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ボルドルーンサガ ブリタニア偽史伝  作者: ギサラ
第一章 ヒベルニア冒険譚
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第37話 王都コルチェスター城

 ブリタニア南東部に位置する王都。海に程近い都、コルチェスター。

 その中央に屹立するコルチェスター城。

 戦向きの造りでは無く、政務と各諸侯の為の王城。堀や城壁等はしっかりと管理されているが、戦いの臭いはまるでしない。


 一階は各諸侯の領地同然の部屋と玉座の間が大部分を占め、残りのスペースに兵の詰め所と厨房が据えられている。

 二階は諸侯の親族や客人を持て成す為の造り。中央には魔操具によって整えられた室内庭園、その左右のバルコニーは歓待の場として使われる事が多い。

 三階はバルコニーの上部を避け少々手狭な造りだが、王の私室等が無駄なく配されており、不満の声は取り上げられていない。


 三階の中程、執務室。

 広々としたものではなく、調度品も必要最低限のもの。行き交う人々は窮屈そうに、並ぶ机と椅子に隙間は無く、書記官や事務官、官吏達は書類に追われている。


 その室の中央最奥、眉間に皺を寄せ書類を睨むのは、この城の城主。

 円卓の騎士コンスタンティヌスの末裔であり、ドミニア王国の現国王。魔操具の開発者にしてブリタニアから魔物を一掃させた王、ウォーレンティヌスである。


「ッチ、あの老いぼれめが、どうあっても力付くか……。脳みそが一世紀前から止まっている。……あと少しだと言うのに」


 行間をなぞる目のクマは濃く、毒づく声は錆びれ、塗り薬で誤魔化されているが肌の荒れも酷い。四十半ばであり、決して老人という訳では無い。

 年以上に老け込み、体のあちこちは激務による疲れが見て取れる。

 吐き捨てながらも親書は大事に、事務方へと回し保管させる。


 確認していたのはカリング帝国からの親書。こちらからの数々の譲歩に対する返答の書面。差し出すものは全て受け取らず、あくまで力によって決するとの事。


 数年以上前から王はカリングに対し、戦争を何とか回避すべく水面下での交渉を続けてきた。中には売国行為に等しいものも含まれ、表沙汰にはできない内容。

 だがカリングはあくまで領土に拘り、王もそれだけは譲らなかった。

 その結果の親書は、回りくどくではあるが事実上の交渉決裂を宣言する内容。


「リーズ候とスコットランド伯、ヒベルニアも……いや、あり得んな。既に整えてはいるだろうが、再度の確認を。遅くとも三日以内に返信させよ」


 白髪の目立つ金の髪と淀んだ緑の目。指示を飛ばす指は乾燥と皺が際立つ。

 各地の軍は法の下では全てドミニアの兵であるが、兵達は王では無く、実際に自身らを率いる候や伯へ忠誠を立てている。それは決して常日頃から接し距離が近いというだけではなく、ウォーレンティヌス自身にも原因が有る。

 王自身もそれは解っており、各地の軍を動かすには候や伯への要請が不可欠。


 確認をさせているのは、半年後と見込んだ戦争への具体的な準備。

 王都圏に招き入れ防備に当たらせるのは自身が率いる第一軍と、リーズ候(第二軍)スコットランド伯(第四軍)。国内最強の誉れ高い二軍団である。


「スコットランド辺境伯からは先日、北海の動きが不明瞭と届いておりますが」

「……それに関しては今日辺りにはっきりするはずだ。伯には二度手間になるかもしれんが……あれは気難しいがまだマシだ、送っておいてくれ」


 王が腰から下げるものは、煌びやかな宝剣。王位と権威を示すものではあるが、とても実戦向きの拵えではない。

 ウォーレンティヌスは円卓の騎士の末裔ではあるが、武技の心得は皆無。

 それは周囲や国民から少なくは無い批判の的となった。

 祖に面目無いと思わないのか? と。


 だが王は剣と腕力には依らない手腕、魔操具による生活水準の向上やブリタニアからの魔物の一掃といった改革によって、批判者達を黙らせた。

 その他の国家運営においても法の規範を最優先に置いた差配によって、高い評価を獲得している。


 その賢王による売国にも等しいカリングへの様々な譲歩は、実際にそれに携わる官吏達に不安を走らせたが、話は立ち消えとなり今は僅かに訝しむ者がいる程度。

 目下、最も優先して処理されているのは、半年後への防衛計画の策定と確認。


「ウィンチェスターへの備えに関してですが、やはりクランボーンの者達からは何も。エクセター候からは……厳しい言葉が返ってきております。王都圏よりもこちらにもう少し防備を割け、と」

