第16話 腕利きの町長
数日の休養と課題への対応を経て、フィオン達は再び依頼を受けている。
ロバに引かれた屋根無し馬車で向かっているのは、ダブリンから西のエステートの町。
町の近くに野盗が住み着き、その偵察をして欲しいとの依頼である。
「しっかしねえ、どうせならもうちょっと潤うのを選んで……。まあ、あんたの意図も解るけどさあ」
「解ってるならそれで良いじゃねえか。俺がこういう依頼を重視するってのは何度も言ってたろ。その上で……選り好みしてたらこれしか無かったんだよ」
いつか聞いた様な台詞でフィオンはヴィッキーを黙らせる。
戦争に通じる実績の欲しいフィオンにとっては、野盗や魔物に関連した依頼を一つでも多くこなしておきたい。
だがアメリアの事をおざなりにも出来ない。危険な場所に連れて行く事はまだ躊躇われる。
そういった手合いの依頼且つ危険度の低いものを選んだ結果、雀の涙の様な報酬の、埃を被った依頼しか選択肢は無かった。
「まあ良いじゃねえか。バーナギの件は思ったより金になったしな。スプリガンの死体、ちゃんと売れたんだろ?」
「そっちは大丈夫だよ、あたしが炭にしちまった分はダメだったけどね。でもまあ……予定外の魔物はもう勘弁だよ。危なっかしいったらありゃしない」
バーナギの依頼においては組合も依頼主の村長も、魔物の出現は無い物として依頼を出していた。
その上で魔物と遭遇し無事に成功させたフィオン達には、追加報酬と適切な魔物の死体の買取が行われた。だが、命を危険に晒した事と釣り合うかは微妙な所である。
それなりの収入にはなったが、三人で等分すれば生活費としてはそれなりに潤う程度。
魔物との不意の遭遇の原因も、戦争が近付いている事が原因とされている。
ヒベルニアの各地では実戦訓練を兼ねた軍の魔物討伐が活性化し、住民には確かな恩恵と、魔物の生息域への変化が生じている。
組合としては不意の遭遇が増えた事で大損が生じているが、ヒベルニア伯はのらりくらりと組合の追求を躱し、余り相手にされていない。
パーティが抱える課題への対策も良い結果にはまだ出会えず、ヴィッキーは晴れない顔で屋根の無い馬車に揺られている。
「ところで……アメリア、もう一度聞くけどあんたは馬車で待ってたり、今回ならエステートの町で待機してても良いんだよ? あんたが一緒にいるのは、そりゃあたし達にとっちゃ心強いけど……無理強いするつもりも、あんたが待機する事でそれを疎む気持ちも無いよ?」
アメリアは装いを新たに馬車に同乗している。
見た目には変わらないが服の下には鎖帷子。魔導士であれば鉄製品は魔力を阻害し忌避されるが、アメリアにはそれは関係無い。
二人はアメリアの安全な場所での待機も思案したが、アメリアは一緒に行動すると主張した。常に危険と隣り合わせの冒険者稼業にそれは大いに心強いが、同時にアメリア自身の負傷も危ぶまれる。
妥協点としてアメリアへの防具の購入、エルフの耳を隠蔽している魔法を維持するために、首から下の鎖帷子が着地点となった。
だが今回の相手は魔物ではなく人間。見た目で真っ先に狙われるのはアメリアであり、偵察のみならば直接の戦闘の可能性はそう高くない。
ならば町での待機もどうだろうかとヴィッキーは確認するが、少々頑固な少女は首を横に振る。
「お金を三人で分けるのに私だけ待ってるのは、おかしいと思う。怪我した時に私がいなかったらそれこそ役立たずじゃない。それだけは……絶対に嫌」
先日のヴォルンも、そう時間が経たずに容態は悪化した。アメリアがバーナギの村や狩猟小屋で待機していたのなら、悪い結果に終わっていたかもしれない。
それらを考えてか本能的に警戒してか、アメリアは頑として同行を主張する。
思っていたより芯の強い少女の瞳。緑の瞳に睨まれたヴィッキーは、諦めてアメリアの頭を撫でて引き下がる。
「まぁそいつが頑固なのは俺は最初っから気付いてたが……。まずは聞き込みだったな。報酬も安けりゃ説明もまともにねえとは……誰も受けずに放置されてたのも頷ける」
「依頼主は町長代行、ジャカブって人だね……まずは詳しい話を聞きに行こう。流石にこれだけでどうにかしろってのは無理がある」
