう言うか待っておっただけじゃよ。……なーに、ワーウルフ達は勇猛な戦士が揃っておると聞く。前に冒険者のワーウルフと組んだ時も頼りになったもんじゃ。いっちょがっぽりと稼いで、浴びる程酒をかっ食らわせてもらおうか」


 冗談か本気か解らない激を飛ばし、ロンメルは装備の確認を始める。

 二人の意思を確りと受け止めたフィオンは腹を括り、安心した様子のアメリアの肩をぽんと叩く。冷や汗を拭い息を吐く少女は、稀に見る真剣ぶりであった。


「まだスタートラインだっての、安心するのは終わってからだ。……とは言えお疲れ、俺も息が詰まってたよ。早く出発したいんなら荷物の確認はしっかりと、んでもって急ぐなよ?」

「む……それはフィオンも同じでしょ。スプマドール出した後に戻るの大変なんだから。……うん、解ってる。大変なのはこれからだって。それでも、今は……」


 遅れぬ様に出立の準備を始める二人。焦らずに速やかに、まだ何も解決していないという事を自らに言い聞かせて。

 荷物を纏める雑多な音に紛れ、控え目な感謝の声が混ざり込むが、耳にした三人は敢えて聞こえぬフリを通す。フィオンの言う通り、困難はこれからなのだから。


 目指すはヒベルニアの西端カルバー、ワーウルフ達の集落。

 まだ見ぬ出会いと荒波を知らず、冒険者達は入念な準備に勤しむ。

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