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ボルドルーンサガ ブリタニア偽史伝  作者: ギサラ
第一章 ヒベルニア冒険譚
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第32話 領都アスローン

 復調したロンメルが馭者を務め、一行は何事も無くアスローンへと到着する。

 スプマドールは予想以上の健脚であり、到着したのは翌日の夕刻前。

 士気の高い第六軍の兵士が詰める街を一周する城壁。そこを抜けた先は、まるで別天地であった。


「綺麗……それに、涼しい?」

「湖と川のお陰だろうな。……ダブリンと違って、風がべたつくって事もねえ」


 茜が差し込む湖の街。深緑を豊かに備えた領都、アスローン。

 街の北部に位置するリー湖と、そこから南北に中央を流れるシャノン川。水運としての活用は当然だが、ダブリンの様なゴテゴテした護岸造りではない。

 川の両岸には木々と遊歩道が整備され、保養地としても人気が高い一等地。


 町の中枢部は湖に程近い一画。冒険者組合や組合提携の宿等もその近辺にあり、フィオン達はスプマドールを厩舎へ預け宿を借りる。


「おいヴィッキー、本当に良いのか? 後になって騒がれても俺達は」

「大丈夫、しっかり間仕切りがある。あんたが心配する様な事態にはならないし、万が一の時命が無いのはそっちだよ」


 木造三階建ての少し古めかしい宿。押さえた部屋はそこの二階。

 ヴィッキーが長期契約を結んだ部屋は、六人程を想定した大部屋。

 中央には間仕切りがあり男女のプライベートは分けられているが、本格的なコストカットに乗り出した魔導士に、男衆は幾らか狼狽えている。


「まぁ馬の事を考えると判らんでも無いが……。しかしヴィッキーよ、女のお主の方からこの采配はのお」

「異論が有るなら個室を取っても良いけど、厩舎と飼料の負担は一切変えないよ。勿論部屋代は各自持ちだ。あたしは組合行って依頼を見繕ってくるから、掃除と買出しの方を頼んだよ」


 スプマドールに掛かる諸々の費用は四人で均等に。

 更に男女別で二部屋を取ると、保養地として宿代の高いアスローンでは負担がきつ過ぎる。古く使われていない大部屋一つであれば、宿代は半額で済む。

 ヴィッキーの差配は確かにしっかりと財政を見据えたものであり、それが判っているフィオンとロンメルは、そう強くは出れなかった。


「ほらほら、早く掃除してご飯の準備しないとでしょ。掃除二人に買い出し一人、急がないと陽が暮れちゃうよ!」


 スプマドールが関わっている事もあり、アメリアもこの件に異議を唱えていない。馬車からの荷物を部屋の前、掃除の邪魔にならない様に運んでいる。

 女性陣にここまで引っ張られていては少々立つ瀬が無い。

 フィオンとロンメルもいい加減に腹を括り、共同生活への覚悟を決める。


「わしが買い出しに行って来よう。二人で掃除の方を頼んだ。最優先はベッドと水回りと床と……間仕切りも動かす前に拭いておいた方が良かろう」

「了解。まぁ、馬買ったのは俺が発端な気もするし、本腰入れるか」


 ロンメルが買い出しに向かい、フィオンとアメリアで部屋の掃除を行う。

 窓を開けて風通しを良くし、分担して清掃に乗り出す。一先ずは明日まで過ごすのに問題が無い様に、そこから先はまた明日か後日に後回し。


 二階の窓から見える街並みは、ダブリンよりも大らかで清潔感がある。

 家々はそうひしめき合わず、庁舎等も機能性よりは歴史を感じさせる古い佇まい。精霊のグラスの分体はダブリンよりも多く行き交い、パっと見下ろすだけで二つ程はすぐに見つかる。


