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ボルドルーンサガ ブリタニア偽史伝  作者: ギサラ
第一章 ヒベルニア冒険譚
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第33話 原点再逢

 アスローンから北へ、依頼地であるバリーナモアに向かうフィオン達。

 古い山城に逃げ込んだという魔獣の討伐依頼。依頼書は簡潔且つ不備の無い記載であり、フィオンにとってもヴィッキーにとっても意に沿う内容。


「思い出しただけでもうんざりするよ……。あれはダメこれもダメとか一々言ってきて更に確認でもう一回。おまけに冒険者規約の復唱ときたもんだ。……我ながら中々に辛抱強かったと褒めたくなる」


 だと言うのに、依頼書を睨むヴィッキーの顔は見るからに不機嫌。

 依頼を受ける際、余りに長くしつこい説明につき合わされたのが原因であり、先日帰りが遅かったのもそのせいだと言う。

 注意点や口外の規制、依頼中の指示への服従等々……。


「たまにそういう依頼もあるからのお。探られたくない腹というのは、誰にでもあるもんじゃ。……その分払いの方は良い。太っ腹か口止め料かは知らんがの」


 アスローンの街の組合担当者が悪い訳ではない。この依頼限定で付随していたものであり、依頼者である国側の注文。

 長時間クドクドと拘束されたヴィッキーは中々に堪えたらしく、あの時卓を飾っていた料理が無ければ、部屋には嵐が吹き荒れていたかもしれない。


「ヴィッキーには災難だったが……獲物がヘルハウンド一匹だけってのは助かる。わざわざ依頼対象になる位だから強い個体なんだろうが、丁度良い……」


討伐の対象はヘルハウンドが一匹のみ。余り例は無いが、長年を生き延び経験を積んだ固体が、個別に依頼対象となる事は無いでも無い。

 今回の依頼はまさにそれであり、フィオンとしては成長を確かめる良い機会。

 普段よりも気合を入れて手綱を引いている。


「二組で協力して依頼に当たれってあるけど、私達以外にも受けてる人達がいるって事? 前みたいな合同依頼?」

「国とはいっても依頼主は第六軍(いつもの)じゃないからね。今回は第一軍(都会もん)だよ。珍しい……というか、勝手を知らない感じだねこいつは」


 依頼主はヒベルニアの第六軍ではなく、王都の第一軍。

 ロンメルが言うには、第六軍以外がヒベルニアで何らかの活動をする事もあるにはあるが、詮索は止めておいた方が良いとの事。

 勿論フィオン達にそんなつもりは無く、あくまで狙いは報酬と実績のみである。


 現地であるバリーナモアの古い山城。到着したのは昼を少し過ぎた頃。

 遠目に見える所々が崩れ落ちた古びた城塞。断崖を利用し構えられた天然の要害だが、既に放棄されて久しく、坂の上に見える城門は朽ち果てている。


 坂下に設営された小規模なキャンプ。馬車で入ろうとするフィオン達は、その入り口で兵達に止められる。

 真っ白の軍装に赤い刺繍が施された第一軍。ドミニア王の軍である。


「依頼を受けてきた冒険者達か? 身分証を出せ」

「ぁーそうだよ。もう一組の方は着いてるかい? あたし達の方が先かね」


 兵士は身分証を受け取り、念入りに記載事項へ目を這わせる。

 必要な手順であり文句を言う場面でもないが、身分証とヴィッキーを見比べる目、執拗な内容のチェック。高圧的な態度がまざまざと浮かび、それを隠そうともしていない。ヴィッキーはあくまで作り笑いを顔に張り、粛々と待っている。

