第25話 合同依頼
夏の日差しが照らす粗い街道。
フィオン達は合同依頼の地、ドナフへと向かっている。
新たな仲間探しに日数を費やし、変わったのは馬車の装いのみ。以前までの只の荷馬車ではなく、日差しを遮断するための幌が付いたもの。
結局、合同依頼の期日までに良い仲間を見つけることは出来ず、馭者のヴィッキーは渋い顔をして手綱を引いている。
「ま、妥協しちまって後で問題になるよりは良いけどさ……。こればっかりは運次第かね。何人かは惜しいのもいたけど……まあ案の定か」
良い人材を何度か見つける事は有ったが、それらは既に他のパーティに所属しており全滅。アメリアの事情を抜きにしても実力と人格の双方を蔑ろには出来ず、希望に合う人物を見つける事は出来なかった。
「ロンメルのおっさんは良い感じだったんだがなぁ。あれから見かけなかったが……。アメリア、大丈夫か? まさか鎖帷子もう着てるのか?」
ヒベルニアの夏はそう暑いものではない。寒暖の差も年間を通してそう激しいものではなく、夏の最高気温は二十度にも満たない。
だがそれでも、暑いと感じるものはどうしようもない。
アメリアは薄布の上、衣服の下に既に鎖帷子を着込んでおり、暑さに参ってしまっている。フィオンも革鎧を持って来てはいるが、まだ身に付けてはいない。
そんな中でヴィッキーは只一人、日差しを防ぐ幌からは外れた馭者席で涼しい顔をしていた。その装いは全く変わらず、全身をぴっちりと包んだ黒装束に紺のマントであるにも関わらず。
そこまで苦戦してはいないが、暑さにうんざりしているフィオンは訝しむ。
「ヴィッキー、お前その格好で暑くねえのか? ちょっとおかしいぞ」
「魔導士なら当然の嗜みだよ。温度や風をちょっとだけ操作して自身の環境を良いものに保つ、基礎の一環さ。ほんの少しは消耗するけど、やらないよりは断然快適だからね」
微弱な魔法を操作しての温度や湿度の調節。ヴィッキーはそれらで快適さを保っていると言う。
話を聞いたアメリアは出来もしない魔法を一頻り唸った後、馭者を交代し後ろに回ったアメリアにくっ付こうとする。
押し退けようとするヴィッキーと粘るアメリアの平和的なキャットファイト。
そう長続きはせずに決着となる。
抵抗は無意味と悟ったヴィッキーが敗北を飲み、アメリアは紺のマントの中に包まっている。
「っはぁ~~……ヴィッキーのマントの中、やっぱり少し涼しい」
「あたしは暑くなってんだけどねぇ……。まぁ、これで大人しくなるなら仕方ない。取り押さえるよりはよっぽどマシか」
そうこうしている内に馬車は目的地、ドナフの遺跡近くまで差し掛かる。
街道から逸れた森の中に伸びる細道。魔物を追い払ったばかりだと言うが、死体の類は見当たらない清涼な森。
そこを進んで一時間程で現地に到着する。
元々そういうものなのか地震か何かで埋まったのか、大地から伸びる様に姿を見せる石造りの建造物。
切り出された立方体の石で構成されたそれは、苔と緑に彩られ、森と一体化した小高い丘の様になっている。
すぐ傍には軍のキャンプと依頼を受けた冒険者達。青藍の軍装に白の刺繍の第六軍が取り仕切り、幾つかのパーティは既に遺跡へ踏み入ろうとしていた。
フィオン達も身分証と依頼書で受付を済ませ、馬車を停めて周りの冒険者達をそれとなく探る。
「あけすけにこっちから話を持ち掛けると足元見られるよ。まずは全体をじっくりと探って……」
「そりゃ解ってるが、そうこう言ってたらまた良い奴が引き抜かれちまうぞ。ここはいっそ積極的に」
それなりに大規模なキャンプであり、冒険者達は遺跡に挑む前に、臨時のパーティに関しあちこちで交渉を行っている。本来であれば出会ったばかりでパーティを組むと言う事は難しいが、合同依頼等では話が変わる。
この場にいるのは全て組合がある程度は実力を認めた者達。人格までは保証されていないが、それも他所よりはマシな傾向。
フィオン達も目ぼしい人物がいないかキャンプの方々へと目を走らせるが、その背中にぼそりと、聞き覚えのある、しかし怖気の走る声が投げられる。
『どうして……お前が……』
感情の死んだ他者の運命を嘆く声。フィオンには聞いた事のある声だというのに、酷く歪な、亡者の様な声に感じた。
はっきりとはしない感情が掻き撫でられ、心の奥底に黒いものが沈んで行く。
嫌な汗を掻きつつ振り向くと、そこには見覚えのある中老の男。ロンメルが生気の無い顔で立っていた。
「ぁ、ロンメルさん! ヴィッキー、この人がこの間話してたおじいちゃんだよ。話が面白くてフィオンが言うには凄く強そうだって」
アメリアの声に反応し、ロンメルはハッと正気に戻る。