「……良いとこだな。なんつうか、のんびり? してるっていうか」

「うん、私もこっちの方が好き。空気も澄んでて、穏やかで……。ヴィッキーの言う通りだったね」


 ヴィッキーの説明を疑っていた訳ではないが、聞いていた以上の場所であった。

 他愛のない雑談と共に、部屋の掃除は進む。


 先日の夜の二人の決意。それに関しての言及はあれから無い。

 気まずく避けているという訳ではなく、互いが互いの考えを理解し、今はそれを尊重し合っている。

 危険な戦地に行って欲しく無いという思いはどちらにもあるが、相手の抱いた想いを理解した結果、言及よりも尊重が勝っている状態。

 緊迫と弛緩の間の程好いテンション。二人の間の糸はそれを保っていた。


「おや、何か良い気配がするかと思えば……こちらにお引っ越しですか?」


 忙しくもリラックスした部屋に、飄々とした軽い声が通る。

 ちょこんと窓際に降り立つのは青い人魂。辺境伯の蒼き精霊、グラスである。


「ぁ、グラスさん。さっきここに着きまして、暫くはここで……ぇーっと……よろしくお願いします?」

「あんた、暇なのか? 街の警邏とかやってるって訳じゃ、ないのか?」

「この街は私の分体が最も多い場所、()()()()あのボウズの膝元。治安はヒベルニアで第一を保証しましょう」


 言われた通り、窓から見える街の様子はとても穏やかである。

 そろそろ日が暮れかける街並みには魔操具ではなく通常の炎の灯りと、精霊グラスの淡い青の光。

 照らされた街並みを行く、ダブリンでは考えられなかった婦女子の一人歩き。川岸のベンチにはのんびり帰宅を考え出す、仲の良さそうな老夫婦。


 のどか過ぎるとさえ思える街の情景。それも精霊グラスの見張りあればこそと思ったが、心を覗き込んだ様に先に種明かしを始める。


「分体の私は獅子の形になって脅かす事はできますが……。実はあれ、全然戦えないんですよ。まともにやれるのは本体だけ。ここの治安が良いのは、あくまで兵士の皆様方の賜物です。勿論、私も担っておりますが」

