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ボルドルーンサガ ブリタニア偽史伝  作者: ギサラ
終章 反逆の騎士
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第145話 教会の地下

 獅子の形を成したグラスは周囲を青白く照らしてくれる。松明や魔導の灯りよりは欠しいものの、穏やかな光は心が安らぎ、光源である獅子が自在に動いてくれるお陰で、寧ろこちらの方が何かと便利であった。一行はそれを頼りに階段を下っていく。

 物資の搬入の為か左右も高さも十分ではあるものの、それでも閉塞勘が強い。一歩下る毎に熱が奪われていく様に感じ、薄暗い闇の先よりも、凍えを覚える指や足先に意識が向いた。逆に、背にはぬるい汗が流れていくのを感じ、フィオンはそれらを払うように何度か己の頬を叩く。いざという時気を削がれれば、本当にここが己の墓穴になってしまうだろう。

 やがて頬を撫でる腥い臭気に気づき、先頭の獅子が低く発する。

「着いた様だ。かなり広く見える、離れるなよ」

 グラスは階段を降りきり周囲を探りだす。イーヴァンを先頭にフィオン達もそれに続くが、踏み込んだ途端、足元から舞い上がるものがあった。

「……埃? こりゃ相当だが……放ったらかしって事か?」

 グラスの光に照らされ、足元にはゆらゆらと粉塵が舞う。見ていて気持ちの良いものではない。塵芥に混じり虫の類や原型のない何かの残骸が、そこら中に転がっていた。放棄されてから相当の年月が経っている様に見える。

 視線を戻し、一行はグラスの先導でこの場を探って行く。ぽつぽつと壁掛けの松明があり、古びてはいるものの役に立ってくれた。グラスの体から青白い炎がそこへ燃え伝わり、闇は次第に暴かれていく。降りて来た大きな部屋を囲う様に、小部屋が幾つか連なっている。どの部屋にも一先ず人の気配はなく、一行は中央の部屋を探索する。

 相当に広い空間だが、やはり人が入らぬままで久しく見える。並ぶ机にも本棚にも埃の積もっていない場所はなく、実験器具や紙の類は、破損や虫食いが酷く用を成さない。隅には苔や汚れの濃い骨山が積もり、一帯へ臭気を撒き散らしていた。

 その内の一つ、獣の頭蓋に見えるものをラオザミが持ち上げる。薄暗い中でダークエルフの戦士は、首を捻らせ興味深く観察した。

「……尋常の獣ではない、魔獣にしても妙だが……あの時のものか」

 熊か何かに見えるものの、骨の上顎は二股に分かれ、牙は突飛に長いものが歪に混じっている。凡そ合理的でも洗練されてもいない異形に、しかしフィオン達は心当たりがあった。ラオザミに手渡され、フィオンの顔には険しい相が浮かぶ。

「俺は直接見たわけじゃねえが、聞いてた話と結構……。森でのあれと、同じやつなのか?」

「うむ、骨だけならばあの後に幾つも見つかっている。どれもこれも気色の悪い形であったのを覚えているさ。丁度、こんな感じのな」

「外れかと思ったけどこれなら……しかし骨だけじゃどうにもなんねえ。生きてるのがいれば何か手掛かりが……?」

 二人が異形の頭蓋を見ていると、グラスが暗がりに向き直る。炎の鬣は燐光を残し、軌跡をふわりと彩った。

 その見やった先の別の部屋から、金切り声が辺りに響く。

 獅子の主は白刃を抜き、相棒の背を軽く叩いた。

「どうやら生き残りがいるようだな、ついてるじゃないか。恐らく弱ってると思うが――グラス、念の為に頼む。できるだけ綺麗に仕留めてくれ」

「やれやれ精霊使いの荒い……すぐに済ませよう。ここで待っていろ」

 蒼炎の獅子は軽やかに駆け出し、小部屋の一つへ消えて行った。直ぐにもう一度、今度は苦悶に満ちたものが響く。イーヴァンの後に続き向かってみると、グラスは大きな狼の様なものを、一噛みで斃したようだった。

 イーヴァンはそれを労いながら近付き、だらりと開いた大顎の傍に近寄る。

「……餓死寸前って所か、まあ無理もない。しかしこいつは、聞きしに勝る、ってやつだな」

 人より遥かに大きな巨体は、(あばら)が浮き毛はガサガサと固まり、所々に生傷が目立つ。首から血が流れている事が滑稽であるほどに、傷ましい姿であった。そしてそれ以上に――背から伸びた耳、腹から突き出た下顎――凡そ尋常ではない異形が目を引いた。