 漸くそれも終わり身分証を返しながら、顎でテントを指し示す。


「お前達はあっちを使え、もう一組は既に待機している。準備が出来たら……誰でも良いが我らの元に一人来い。幾つか伝達事項がある」


 あくまで営業スマイルでこの場を離れ、テントに荷物を運び入れるフィオン達。

 思わず雑に荷を置きたくなってしまうが、それは何の解決にもならない。ならないので、テントに備え付きの安物の椅子と机。

 それらには何の罪も無いが、連帯責任という概念がこの世には有る。今はそれを活用させてもらい、少しばかりドカッと、椅子に腰掛け机に足を乗せる。


「なんだいありゃ……第六軍とはえらい違いじゃないか……。都会もんってのは皆あーなのかねえ」

「お前もグラスゴー出身だろうが。行った事はねえが北部の第ニ都市だし、都会なんじゃねえのか?」


 愚痴を言いつつも装備を身に付け、ロープや道具の類を取捨選別していく。

 見た目にも劣化の激しかった古城塞の内部探索。中も相当に傷んでいる事は一目で想像がついた。獲物がヘルハウンド一匹とは言え、決して油断は出来ない。


「わしが行ってくるとしよう、ヴィッキーを行かせれば今度は……。いや何でも無い。お主らはゆっくりして……もう一組の方に挨拶に行くのも良いかもな」


 噛み付きそうなヴィッキーの視線を背に、準備を整えたロンメルは兵士達のテントへと向かう。恐らくは再度の注意事項等の確認だろうが、無視は出来ない。

 残ったフィオン達も一通りの準備を整えるが、ヴィッキーはまだ少し不機嫌に机に突っ伏し、アメリアはそれに付き合っている。


「俺はもう一組の方に顔出して来るよ。中で協力し合うかもだしな」

「いってらっしゃーい。ヴィッキー、いつまでもブスっとしてると体に悪いよ? ……サンドイッチの残り、食べる?」


 準備を終えたフィオンはもう一組、同じく依頼を受けているという冒険者パーティへと挨拶に向かう。

 友誼や親交ではなくあくまで社交辞令のものだが、もしかすると一時命を預け合う仲になるかもしれない。僅かでも先に見知っておくだけで幾らか意味がある。

 とは言え、本心では面倒臭いフィオンの足は重い。

 軽く溜め息をつきつつテントから出ようとすると、キャンプ中に響く威勢の良い声に、何か聞き覚えがあった。


「ったく、俺達だけで充分だってのに。わざわざ犬ころ一匹の為にこんな……解った、解ったって! ちゃんと行ってくるっての!!」


 フィオン達とは別に雇われた冒険者達。そのテントからは、どこか懐かしい威勢の良い声が聞こえてくる。次いで顔を出すのは一人の男。

 装飾の類は一切無い無骨な戦支度。短く切り揃えられた茶髪と不精髭。

 フィオンがここにいる理由の一つの縁、アンディールである。


「……アン、ディール? マジか……。いや、そりゃそういう事も、あるか」

「ん? お前、どこかで………………って、フィオンか? マジか!? 今日のもう一組って……本当に冒険者になったのか!!」


 暫くフィオンの事を思い出せなかったアンディールだが、解るや否や、互いにガシッと腕を組み合う。屈託の無い笑み、陰気は欠片さえもない力強い交差。

 たった二度目の邂逅、たった数ヶ月前に知り合った仲。だが二人は数年来の友の様に、互いの無事と今を称え合う。


「いやー……まっさかお前が本当に冒険者になってるとは……。あの後直ぐこっちに来たのか? 仲間は何人だ?」

「あの後直ぐに洞窟を抜けて、今は四人で活動してる。……まさかもう一組が、アンディールだとはなあ」


 積もる話を交わす二人は、時を忘れて語らい合う。主な話題はフィオンのこれまでの道のりと、アンディールの武勇伝。

 ヴィッキーと出会いネビンの洞窟を越え、ロンメルと組みアスローンへ移った事。アメリアに関してはダブリンで出合ったと言う事にして、少々はぐらかした。

 アンディールはヒベルニアで受けてきた依頼や仕事、その活躍や苦難を、またも解り易くだが面白く脚色して聞かせてくれる。

 二人の時間はレクサムでの酒場で過ごした時から、そのまま続けて進み出したかの様だった。


「うちは俺を含めて五人だ。しっかし、ロンメルの爺さんか……あの人は俺も誘ったんだがなあ、フラれちまったよ。まぁ、前衛としちゃ俺と被っちまうし、なーにも困る事はねえけどなあ!」


 アンディールはロンメルと面識があるらしく、勧誘を断られた事を笑い飛ばす。

 いかにも自身の方が強いとポーズを決めてアピールしているが、噂をすれば何とやら、魔道の義手がその肩を軽く叩く。


「よく言うわい、あんだけしつこく誘ってきおってからに……。役割が被るのはその通りじゃが、槍と剣ではまた違うじゃろうが。……ま、猿に木登りか」


 兵士達からの長話を負え、ロンメルが傍まで来ていた。

 その意味する所は二人共解っており、少しばかり空気が張り詰める。遊びに来た訳でも酒を酌み交わしに来た訳でも無い。お喋りは道中でも出来るのだから。


「わし等の方はもう準備は整っておるはずじゃ、待機しとるお主らもそうじゃろう。……途中までは一緒じゃが、第一軍が東棟、わしらは西棟じゃ。更に一階と二階に分かれておるが、それは道すがらで良いかのお?」


