第28話 覚悟の質
地下遺跡の最奥。冷たく感情の無い顔で、ヴィッキーはロンメルを見咎める。
手にした赤く短い杖は、標的を過たず静止している。
狼狽えるアメリアを、ヴィッキーはあくまで平静に御す。
「ヴィ、ヴィッキー……そんな、怒る事じゃ」
「怒ってはないさ、そう慌てなさんな。アメリアはとりあえずあたしの後ろに……。ロンメル、わざわざ一から言わなくても、解ってくれるかい?」
アメリアがエルフだという真実。
エルフはドミニアから消えて久しく、かつては国を巻き込んで大捜索が行われた程の存在。更にアメリアは稀有な治癒の力を備えており、ボロ雑巾の様だったロンメルの腕は、既に半ばまで癒えている。
事が明るみになれば国や軍が放っておく存在ではなく、その情報を届けるだけでも相当の謝礼が得られるだろう。
冷たい紅玉の片眸に縫い止められ、ロンメルは身じろぎする事無く、魔導士の問いに答える。
「……匿って、おるという訳じゃな。そして漏洩を懸念している。……強制でもないか。ならば……わしの口を封じるか?」
「バレたら即消すって程あたしは短絡的じゃないよ。けど考え無しに野に放つつもりも無い。……あんたは、この子の事をどう思う?」
抽象的な質問。だが戯れや友誼は一切無い。
嘘や誤魔化しを混ぜればそれで終わりという意思を、声音と突きつける。
ヴィッキーの後ろには回らず、数歩下がっただけのアメリア。ロンメルは困惑する少女を一度見て、口を開く。
「健気で、とても良い子じゃ。わしの変わり果てた腕を見ても、即座に駆け寄り……芯も強い。お主が心配しておる様な真似はせん。それだけは確実じゃ」
「……」
ロンメルの回答は、ヴィッキーの意に沿うものではあった。
だがそれだけで安心するほど、女魔導士は世間知らずでは無い。
口では何とでも言える。後になって幾らでも態度を変える者等、珍しくも無い。
かと言って、ここまでロンメルを見てきてその内面もある程度は知っている。
即席のパーティであるにも関わらず常に敵の前面に身を曝し、他者を守る為に大きなリスクを背負っていた。
勿論それらは、ロンメルの前衛としての立ち居地も関係しているが、それだけで危険を飲むというのは中々出来る事では無い。
態度は変えぬまま、依然冷徹に構え思案するヴィッキーに、二人の声がポンと肩を叩いた。
「物騒な話してんじぇねえよ。まぁバレちまったのは問題だが……。それでもロンメルなら、そう問題でもねえだろ」
「ヴィッキー、杖下ろそう? ……まずはロンメルさんの腕を治さないと」
状況を把握しつつも問題は無いとするフィオン。
状況を解っているのか判らないが、いつも通りお人好しのアメリア。
一人で気を張っているのが馬鹿らしくなったヴィッキーは、杖を下げて気を収める。いつまでも身構えたままというのも、建設的ではなかった。
「すまんな二人共……。わしとてお主の心配は理解出来る、今しがたの質問の意図もな。……そちらから提案して貰わんと、わしは動き様がないぞ?」
アメリアの治癒を受けつつ、ロンメルはヴィッキーに問いを返す。
あくまでも、この場の決定権はヴィッキーにあるとして、しかし阿りや媚びはせずに、堂々と主導権を渡す。
圧力を緩めたヴィッキーだったが、それでも考えに手心は加えない。
尤も、明言していた通り口封じ等をするつもりは更々無い。
軍からの依頼の最中であり、この周辺は確実に入念な調査が行われる。ここでロンメルを始末し、犯行を隠蔽か偽装するというのは余りにもリスクが大き過ぎる。
「一通り考えたがねえ……ったく、記憶をいじれる魔法とかあれば簡単なんだが……。綺麗さっぱり忘れてもらうか、あたしらの仲間として今後も組むか、どっちか無理矢理にでも飲んでもらうよ」
全てを忘れるか、常に目の届く場所にいるか。元々ロンメルに対しては今後も組む事を提案するつもりではあったが、意味合いは全く違う打診。
フィオンとアメリアとしてもロンメルは是非ともパーティに加えたく、この提案に異論は無い。
左腕が癒えたロンメルは腕の調子を確かめ、一息吐きつつ腰を上げる。
「……全く、物騒なもんを突きつけた後に勧誘とはのぉ。ナイフを握ったままで握手しようとする様なもんじゃぞ。解っておった事じゃろうに」
飄々と答えるロンメル。
