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ボルドルーンサガ ブリタニア偽史伝  作者: ギサラ
第一章 ヒベルニア冒険譚
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第29話 戦争論

 ロンメルを加えダブリンへと戻ったフィオン達は、宿の裏庭で作業をしている。

 先日の遺跡探索で討ち取ったバロメッツ。これの根の繊維を一本一本ばらし、灰を加えた水で煮て二時間煮熟(しゃじゅく)。一時間放置して冷まし、編み上げて糸を作る。


 この糸による帷子は、打撃や斬撃を問わず優秀な防御力を発揮し重量も軽い。

 唯一炎のみには弱いが、市販品を遥かに凌駕した性能を発揮する。


「しっかし、臭え……。なぁ、まさか出来上がりもこの……?」

「安心せえ。教えてくれた奴のはちっとも変な臭いはせんかったわい。……まぁ、いずれ取れるじゃろ、たぶん」


 放置して冷ました細かな繊維から、四人で協力して糸を編み上げる。

 バロメッツの死体は国からの買取が丸々拒否された為、全てを使えばフィオンとアメリアの二人に丁度良い量であった。


「ヴィッキーは使わなくても良いの? 私は鎖帷子あるけど」

「あたしのは特注品さ、今更手を加えるつもりはないよ。こいつの上から鎖帷子を付ける方が、あんたが安全になってあたしも安心出来る」


 朝早くから作業をしているが、膨大な繊維を全て糸にするのは骨が折れる。

 四人で作業をしてはいるが、義手のロンメルは細い繊維を摘まむ事は出来ない。

 三人で糸を結っていき、ロンメルはフィオンの他の装備を精査している。


「ふむ……弓は専門外で判らんが、剣の方は……無銘じゃが良い拵えじゃ。これなら買い換える必要はなかろう。手に馴染んだものを使う方が不足の事態も少ない。出費を抑えるのも重要じゃからな」


 遺跡探索では充分な報酬を得られたが、バロメッツの買取拒否にはヴィッキーは少々機嫌を悪くした。

 組合が言う所では、血肉の少ない魔物は国から安く買い叩かれてしまい儲けが出ない。バロメッツの様な植物のモンスターはその典型で、倒しても得られるのは実績と素材のみ。

 防具を市販品で済ませる層からは、文字通りの厄介物である。


「フィオンよ。お主頭には何も着けておらんが、兜か何か被るつもりもないか?」

「俺も視界優先だよ。距離取って戦うのが仕事だからな。……ロンメルの額当てみたいなのが良いけど、丁度良いの見かけなくてな」


 二人共、兜を軽視しているという訳ではなく、視界を妨げるというデメリットを考慮しての頭部の軽装。

 どの道弓を主体とするフィオンは標的とは距離を取って戦う事が主体であり、ロンメルが加わった今となっては、そちらの機会がより増える。


「わしのは流れの行商から運良く買い取れたもんじゃからなあ……。バロメッツの糸(こいつ)が余ればそれで作るのも良いが、ちょっと半端になりそうじゃな」

「夏の間はあんた達は暑くて大変だろうし、何も着けなくて良いんじゃないかい? 汗が目に入っても厄介だろ? ……そろそろ昼にしよう。糸作りは疲れないが、滅入っちまうよ」


 既に日も高く丁度昼時。

 四人は一旦手を止め、買ってきたパンやサンドイッチを摘まむ。

 冒険者向けに濃い味付けのそれらを頬張りながら、ロンメルはおもむろに、予めフィオンと打ち合わせていた話を切り出す。


「この分なら、明日には何とかなりそうじゃ。こいつの防具なら剣でも槍でも、矢でも防いでくれるじゃろう。……()()()()()()()()()()()()、しっかり守ってくれようさ」

「……戦争? いきなり何の話をしてるんだい?」


 フィオンの真意を知ったロンメルによる提案。

 冒険者になったのは、戦争に傭兵として参加する為の手段であるという事。

 いつかは二人に話さなければならない事であり、こういった事は早い内の方が良いとロンメルは助言し、フィオンは同意した。


「俺が実績や名声を重視してたのは、戦争への傭兵依頼を受ける為だ。ちょっと言うのが遅れちまったが、黙ったままには出来ねえからな」


 戦争と言う言葉を聞きヴィッキーは思案し、アメリアは言葉の意味を解っていないのか、首を傾げつつパンを口にする。


「そう遠くない内にやり合うとは聞いてるけど……負け戦じゃないかい? 名を上げるってんなら、ヒベルニア(ここ)で冒険者を続けてる方が少しは安全だ。こっちは戦場にならないだろうしね」


 大陸から見てヒベルニアは、ブリタニア本土よりも遠く、奪っても有益でも無い痩せた土地。戦いに通じる者達の意見では、主戦場になるのはコルチェスターの王都圏か、カリングに最も近いエクセター領。