先日とは違い全身を武装で覆っている。体の要所を守る金属鎧を鎖帷子の上から、頭は兜では無く視界を優先させた額当てを付けていた。
腕の義手はシャツなどで隠してはいないが、言われなければ風変わりな鎧の様にも見える。
「ふぅーん、確かに体の方は申し分ないけど……。フィオン、ほんとに大丈夫かい? なんというかボケーっとしてたが、年のせいかね」
「あ、あぁ……そっちは大丈夫だ。経験有って手練れだと思う。ただ……」
レクサムを旅立つ時、ハンザの言葉からも感じた妙な感覚。心のどこか触られたくないところに、ヤスリでも掛けられた様に虫唾が走った。
それが何故なのか、もたげた感情が何なのか。自身にも定かにならない。
不快な感触が全身を走ったという感覚だけが、今でも残る。
「そ、そうかお前さんらもこの依頼を……。なるほど、機関紙で見かけたヴィッキーとは……お主の事じゃったか」
正面に立ったヴィッキーに対しロンメルは左手の握手を差し出すが、ヴィッキーはそれを見た後に右手を差し出す。
少し躊躇った後ロンメルは義手での握手に応じ、ヴィッキーは露出した義手をしっかり握りながら質問する。
「これが魔道の腕かい……生身と比べてどうなんだい? 強いか弱いか、端的に」
「……強さだけで言うならば、圧倒的に強い。わしの体力を使わずに力を出せる上に生身よりも頑丈じゃ、更に」
握手を離し、ロンメルは手頃な小石を拾い森の木々から適当な的を探す。
二十メートル程離れた位置に赤い木の実を見つけ、即座に石を放つ。石は真っ直ぐに木の実を捉え、空中で赤い汁が飛び散った。
マグレかどうかは解らないが、ロンメルは得意気に肩を回し当然の結果だと主張している。
ヴィッキーは素直にアメリアと共に拍手をし、改めて組む事を提案する。
「こいつは……頼りに出来そうだね。あたしらと一緒に遺跡へ行くのはどうだい? 見たとこまだ誰とも組んで無い様だが」
「うむ、そうじゃな。……この場にいるなら実力もそういう事なのじゃろう。しっかりと用心深くなっておるのも良い事じゃ」
ロンメルはフィオンの肩を叩き、親指でアメリアを指し示しニヤリと笑う。
どうもアメリアをここに連れて来た理由を履き違えている様子だが、面白そうなのでこの場では黙っておく。今は他に、今更ながらに確認すべき事が残っている。
「今更だが、ロンメルさんは前衛って考えて良かったんだよな? 俺達が探してるのは前を張れる人間で、他だとちょっと」
「無理にさん付けをする事は無い、壁を作ってしまう。弓を扱えん事は無いじゃろうが魔法はからっきしじゃ。お主らも荷物があろう、既にテントを借りておる。持って来るが良い」
軍から借りれるテントは基本的に一組に一つ。追加料金を払えば更に借りれるが、大きさ的にその必要は無い。
フィオン達は馬車から降ろした装備等を一旦テントに運び入れる。そこには既にロンメルの荷物が有り、一対の槍と盾が置いてある。
どちらも全体が鈍い色を放つ金属製。よく使い込まれておりロンメルの義手や鎧と同様、無数の細かい傷や跡が残っている。
「こいつがわしの得物じゃ。見ての通りのもんじゃが、こいつ一本でも色々出来る。ただ突くだけが槍の仕事ではないぞい」
長さ二メートル程の槍は柄までが金属製の直槍。
柄の中程にグリップ用の粗布が巻かれている以外には、何の工夫も無いシンプルな造形。穂は刃ではなく、頑丈な三角錐。
盾もシンプルな円盾だが、中央だけが半円状に突き出ている。
裏にはその凹みに対応した取っ手と幾つかの革紐が付けられ、全くの工夫無しという訳では無い。
「まずは、打ち合わせかね。あたしらはまだ中に関して情報を貰ってないけど、ロンメルは何か」
「うむ、幾らか仕入れておる。ざっと話しておこうか……」
遺跡に関しての情報をロンメルは教えてくれる。
内部は分岐しながら地下へと続いており、一先ずは広い通路が伸びている。魔物の有無やどこまで続いているかも解らず、本格的な調査なら野営やマッピングの準備も必要。
造った者達は人なのか亜人なのかは解らないが、学術的な価値が高いと見込まれており、内部での損傷には注意を払わなくてはいけない。
「と言う訳じゃ。隊列はわし、ヴィッキー、フィオンを提案するが、お譲ちゃんはどうする? ここに残っておるよりも軍の方に預かってもらう方が」
「ぁー……。んじゃ、軽くだけど自己紹介いっとこうか? 今更かもしれないけどね、はいフィオン」
敢えてアメリアの事はスルーしヴィッキーは話を先に進める。アメリアも趣旨を理解しているらしく口元を隠している。
悪ふざけと言う訳では無いが、わざわざ邪魔をする必要も無し。フィオンは振られた通りロンメルに自己紹介する。
