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ボルドルーンサガ ブリタニア偽史伝  作者: ギサラ
第一章 ヒベルニア冒険譚
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第21話 法と人心

 陽の高いエステートの町の中心、大通りの真っ只中。

 町長フィリップと町長代行ジャカブを取り巻き、大勢の町民達が輪を成している。

 ざわざわとした野次馬が大半だが、幾らかの人達は鋭い視線を注いでる。


「ね、ねぇヴィッキー。これ、大丈夫……かな?」

「ったく、ここまで煽るとはね。……まぁ、どうとでもなるさ。あたしらは所詮よそ者だよ」


 円の中心に居合わせるフィオン達は、あくまでよそ者として傍観を決め込む。

 そもそも今から何か出来るかと言えば、それは既に手遅れである。

 注目を浴びる片割れのジャカブはあくまで穏便に、この事態の沈静化を図ってフィリップに語り掛ける。


「フィリップ、さん……。どうして戻って来たんですか? あそこから出てこなければ、私は何もするつもりは……。あなたも、こんな場所に顔を出すのはまずいでしょう?」


 ジャカブは明言はしないがフィリップの賄賂に関して臭わせて来る。

 事を公にせず捜査の手を及ぼさせる気はないと、これ以上フィリップへ何かをするつもりはないと言う。


 問われたフィリップは口元を歪め、懐から二枚の書類を取り出す。

 あくまで捜査の手を止めているのはジャカブが困るからだと、それに対して自身は一切手を緩める気はないぞと、反撃の口火を切る。


「お前がわしを追い落とした収賄の件、既に裏は取れておる。ここにある二枚の書類は、わしが受け取った賄賂は架空であったと! わしに金を送った者はしっかり故人であったと示しておるわあ!!」

「な……こ、故人? そんな筈が、そもそも……どういう事だ?」


 ジャカブは顔を青くし、フィリップは居丈高に益々馬車の上で調子を良くする。

 聴衆達のざわめきは増し、フィリップが持つ二枚の書類に注目が集まる。


「一枚はこやつが偽造したわしの賄賂を示す書類じゃ。勿論架空のものであり、わしは潔白である! もう一枚はそれを証明するもの。わしに金を送った『ロウレス』とやらは五年前に死んでおる! 死人から金をどうやって受け取ると言うんじゃあ!? 死者の名を利用するとは、なんという罰当たりな……」

「そんな……私は決して……。 ちょ、ちょっとそれをよく見せ……」


 馬車へ近寄るジャカブへ、フィリップはこれ見よがしに書類を見せ付ける。

 それを仰ぎ見たジャカブは、力無く膝を折った。何も反論は出来ないと、言葉よりはっきりとその身で示している。だが口を閉じる事はせず、せめて偶然が絡んでいた事だけははっきりとさせる。


「ッ~~~~……認めよう、それは私が偽造したものだ。だが決して、私は死者の冒涜をした訳では無い。架空の名前を作りそれを用いて偶然……。半年前はまだ情報魔操具は無く……それは貴様の仕事が」

「っは、自身の罪をわしに擦り付けようってか? とことん見下げ果てた奴じゃ。答えは皆が出してくれるわい」


 フィリップは満面の笑みを浮かべ、周りの人々へ目を向けた。既に勝敗は付いたとばかりに気を緩める。

 だがその反応は、思っていたものとは少し違う。

 ジャカブを信用していた故に不正を嘆く声、フィリップが姿を消したのを嬉しがっていた声。証拠を突きつけられてもジャカブを応援する声、フィリップの施政は酷かったと非難する声。

 少しはフィリップの肩を持つ声もあるにはあるが、全体的にはジャカブに味方する声が多かった。


 苦々しく顔を曇らせたフィリップは支持を得るべく、更にジャカブの悪行を訴える。既にその口はジャカブではなく、周りを取り囲む人々へと向いている。


「こやつは、森へ落ち延びたわしらに近付いたこの冒険者達に刺客を放った。命を奪い、事を闇に葬るべくなあ! わしらが町へ送った交渉役も殺された!! それでも尚こやつの味方をする者は……」