 勝算も高いものでは無く、ヴィッキーとしては関与する予定は無いものだった。


「戦争に行くのは名声の為じゃなく……。俺の親友が中尉で、ブリストルに勤めてる。あいつだけ戦争に行かせる事はできねえ。……そいつが言うには、勝算はあるらしい」


 手紙の要点は伏せつつ、フィオンは戦争に行く事は決して無謀ではないと口にする。あくまで勝てる見込み、生存できる可能性が高いという事を言いたかった内容だが、ヴィッキーはこれに商機を見出し食いつく。


「へぇ……現役の将校が……。そいつが本当なら、あたしも一枚噛もうかね。戦働きで大功を立てれば、候や貴族達の覚えが良い。まぁ、間近になるまではしっかり見定めさせてもらうけどね。勝ち馬を逃がす気は無いよ」


 情勢次第では自身も参戦するとヴィッキーは言い切る。

 巻き込んでしまったかと一瞬フィオンは考えるが、どちらにせよ状況がドミニアに傾けば、ヴィッキーは首を突っ込んでいただろうと直ぐに思い至る。


 その傍のアメリアは依然頭に疑問符を浮かべ、難しい顔をして二人を交互に見やる。黙っている訳もなく、解らない事は解らないと率直に口にする。


「先の事を話してるのは解るけど……。ぇーっと……戦争って、何?」

「ぁー……そっからかい。あんたの来たとこでは何か……奪い合いとかは何も無かったのかい? 土地とか、財産とか」

「困った時には皆で分け合って……。取り合ったりした事は、一度も」


 アメリアのいた場所や環境は、殆ど何も判っていない。

 断片的な情報を繋ぎ合わせれば、理想郷やその類のものしか思い描けず、聞けば聞く程に遥か彼方の事に思えてしまう。

 ヴィッキーは暫く考えた後、一つパンを手に取り、小遊びの説明を始める。


「良い機会だからしっかりと教えておこう。解らないままじゃ、いつか後悔するからね……。あたしもアメリアも座ったまま、立ち上がったり移動はダメ。お互いに使えるのは片手だけ。その上で、このパンを取ってみな」

「ぇーっと、パンを取れば良いのね? なら、あ……」


 アメリアが手を伸ばす前に、ヴィッキーはパンを持った手を上へと伸ばす。

 座ったままではアメリアに絶対届かない高さであり、そもそも勝負になっていない。見るからに不満気になるアメリアに、ヴィッキーは少しばかりニヤける。


「ヴィッキー、それは卑怯……。せめて高さは、あたしの手が届く様に」

「交渉だね。じゃあ少しは下げても良いけど、代わりにアメリアは何が出来る? それに応じて下げてあげよう」

「……パン取ったら、半分あげる」


 アメリアの譲歩を受けヴィッキーは、()()()()手を下げる。

 まだアメリアには手の届かない高さであり、益々アメリアの不満は高まる。

 ついに、アメリアはルールを破って立ち上がってしまうが、ヴィッキーもそれに反応し立ち上がる。

 結局パンは届かないまま、アメリアは忌々しげに憎っくき魔導士を睨む。


「……大人げない」

「そういう言葉は知ってるのかい。まぁ戦争ってのはこういう事さ、縮めてしまえばね。……今のを忘れないまま話をお聞き。大事な事だからね」


 ヴィッキーは次いで、ドミニア王国とカリング帝国の、関係や情勢を説明する。

 カリングは更なる領土を欲しており、次に狙っているのはブリタニア島。まだ衝突は言葉や書面のみであり、ドミニアはそれを跳ね除けているが、カリングは周辺国を味方に付け近い内に兵を差し向ける構え。

 侵略が開始されればドミニアも兵を向けざるを得ず、流血は回避出来ない。

 カリングがどれだけの動員力を見せるかは解らないが、最低でも万単位の死者が出るだろうと。


「……と言う訳さ。数年以内に戦争は始まるだろう。あんたのとこでは無かった様だけど、ここではこういった事は、そう珍しく無いんだよ」


 珍しい事では無い。ヴィッキーは淡白にそう言い切るが、どこか諦めや儚さを含んでいた。

 説明を受けたアメリアは顔を真っ青にし、そこへ行くと言ったフィオンやヴィッキーの顔を見やり、ロンメルに首を横に振られ、理解をした上で納得は出来ないと訴える。


「そんなの、おかしい、でしょ……? 何人も、一杯死ぬなんて……。話し合いだけじゃ、ダメなの? それじゃあ済まないの?」

「アメリア、さっきのパンの取り合いを思い出しな。あんたがカリングで、あたしがドミニア。あんたは私が持ってたパン、領土や権利を欲してた。そして取れそうに無いから、交渉をした訳だ」


 カリングはドミニアに対し、一方的な条約や貿易を結ばせようと迫っている。

 当然ドミニアからしてみれば、それらを飲む事は出来ない。

 

