第12話 ヒベルニア東端、ダブリン
休息を経て三人は洞窟を先へと急ぐ。
既に行程はほぼ終点。ダブリン側にかなり近くなった事で洞窟はその様相を変える。
道はなだらかに曲がりながら上り調子となり、洞窟の途中から途絶えていた篝火は、整備が行き届き煌々と火を点す。
曲がり坂を暫く進んだ道の先。篝火とは違う陽の光が出口を示し、安堵の顔を浮かべた三人の顔を照らす。
「思ってたより掛かったが、成果も上々か。……二人共ちょっとこっちに来な。アメリア、そこに座って」
ヴィッキーは道を外れ、座るには丁度良い大岩を示す。
意図の解らない二人だが一先ずはその指示に従う。これまでの行程で、ヴィッキーは無駄な事や余計な事はしないという事はある程度解っている。
アメリアは指示の通りに岩に座り、ヴィッキーはその頭を軽く撫でる。
少女の髪から突き出た長い耳へと、杖を近づけとある魔法を唱えた。
「痛みとかはないはずだけど、何かあったら教えな――カロース」
戦闘用の魔法を使う時とは違う、穏やかな声色と語気。アメリアの長い耳の先端へ、優しく撫でる様に杖を触れさせる。
途端、エルフ特有の長い耳は短く縮み、人間のそれと全く差異の無いものへ変化する。
両耳に魔法を施されたアメリアは、普通の少女と変わらない見た目になった。
「すげえな……まあ連れて歩いてりゃ目立ってすぐに騒ぎになるか。しかし、軍や国からも隠しとくつもりか?」
「燃費は良い魔法だから、あたしがよっぽど伸びない限りは大丈夫だよ。……あくまであたしは利益の為にこの子を連れて行く。まあアメリアが国やどこぞに身を寄せたいってんなら……」
アメリアは変化した自身の耳を不思議そうに触っている。
長く先端の尖った耳ではなく、短く丸みを帯びた耳。
一頻り触り終えてから難しい顔をした二人へと向き直る。全幅の信とまではいかないが、命の恩人である二人へ向けられる顔は、それに近いものだった。
「私は、二人と一緒にいたい……。私も自分の出来る事をする……おかねってのを、稼ぐ? 頑張るから、その……」
ヴィッキーは安心させる様に少女の頭をわしゃわしゃとする。こういう事には慣れているのか、まるで妹をあやす様に接している。
少しばかり心配性な少女へと、フィオンも無碍にはしない事を約束する。
「もう話し合った事だが、稼ぎは三人で分ける事にした。色々あるだろうが心配すんな。面倒な事は俺とヴィッキーに任しとけ。お前の治癒の力はそんだけ凄いもんなんだからよ」
ほっと胸を撫で下ろすアメリアを見て、ヴィッキーは手を引っ込めて黒い手袋を取る。
白い肌を現した素手を差し出し、前に兵営で組んだ時の様に握手を求める。
だがあの時と顔付きは違い、淡白なものではなく幾分かの笑みを帯びている。
「手袋の握手は仮契約、こいつで本契約といこうか。お互い、これから色々あるだろうが……まぁ、そこまで肩肘張らずにやっていこう」
それに応じ手袋を取ろうとするフィオンに先んじて、アメリアはヴィッキーの手をがしっと掴む。少々握手とは違う握りだが、三人でしようと思えばそもそも普通の握手はできない。
少女に先程までの悲痛な気配は無く、新たな生活への期待に溢れている。
それを見てフィオンも、手袋を取った手で三人で握手を交わす。
「俺は、あくまで俺の為に冒険者を頑張るが……。それとは別に二人共宜しく。……肩肘も何も、お前が一番ずけずけしてると思うけどな」
改めての結束を経て、三人は陽光が差し込む出口へと向かう。
その途中、アメリアは何でもない事の様に質問を口にする。
彼女にとっては当然の、これから苦楽を共にする仲間を少しでも知っておきたい。その程度の事だった。
「自分の為って言ってたけど、具体的にフィオンのそれはどういう事? おかね集めて、何か他にする事があるの?」