依頼書の説明文には『町の近くに野盗が住み着いた、偵察を願う』という文章のみ。
エステートの町の位置は組合の地図で確認出来たが、それ以上の情報は何も無し。組合の男からも「嫌なら他を受ければ良いだけだ、幸い町から被害報告も来てねえ」とやる気無く、有意義な情報は得られなかった。
一両日を経て、そこかしこで開発の進む中規模の町、エステートに到着する。
宿を確保し馬車を預けた三人は依頼主の町長代行を探し、その人となりと辣腕ぶりを知る。
「あの人なら役所か、書類を持って現場に顔を出す事も多いね。小さな事にも気が付いて、仕事が早くて助かってるよ」
「ジャカブさんなら今は……こないだまでは畑の害獣駆除に当たってたんだがねえ。しょっちゅう転々としてるから今どこにいるかは……」
「町長なら、今は向こうの工事に当たってるよ。……ん、代行? いやいや、ジャカブさんはもう歴とした町長だよ、皆認めてる」
口々に上がるジャカブへの評判。それらはどれもその実績と人格を褒めるものであり、町の活気からもそれは見て取れる。
だが同時にフィオン達が思う事は、余りにも杜撰な依頼書から浮かぶ人物像との乖離。
大雑把でやる気のない依頼書と町人から上がってくる評判はまるで真逆のもの。町長代行ジャカブの評判は仕事の早さだけではなく、細やかさと人格の良さも窺せた。
とても同じ人物の事とは思えず、首を傾げて工事現場へ向かう。
「町長が作った依頼を代行が送ったのか? そういう事なら解るんだが……」
「誰だって疲れてる時はあるもんだよ。フィオンだってダブリンの像を聞いた時いい加減だったじゃない。……まぁ、私も忘れてたけど」
忘れて問題の無い様な事であれば、時として雑に済ませて良い事もあるだろう。
だが町の近くに住み着いた野盗への対応依頼。これは雑な仕事で済ませられて良い事とは余りにかけ離れている。
放っておけば町への人的被害や財産、建物への被害も予想される切迫した問題。それこそ畑の害獣駆除や工事なぞ、放り出してでも早急に対処すべき事柄である。
「ま、実際に会って見れば解るだろう。……あれの事かねえ? 一人だけ書類を抱えて、随分忙しそうだが……落ち着いてるね」
見えてきた工事現場には大勢の男達と大掛かりな魔操具。忙しくしながらもテキパキと指示を出す一人の男性。
男性は書類を睨みながらあちこちへと指示を飛ばし、現場は滞る事無く魔操具で生成された土が運ばれ、灌漑の整備が進められていた。
大変な重労働ではあるが、男達は文句一つ言わず指示の通りにテキパキと作業をしている。
フィオン達が近付くと、男性はこちらに気付き軽く目礼してくる。
町の人間とは違う井出達の三人に対し、一目で冒険者と気付いた様だ。
「お忙しい所すいません、組合から依頼を受けてきた冒険者ですが……町長代行のジャカブさんとは、あなたですか?」
「えぇそうです。依頼と言われましたが……失礼ですが、一体何の事でしょう? ちょっとここの所忙しくて、覚えが……」
丁寧に対応してきた落ち着いた様子の町長代行、ジャカブ。
僅かに白髪の混じった壮年の男性。現場仕事でくたびれた作業着に身を包み、相当な忙しさを窺わせる目のクマや肌の荒れ。髪は大雑把にばさりと切られているが、不恰好ではなく中々似合っている。
依頼に心当たりは無いと言うが、持って来た依頼書を見せると途端に様子を変える。
大して記載の多くない紙切れを食い入る様に見つめ、何か考え込む様に口元に手を当てる。
「ぁー、これ、ですか……そうですね、こちらは……。いえ、実際に奴らが何かしてきた事は、無いので……。何か打つ手が、必要ですよね……」
フィオン達に向きつつも一人でぶつぶつと考え込むジャカブ。
妙な反応だが、一先ずは取り合ってくれそうな様子にフィオン達は話の先を待つ。最低でも野盗がどの辺にいるのか解らなければ、偵察も何も有ったものではない。
だがジャカブは依頼書をフィオン達へ返し、予想外の事を言ってくる。
「申し訳ありませんが、この件に関しては皆さんの方でお調べ下さい。私はちょっと……見ての通り手が離せませんので、失礼……」