 聴衆達のざわめきはピタリと止み、再びフィリップの話に耳を傾ける。流石に、殺人や口封じに手を染めたジャカブを大っぴらに味方する者はいない。

 旗色を良くしたフィリップは安堵の息を漏らし、フィリップの取り巻き達はジャカブを拘束しようと迫る。


「こやつは偽造や狂言のみならず、人殺しまで躊躇無く犯しおった! 衛兵! はようこの殺人鬼を……」


だが、それを遮る声と共に、一塊の人々が前に出る。

人混みの最前列に陣取っていた集団。フィオン達に見覚えのある男達。


「それは俺達が勝手にやった事だ、ジャカブさんは関係ない!!」

 

 進み出てきたのは、汗と泥に塗れた作業着や、現場仕事のくたびれた服に身を包んだ労働者達。先頭の五人の男達は、まだ癒え切っていない傷を包帯等で覆っている。

 森の中でフィオン達を襲った男達と、それと心を同じくする者達だった。


 ジャカブに近付いたフィリップの取り巻き達を押しどけ、ジャカブを守る様に人壁を作る。目が合ったフィオン達に頭を下げ、次いでフィリップへ鋭い睨みを飛ばす。

 フィリップは急に勢いを無くし、場を男達に支配される。


「か、勝手に……? そんなもの、ジャカブが罪を擦りつけようと……。そもそも、そんな事をおぬし達がする理由も」

「ジャカブさんはそんな指示を飛ばしたりはしない!! 調べられたらまずいと俺達が妨害に……冒険者達を襲った。衛兵、俺達の自首を受けるのはこの場が収まってからにしてくれ」


 聴衆達はフィリップではなく、自首してきた男達に注目を注ぐ。

 馬車の上のフィリップは歯軋りして男達を睨み、項垂れていたジャカブは狼狽えながら彼らに困惑している。


「き、君達……どうしてそんな事を? 私の為を思ってでも、それは……」

「俺達はあんたのお陰でようやくまともな仕事にありつけた。その恩返しのつもりだった……。フィリップがのさばってた時は身内贔屓や内輪だけで仕事を回してて、町はどん底だった……。こいつが賄賂だ横領だなんてやらかしたって、誰も不思議がったりしねえよ!」


 男達は一斉に指を差し、馬車の上のフィリップを責め立てる。

 ジャカブは言葉を失くし、感謝というよりは嘆きながら、男達に頭を下げた。

 忌々しげに男達を見下ろしているフィリップだが、言葉を失くし馬車の上で固まっている。ジャカブが殺人を指示したという指摘はフィリップにとって最も強い材料だったが、完全に裏目に出た事態に苦い顔で歯噛みする。

 円の中心にいるフィオン達は雲行きの怪しさに眉を顰めるが、事態は更に傾いて行く。


「……まずいな。こっからまだ何とか出来るか?」

「まだ材料はあるけど、微妙なとこだね。出してみないと判ら……ん?」


 ジャカブの支援者達の中から、一人の男が進み出る。労働者とは少し違う風体、役人風の男。

 それは、今度はフィリップに見覚えのある人物だった。


「っなぁ!? コンベル……お前、生きて……」

「……俺がフィリップの下から放たれた交渉役だ、ちゃんと生きてるぞお! ジャカブさんは全て話した上で、自分の目で見てどっちを選ぶか機会をくれた。あんたには世話になったが……俺だってエステートの住人だ。どっちが良い町長かってのは、帰ってきてすぐに判った」


 かつての味方にあっさりと裏切られ、フィリップはあんぐりと口を開け呆然と立ち尽くす。

 コンベルも幾つか思う所はあるのか、一度フィリップに頭を下げすぐに後ろへ戻った。


 騒ぎを囲む町の人々は最早ざわめくだけではなく、そこかしこで議論を巻き起こしている。

 内容はどれも『犯罪に手を染めたが良い町長であるジャカブと、悪質ではあるが本来の町長フィリップ』どちらの味方をするか口々に話し合っている。

 全体的にはジャカブに味方する声が多いが、犯罪に手を染めたジャカブを非難する声も少なくは無い。同時に、明らかになっていないだけでフィリップにも罪が有るのでは? と疑う声も飛び交う。