「いや金目的なのはヴィッキーで……。俺はちょっと、名声とかそういうのを高めとかないと……必要なんだよ」
「ふーん」と答えを飲み込むアメリアと出口を睨むフィオン。
少女が覗く青年の横顔は、暖かさや希望に彩られたものではなく、冷たく研ぎ澄まされた必死なものだった。
洞窟の出口を抜けると、入り口の時と同様に兵営の真っ只中へと通じていた。
久しぶりに仰ぐ晴天と澄んだ空気を味わいつつ、様変わりした周囲の景観へと三人は目を見張る。
兵営の周りは森や平原ではなく都市のど真ん中。兵士達の軍装はウェールズの第三軍、琥珀と黒の色合いではなく、青藍に白の刺繍の第六軍。
ヒベルニア最東端にして最大都市。ヒベルニア辺境伯の領地ダブリンに来た事を一目で示される。
ブリタニアの西に浮かぶ島ヒベルニア。その東端に位置する大都市ダブリン。
東側を海に面し、各方面への街道はそのまま街中を縦横に走る。
街の中ほどにはドミニア王国の始祖コンスタンティヌスの石像が立ち、そこを中心にして各庁舎や冒険者組合の建物等が通りに連なる。
多くの冒険者はこの都市を拠点にヒベルニア各地の依頼をこなす。
東端という立地は決して島の全方位にアクセスし易いという訳ではないが、冒険者達の大きな拠点はこの都市以外にもある。
殆どの依頼はダブリンを中心とした東側に偏っている事もあり、そう大きな問題は取り沙汰されていない。
到着した三人へ、二人の兵士が身元を確認すべく近づいて来る。
どちらから洞窟を通る際でもその身元は控えられ、出てきた者は逐一その照会をされる。その時々の士気や責任者の意向によって変化するが、長期間洞窟から出てこない者に対しては捜索が行われる事も有るには有る。
「通行お疲れ様です、身分証を確認させて下さい」
年若い兵士が丁寧にフィオン達へと身分証の提示を求める。
フィオンとヴィッキーはサッと提示するが、アメリアは懐やフィオンから渡された小さなバッグを必死に漁り困惑を露にする。
見かねたフィオンとヴィッキーは事前の打ち合わせ通りに、事の次第を解る様に心配を始める。
「ちょっとあんた、まさか落としたってんじゃあ……小さな魔物に襲われた時かねえ? 取りに戻れる程近くでもないし……」
「ったく、弱ったなあ……まあ役所で再発行するしかねえだろ。まさか今から取りに戻らされるってことはねえよ。兵隊さん達だってそんな話が通じない訳が……」
アメリアは身分証どころか衣服以外には何も持ってはおらず、そもそも正規の方法で洞窟へ入って来た訳ではない。検問を穏便且つ無理なく突破する為には一芝居打たねばならない。
幸い洞窟内でこういったトラブルは珍しい事ではない。兵士はそう慌てずに後ろに控えるもう一人の兵士、年長で温厚そうな老兵に目配せをしてから対応してくる。
「解りました、では口頭で確認させて貰います……。通行申請時に届け出た本名と出身地、あと生年月日と通行理由をお願いします」
「は、はい……。名前はアメリア、レクサムの出身で、が、がっぴ? ぇーっとぉ……じゅ、19才で……す?」
「こいつちょっと読み書きが苦手でして、年は覚えてるんですが月日とか数字とか……。あんま良い家じゃなかったもんで」
ドミニア王国での識字率は低いものではないが、数字や正確な年月等に関してはそれに劣る。
初等教育から高等教育までの教育機関は存在するが、金銭に余裕の無いものは善意で開かれている町や村の私塾で教えを受ける。
全ての私塾が正しい知識を伝授している訳でもなく、中には間違った知識や数字を広めている場所もあるが、国はその全てに対応出来るほど万能でもない。
余りにもたどたどしい回答だったが兵士はそう邪険にはせず、三人分のメモを纏めて懐から一枚の紙を取り出す。
「解りました、19才のアメリアさんですね。少々お待ち下さい……」