「ダークエルフ共が……。エクセター候からの申し出は……退けよ、幾ら顰蹙を買っても構わん。王都圏への侵入を絶対に阻む方針に変更は無い」


 クランボーンの森のダークエルフ。

 王都圏西部の大都市ウィンチェスターのすぐ西隣のエクセター領。ダークエルフ達の大きな集落が有り、軍事上の要地でもある。

 ドミニアとしては万が一に備え兵を配したいが、強引な手段を取ればカリングの前にダークエルフとの内戦に発展しかねず、手を拱いている。


 直接の領主であるエクセター候も「そんな事より、もっとこっちに物資を寄越せ。こちらが最前線だ」と、取り付く島も無い。


「西の備えでしたら……ストーンヘンジに兵を置く、という話が……。いえ、失礼致しました」


 検証段階で挙がっていたクランボーンの森の北東、ストーンヘンジへの駐屯。

 一人の官吏がそれをぼそりと口に出すが、冷たい視線が方々から刺さり、冷や汗を掻いて頭を下げる。

 王の意向によってこの室では柔軟な体制が尊重されており、あくまで彼の発言内容のみによる咎めの視線。


 ストーンヘンジ。

 先史時代、円卓の騎士達の活躍以前から存在する環状列石の遺跡であり、ドミニア王国にとっては呪われた地として認識されている。

 国に仇なした大罪人、アウレリウス・コナヌスが埋葬された地。

 人々は好んで寄り付かず、兵達を駐屯させれば士気に関わる。王としてもそれに同意であり、同地への配備は下策として却下された。

 どの道、クランボーンの森からは近すぎて兵を置けばそちらを刺激してしまう。


「あそこに置かれては兵達も不憫だろう。ダークエルフ達にも配慮せねばならん。……まぁ、()()()()()()()()もそれは知っているはずだ。同地が逆に利用される事はない」


 敵側の円卓の騎士。何も円卓の騎士とはブリタニアに限定されたものでは無い。

 大陸からの出稼ぎや武者修行により、アーサー王の幕下で名を成した者も存在する。中には故郷や領地に帰り、今はドミニア王国以外に仕えている者も幾らか。

 そしてカリング帝国にも一人、プロヴァンスに領を構える異国の騎士がいる。


「しかしそうなると、ウィンチェスターは……。ワイト島はエクセター候が張るとの事ですが……。侵入自体を防ぐには、やはり西にも何か」

「エクセター候、彼女には私から直接言っておく。家のバランスを考えると効果は薄いだろうがな。最悪の場合は……クランボーンの森に……」


 ウォーレンティヌスは官吏に言葉を返しつつ、脇に立つ白いフードの者に視線を飛ばす。深くまでフードを被り、顔さえも見せない線の細い人物。

 王からの目線に対しこくりと頷き、王はそれを苦々しい顔で受ける。


 王が即位してより傍らに付き従う白フードの集団。

 執務官達や他の円卓の家々でさえも正体を知らぬ彼らは常に王の側に侍り、特に何をするでもなく、身分や褒賞を求めるでもなく付き従っている。

 城勤めの者達には不干渉が厳命されており、気味悪がられはするものの一定の距離が保たれている。


 カリング帝国との戦いで最前線となるのは、西のエクセター領。

 それに対し王は王都圏への侵入そのものを阻もうと言う方策。各海岸線への備えを終えた今は、ウィンチェスターへの防備を徹底して固めている。

 カリングの最初の攻撃目標は恐らくはワイト島。そこに最も近い王都圏の大都市、ウィンチェスターの防備を固める事は急務。異を唱える者はいない。


 各地への確認を急かす魔操具での通信のやり取り。書面上での確認、サインや印のせがみ合い。執務室から音は途絶えず、戦場さながらの空気が流れる。

 それらをこなしつつ献策や質疑を捌くウォーレンティヌス。両目と両腕、更に両の耳は常に何かに追われ、息付く暇は無い。

 そんな多忙な王の下へ更に一つの連絡が、待ち侘びていた内偵の結果が入る。

 傍らの魔操具の端末は無情な文面を、最悪の未来を寄越す。


「ッ――スコットランド伯への連絡、まだ行ってないな? ……そうか……そうか。……いや、私だってこうする。あの老いぼれでもこの程度、しない訳が無い」


 忌々しげに文面を睨み、頭をフル回転させるウォーレンティヌス。

 陰気な顔の眉間には皺が寄り、新たな難問への解を必死に自身に急かす。北への備えは疎かには出来ない。スコットランド伯の分析は正しかった。

 そう時間は掛けず、深い溜め息と共に結論を出す。

 国の為にも自身の為にも、唯一最大に守るべきは領土であるのだから。


「スコットランド伯にはこの報をそのまま回せ、ヒベルニア伯にも同じものを。……それに加えて両方に『ノルドに備えろ』と送っておけ、要請よりも余程効果がある。秋の内に来る事は……流石に足並みは揃えるだろう……。北海の流氷には細心の注意を、溶けたら直ぐに奴等はやってくるぞ。リーズ候は予定通りこちらに着てもらう、ウェールズ候は……」


 王都の執務室から各地へ指令や要請が飛ばされながら、時の巡りは秋へと移る。

 カリング帝国との開戦は半年後、冬明けと目された秋への入り。

 狂戦士達の参戦を報せる報告。それを受けた王の心労は益々重くなる。

 心中に去来するものは出来るだけ早く冬に入り、そのまま永遠に冬が明けるなという、神頼みにも近いものだった。

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