 渦の中心のフィリップは、何とか民意を得るべくジャカブを責める。


「わしを追い落とした時、こやつは言論の機会を奪い、取り巻きを使ってわしらを町から追い出した!! あの時逃げ遅れておったらどんな目にあっていたか……」

「それも俺達が勝手にやった事だ! 特定の誰かに肩入れしないジャカブさんに取り巻きなんていねえ。そしてお前の取り巻き達は、お前が町長だった時に甘い汁を吸ってた奴等だ!!」


 指摘されたフィリップの取り巻き達は、周りから刺さる視線に耐え切れずすごすごと引き下がる。

 町でジャカブを見かけた時、特に取り巻き等を見た事は無かった。口々に人々はその施政を褒めていたが、胡麻をすったりおだてる様な声も聞きはしなかった。

 労働者達はあくまで自発的にジャカブの味方をしたと言い、責任感は強いが危なっかしい人となりを明かす。


「この人は周りの事にはよく気付くが、そっちばっかり優先しちまって……自分の事にはさっぱりだ。フィリップの野郎を追い落とす時も焦りに駆られて見切り発車で、見てらんなかったぜ。悪い事だとは解ってたが、町の為……いや、俺達自身の為に動いたんだ」


 フィリップとジャカブは対照的に、自らジャカブの為に動いた労働者達へ視線を注いでいる。

 怒りと共に歯軋りしながら、ゴミを見る様に見下すフィリップ。自身の為に犯罪を犯させてしまった事を申し訳なく思うジャカブ。

 周りの議論は過熱し、まだ何とか話し合いだけで済んでいるが、段々と荒い口調や汚い言葉が飛び交い出す。

 この場での唯一のよそ者であるフィオン達。人々の様子を見ながらひそひそと馬車の上で話し合う。


「ど、ど……どうするの? フィリップさん、ここから……どうなるの?」

「……いよいよになったら、巻き込まれない様に逃げ出すよ。依頼の裏は取ったんだ、それだけであたしらはどうにでもなるよ」


 ヴィッキーはあくまで部外者として、最悪の事態を想定しロバへと目線を飛ばす。

 いよいよになったら事故を装ってロバを暴れさせ、その隙に逃げ出す。もしフィリップが大敗すれば、周りの人々がどういった行動を取るかはある程度想像出来る。衛兵達も大通りに集まってはいるが、数は全く足りていない。


「何か、できねえのか? フィリップを勝たせるかどうかじゃなく、何か……」


 ヴィッキーの提案を聞きつつ、何もできない事態を招いた事に、フィオンは拳を震わせていた。

 彼らが行ったのはジャカブの不正を暴いた事であり、手段はともかく、それ自体は過ちではない。この状況の原因はフィリップの身から出た錆びである。

 それでもこの場を作る一助となったフィオンは『よそ者』である事は受け入れられず、こうなる事をある程度想定しながら、何らかの手を打たなかった自身を不甲斐無く思う。


 自発的にジャカブの味方をした労働者達は、膝をついたジャカブの手を取って立ち上がらせる。人々から激励を受け背中を叩かれるジャカブは、段々と顔に生気を取り戻す。

 皆からの言葉と期待を背負い、ジャカブは責任を果たすべく再びフィリップへと挑む。


「フィリップ……アスールという人物に心当たり……いや、覚えはあるか?」

「……アスール? 誰じゃそれは? 庁舎勤めに、そんなのおったかの……」


 覚えは無いと言ったフィリップに、ジャカブは険しい目を向ける。

 それは今までのジャカブとは違う気配。腰が低く物腰が穏やかな町長代行ではなく、義憤に駆られた一人の男だった。

 思わず怯んだフィリップに声を荒げて糾弾を飛ばす。


「私の父の名前だ。先代町長、お前の父に拾ってもらった我が父アスールだ! 次代の町長になるお前にも目を掛けていたが……せめて貴様が目を覚ますかもと、ロウレスの名は父の名から作ったが……。やはり貴様なぞ町長になるべきではなかったあ!!」

