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ボルドルーンサガ ブリタニア偽史伝  作者: ギサラ
第一章 ヒベルニア冒険譚
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第13話 初めての依頼

 ダブリンに着いてから()()()。フィオン達は冒険者として初めての依頼を受け、ダブリンから南西のバーナギへ馬車で向かっている。

 最初の依頼を受け出発するまでには休息や確認、諸々の準備にもう一日の時間を要した。

 フィオンとしては一刻も早く依頼をこなしたい所であったが、その内容は無視出来るものではなかった。諸々の物品の調達、アメリアの魔法の才能の確認。そして洞窟で討ち果たした巨人に関して。


 結局の所、巨人フォモールはヴィッキーの目論見通りの利益にはならなかった。

 ウェールズとヒベルニアの境である洞窟内部は扱いに難しく、回収や運搬には危険が伴う。

 何より、まだフィオン達が冒険者では無かった事。組合からの依頼中の討伐では無い事を理由に、サービスを受ける事は出来なかった。


「ま、あくまでアメリアを助ける為に戦った訳だし、そう気にすんなよ。倒した事は認めてもらえたんだしさ」

「あんたはそれで良いかもしんないけど……。っはぁー……こんな事なら指と目玉だけじゃなく、もっと取っときゃよかった」


 巨人の証拠品としてヴィッキーが剥ぎ取っていた目玉と指。それらは買い取って貰えたが、魔物の死体を買い取る国が定める値段表では、そう高い部位ではなかった。

 魔物の種別はそう問われず、胴体や心臓等が最も高い部位とされている。例え稀有な魔物であろうが、特別な力を持つ魔眼等であろうがそう高値は付かない。


 アメリアの魔法への素養でも、ヴィッキーの肩を落とさせる結果になった。

 マナをマナのままに扱えるエルフ。しかし、マナを魔力へと変換や治癒以外に使うと言う事は、全くアメリアの手には及ばなかった。

 人が脳内で電気信号を活動に使っていても、そのまま電気を自在に操れたり発電出来無い様に、エルフもマナに対して決して万能という訳ではなかった。


「魔法の事はちょっと……面白いなーとは思ったんだけど、マナに意識とかは、その……。ごめんね、私も使えた方が良いんだろうけど……」

「気にしなさんな。あんたの治癒が有るだけでどれだけ心強いか……。まあそれでも頼りっきりには出来ないけどね。前を張るのはあたしとフィオンだけど、あんたが怪我をした時の事も考えとかないと」


 アメリアの治癒の力は確かに稀有なものではあるが、決して万能の力ではない。

 治癒を行うにはアメリアと対象とが安静にしていなければ効果を発揮出来ない。遠距離で行えるものでもなく瞬時に治る訳でもない以上、戦闘中いつでも傷を癒す事などは不可能。

 更に、手足等の大きな部位の欠損等も元通りには出来ない。ヴィッキーの右目でも試したが効果は発揮されなかった。

 当然だが、アメリア自身が治癒を行えない状況になる事も考えられる。

 医薬品の備えは確かに少なく出来るが、治癒の力のみに頼り切りでいる事もできない。


 三人はこれらへの確認や準備、備えをした上で初心者冒険者用の依頼『村の拡張予定地への調査』に向かっている。

 馬車は最低限のものであり、ロバが引く屋根の無い荷馬車を借りている。

 馭者も雇う事は出来たがフィオンとヴィッキーで交代制。節約とアメリアの正体の隠匿を兼ねてである。

 馭者のフィオンはロバを操りながら、依頼に関し確認を行う。


「そろそろ近くなんじゃねえか? 確か村長さんには会わなくても……」

「現場に村からの担当がいるって書いてるね。その人と一緒に周辺の調査……まあ、魔物の心配はほぼないだろうけど……ちょっとばかり出てくれる方が実入りになるんだけどね」


 巨人フォモールを倒したとは言え、フィオン達はまだ駆け出しの冒険者であり、実績はほぼ無いものとして扱われている。

 今回の依頼の調査は『恐らく魔物はいないだろうが、作業員や村民に被害が及んでは一大事』という事でバーナギの村長から組合に持ち込まれたもの。村長も組合も周辺に魔物はいないと考えており、初心者用の依頼として提示されていた。


