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ボルドルーンサガ ブリタニア偽史伝  作者: ギサラ
第一章 ヒベルニア冒険譚
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第23話 鉄の中老

「あたしは組合の情報を当たってみるから、あんたはアメリアと一緒に街中を頼んだよ。蓄えは出来たからそう焦る事は無い、じっくり探すとしよう」


 エステートからダブリンへと帰還したフィオン達は、新たにもう一人、仲間を探す為に奔走している。

 バーナギでもエステートでも危険な目に会い、アメリアはあわやという場面まで有った。これ以上無理を押せばいずれ致命的な事態を招きかねない。


「私に気兼ねする必要なんてなかったのに。……それに、私だって少しは自分で」

「戦えねえだろ、果物切るのが精一杯のナイフでどうすんだ。何もお前のお守りの為だけにもう一人欲しいってんじゃねえよ、戦力として切迫してんだ」


 現在のフィオン達の内、実際に戦闘をこなせるのは二人だけ。難しい依頼や危険な場所へ踏み込むには心許なく、最低でもあと一人は欲しい。

 更に言えば、今のパーティの穴を埋めれる存在が望ましい。

 フィオンとヴィッキーはどちらも本分は中衛、今欲しているのは前を張れる存在。前衛を任せられる者が必要であり、アメリアを守る役としても合致する。

 そして仲間にする以上はアメリアの正体に関しても向き合う事になる。情報を共有しても大丈夫と思える人格の持ち主か、どうにかして隠し通すか。


 バーナギの依頼が終わった直後から方々を当たっているが、中々条件に合う人物はいない。高望みをしている事は重々承知しているが、妥協できる案件ではない。


「まぁ、少し条件は良くなった。そろそろ何とかなるさ。エステートの町の事は……それなりに噂になってるみてえだしな」


 町一つを巻き込んでいたエステートの一件。更にその始末には辺境伯の獅子が関わり、そのあらましは機関紙を飾った。

 大活躍とまではいかずとも依頼を受け事態を明らかにさせたフィオン達の名前も、控え目にだが記載されている。

 計らずもエステートの依頼は、フィオンとヴィッキー双方の目的に合う成果を出してくれた。


「あの記事、ヴィッキーが私達のリーダーみたいに書かれてたね。……私はどっちでも良いけど」

「んなもん決めた覚えもねえしどうでも良……いやダメか? ……あいつの方が目立って華が有るからなぁ。まぁ、俺は実績が認められるならそれで良いけどよ」


 来年の戦争に向けて実績を稼いでおかねばならないフィオン。その目的に向けては、悪くない経過である。

 時節はそろそろ春の終わり。残された時間は決して多くはないが、焦る程手を拱いてはいなかった。


「ねえフィオン、そういえばあれって……どういう意味なの? 前にも聞こうとしたけど」


 ダブリンの中央通り、その真ん中に据えられた大きな石像。

 以前にもアメリアに質問されたドミニア王国の祖王、コンスタンティヌスの像である。建国に関する一幕を象徴したものであり、罪人に剣を突きつけながら慈愛の表情を浮かべる騎士が屹立している。


「ドミニアを作った王様だよ。詳しくはそこの……丁度良い、碑文読んでみろ。読み書き習ってんだろ」


 アメリアは部屋を同じくしているヴィッキーから読み書きを習っている。簡単な文章や数字ならば問題は無いが、複雑なものになるとアメリアは読み解けない。

 それでは苦労するかもしれないというヴィッキーと、知識欲を発したアメリアの合意によるものである。


 フィオンに促されアメリアは石像の説明が記された碑文を読み解く。少し硬い言葉で書かれた物語調のものだが、勉強の成果を見るには悪くない題材である。

 石碑の前で唸るアメリアにフィオンが近付くと、内容を確認してくる。


「~~~~……ぇーっと、アーサーに王様にしてもらったコンスタンティヌスが、甥のコルネリウスから、簒奪? 失敗して……それでもコンスタンティヌスは許……した? 大体は解ったけど、簒奪ってどういう意味?」


