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ボルドルーンサガ ブリタニア偽史伝  作者: ギサラ
終章 反逆の騎士
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第147話 戦端、交叉

 日の沈みきった砦を、煌々と並ぶ篝火が照らし出す。灯りの下では歩哨達が乾いた風に首をすぼめていた。まだ吐息に白色は見られないものの、帷子(かたびら)や鎧は夜には冷えを帯び始め、自然と篝火の近くに立つ者が多い。

 数世紀前のものを改修されたベドフォード砦。塗り固められた様な城壁のあちこちには攻防での傷が目立ち、浅い堀には破門槌(ラム)の残骸や丸太が浮かぶ。この地での戦が始まり既に早数日、攻勢の掛けられていない東側以外では、そろそろ歩兵達が歩いて渡れるまでに掘りは埋まりかけていた。防衛側としては撤去をしたい所であろうが、攻め手の指揮官達はそれを許させてはいない。

「……明日も引き続き三方からか。狙いの方は理解できるが、私は手緩いと思うがな。いっそ、火矢でも射掛けてやれば良いものを」

 棘の目立つ声が、夜の空気を凛と震わす。レーミスは砦に目を向けたまま、あから様に不満を漏らす。

「全滅させる事が目的ではあるまい。どうせ四方から攻めようと落とすには適わぬならば、敢えて逃げ道を開けておく方が兵が必死にならんでくれる。敵が逃げ出すならば、それこそ儲けもんじゃろうが」

 それを指示した総大将、ベドウィルは軽い声で女傑に答えた。

 砦攻めは一貫して東以外の三方のみから行われている。兵が足りない訳でもなく、何らかの不備が起こっている訳でもない。

 平原での勝利により兵力で優位に立ったとは言え、砦を相手に圧倒出来るほどの差は付いていない。長囲もまた戦略に合っていないのもあるが、敵の備蓄がどれ程あるかは定かではなく、砦の防備が万端調っている以上、兵糧に不足しているとも考え辛かった。

「改竄とやらがある以上、兵の反乱や厭戦はアテにできぬだろうが……。それこそウォーレンティヌスを捕らえる以外、この戦を仕舞える手立ては無い。なればこそ陥として直接」

「――兵を全て殺し尽くしてから、あ奴を捕らえるか? あれ一人を引き摺り下ろすにしては血が多過ぎるわ。ならば狙うは……ここよりもコルチェスターに場を移す方が、あの策を使うに適当であろうよ」

 王都コルチェスター――市街までをもぐるりと外城門で囲い込み、更に内城門と城を直接守る城壁とで守る三重の構え。それだけならば如何にも堅牢に聞こえるものだが、造りは商工業に特化したものとなっており、戦火が及べば市民達は王城へ殺到し庇護を乞うであろう。とても戦に適うものではない。

 それに引き換え目の前の砦は、質実剛健振りを篝火に浮かべていた。見張り台は四方に高く、城壁は火を寄せ付けず射手に適した造りを並べ、ここ数日の猛攻を全て跳ね返している。

 あの策、と言われレーミスは破顔する。変わらず泰然としたままの老将に、ふっと笑い掛けた。

「なんだ、却下したのではなかったか? 私の耳はまだ、論外だ、とかそんな言葉を覚えているが……」

「意地の悪い事を言うな。いきなりあんな博打を言われては誰でもそう思うわい。今でもその考えに変わりはないが――」

 ベドウィルは苦々しく、堅牢な構えを見せる砦を見やる。作られたのはドミニア王国よりも遥か昔、嘗てこの地を治めていた大陸の超国家の技術によるもの。火山灰や煉瓦の破片で構成された城壁は、今は不落の障害として立ち塞がっている。

「他に打てる博打が無い。ならば分が悪いとは解っておっても、張らざるを得んじゃろう。ならば奴等をさっさとここから撤退させ、追撃で直接ふん捕まえるか、或いは王都へ移ってもらわねばな」

「意外だな、貴殿はもっと手堅い人物だと捉えていたが……賭け事にも興じぬ様に見えるが、私の見立て違いだったか?」

 きょとんとするレーミスに対し、今度は老将が顔を綻ばす。決して博打に興じたつもりではなかったが、どうやら期せずして、彼女の不意を突けたようだった。

「薄いが確かに勝ちの目はある。ならば後は人事を尽くすのみじゃろう。わしは手堅いというよりも、単に強欲なんじゃよ。最良の幕引への道が見えておるのなら、この老骨を惜しむ事は……?」