 フィオンとしては一刻も早く名を上げる為に、魔物退治や野盗退治と言った依頼を受けたい。

 だが分不相応な依頼を受け失敗しては宿代さえも危うくなる。更に、フィオンとヴィッキーだけではなくアメリアもいる事から、一先ずは初心者向けの簡単な依頼をこなす事にした。


 目的地には近付いている筈だが、村からの担当者の住まいとやらはまだ見つからない。

 バーナギの村からはやや西に外れた森の中の街道。道に沿って低木林が広がり、人の住んでいる様な場所ではない。

 ヴィッキーは地図を睨んで愚痴をこぼすが、森に目を凝らしていたアメリアが何かに気付く。


「ここらに住んでるって書いてるけど……しっかし、ちょっと大雑把な地図だねえ」

「…………ぁ、あれじゃないかしら!? あそこの小さな……家?」


 荷台から身を乗り出して、アリメアは森の一角を指差す。

 馬車を止めてそこを睨むと、何か木造の建物が森の中に寂しげに建っている。

 街道の端に馬車を止め、手荷物だけを持って三人はそこに近付く。


「これは、人が住んでんのかい? まあ住めない事はないだろうけど、もうちょっとどうにか……」

「狩猟小屋だな。猟季の間の仮宿だが、ここが担当者の家なら……ぉっと」


 フィオンがレクサムで住んでいた小屋よりも、一回り小さく年季の入った狩猟小屋。

 三人が小屋に近づいた所で森の奥から一人の男が姿を表す。見るからに狩人といった風体の白髪混じりの男性。手袋と厚めの服、腰には鉈を提げ、大きな袋を背負っている。

 小屋の前の三人に気付くとすぐに近寄ってきて、風貌とは不釣合いに愛想を振り撒いてくる。


「おやおやおや……お若いのが三人も、珍しい来客で……。って、冒険者の方ですかな? そういえば今日辺り来るとか奴が……」

「依頼を受けて来た冒険者のフィオンです。担当者ってのは、おじさんの事ですかね?」


 狩人は頷きながら小屋のドアを開け、背負っていた荷をさっさと片付けながら説明を始める。

 袋からは手製の様々な罠や道具、次いで幾らか羽毛の付いた袋が出てくる。


「わしの名はヴォルン、ここらで罠猟をやっとるもんじゃ。予定地への案内も奴から頼まれとる。ちょいと待っておくれよ……ぇーっと、どこに仕舞ったかいな」


 手狭な狩猟小屋の中を、ヴォルンは荷物を仕舞いながらバタバタと引っくり返している。

 出てくるのはどれも罠の道具や壊れた罠だが、探し物は別らしくそれらは脇にどけられる。ようやく見つかったそれは竃の横に置かれていた。外側が若干黒ずみ、明らかに本来とは別の事に使った痕が付いている。


「そうじゃそうじゃ、随分前に酔っ払ってこいつで鍋をしたんじゃった。……まあ、大丈夫じゃろう。ほんじゃ行くとしようかのお」

「はっはあ、盾で鍋かい? 面白い事するねおじいさん。あたしはヴィッキー、今日一日宜しくお願いするよ」

「ぁ、アメリアです。宜しくお願いします」


 竃から出てきたのは表面が黒ずんだ円盾。幅はヴォルンの肩幅よりも遥かに長く、片手用としては少し大きめ。

 馬車へと向かいながらヴォルンは目を丸くして二人を見やる。

 ヴィッキーに対してはすぐに魔導士だと気付き頷くが、アメリアに対しては少し首を傾げ言葉を濁す。


「お譲ちゃんみたいな冒険者は初めて……いや魔導士さんかな? しかし一組に二人も……? 失礼だが、とても戦える様には……」

「ぁー……アメリアはちょっと特別な事が出来て、しっかり役に立ちますから大丈夫ですよ。まあ、直接切った張ったは無理ですけど」


 説明を聞いたヴォルンはそう詮索はせずに納得をしてくれた。どうせ今日向かう場所に魔物おらず、そう危ない目に会う事は無いという見立てだからだ。

 馭者をヴィッキーに代わり、ヴォルンの案内で街道を西へと向かう。

 依頼の間だけの間柄だが、それでも案内人であるヴォルンとの関係は依頼の成否に響きかねない。フィオンは自身の狩人の経験を引き合いに、良好な関係を模索する。


「ヴォルンさんは普段はバーナギに住んでるんですか? 俺も冒険者になる前は狩人をやってまして、冬で厳しい時以外は町外れに住んでましたよ」

「ほお、元狩人かね……ヴォルンでええぞい、楽にいこうじゃないか。わしも猟季はこっちにおるが……いや、ずっとこっちじゃな。ヒベルニアの冬はそう厳しくなくてな、どうにかなるもんじゃよ」