「二度目だけど……俺はフィオン、ウェールズのレクサムから来た。見ての通り弓矢が得意だが、剣の方もいける。冒険者になったのは……名声を求めてだ」
「名声か……うむ、若者はそうでなくてはな。弓の方は頼りにしとる、わしもさっきの通り投げ物はいけるが矢には及ばんからな」
フィオンは次いで隣のアメリアに目配せする。これ以上うずうずしているアメリアを待たせるのも悪い。
一歩前に出るアメリアに、ロンメルは頭に疑問符を浮かべる。
「私はアメリア、レクサム出身です。戦えはしないけど……独学で治癒の魔法が使えます! ……ぇへへ、驚いた?」
「ち、治癒の魔導士? 冗談……では無いのか」
言葉を無くし驚きを隠せないロンメルだが、フィオンとヴィッキーの様子から大真面目であると理解した。年長者であるロンメルでも相当な衝撃だったらしく、依然目を白黒させている。
期待通りに驚いてくれたロンメルにアメリアは満足し、次いでヴィッキーが自己紹介を済ませる。
「なんとまあ……そろそろ五十になるが治癒の魔導士は初めて見たわい」
「アメリアにはマッピングを頼むよ、フィオンの前に置いて補助してやっておくれ。あたしはヴィッキー、スコットランドのグラスゴー出身。見ての通りの魔導士だが、遺跡の損壊に気をつけるならちょっと力は出し難いね。……前回の森と言い、運が悪いねえ」
「……? グラスゴー?」
ヴィッキーの自己紹介に対し、ロンメルは首を傾げる。特におかしな点は無い自己紹介であり、何が引っ掛かったのかフィオン達には解らない。
すぐに切り替え咳払いをし、ロンメルも自己紹介を返してくる。
「……うむ、パーティに誘ってくれて感謝する。わしはロンメル、リーズの……昔は軍で働いとった。槍と盾の前衛じゃ、色々器用じゃと自認しとる。場数だけは踏んでおるから先導は任せてくれ」
「軍人だったのか、通りで……勿論頼りにしてる、宜しく頼む。……ヒベルニアだってのに全員ブリタニアの出身か。こういうもんなのかね?」
一先ずはアメリアもレクサムの出身だと、エルフの事は伏せてロンメルとパーティを組む。
ロンメルの人格は信用出来そうだが、まだ知り合ってからの時間は短く過信は禁物。いつまで組むのかも未定であり、黙っているのは気後れするが今回の依頼で見定めさせてもらう。
「わしが軍におった時にも治癒の魔導士はおらんかった位じゃ。何とも頼りになるが……いや、詮索は無用か。頼りにしとるぞお譲ちゃん」
「地図の方も頑張るよ、フィオンもよろしくね。……あと、お譲ちゃんじゃなくて私も名前で呼んで貰う方が良い!」
アメリアは前回の時からの様子でも解っていたが、既にロンメルとは打ち解け合っている。傍目には仲睦まじい孫と祖父の様にも見える。
ロンメルは義手ではなく、あくまで生身の左手でアメリアの頭を撫でている。
だが、いつまでものんびりとはしていられない。
大まかな打ち合わせと自己紹介も済ませ、ヴィッキーは具体的な詰めに入る。
「さて、今から出るとすぐに昼になっちまうね。……キャンプで一食取ってから荷物を纏めて、それから踏み込むってので良いかい?」
「うむ、異論ないぞい。幾らか飯も作って行こう。中で調理も出来なくは無いが、ここで済ませておく方が安全じゃ」
踏み込むのは午後からと決まりロンメルは一旦装備を脱ぎ出す。要所に金属板が配された鎧と目の細かい鎖帷子。
それなりに重量がありそうだが、フィオンはそれとは別の問題に関し、先達に教えを請う。
「夏だったら随分暑いんじゃねえか? 全部着込んで行くのか?」
「陽の差さない地下ではむしろ冷たいとも感じるぞ。お陰で夏場は遺跡や地下の依頼が人気じゃな。お主の革鎧は……保温性や重量は良さそうじゃが、何か硬い物は仕込んでおるかね?」
「何も。狩人の時から使ってるもんだから、切った張ったは考えて無かった。……何か新調すべきかな?」
ロンメルはフィオンの革鎧を両手で探る。
灰褐色の狼の皮を丁寧になめし、余り防御力は期待できないもの。せいぜいが小さなナイフか軽い衝撃を軽減する程度である。
防御力だけに限って言えば、アメリアが身に付けている鎖帷子の方が優る。
一通り調べ終え、ロンメルは欠点をしっかりと指摘する。
「冒険者としては些か頼り無いな。軽さや柔軟性では申し分ないが……。丸っきり買い換えちまうのは勿体無い。こいつに合うものを見繕って組み合わせるのが良いじゃろう」
「合う物、か……。まぁ今回は無理だし、街に戻ってから何か探してみるよ。ここんとこ別件で忙しかったしなぁ」
昼食を済ませフィオン達は遺跡へと挑む。
幸先の良い出だしに一行の顔は明るい。それは光差さない地下遺跡の中でも変わらず、その道行きを心配する事は欠片も無かった。