 アンディールは頷いてそれに応じ、一旦テントへと戻って行く。

 酒場の飲んだくれの空気は一瞬で掻き消え、冒険者然とした鉄臭い空気を纏うアンディール。年齢はフィオンよりも幾らか年上、ロンメルよりは遥かに若い程度だが、踏んできた場数の違いをフィオンは肌で感じ取れた。

 一方、更なるベテランのロンメルも静かな闘志は湛えながら、それでもまだ物腰柔らかくフィオンを促す。


「お前さんがあれと知り合いだったとはのお。詳しい経歴は知らんが、駆け出しの頃から広く名を売っておった。何度か組んだ事もあったが、昔はもっと棘が有ったな……。さて、遅れを取る訳にはいかんぞ」


 フィオン達も最後の仕度を整え城塞へと向かう。

 既に内部の見取り図は軍が入手しており、フィオン達にも明かされている。

 坂を上り切った先に城塞への入り口が有り、そこから東棟と西棟に分かれる。第一軍は東棟を担当し、フィオン達冒険者は西棟を受け持つ。

 更に一階と二階に分かれ、標的以外の魔物の有無は不明だが、あくまで標的を最優先に仕留めろとのお達し。


 それぞれパーティ毎に隊列を組み、軍とアンディール達と共に城塞を目指す。兵士達もいる手前私語は無く、最低限のやり取りのみ。

 警戒しながら向かうが道中は何事も無く、朽ち果てた城門を越え、城塞内部の中庭に踏み入る。荒れ果ててはいるが、枯れ井戸が一つぽつんとあるだけの中庭。

 魔物等の気配は無く、第一軍の兵士達は解り切っている指示を飛ばす。


「打ち合わせ通り我らは東棟を当たる。お前達もしっかり探せ、取り逃がせば報酬は無いぞ」


 予定通り第一軍とはここで別れ、フィオン達は西棟へと進む。

 間近から見る城塞は外壁が崩れ、所々内部が見える程に劣化している。


 大扉の中のホールは、外観からも解る通りの荒れ様であり、廃墟と言って差し支えない。本来ならば篝火で灯りを確保する造りの内部は、随分と風通しが良くなっており松明等は不要。

 グルッと見回しても魔物の類は見られず、ようやく一同は少しだけ息を緩め、腹に溜まっていた愚痴を言い合う。


「っあ゛~~~~――ったくよお、どうしてあーも上から目線かねえ一軍の奴等は。そりゃあいつらがここで嫌われても屁でもねえかもだがよお」

「全くだね、解ってるじゃないか兄さん。獲物を譲る気は無いけど息は合いそうだ。あたしはヴィッキー、道中よろしく頼むよ」


 アンディールとヴィッキーは早速意気投合し、愚痴と共に道中の進み方を詰めて行く。と言っても、あくまで複数パーティでのセオリーの確認。

 基本は互いのパーティで隊列を整えその単位で行動、対応を行う。今回の場合は道幅は広く明るさも充分、地形も把握出来ているという好条件。

 打ち合わせはスムーズに決まる。


 二階への階段に続く分かれ道までは、幾つかの小部屋を経ながら基本的には一本道のルートが続く。

 全くの初対面のパーティならばともかく、今回は幾人か互いに面識のあるパーティ。そこまでは足並みを揃え、無理の無い範囲で協力もする。


「っと……なんだ、アンディールは後ろなのか? てっきり先頭かと」

「ん? おぉ、うちは色々と敏感な奴が先頭でな、俺は後ろだ。最後尾は時に一番危険で対応力が求められる。お前が後ろ張ってんのも、そういう事だろ?」


 数人の隊列においては、最後尾に求められる役割と負担は存外に多い。

 パーティ全体への気配り、前方に対し最も広い視野角での観察。後方警戒、挟撃された際の後ろに対しての前衛。

 後ろの者程、前から受ける歩くペースの影響は大きくなり、体力も削られがち。

 フィオンはこれらに加えてロンメルに対しての弓矢の援護、列が左右から襲われた際にはアメリアの保護を受け持っている。


 アンディールはそれらの大よそを一目で把握し、フィオンの背を軽く叩く。

 自身が冒険者となった最初のきっかけはクライグだが、具体的な道標となった男、アンディール。その人物からの賞賛はどこかむず痒いものであり、同時にしっかりと心地良いものであった。