「一人で住んでて寂しいとかは無いんですか? 村を広げるくらいなら人も多いんじゃあ……」

「いや、んむ。……そうじゃな、わしも村で暮らそうとした事はあったが。……一人の方が性分に合っとったんじゃよ、ほっほっほ」


 アメリアの質問にヴォルンは口を渋るが、すぐに調子を戻し陽気な笑みを浮かべる。

 取り留めの無い話と共に街道を暫く進み、ヴォルンは馬車を止めさせ森の中へと案内を始めた。

 馬車を降り森の中を進んで数十分程、複数の洞窟が奥に連なる開けた場所に出る。


「ここを予定地としとるんじゃが問題はあの洞窟でな。村長の奴は村のもんに調べさせるのをびびっておる。ここらで魔物が出たなんぞ聞かんし、大丈夫と思うんじゃが」

「んじゃ早速調べますか……列を考えるとしよう」


 四人はそれぞれの特性を考えて洞窟での隊列を思案する。

 見た限りではどの洞窟もそう横幅は狭くないが、内部がどうなっているかは入り口からは解らない。

 何も考えずに中に入り何かが起こっては手遅れになりかねない。


 話し合いの結果先頭から、フィオン、ヴィッキー、アメリア、ヴォルンの順に隊列は決まる。

 盾を持つ自身を先頭にすべきとヴォルンは主張したが、それではフィオン達冒険者の立つ瀬がないという事でこの順になった。最後尾も危険な位置ではあるのでヴォルンもそれに同意する。

 加えて、緊急時の対応を打ち合わせ洞窟へと近付く。


 洞窟は見た目にはそう変哲は無く、異臭や獣の骨等も散らばっていない。

 フィオンとヴォルン、二人の狩人の見立てでも内部に生物がいる様な痕跡は見て取れず、フィオンを先頭に松明で灯りを確保しながら入って行く。


「ぉ? ……こっから先は、もう無理だな。戻って次のを探ろう」


 数分も経たず、最初の洞窟は先細りそのまま途絶えた。内部でも特に痕跡や異常は発見出来ず、魔物はいないだろうという見立てではあるが、ほっと胸を撫で下ろす。

 四人は引き返しそのまま次の洞窟を同様に調べる。出てくるものは蝙蝠や狸などの野生動物のみ。驚いたアメリアがナイフを振り回しかけた以外には、特に何事も無く探索は進んで行く。


「アメリア、何事も無かったから良いものの……慣れるまではそいつを使うのはよく考えてからにしな。下手すると自分を切っちまうよ?」

「ぅぅ゛……ごめんなさい。でもいきなり顔に来たのは、ちょっと……臭い」


 松明に驚いたのか奥から走ってきた狸が逃げて行く際、フィオンとヴィッキーが躱した狸の突進は、アメリアの顔面に見事に直撃した。

 幸い小さな個体だった為被害は無かったが、驚いたアメリアはナイフを鞘のまま振り回し一瞬騒然とした。


 アメリアは治癒を魔法だと誤魔化す為にヴィッキーからナイフを貰っている。

 素手で魔法を扱う者は皆無であり、アメリアが何の気無しに治癒をすれば直ぐに怪しまれてしまう。

 魔導士が魔法を使う際、多くの者は木製の杖等でその方向性を定め射出や放出を行う。刃物等の金属製のものでは相性が悪く、元々制御の効かない風や雷の魔法でのみ、剣や槍の魔導士が極少数見られる程度。

 治癒の魔導士は軍や王室で少数が厚遇されている程度であり、一般にお目に掛かる事は中々無い。ならばナイフでも誤魔化せれるだろうと、護身を兼ねてヴィッキーから渡されている。