「え? いや、大雑把でも良いからどっちとかどことか、それが解らないと調べようが無いでしょう? 忙しいのは解りますけど……」
ジャカブはフィオンを振り切り、現場の奥へと歩いて行った。流石に、部外者でこれ以上奥へ踏み込むのは躊躇われる。
余りにもぞんざいで妙な雰囲気だったが、周りの男達は何も反応しない。滞っていた指示が捌かれ出し、現場は再び勢いを戻す。
「ちっと、んなとこ立ってたら邪魔だぁ。よそ行ってくんねえ」
途方に暮れるフォイン達だが、段々と作業員達から邪魔者扱いを受け、一旦離れざるを得なかった。
良く清掃の行き届いた木製のベンチと休憩スペース。腰を落ち着かせ不満に満ちた顔をつき合わせる。
「なんだありゃ……幾ら何でもおかしいだろ? ちょっと指差すだけでも助かるってのに……どうなってんだ」
「何かおかしいねあれは。確実に野盗に関しちゃ何か知ってるけど何も教えないってのは……。知られたくない事がある、って事かねえ?」
頭を巡らせても、よそ者のフィオン達には町の内情等は解らず、結論は出ない。
揃っている材料は『ジャカブは依頼を知っていた』『野盗達も知っていた』『だが何も対処をせず、依頼を受けてきたフィオン達には非協力』。あきらかに奇妙だが、これらだけではその腹の内は読みきれない。
どうにかする手段は限られており、現実的には一つだけ。それに乗り気ではないフィオン達をアメリアが促す。
「もう聞き込んで回るしか無いんじゃないかな? ジャカブさん以外でも、知ってる人はいないって事は無いだろうし……地道でも他に手は、無いよね?」
「……しょうがねえか。まぁ町中なら流石に安全か、全員ばらけて聞き込みと行こう。昼に集合で、あそこの飯屋にするか。俺はあっちに向かうよ」
三手に分かれてフィオン達は町の方々へと散る。
知りたい情報は野盗達の居所。ジャカブが何を考えているかは解らないが、それさえ判明すれば依頼をこなす事は出来る。
そう狭くは無い町だしすぐに情報は集まるだろう。そう思っていたフィオンは見事に足元を掬われる。
「野盗? いやあ、さっぱりだな。聞いた事はある様な無い様な……。いるんだったら町長が何か手を打つだろう。あ? ジャカブってのは代行なのか?」
「はあ、野盗ですか、それは……。いえ、知りませんね。町には自警団もおりますし、町長殿が手綱を握るのでしたら心配は無いですよ」
「知らんよ、よそを当たってくんな。ったく……お前らこそ、そう野盗共と違わんじゃろうに。用が済んだら早いとこ出てってくんな」
有意義な情報は得られずに集合地点の食堂へと足を運ぶ。
中には冒険者を良くは思わない者もそれなりに見られ、思った以上に心身を削られてしまった。
店の中には既にヴィッキーとアメリアが、テーブルを確保して一足先に茶を嗜んでいた。
肩を落とし入ってくるフィオンに、アメリアは手を振っている。
「面目ねえ、俺の方は全滅だ……。町の奴等は殆どジャカブを信用しててなーんも心配してねえ。まあ野盗が来ても、自警団とかもいる様だし」
「あたしの方で掴めたのはジャカブは町長代行で、ちゃんと町長は別にいるって事だけだね。そいつがどこで何やってるかは今一解らなかったけど、町は今の状態で良く回ってる様だ。ただ……」
同じく収獲は無かったヴィッキーだが、その顔はフィオンの様に落ち込んではいない。
隣に座るアメリアへ明るく目配せし、少女は笑みを隠そうとしながらも隠し切れずに笑みが零れていた。
少しばかり胸を張ったアメリアが自身の手柄を披露する。
「子供達に聞いて見たら『山奥に悪い奴等がいるから近付くな』ですって。何人かが同じ事を言ってたし間違いないと思う。それでヴィッキーと一緒に地図を探したらね……町から見て近くの山っぽいのは、ここだけだった」
アメリアはヴィッキーと二人で描いた地図を机の上に出す。
大雑把ではあるが町の全容と方角、そして野盗共がいると思しき山は、町からそう遠くない北西にある事がはっきりと示されている。
地図を見せられたフィオンは陰気に満ちた顔を改め、ようやく判明した手掛かりに安堵の息を漏らす。