先程までの空気をさっと流し、まるで意に介していない。
それを受けるヴィッキーの顔は既に、鉄と氷に覆われた冷徹な魔導士のものでは、なくなっていた。
「うっさいねえ老人の小言は。キャンプに戻るまでには決めといてくれよ。拒否するってんなら……。何をどうやってでも記憶をぶっ飛ばしてやるよ」
剣呑な空気はどこへやらと、愚痴気味に答えるヴィッキー。
つい今しがたの剣幕は全く尾を引かせず、二人は足並みを揃え出口へと向かう。
逆に気を張っていたフィオンとアメリア。
嵐が過ぎ去った事をようやく確認し、大きく息を吐いて人心地つく。
「……ったく、冷や冷やさせやがって。何で俺達の方がこんな焦ってんだ」
「は゛ぁ゛~~~~、緊張した。……さっきまでのって、演技だったのかな?」
「いや、そいつは……」
ヴィッキーの放っていたものは紛う事無き敵意であり、だからこそフィオンもそれに気付く事が出来た。
それを真っ向から受けていたロンメルも一切怯む事は無く、仮にヴィッキーが戦闘を始めればどうなっていたか……。
怖気の走る想像をフィオンは掻き消し、まずは目の前のちょこんと飛び出した、白く細長い耳に対処する。
「ヴィッキー、脱出する前にこいつの耳ー! ……ていうか、何でお前の魔法消えたんだ? ヴィッキーが気抜いちまったのか?」
フィオン達は遺跡の最奥を発見、魔獣バロメッツを撃破し帰路に付く。
帰りの道中を妨げるものは無く、その足並みは穏やかに進む。
四人を包む空気も、とりあえず危険な雰囲気は表に表れず、来た時と同じやり取りで地上へと向かう。
疲れにより口数は多くは無いが、ロンメルは触りの無い範囲でフィオン達の出会いやこれまでを尋ねる。三人はネビンの洞窟から今に至るまでのあれこれを、アメリアのエルフの件に関してのみ小声で、ロンメルに語った。
地表のキャンプに戻った時には陽は東に高く、きっかり半日程を地下で過ごした事を示している。
ヴィッキーとアメリアは報告と地図の提出をしに軍の方へ。ロンメルは傷は癒えたとは言え疲労は濃く、あくまで見張りという名目でフィオンがテントへと付き添っている。
「すまんのお、腕はもう良いんじゃが。……それでも、少々血を流しすぎた様じゃ。なに、直ぐに落ち着くさ」
「今はじっとしとけ。二人が戻って来たら飯にしよう。あの内容なら、ヴィッキーも大分機嫌が良くなるさ」
息が乱れたロンメルを、テントに備え付けのベッドへと休ませる。
幾らアメリアの治癒が驚異的とは言っても万能の力では無い。
地下での長時間の先導と激戦。帰り道も半ばまで先頭を務めたロンメルは、目に見えて消耗している。
だが、防具を取り深くベッドに身を沈めたロンメルは、テントの隅に置かれたものをしきりに目で催促してきた。
「帰ってきて早々に酒かよ。……ったく、冒険者ってのはほんと酒が好きだな」
「なんじゃ、フィオンは下戸か? っち、つまらんのお。一仕事終えた後のこいつは……ぁ゛あ゛……やはり、染み渡る」
手渡し早速一口付けたロンメルは、先程の疲労はどこかに吹っ飛び酒瓶を片手にすっかり蘇る。
右の義手で酒瓶を持ち、左手はその付け根の肩を撫で、気持ち良さそうに天幕で仕事明けを味わう。
「やっぱそいつは、体が痛かったり負担とかあんのか? そもそも重いか」
「ん? 生身よりは当然重いが、要は慣れじゃな。痛みも無いし負担も……自覚はないな。魔法で接続? されておるらしくてな。断面の方も塞がっておる。アメリアには冗談で言ったが、両方これなら今より強かったろうになあ、はっはっは」
「ふぅーん……そういやそいつは、雇用主がくれたとか言ってたが……つまりは軍がくれたのか? リーズってえと、第二軍だな」
義手の存在さえも知らなかったフィオンは興味を持つが、出所に関して聞くと途端にロンメルは話を濁す。「そんな事言ったかの?」等と、ボケた振りをして酒瓶を傾け誤魔化した。
詮索するつもりは無かったフィオンはそこで口を閉じるが、逆にロンメルは話題を変えようと、一つ胸に引っ掛かっていた疑問を明かす。
「そういえば、フィオンよ。……名声を求めていると言ったが、それは何か理由があるのかね? 名声はそれだけでは役に立たん。何か目指す所が有るか欲する物があるか……。お主はしっかりと固まっていた様じゃが、聞いても良いかね?」