「それは……だって届かないし。まだそれなら、話し合いでしょ?」

「さっきの内容を飲む事にあたしには何のメリットも無く、アメリアの要求を飲み続ければ、最後には何も出来なくなっちまう。国同士なら尚更飲めないさ。国が背負ってるのは大勢の……国民の命や財産だ。それを軽々しく渡す事は出来ないよ」


 交渉のみで事が済むなら話は早いが、全ての事柄がそうだとは限らない。

 カリングは開戦の口実探しを兼ねて圧の強い交渉を仕掛けており、ドミニアがこれに屈すれば、事態を悪化させるだけにしかならない。

 要求を飲めば戦争を回避出来る、という見込みがあるなら兎も角、開戦を模索しているカリングに一歩でも譲れば、更に勢いづかせるのみとなる。

 

「なら、交渉出来ないなら……。でも直接戦うよりはずっと……。もっと何か、どっちも納得の出来る、何かを……」

「カリングは戦って勝ち取る事で、充分利益になると結論を出してる。……あんたも、さっきはルールを破って立ち上がった。話し合いを止めちまった訳だ。片方がそうしちまうともう片方も、あたしもやるしかない。……交渉してる時点で戦ってるのも同じなんだよ。飛び交うもんが言葉か暴力の違いだけさ」


 戦争が相手に何かを要求、強制させる為に行われるものだとすれば、暴力が振るわれていないだけで、それは交渉とそう変わるものでは無い。

 特に、要求しているものが領土等の譲れないものならば、要求をした段階で武力衝突の可能性は、より高いものとなってしまう。


 片方が武器を手に襲い掛かれば、襲われた側も武器を手に戦うしか道は無い。

 無抵抗でいれば相手が何もしないという事等、そんな人間性ならばそもそも最初に襲って来てはいないのだから。


 最初にルールを破って立ち上がった。その事を突きつけられたアメリアは、ヴィッキーの言わんとしたい事を察っしてしまう。

 戦争に関し色々と理解は進んだが、その顔は何一つ納得出来てはいない。


「なら、話し合う事は……いけない事なの? 無意味、なのかな」

「そんな事はないさ。話し合いだけで済む方が良いってのは、皆解ってる。その上で……話し合いで手に入らないのなら他の手段を使う。人と魔物の違いは大きいけど、あたし達が魔物にしてる事も、そう変わらないさ。」


 今作っているバロメッツの帷子も、明らかにその存在を踏み躙った上での物。

 勿論、魔物とはそもそも意思疎通は不可能であり、人と比べる事は難しい。アメリアもそれは解っており、魔物を人と同じものとは見ていない。

 それでも、殺した上で死体を使っているという事実は変わらない。


 言葉や概念を知らないだけで、決して頭が悪い訳では無いアメリア。

 理解した事に戸惑いつつ、それでも素直に飲み込む事は出来なかった。


「フィオンは、友達が放っとけないから戦争に行くんだよね? その人も引っ張って、一緒に逃げる事は……出来ないの?」

「……あいつは自分の努力で軍人になった。それを取り上げる事はできねえ。手紙の内用からは、辞める意思とかは全く無かったしな」


 苦労して士官学校に入ったクライグを思えば、その努力を無に帰す様な事は躊躇われる。そしてフィオンが知る限り、クライグは軍を辞めたいと言う意思を全く見せていない。

 アメリアは沈痛な面持ちで俯き、いじいじと糸作りを再会する。落ち込んでいると言うよりは、何か思いつめた顔。


 少し張り詰めてしまった裏庭の空気。

 誰が悪いという訳では無いが、口数は最低限のものとなってしまう。

 ロンメルは一つ「オッホン」と咳払いをし、場を和ますためと言う大義名分を得て、自身の本望を望む。


「そうじゃな……この分なら帷子は明日には出来上がるじゃろう。そうなれば、まずはやるべき事がある。それを避けては通れんなあ」

「なんだい勿体ぶって? 避けて通れない事……。次の依頼を探す事かい?」


 義手の人差し指を立てリズミカルに左右に振るロンメル。なぜかその仕草には若干の苛立ちを覚え、フィオン達は顔を顰める。

 思わせぶりな態度で、しかし確かにフィオン達が忘れていた事を、ベテラン冒険者は颯爽と提案した。


「わしの歓迎パーティと一仕事終えてお疲れ様会と、あとは新たな防具を得て戦力増強のおめでとう会……。丸っと合わせて、盛大にやろうではないか」


 色々と理由付けをしているが、要は酒宴の誘い。

 ロンメル本人の欲は目に見えているが、それでも断る理由も無く、フィオン達は承諾し話題の向きを変える。


 今はどれだけ頭を巡らせようと、戦争に関してはどうしようもなく圧し掛かる。

 ならばせめてそれを背負いながらでも、少しでも良い未来へ辿り着ける様に、一時だけ酒精の力に頼る。

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