「ぬ、ぅ……ええい、今はそんな事どうでも良い。 ……貴様、わしの町長の位を否定するか? それはこの国の法に定められた継承権を、ドミニアの法を否定するか? それは犯罪どころではなく、貴様が楯突いておるのは……」


 ドミニア王国において、各町や都市の指導者は国の認めた名士、豪族による継承性で成り立っている。

 それはエステートも例外ではなく、これを否定してしまう事は法を否定する事に繋がる。

 法に対し直接言及する権利を持つのは、最低でも大都市の長の位。町長代行のジャカブには当然そんな権利は無い。

 そのジャカブが法に対し直接異を唱える事は、法の否定。即ちドミニア王国の否定であり、円卓の騎士に反旗を翻すに等しい行いである。


 墓穴を掘ったと見たフィリップは一転して反撃を試みる。

 誰が何と言おうともジャカブは違法行為を行ったが故に窮地にある。そのジャカブが更に無法を働いたのならば、民衆も必ずや自身に従うだろうと。


「私は間違っていない。世襲や血だけで身分や待遇が決まるのは余りに不公平だ! 私に、法に口を出す権利が無かろうと……その考えだけは間違っていない、むしろおかしいのは」

「こやつは……ジャカブはまさにドミニアの法に、円卓の定めし法を破ったぞ! 町長代行どころか、町長の域を超えた越権行為である! わしの町長の位に言及する権利をこやつは持たん、身分を弁えぬ蛮行じゃ! それで尚こやつは……」


 場は一転して静まり、人々はフィリップに耳目を集中させる。紛糾直前だった民衆の議論は、急に熱が消えて()()()()

 馬車の上の老人を見る目に熱は無く、耳から入る言霊は心に響かない。フィリップを囲む民衆の目は、無機質なものに染まっている。

 一頻りドミニアの法と自身の正当性を叫んだフィリップは、ようやく皆が自身に従ったと感じ、馬車の上で踏ん反り返る。


「よおやく解ってくれたか……では、さっさとこの罪人を捕らえ」

「なに言ってんだあのジジイ? 身分だあ? 今誰もそんな事言ってねえだろ」


 顔も見えない人混みの中から、誰かがぽつりと口に出す。

 小さな火花が上がる。それはとても小さな最小単位のもの。大きな視点から見れば無いにも等しく、普段ならば無視される様な一粒。

 だが確かに発せられた反発に為政者は激し、更に()()()()()


「どこのどいつじゃあ!? ドミニアに歯向かう愚か者めが……今まさに問題なのは法の遵守と履行を」

「今問題なのはそんな事じゃねえ、てめえとジャカブどっちが良いかって話だ! 訳解んねえ話で上から押しつけようとしてんじゃねえぞお!!」


 一つの火花は二つの火花を呼び、それはやがて火種となる。火種はそこかしこで発生し、瞬く間に燃え上がり、町の中心に大炎が上がる。

 過激化していた周りの議論はフィリップの声によって一瞬塞き止められ、行き場を無くした感情は今一点に集中する。

 民衆がフィリップに向けるものは既に疑念や反発等の生易しいものではなく、敵意や憎悪といったドス黒い感情に変わっていた。

 円の中心のフィリップへ、全方位から罵詈雑言が注がれる。最早その傍のジャカブには目もくれず、自分達を虐げる為政者へと殺気を飛ばす。


 感情と言う名の炎の渦に巻かれたフィリップは馬車の上で怯え竦み、ヴィッキーはそれを吐き捨て脱出を図る。


「っち……もうダメだね、ロバを切り離しな。怪我人は出るだろうが今は……」


 急激な圧に晒されたロバは激しく怯えていた。今馬車から切り離せば怯えながらに大暴れをするだろう。

 そこに、輪の中から飛び出てきた男達がロバを御する。

 男達は手早く馬車とロバを繋ぐ革紐を切り落とし、怯えるロバを落ち着かせながら手際良く離れて行く。周りの民衆達には「フィリップの逃げる手段を奪ったぞ!」とアピールし歓迎されている。