名声を欲する理由。それは元を辿れば戦争へと、親友クライグへと行きつく。
それは明かしても良いが、開戦の時期や徴兵に関しては躊躇われる。
フィオンも話を煙に巻こうとするが、ロンメルは何か確信が有るのか食い付いてくる。
「そう立派な目標がある訳じゃなく……。まずは漠然と名を上げたいってだけだ」
「そうは見えんかったがのお。名を上げてそれから考える、等というフワフワしたものではなく……。お主の目は、何かはっきりとしたものを求め、明確な目的を持つものじゃった。……話せん事かね?」
酒瓶を離さないロンメルだが、その顔は肴を求めるものではなく、若者を気遣う先達のものだった。深い黒の瞳は、真摯に目の前のフィオンを案じている。
軍の出身であり年長者であるロンメル。実際の処、徴兵や開戦の時期に関し一人で悩む事も多かったフィオンは、その助け舟に乗る事にする。
親友から受け取った手紙の内容とその信憑性。その上で、自身の求めるもの。
話を聞くロンメルは酒には口を付けず真剣に耳を傾け、フィオンが全てを話し終えてから漸く一口、喉を潤してから答えてくれる。
「なるほどな、それで名を上げたいと。ふむ……。徴兵がいつ始まるかは、現役の軍関係者でも一部しか知らんじゃろうな。国内の情勢や新兵を訓練できる手筈等、左右する要素が多過ぎる。開戦の時期に関しては……まだカリングは大義名分を作るのに奔走しとるらしい。秋冬に攻めて来るというのも戦術的にはあり得ん。春から早まると言う事は、恐らくは無い」
徴兵時期は解らないが、開戦の時期は早まる事は考え難いと言うロンメル。
フィオンも同じ考えには辿り着いていたが、それでも自身よりも経験豊富な、更に軍属だったロンメルからの同意は心強い。
大して問題の大きさは変わっていないが、少しばかり肩が軽くなったと感じるフィオン。だが――ロンメルはその先に関して、青年に覚悟を問う。
「フィオン、お前が来年……いやどうなるっておるかは解らんが。首尾よく組合からの傭兵依頼を受けれたとして、その先の覚悟は、しっかり有るのか?」
威圧とは違う。重く苦い空気を纏い、元軍人は告げる。
傭兵となってそれで終わりではなく、それはあくまで開始地点。
真に肝要なのはその後に成す事であり、手を染める事。
その覚悟は有るのかと、他者の命を摘み取る事に関して、老兵は問う。
「……人を殺した事はねえが、何度かやり合った。弓矢も、剣もな。生き物を殺した経験は狩人の時に何度も……。勿論、人と動物じゃ違うってのは解ってるつもりだが……覚悟は、有るつもりだ」
覚悟は有る。そう言い切るフィオンだが言葉の締めは「つもり」。
虚勢でもなく本音を吐いたフィオン故の、覚悟の程度の表れ。
老兵はまだ現実を知らない青年に口を開き掛けるが、仕事明けにそう畳み掛ける事も無いと、酒瓶を傾ける。
まだ開戦までは長くは無いが時間は有る。それまでにフィオンの信念がどうなるか、それを見定めながら導く事こそ、自身の役割と感じ取った。
「……ま、いきなり背負い込み過ぎるよりは良いかもしれん。わしがごちゃごちゃ言うのは……。一度に言っちまう様な年寄りには、なりたくないからのお」
「ん? なぁロンメル、それって……つまり」
ロンメルの言い振りはまるで、今後も行動を同じくする事を前提としていた。
気付いたフィオンに対し、ロンメルは冗談交じりに勧誘を受ける。
「断ればヴィッキーに何をされるか、判ったもんじゃ無いからのお。……いやいや、何も仕方なくでは無いぞ? お主らの行く先を見守るのも、面白そうと思ったからじゃよ」
肩の力は軽く、ロンメルはフィオン達の誘いを快諾してくれた。
幾分か回り道になった加入ではあるが、望み得る中で最上の結果。
新たな仲間となった鉄腕の老兵に対し、フィオンは感謝と安堵を表す。
「どんな理由にせよ、本当に助かる。ありがとうロンメル。……実の所、前衛探しはここんとこずっと苦戦続きでさ、そういう意味でも助かる」
「はっはっは、わしが加わるからには任せておけ。……さて、早速口出しさせてもらうとじゃな」
ロンメルは握手を交わしながら、フィオンの革鎧へと目を向ける。
遺跡に入る前にも話題に上がったフィオンの防御面の不安。丁度それに関し良い事を思い出したと、老兵はとある話を披露する。