「……そういう事か。あん時はちょっと威嚇が過ぎるとは思ったよ。……なぁ、辺境伯の軍ってのは、こっから北でやってるって聞いたが本当なのか?」


 フィオン達がアスローンにやって来た理由。それは第一には辺境伯の近くで活動を行い、活躍を耳に入れさせる為。

 グラスに直接それを頼む事も出来るが、素直に聞いてくれるか裏目に出るかは不確実。軽々と口に出す事は出来ない。

 巷で噂には上がっている辺境伯の軍の動向。それならば興味本位で聞いたとしてもリスクは少ないだろうと、フィオンはするりと会話に混ぜる。


「噂通り北部で活動していますが、具体的な位置や予定までは……。こちらに越して来たのはそれがお目当てですか?」

「……あぁその通りだ。ちっとばかし理由が有ってな、偉いさんに聞こえが良くなっときてえんだよ。理由の方は……こっちのも聞かないで貰えると助かる」


 逆に聞き返されてしまったが、ここははぐらかすよりもある程度腹の内を曝す方が良いと、フィオンは考えた。

 元々こちらに対しグラスは悪い印象を持っていない。ならば、そう裏目には出ないだろうと。

 グラスはどう受け取ったのか、見た目からはよく解らないが、そのまま窓際に留まりフィオン達と一時を過ごす。


 取り留めの無い会話をしつつ、部屋の清掃は進んで行く。

 途中からは買出しに行っていたロンメルも加わる。ロンメルもグラスとは接点があり、以前にも何度か話を交えた事があると言う。

 改めて聞いてみると、グラスが冒険者や一般人と接する事はそう珍しくは無く、興味を持てば気軽に誰にでも近付くらしい。


 ヴィッキーの帰りを待ちつつ、フィオン達は一通りの掃除を済ませ夕食の支度に取り掛かる。

 今日からは既製品で済ませる事は無く、食事は節約を掲げた自炊である。

 無論、体が資本の冒険者の食事。決して簡素な物で済ませる事は無く、値段と栄養と量を同率第一に、第ニに味を据え、調理は協同で行う。


 アスローンの街はヒベルニア中央の内陸地でありながら、広大なリー湖からは淡水系の水産物がふんだんに獲れ、安価で街に卸されている。

 ナイフの練習も兼ねて主にアメリアがそれらを捌き、フィオンはその補助をしつつ食材の下処理。ロンメルが味付けや灰汁取り、火加減の調整。

 四人分の調理は中々の重労働だが、三人で分担しそこまでの苦労は無く、食卓は順調に彩られていく。


「ほほぉ、これは中々……美食(グルメ)とは少し違う、家庭料理という奴ですね。匂いの方も……いえ、私は食事は出来ないのですがね」


 眺めるグラスの品評は、中々の好感触。

 あくまで味と量を第一にした調理だったが、良い料理は自然と見た目もそれに釣り合うもの。並ぶ品々は視覚と嗅覚に訴えかけ、芳香は部屋を満たし尽す。


 白身魚に塩を振っただけの簡素な焼き物は、照り返す脂と程好い焦げを備え、ストレートに食欲を湧かせてくれる。

 酒蒸しされた貝類が並ぶ色白のスープ。芳しい匂いの犯人は主にこれであり、酒類を必要としない満足感をもたらす。

 夏の時節のアスローンは大地の恵みも多い。盛られたサラダはまだ瑞々しく、フィオンが調合した黄色い調味料(ドレッシング)からは、香ばしい匂いが鼻口を刺激する。


 部屋の中央、木の円卓に並べられた品々を前に、調理の段階ではヴィッキーを待つ体であった三人だが、誰が言う事も無く手はスプーンとフォークを持つ。

 冷めてしまっては勿体無い、サラダだけでは生殺し。先に手を付けても三人で言い訳をすればヴィッキーにも歯が立つだろうと、舌鼓を打ちながら口へと運ぶ。


「それでは、私はそろそろ。今更言う必要は無いかと思いますが、ここは良い街です。皆様のご期待に必ずや沿うでしょう」


 グラスを見送り、三人は一応ゆっくりと食事を進める。

 ヴィッキーの分は勿論取ってあるが、どうせなら一緒に食事を取って感想を聞きたい。そうでなくとも、先に三人だけ済ませてしまうのは気が引ける。


「ヴィッキー遅いねえ。何か困ってるのかな?」

「遅いって事は、目ぼしい依頼が有ったって事だ。取られる前に手続き済ましちまって、ロンメル、それ取ってくれ……さんきゅ。……そいつを手土産に戻ってくんだろ」


 冒険者組合の建物は宿の直ぐ近く。思っていたよりヴィッキーの帰りは遅いが危ぶむ事では無い。

 これがダブリンであれば様子を見にも行くが、ここはアスローン。治安の良さは折り紙付きであり、そうでなくともヴィッキーが遅れを取る事はそうそうない。

 それを証明する様に、階段の方からは少々急いだ足音が響き、押し扉からは疲れ果てた黒ずくめの魔導士、ヴィッキーが戻って来る。


「ただいま――あ゛~~~~……ったく、良い依頼だと飛びついたらクドクドクドクド面倒な……。って、良い匂いじゃないか。ほほぉ……こいつは予想以上だね、それじゃ早速」


 戻って来たヴィッキーは手袋を取っ払い卓に腰掛け、料理に手を伸ばし始める。

 作った三人としては何とも嬉しい食いっぷり。手を伸ばす端から舌へと運び、その度に良い表情を見せてくれた。

 見ているばかりでもなく三人も本格的に食を進め、あっという間に、鍋と皿は綺麗に平らげられる。

 貝のスープの残りは締めのリゾットに使われ、四人は文字通りの満腹となった。


「ところで、遅くなったって事は依頼受けてたんだろ? そろそろ教えてくれよ」

「ん? ……おっと、忘れてた。また国からの依頼で良いのがあったんだけどね……。まぁ……お誂え向きでは有ったよ」


 ヴィッキーは空になった鍋と皿を動かし、依頼書を卓の真ん中に広げ皆に見せる。国からの依頼であり書式は完璧。目的、場所、報酬、全て淀みない。

 依頼内容は魔獣の討伐。場所はアスローンから北、バリーナモア。

 新たな依頼に目を走らせるフィオン達は、そこで出会う者と、何が起こるのかをまだ知らない。

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