 駆け寄ったフィオンは腰からナイフを取り、怖気を感じつつも作業に入る。

「さて、何か解ると良いんだが……。これ中身の方もメチャクチャだったり、するよな? まずは腹を開いてみるとして、そっからは……」

「まずはそれで良いだろう、後は骨と内臓を見ながらだ。ここは我らが引き受けよう。イーヴァンと獅子殿は周囲の警戒を……必要ないとは思うがな」

 ラオザミと共に、フィオンは異形の魔獣を解体していく。仰向けに床に寝かせ四肢を伸ばさせ、腹を開いて腑分けにかかる。やはり見た目の通り、中の方も常識は通じず、作業は難をきたし時間を要した。食う気は毛頭無く内臓はすっかり空ではあったが、骨格からしてあまりに歪な巨体は、狩人や森の住人の知識を散々に苦しめてくれた。暇を持て余したイーヴァンが一人で施設の探索を終える頃、漸く異形の全てを網羅する事ができた。各部位に分け床に並べてしまえば、その一つ一つだけならば、通常の狼か魔獣のものに見る事ができた。

「つっ……かれた……出鱈目にも程があんだろこいつは。せいぜいマトモだったのは、脚と尻尾だけか? どうやったらこんなもんが生まれんだか」

「まさか腹の中にまで、器官が溢れかえっているとはな。一体何をどうすればこんな……すまんが少し休ませてくれ。後はもう苦労しない、だろうさ」

 ラオザミは部屋の隅の、寝台のような物に腰を下ろす。暗くてよくは解らないがそれが何であるかは、誰も気には留めなかった。

 フィオンは取り出した臓器の内、特に目を引き異質であったものに目を向ける。

 目を引いた理由はそれをどこかで、見覚えがあったからだった。

「たしかあれは、エディンバラだっけか。ヴィッキーの……」

 球体の臓器を覆う様に、淡い緑光を放つ血管が覆っている。骸から切除して尚、それは弱々しくも拍動を繰り返していた。フィオンはそれを注意深く、膜を裂くようにナイフを入れる。緑の血管からはさらさらとした水に近い液体が流れ、床に散るよりも早く霧散していった。中には更に小さな同じ様な球が詰まっており、それはやはり見覚えのある、ヴィッキーの魔導の義手の中身と、同質のものであった。

 覗き込んできたイーヴァンとグラスは、それをただ訝しみ気色悪く感じる。

「この珠は……まだ生きてるみたいだな。魔獣なら嫌と言うほどヒベルニアで狩ってきたが、俺でも始めて見る。……グラス、何か知ってる事は?」

「さてこれは、私も初めて見るな。ふーむ……妖精や巨人が扱うものにこの様なものが、有ったような無かったような……」

「しっかり思い出せっての、こういう事に通じてるのはせいぜいお前くらいで……フィオン、どうかしたのか? 顔が何というか、焼き物の様になってるぞ」

 見覚えのあるフィオンは一人、まだ確たる答えは掴めぬものの、内心で絶句していた。少なくとも、この珠が魔導の義手と魔獣の腹から出てきた以上、二つの間には確実に何らかの繋がりある。それが何であるのかまだはっきりとはせぬまでも、ヴィッキーに伝える事を考えるだけで、心が潰れる気持ちであった。

「いや、大丈夫だ。ちょっとこいつは……後でヴィッキーと合流してから全部話すよ、それまではちょっと……。もうここには用はねえだろうし早く上に上がろう。まともな空気を吸いたい……し?」

 立ち上がったフィオンは、呆気に取られて目を見開く。座っているラオザミは未だ気付いていない、自分が何に座っているのかを。ならば不可抗力であろうと気を取り直し、一つ咳払いしてからフィオンは指摘した。

「ぁー……ラオザミよ。お前の座ってるそれ、早いとこ立った方が……」

「……我の座っている? 丸太よりはマシだがこの寝台がどうしたと――!?」

 ラオザミは跳ね飛び、腰掛けていたものに呆然と見返す。不思議に思ったグラスが近付き――朽ち果てた棺桶が明るみに出た。他でもないラオザミ自身が誰よりも焦燥の色が濃い。霊や呪いに人よりもうるさいダークエルフにとっては、尚の事ショックが大きいのだろう。

「まぁその……俺もお前らの葬式経験してるからわざとじゃないって解ってるし、気付かないでやっちまったってんなら……」

 漆黒の健強な戦士は青白く照らされ、今は痛いほどに顔が白く見えた。ふらふらと動き出したかと思えば、膝を折り、跪いて棺桶の縁に手を添える。震える口は弱々しい声を出し、悲壮の程が窺い知れた。

「……気付かなければ、何をやっても良い訳ではなかろう。こうなればこれが空の棺であると……御免」

 棺の蓋が音を立てて動き出す。焦りに駆られた戦士は朦朧としたまま――更なる深みに嵌まる。

「――!? これ、は……どういう……」

 棺の中を覗き込んだラオザミは、目を見開いて狼狽えた。

 蒼炎に照らされた棺の中には、干からびた枯れ葉の様な白骨死体。だがその形は決して人間のものではなく、ダークエルフのものだった。

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