 円卓の盟主アーサーは、次代の王にコンスタンティヌスを選んだ。

 コンスタンティヌスは王国を作ろうとしたが、甥のアウレリウス・コナヌスは敵対、王位の簒奪を目論んだ。

 しかし企みは失敗し敗北。コンスタンティヌスは彼一人の首のみで事態を収めたとある。


「簒奪ってのは、強引に地位や名声を奪う事だ。これが読めるんならもう大体は」

「それって……具体的にどういう事? 戦って勝ち取るのと、どう違うの?」


 中々難しい事を聞いてくるアメリアに、フィオンは関心すると共に質問の内容には頭をひねる。

 簒奪は定義するならば、本来資格の無い者が地位を奪ったり、不当に高い身分に上る事を指す批判的な言葉である。その具体的な手段や手法ともなると、それは幾らでも存在しまた別の言葉を使うのが妥当である。


「実際に何したかは知らねえが……簒奪なんて言われてんだから毒とか暗殺とか、卑怯な手を使おうとしたんだろ。それで失敗して許され、いや本人は殺されてるか……お優しいこって。そろそろ行こう、別に重要な事でもねえ」


 王位の簒奪ともなれば、それは本人のみならず親族にもその咎は及ぶ。

 甥が対象ならば身内の話になるが、それでも本人のみの死を以って事を終わらせた祖王は慈悲深いと評価されている。

 そこには政治的な思惑もあったのかもしれないが、フィオンには余り関心の無い事だった。


 二人は石像を後にしダブリンの街を回る。一先ずはアメリアを連れている事もあり、広く治安の良い通りを巡る。

 通りに面し軒を連ねる冒険者向けの商店や出店。必然的にそこには多くの冒険者達が闊歩しており、新たな仲間を探すには絶好の場である。


 既に三人で組んでいるフィオン達が狙うのは一人か二人組みの冒険者。余り大所帯では要らぬ注目を受けるし、一人頭の報酬を考えると四人か五人が限度である。

 フィオンとアメリアは条件に合う且つ見るからに前衛の冒険者を探す。性別は問わないがヴィッキーが言うには男性が望ましく、鎧等を身に付けていない街中では体格や腰のものでそれを判断する。


「別にハーレムなんざ興味ねえが、あいつが言うには男女比も重要らしいからな。……まぁ、俺も本音は男話が通じる奴のが良いけど」

「……はーれむ? それは、どういう意味?」


 アメリアに要らない知識を付けるとヴィッキーにどやされる。質問は誤魔化し前衛探しを続行する。

 まずは見た目で良さそうな者達に声を掛けながら巡るが、事はそうすんなりとはいかない。

 一人でいるからといって単独の冒険者とは限らず、既にパーティを組んでいたり。体付きはがっしりとしているが、肉体面も疎かにしない魔導士であったり。話してみるとコミュニケーションに難を持つ者であったり……。


 大通りは全滅し、二人は元いた街の中央へとぐるりと戻る。とは言ってもこの程度でへこたれる訳にはいかず、作戦は第二段階に移行する。


「今日もダメか。……んじゃアメリアはまた組合で頼む、気付けろよ?」

「りょーかい。フィオンも気を付けてね」


 アメリアは組合の建物に一人で移動する。一階には飲み物を提供するスペースがあり、それなりの数の冒険者が屯している。無理の無い範囲で、アメリアはこちらで人材を探す。

 組合内部という事で余り治安を心配してはいないが、念の為組合の職員から常に見える位置にいる様にさせている。


 一人になったフィオンは、望みは薄いが横道や裏通りへ足を運ぶ。

 時たま精霊のグラスが漂うダブリンでは危険という程では無いが、それでもアメリアを連れて行きたくは無い。

 道幅は狭く差し込む光は薄く、表通りには出せないか敢えてこちらを選んだ商店が軒を連ねる。しつこい客引きの遣り手や、外からは開いているか解らない店。妙に陽気な集団や目に陰気を浮かべ酒瓶を抱え地べたに座る者。

 裏通りにいる者は様々だが、ダブリンは全てが光満ちたものだけで出来ているのではないと実感させる。


「っと、先まで来ちまったか。……戻るとしよう」


 ダブリンの西の一角、そこには足を踏み入れる事無くフィオンは踵を返す。

 組合から説明を受けた、所謂貧民窟がそこに広がっている。


 現在でも魔物や魔獣が生息するヒベルニアではあるが、今はかなり改善した方であり、少し前までは更に酷い状況であった。

 ある時、ダブリン近郊に魔物が大量に発生し城壁や備えの無い村々が凄惨な被害にあった。避難した人々はダブリンに集まり、彼らは本土への移住とダブリンへの定住の二つに分かれた。この時に定住を望んだ者達が今の貧民窟の元である。