「まあまあ何事も無かったんじゃ、そう怒ってやりなさんな。どうせなら狸をぶった切って獲物にしてくれた方が良かったがのお、ほっほっほ」

「狸ねえ、何回か獲った事はあるが肉の扱いが難しいんだよなあ。臭いの方はちゃんとバラせば問題ねえが、肉が硬くって食うのに苦労したよ」


 四人は何事も無く最後の洞窟、一番左手の一番大きな洞窟を進んでいる。

 これまでの調査では特に何事も無く、緊張感は薄れ口数は増え、口達者なヴォルンに釣られ雑談が増えている。

 辺りに漂うのは逃げて行った狸の獣臭のみ。ここまでで野生動物以外の痕跡も見当たらない。


 フィオンとヴィッキーは依然周囲への警戒は怠っていないが、依頼を滞りなく終える為にも、現地人であるヴォルンとの会話を無碍にも出来ない。

 片手間とは言え会話に割かれた意識は、暗く狭い洞窟内で全ての痕跡や暗がりまでは網羅出来ない。

 幾つかの要素が絡み合い、四人は気付かぬ内に()()へと足を踏み入れていた。


「……っと、ここで終わ……広い? それにこの臭い……」


 先頭のフィオンは洞窟の最奥に足を踏み入れるが、今までの様に先細ってはおらず、松明には広い空間が照らし出されている。

 同時に、狸特有の獣臭に別の臭いが混ざっている事に気付く。


 獣臭の中に混ざるのは金属の錆びた臭い。生臭さとはまた違うが、不快な臭いという点では類似する。

 狸の臭いに上書きされていたものが、先頭のフィオンの鼻口を刺激する。

 次いで聞こえてくるのは無数の羽音。

 蝙蝠のものではない。それらよりもっと耳障りな、細かく忙しなく空気を振動させる低い音。

 それらに続き、暗がりからずるりと湧いて出る無数の影。一つ一つは子供程度の小さなものだが、どれも錆びた槍や剣等の不揃いな得物と、鬱陶しい羽音を発している。


 洞窟の奥に巣食っていたものは魔精の類。ガサついた肌に細長い目、耳障りな羽音と呻き声を漏らす大きな口。

 古くからヒベルニアの各地に生息する魔物、スプリガンである。


「ッ!? っち……こいつら、潜んでたのか」

「数が増えるまで引き篭もって巣を増やす奴等だよ。なーに、問題ないさ」


 視認するや否や、フィオンは松明を投げ掛けスプリガン達の姿を顕にさせる。同時にヴィッキーは灯りの魔法カロースを唱え周囲の灯りを確保する。


「う、後ろは来ておらんぞい! どうする、て、手伝う方がええのか!?」

「おっさんはアメリアの傍を離れないでくれ、後ろを頼んだ。前は俺達だけ大丈夫だ」


 間髪入れずにフィオンは弓、ヴィッキーは炎の魔法で近くのスプリガンから排除して行く。数は多いが単体の強さは脅威ではなく、虫の様な羽は耳障りな音を発するのみで飛べる訳では無い。


 ヴォルンは何とか気丈に振舞っているが明らかに声は震えている。

 フィオンから背後のアメリアは見えないが、声も出せずに固まっている事を察し、ヴォルンには打ち合わせ通り後ろを警戒させる。


 正面から来るスプリガン達は危な気も無くフィオンとヴィッキーに狩られて行く。

 スプリガン達は真っ直ぐに突っ込んでくるが、特に遮蔽物も無く灯りは確保されており動きもそう素早いものでは無い。盾らしきものを持っている個体もいるが、連携して動く訳でもなく厄介にはならない。


 「アメリア、ナイフは抜くんじゃないよ。不意の戦闘だけど問題は無いさ、大人しく待ってな」


 前方の広間のスプリガン達は、ぱっと見で数えれる程度。残りは十匹を切る程にまで数を減らしている。

 ヴィッキーもアメリアを気遣う余裕があり、魔法のキレも色褪せない。

 ヴォルンも先程の様な狼狽えた声はあげず、後ろで踏ん張っている用だ。 


 このまま殲滅し依頼は滞りなく終わる。

 予想外に魔物は出てきたが、大して問題にはならず実績と買取によって実入りを良くするのみ。終わってみれば何とも割りの良い依頼だった。


「っごっう!? っぅぬ、っく……う、後ろじゃああ――!!」


 フィオンとヴィッキーは決して油断等はしていない。

 だが次々に数を減らすスプリガンを相手に、ほんの僅かだけ「依頼の後の事」が頭を過ぎった。そんな甘い思考を戒める様に、苦しげなヴォルンの声が洞窟内に響く。


 咄嗟に後ろを見やったフィオンの目には、殺到してくる悪趣味な魔物の群れ。

 錆びた槍には鮮血が血管の用に流れ、それは最悪の事態を指し示していた。

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