 蹄の音を聞き、両者の首は左方、北へと向く。夜陰から姿を現し、一騎が陣へと駆け込む。伝者は鐙からどさりと落ち、一通の書簡を警備の兵に渡した。


「失礼致します。反逆者共よりこれが……矢文が射ち込まれまして……」

 石牢の様な一室に、通された士官は下女に書面を渡し退室して行く。下女は中身は見ぬまま、卓に掛けたまま動かぬウォーレンティヌスの前に、それを置いて畏まって下がった。

 まだ(かび)の臭いが薄く残る、ベドフォード砦内部の一室。卓に向かい座る三者は皆一様に、岩の様な顔で押し黙っていた。西軍から届けられた矢文の横にはもう一通、全く同じ内容のものが既に開かれている。

「……いつかはこうなるだろうとは思っていたが、早過ぎる。まさか協定を蔑ろにしてくるとはッ――蛮族共め」

 皺の深い眉間を更に歪ませ、ウォーレンティヌスは吐き捨てる。

 戦に先立ち放っていた哨戒船が、北海で大軍勢を発見したという。方位からしてその所属はノルマン王国であり、恐らく向かう先はスコットランド。懲りずに大都市エディンバラを攻めるものと予想されている。

 二通はどちらもそれを示しており、更に西軍のものは「これにスコットランド辺境伯、ローエンヴァルを派遣するならば我らは邪魔をしない」と明記されていた。

 それを見やったローエンヴァルは、口を開かぬまま席を立つ。

「…………」

「……」

 王はそれを咎めるように視線を送るものの、ローエンヴァルは一度目礼を返すのみで、速やかに部屋を出て行った。彼の護衛官である第四軍の兵もまた、それに倣って無言で続く。

 改竄により王位への敬服が増しているローエンヴァルではあったが、それでも優先順位は変わっていなかった。彼にとって最も尊重すべきは聖王アーサーであり、それに縁深い丘を抱える自らの領都こそ、何にも勝る至宝であった。王位の危機と至宝への敵襲を秤に掛けられ、咎めも気にせず即断できる程に。

 立て続けの誤算が重なり、ウォーレンティヌスは苦渋に顔を染める。

 砦での攻防戦は、はっきり言ってジリ貧に近い。防衛側であるこちらの方が損害は多く、改竄により脱走等は抑えられているとは言え、士気は覆せぬほどに隔たりがある。その上で一軍の離脱が起こっては勝機は無きに等しく、最早取り得る手は降伏以外に……。

 そっと、ウォーレンティヌスは顔を上げ、微動だにせぬままの第二軍の長を――その背後に控える召使いを見やる。

 リーズ候ガレンスに付き従う侍女、長い金の髪を結い上げたセレーネは、王の視線を受け目を伏せるのみだった。存在せぬものとして振る舞い何を言う事も無く、何の意思も発そうとはしない。主であるガレンスもまた難しい顔で口を噤んだまま、王への進言も献策もなく、置物の様に椅子に座っている。

 石に囲われた空間は寂しく静まり、王の溜め息だけが虚しく響く。

「……これへ、近く」

 背後の近従、白いローブに身を包んだ者へ、ウォーレンティヌスはゆっくりと手を向けた。顔まですっぽりと覆うフードの中へ、ぼそぼそと耳打ちが囁かれる。

 兵達は顔を見合わせ訝しむものの、その者への接近や接触は禁じられており、密談は誰に漏れる事も無く、深夜の軍議はそのまま仕舞いとなる。


 明朝、まだ黎明の色も濃い空の下、砦の北城壁に一騎が立つ。薄暗い紫雲を背に威圧的な意匠は、正に鷹か鷲か、空の王者と呼ぶに相応しい出で立ちであった。

「――スコットランド辺境伯、ローエンヴァルなり! 我が領都に這い寄る賊を誅しに発つ。約に従い即刻道を開けよ!」

 約束があるとは言え、開けねば力尽くと言外に含ませた大喝に、北門周辺の西軍は速やかに道を開ける。既に戦の支度は万端整えられており、第四軍団がここを発ち次第、攻囲が開始されるだろう。

 北門がゆっくりと開けられる。第四軍は整然と列を整え、槍先を上に揃え進発して行った。ローエンヴァルもまた城壁の上からそのまま騎馬で降り立ち、軍の先頭を堂々と率いる。強い圧は変わらぬものの、視線は真っ直ぐ前を向き、彼の槍もまた擦れ違う西軍には向かない。

 無言で過ぎて行く第四軍を、第六軍は無言で見送る。例え彼らが国土を守りに行く為とは言え、敵対関係は変わっておらず、視線も言葉も交わる事は無い。ただ黙って通す事だけが、精一杯の礼であった。

 第四軍が砦を後にし、北門が急いで閉められる。西軍は再び陣列を整え、城壁の上にも射手が立ち並ぶ。矢と喊声(かんせい)が交じり始めた。

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