 本土への移住を望んだ者達に、国は安全な海路に幾らかの補償は付けたが、それでも足りない者達はネビンの洞窟を使った。冒険者や軍の護衛も有ったが、それでも幾らかの犠牲を伴うものだったと言う。


 貧民窟に人材がいる事は考え辛い。フィオンは組合の建物へと足を向ける。

 帰り道にも幾らか冒険者達に声を掛けるが、良い結果は得られなかった。


「さてアメリアはどこ……ん?」


 組合の建物に入りアメリアを探すと、直ぐに見つかるが誰かが同席している。

 フィオンから見て後ろ姿、アメリアと談笑する人物。長袖のシャツの上から解る逞しさと、白髪の混じった短髪。


「ぁ、フィオンだ。こっちこっちー」

「おっと、噂をすればか。どれ……」


 アメリアがこちらに気付き手を振り、男も振り向き席を立つ。

 フィオンと上背は変わらないが、差し出されてきた手と立ち姿には年季の違いを感じざるを得ない。穏やかな空気の中に確かに一本、張り詰めた鉄線を感じる。


「……どうも、フィオンと言います。アメリアとは、何か?」


 左手の握手に応じると、男は小声で言葉を返す。

 落ち着いた色の黒目と、聞く者を安心させる低音。皺は深いが老いは連想されず、古豪という文字が頭に浮かぶ面構え。


「いや、ちょっとな……。譲ちゃんには内緒じゃがタチの悪そうな男共が睨んでおった。勝手ではあったが、少し同席して警戒させてもらった」


 初対面で気を使わせてしまった事にフィオンは頭を抱える。組合の建物内部とはいえ危険は無い事は無いと、認識を改める。

 男に感謝すると共に、少し妙なシルエットの右腕に気付く。シャツの下から出るそれは、ほんの少しだけ左腕よりも太く見えた。


「気を使わせてしまってすいません、今度からは一人は避けて……。左が利き腕って訳じゃ、無いんですかね?」

「ほぉ、気付くかね? 良い目をしている、観察力は大事な要素じゃ。ほれ」


 男は左手の握手を離し、今度は右手を差し出してくる。左手とは違い手袋をしており素肌は見えない。

 怪訝に思いながら握手に応じると、直ぐにその違和感に気付く。

 明らかに、その感触は肉ではない。


「……こいつは、鎧? いやんな訳が」

「鎧の上から手袋というのは、流石に厳しいな。ほれ……こういう事じゃよ」


 手袋を外すと、鈍く黒光りする金属の塊。鎧ではなく手そのものが別の物。

 言葉を無くすフィオンを愉快そうに笑い、男は自身の右肩をぽんぽんと叩く。腕の付け根から()()であると、仕草で示している。


「昔ちょっとやらかしてな、腕を無くしたわしに……その時の雇い主が用立ててくれたのがこいつよ。仕組みはよく解らんが、魔道の力を使った代物らしい。生身よりも強く中々便利じゃぞ」