 弛緩とまではいかないが、二つのパーティはある程度交流しつつ、廃墟の奥へと進んで行く。

 最近の依頼の動性、互いの得物や装備の具合、第一軍への愚痴。どこに潜んでいるか依然不明の魔獣を探しつつ、程良い緊張感を保ちながらの探索行。

 アンディール達はダブリンを拠点に活動し、最近の稼ぎは上々。戦争が近付いているせいか軍関係の依頼が多くなり、景気は良いとの事である。


「……ま、第一軍の依頼は今回限りだな。あの分だといつか割を食わされる。辺境伯の方は良い払いっぷりで愛想も良い。お前らも今後はそっちだけに絞るのが良いだろうな」

「同感だ、次からは……。って、伯に会った事あんのか? どんな人なんだ?」


 話題は辺境伯の人となりへ移り、フィオンはそれに興味を持つ。

 自分達が今最もアピールしたい人物であり、ヒベルニアの最高権力者。

 媚びを売ったり胡麻をするのは御免被るが、いざとなったらそれも必要になるかもしれない。人となりを知っているかもしれないアンディールの情報は重要だ。


「一度だけ依頼中に見た事があるが、一般の兵に対しても……!?」


 突如、通り過ぎた後方。天井の一部が音を立てて崩れ小規模な崩落が起こる。

 会話は一時中断され皆が踵を返して身構えるが、すぐに肩の力を抜く。

 倒壊は最小限の一部だけ、周りの壁や柱には及んでいない。同時に出現した魔物も、既に弱っている一匹だけだった。


 二階の床と共に落ちてきたのは、スケイヴと呼ばれる二足歩行の鼠の魔物。ボロ錆びた槍を杖の様にしよろよろと立ち上がり、毛むくじゃらの体は所々血が滲んでいる。既に瀕死であるが、それでもフィオン達に飛ばす殺意は鋭い。

 周囲を警戒しつつアンディールはフィオンに目配せを飛ばし、即座に機械的に、狩人の矢は獣頭を射抜いた。短い金切り声の断末魔が、虚しく廃墟に響く。


「お見事…………他にはいない、様だな。こいつらは結構群れてるもんだが、さて……ふむ」


 アンディールは警戒を解かぬまま、スケイヴの死体を蹴り転がしてそれを探る。

 全身に傷を負っているが傷跡はどれも裂傷、建物の崩壊等によるものとは違う様に見える。

 天井に空いた穴をちらりと睨んだアンディールは、肩をすくめて隊列へと戻る。


「間抜けが偶然踏み抜いたって事はねえだろう。魔物同士が争うかどうかは知らねえが、どうにもお目当ては二階っぽいな。階段とは別に一階の奥もあるが……」

「あくまで可能性じゃからな、確実に標的のヘルハウンドが二階とは限らん。予定通りこの先の分岐で別れよう。どっちが二階を取るかは……お主らで決めておけ」


 ロンメルの提案に対し、アンディールとヴィッキーの間で熾烈な攻防(じゃんけん)が始まる。

 どっちが標的を仕留めた所で報酬に変化は無いが、倒した方は魔物の死体の権利や実績を得る。みすみす譲る気はどちらにも無く、自然と攻防は熱くなる。

 あの手この手が入り乱れるじゃんけんをしつつ、二列は更に先へと進む。


「そういや、前にも聞こうと思って忘れちまってたが……アンディールは何で冒険者になったんだ? 何かやりたい事とか、目的とかあんのか?」


 熱が入っている交渉(じゃんけん)に割り込み、フィオンは聞き忘れていた疑問をぶつける。

 昔はもっと棘があったというロンメルの言。それを聞き目の前の男にも何か、譲れない様な強い目的が有るのかと思えた。

 いつの間にか五番勝負となっていたじゃんけんに集中しつつ、快活な男はその疑問に軽く答える。


「ぃよぉーっし、こいつで王手だ!! 次で蹴りを……。んぁ、目的? そうだな、そいつは……有った様な無かった様な、ん゛~~……」


 追い込まれアメリアと共に作戦会議するヴィッキーを待ちつつ、アンディールは腕を組んで質問に応じる。

 いつか見た時と変わらぬまま、面倒そうにしつつも何だかんだ面倒見が良い兄貴分。以前にレクサムで出会った時と変わらぬまま。

 暫く考えた後に不精髭を手で掏りながら、それを明かした。


「あれだな、もう殆ど済んじまったが……。人探しのついでになった様なもんだ。冒険者は目的じゃなく……そういや手段だったが、今となっちゃ――笑い話だな。カッハッハッハッハ……」

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