「って、ちょっとちょっと!? こんな時にロバ泥棒って」

「ッ……いや、まだ何か……何か、ねえのか!?」


 民衆の怒りは頂点に差し掛かり、段々と円を狭めて来る。渦を巻く怨嗟は実際に熱を発し、円の中心のただ一人に集中する。

 いつ投石や馬車への殴り込みが始まるか解らない瀬戸際に、フィオンは活路を求める。それは脱出ではなく、この場を何とか鎮める方法。


「諦めなフィオン、こいつはもうダメだよ。言ってた事は正しいが、正しい事が常に受け入れられる訳がないって、誰でも知ってる事だろう」


 ――しかし、予想していながら何もしなかったフィオンに、今は手段は無い。

 目は怒れる群衆しか捉えず、耳は憤りの声しか拾えない。事前の準備や用意をしなかったものに、糸口が残されている道理はない。


「二人共あっち! ジャカブさん達が……」


 頭を抱えるフィオンとヴィッキーにアメリアが何かを示す。

 ジャカブと労働者の男達が何とか道を作って手招いている。そこの民衆だけはジャカブ達に説得され他よりは落ち着いており、何とか広場の中心から脱出出来そうである。


「しめた! 行くよフィオン、今は自分の事だけ考えな」


 ヴィッキーに腕を引かれ、フィオンは苦い顔で円の中心から事無きを得る。

 外に抜け出た先には、厳しい顔をしたジャカブが馬車の上のフィリップを睨んでいた。


「ジャカブ……どうにかできねえか? あんたの言う事なら……」

「もう無理でしょう、出来たとしても正直な所……。あの男は間違えました、民衆を……いえ、皆を正しく理解出来ていなかったのです。私達にとっては法の正しさより、もっと色々と大事な事があるんです」


 フィリップの言っていた事は法に則った理論であり、決して間違いではない。

 だが、正しい事が常に最優先であるとは限らない。法や世の理と言った、どこかの誰かが決めた目に見えない事では尚更に。


 フィオンやヴィッキー、ジャカブは正しくドミニアの国法を理解しているが、全ての民衆がそうだとは限らない。ある程度知っていたり嗜んでいる者も当然いるが、その理解度や重要度はマチマチである。

 この場に集まった彼らの関心は『誰が町の指導者に座るべきか』。それを決めるのは理論においてはドミニアの法だが、彼らにとっては政治の手腕と人格が優先であった。

 そんな中で、聴衆の熱が臨界に達しかけた所に、フィリップは法の正しさだけを大々的に振り翳し、更に反発する人々を口撃してしまった。火に油を注ぐという行為の、正に体現である。


 フィリップは致命的に履き違えていた。ジャカブが法を破ったという一点を示すだけで、自身が町に受け入れられると考えていた。

 頭ごなしに押し付けられたエステートの民達は、いよいよその手に石を掴み、窮地の為政者へと狙いを定める。


「ヴィッキー、これ……もう」

「あんたは見なくて良い。人ってのは時におぞましいもんさ、わざわざ無理して見る事は無い」


 竦んだアメリアの目を、ヴィッキーはマントで覆い隠す。まだ投石は始まっていないがそれも秒読み。

 囲われた馬車の上には何とか自棄だけにはならず、しかし怯えて動けないフィリップ。その周りの取り巻き達も、にじり寄る民衆に頭を地につけて謝罪している。


「……ヴィッキー、アメリアを頼んだ。まぁ、死にはしねえだろ」

「は? ぇ、ちょっとフィオン? あんた、バ……!?」


 よそ者であろうとし、しかし遂に最後まで踏ん切りのつかなかったフィオン。ヴィッキーとジャカブの制止も聞かず踵を返す。

 そのまま真っ直ぐと円の中心へ、怯える老人の下へと走る。

 何か考えがある訳では無い。誰かがこの場を纏められるとも思っていない。


 だがそれでも、自身が関わった状況で誰かが苦境に立っている。

 それを見過ごす事はこの青年には、黙って見ているだけは出来なかった。

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