 魔道の義手。存在そのものが初耳のフィオンは言葉を無くす。

 男はその様子が面白かったのか、快活に笑いながら肩を軽く叩いてくる。気持ちの良い笑いっぷりに、驚いたフィオンも少し笑いに釣られかける。


「紹介が遅れたな、わしはロンメルと言う。冒険者としてはそれなりに長いかのお。何か困ったら事があったら相談するが良い」


 ロンメルの後ろからは、アメリアはジェスチャーで何かを示している。

 奇怪な動きではあるが、フィオンは言われずともその意図に気付く。まさに目の前のロンメルは探し求めていた人材にぴったりである。


「俺はフィオンと言います。冒険者としてはまだまだ駆け出しってとこで……。いきなりなんですが、俺達は今三人組で、もう一人仲間を」

「……それは受けかねる。悪い気は感じんが、それだけで命を預け合う間柄にまでは応じられん。悪く思わんでくれよ」


 一瞬考えたロンメルはこちらを邪険にはせずに勧誘を断る。きっぱりと、有無を言わさぬ重々しい響き。

 初対面で命を預け合う事までは応じられない。その考えはフィオンも理解する所であり、真摯に応じてくれたロンメルを悪く思う事は出来ない。

 フィオンは少し苦い笑みを返し、ロンメルは右手を離しすれ違いながらこの場を後にする。同時に小声で、少しばかりお節介を焼いてくる。


「大事な女子(おなご)ならしっかりと見張っておけ。離れてしまってはそれも適わん」


「そういうんじゃねえよ」とフィオンは顔で示しつつ、蛇足を足したロンメルに手で別れを告げる。愉快そうにしながら、ロンメルは建物から出て行った。

 少ししょんぼりとしているアメリアの前、ロンメルが座っていた席にフィオンは腰を掛ける。


「ダメだったね……良いおじいちゃんだったしお話も面白かったんだけど」

「おじ……まぁ、爺さんかおっさんか微妙なとこだったが。……そうだな、良い人そうだったし前衛っぽい体付きだったが、断られたならしょうがねえ。まだヴィッキーの方も残ってるしな」


 ヴィッキーは組合から辿れる限りの情報を使い、今はそちらを当たっている。

 組合は冒険者同士の斡旋までは仲介していないが、情報を漁るだけならば可能である。それは本人が情報開示を許可している、即ち他冒険者から情報を知って欲しい者、勧誘を待っている者達である。


 フィオン達が求めている条件でどれだけの対象が出てくるかは解らないが、今頃ヴィッキーはそれらを駆けずり回っているはず……。


「……ただいまぁ。ったく冗談じゃないっての……。話になんないわ」


 疲れ果てたと言うよりは呆れ果てたヴィッキーがフィオン達の前に姿を現す。

 明らかに不機嫌そうであり、空いている椅子にどさりと腰を落とす。慣れた仕草で林檎酒(シードル)を注文し、机に突っ伏した。


「だ、大丈夫か……? その分だと成果の方は」

「無し無し無し無し……。待ってるだけの奴等なんざどいつこいつもダメダメだったよ。そもそも情報が古くて居ないってのも多かったし……。あんた達は、いや、そういう事だね」


 良い結果があるのならいの一番にアメリアが報告している。それを察したヴィッキーは大人しくシードルに口を付ける。

 喉を潤し一息つき、一枚の紙を机の上に出してきた。再びグラスを傾けながら、それを二人の前へズイッと押してくる。


「依頼書か、ちょっと先だな……。なるほど、まぁこいつなら最悪の場合」

「合同依頼? 普通の依頼とは、ちょっと違うの?」


 依頼書には少し先の日程と事細かな条件が記されてある。

 軍が魔物を退けた地域の未探索の遺跡の調査。多くの冒険者達に依頼し、大規模に内部を探索して欲しいとの事である。

 安全を期す為に、組合が力量を認めた冒険者のみが受注可能。少数の冒険者は臨時のパーティを組む事を推奨している。


「先日の一件であたしらも少しは認められたって事だね。こいつなら前衛不足をカバーしつつ、良いのがいたらそのまま組んじまう事も出来る。ちょっと先の話だけど、それまでに結果が出なけりゃこいつを受けるよ。フィオンも文句無いだろ?」


 国に実績を認めさせたいフィオンとしても文句の無い依頼であった。

 なにせ依頼者は国そのもの。ドミニア王国からの公的な依頼である。

 充分な人員を揃える為に決行日は少し先の初夏。場所はダブリンから北西の地、ドナフである。


「文句ねえよ、これなら直接国に……ぁーいや、名を上げるには申し分ねえ。まぁ出切ればそれまでに頼りになる前衛を……」


 頼りになる前衛。その言葉を口にし思い浮かぶのは先程のロンメルではなく、懐かしい親友の姿。

 自身よりも体格が良く、それでいて機敏な身のこなし。試験を受けた当時は互角だったが、今ではもう敵わないかもしれない。


「どうしたのフィオン? 何か、ニヤけてる……?」

「ん? ぁー、ちょっとな。思い出し笑いって奴だ。……ま、依頼まではまだ日もあるし前衛探しを頑張るか」


 むしろそうでなくては困る。

 軍に入って六年経ち、狩人であった自分より伸びていない訳が無い。

 フィオンは目の前の二人に目を向けると共に、今の光景の切っ掛けとなった親友。クライグの事を懐かしんでいた。

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