自慢気にしているアメリアに素直に感謝を口にした。
「助かったあ~~……これで依頼をこなせる……。ありがとなアメリア、子供に聞くってのは盲点だった」
「ちゃんと役に立つって証明できたでしょ? そうと決まれば……まずはご飯! ここのお店は、この鳥の香草焼きが……」
昼食を取りながら今後の予定を三人で話し合う。
どういう備えで、どういうルートを通り、いつ行くか。
野盗達の規模や備えは解らないが、町の様子を見る限りはそう深刻なものではない。ならば小規模か、いたとしても数人程度のグループと予想。偵察に徹するならばそう問題は無いと考える。
ルートに関してはその方面に通じる街道が延びている。途中まではそれを辿り、状況に応じて身を潜めて近付く。
いつ行くかに関しては、昼の内に行く事で決定する。
初めて踏み入る土地で視界の悪い夜では事故も有り得る。姿を隠すだけならば夜の方が良いが、あくまで偵察にのみ徹するならば明るい内に遠目で視認してしまえば良い。
勿論それは相手からも見え易く、フィオン達の接近が気付かれる可能性も有る。
だが対象の山の周りは情報によると森が生い茂っている。ならば森の中から接近すれば、野盗達が高所等から見張っていてもこちらが有利になるだろうと。
打ち合わせと腹ごしらえを終えたフィオン達は早速馬車で町から北西の街道を通り、野盗が潜んでいると思しき山を目指す。
町から出るとすぐにその山は視界に飛び込んできた。遠目には拠点らしきものは見えず、森に囲まれた綺麗な山に見える。
「あの山に野盗か……見た感じ見張り台とかはねえな。森から見られてるとしたら……街道を通れば丸見えだな」
「小規模なら麓の森にまで散ってるって事はないだろうけど。……まあ念には念をか。あそこを過ぎて馬車を隠せば、気付かれずに行けそうだね」
暫く進んだ所で街道は分かれ道に差し掛かる。
森からはまだ幾らか距離をあけた二股の道。一報は山へと伸び、もう一方は逆方向の南東へと続き、その間には低木林が広がっている。
フィオン達は一旦分かれ道を南東の道へと進み、すぐに馬車を低木林へと隠す。
そのまま山へと続く街道に沿って、丈の長い林を通り森の中へと入り込む。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか……。ここはあんたの専売だろう、先導は任せたよ」
「そっちは後ろを任せた。アメリアは俺達の間に。……思ったよりも深い森だし、見張りがいたとしても早々見つかんねえよ」
フィオンを先頭に、三人は森を奥へと目指す。
鬱蒼とし木々の合間から僅かに陽の差し込む薄暗い森。人の臭いは一切感じさせない自然の領域だが、同時に、そこかしこに誰かが潜んでいるような疑念も付き纏う。
三人は口を閉ざし森の奥、山の麓を目指す。
僅かな傾斜とはいえ上り坂の森は歩くにも一苦労だが、フィオンは二人に配慮したペースを取っている。
足取りはゆっくりだが着実に、体力の減少は抑えられている。
「……ねえフィオン。あれって野盗達の、かな? 倒木……じゃないよね?」
「ん? あれってのは……。そうだな、自然になったにしては……勝手に出来たもんじゃねえな」
アメリアが指差す先には、街道からの延長上に伸びた山道。馬車などの通行を想定してか、山道にしてはしっかりと整えられた道。その一箇所に複数の木が横たわり道を塞いでいる。
森の中には他にも多数の倒木が見受けられるが、街道のそれは断面が平たく、鋸や斧で切断されたものであると見て取れる。
「野盗達の妨害かねえ。……いや、あれだと」
「自警団や軍への妨害にはなるだろうが、自分達だって道を使えなくなる。野盗達が馬車とかを持ってねえなら解るけど……。先を急ごう、今考えても解んねえ」
明らかに人の手による封鎖だが、その意図までは量りかねた。
夜盗達が馬車を持っていないのなら一方的な妨害だが、自身達も持っているのなら墓穴である。解らない事にいつまでもかまけず、フィオン達は警戒しつつ足を進める。
だがその警戒を嘲笑う様に、森に潜む者達は手薬煉を引いていた。