「え? この場で確認? ……ぇーっと、魔操具の方は?」
「こっちではそこまで足りておらんでな、特に情報用のものは不足しとる。その日に来そうな者のリストをあらかじめメモして纏めておるんじゃよ。なに、こいつで問題が起こった事は今まで……」
アテが外れ狼狽えるヴィッキーに老兵は親切に説明してくれる。
足りないものを補う為の現場での工夫。アナログながらに長年の実績を誇る自筆のメモ。
フィオン達の計画では魔操具の端末で照会している隙に、人手が少なくなった間に何とか誤魔化して通るつもりであった。魔操具の端末は大きく持ち運びに適さず、屋外に設置してあるという事はまずない。
しかしこうしてメモを使って情報を照会されては、人手は減る事無く二人のまま。
甘く見ていた老兵も、穏便な様でいてしっかりとフィオン達を監視している。例え思惑通りこの老兵一人だったとしても、とても誤魔化せれる気配ではない。
「おじいさん、あたしらちょっと急いでてさあ。早いとこ行かないと、その……」
「なーに、直ぐに済むわい。ここでの照会で止められるなんて事はここでは常識じゃ、それに文句を言う奴も……」
「見合わせ、終わりましたが……。二人の分は確認できましたが、アメリアさんの分はリストに無いですね……。あの、これって一体……?」
年若い兵士は顔を曇らせ、老兵へリストとメモを渡し助けを求める。
老兵は顔を顰め手早くそれらを見合わせ、次いでフィオン達の顔をじろりと睨んでくる。先程までの温厚そうな雰囲気は無く、兵士然とした厳しい表情になっている。
「わしはここの警備について結構長いがのお、こんな事は初めてじゃ。……いや、悪人には見えないが……お前さんらちょっと、どういう事か説明できるかね?」
「いやいやじいさん……今まで問題無かったからって、そいつは手書きのリストだろお? だったら漏れがあったりしても不思議じゃない。この子が悪人に見えないってんなら、問題ないだろうに」
ヴィッキーの指摘に対しても、老兵は調子を崩さず頑として道は譲らない。
武装を手にしてはいないが、老兵のヴィッキーに対する気迫は明らかに鋭いものになっていた。
ヴィッキーはそれを正面から受けつつ、この場を切り抜く為の言葉を探す。
「このリストはここの担当、六人で確認し合って作っとるもんじゃ。この体制になってから一度もこちら側のミスが起こった事は無い。その子は悪人には見えないが、お前さんは……」
「はーい、ちょっと宜しいですかダミアさん? この場は私が預かります」
唐突に上空から聞こえてくるのは、どこか人をおちょくる様な軽い声。
老兵の言葉を遮り、拳大の青い炎が二人の前にするりと飛んでくる。
ダミアと呼ばれた老兵ともう一人の兵士は、急に態度を変えてその炎へと軍礼を行う。まるで上官か、何か高貴な人物に行う様に。
何が何なのか解らないフィオン達だが、何か雲行きが変わったとしてその行く末を見守る。
「何か良い匂いがしてきましてね、誘われるままに漂っていたらここに。……構いませんね?」
「ハッ! 伯の仰せの通りに!」
ダミアともう一人の兵士は一歩下がってこの場を譲り渡す。
青い炎はフィオン達をそれぞれ一人ずつ、まるで品定めか何かを探る様に周りを回りだす。確かに炎の外見をしているが、眩しい程の光は無く、熱いと感じさせる熱も無い。
これは一体何なのかダミアに問おうとするヴィッキーたが「黙って待っておれ」とジェスチャーで止められる。
「ほぉ、これは……ではこの者達の事は私が保証しましょう。お勤めご苦労様です」
三人を探り終えた炎は何か意味深に思案した後、この場を穏便に取り成してくれた。そのままダミア達に再度軍礼をされ、街の方へと飛び去っていく。
寛大な処置にフィオン達は安堵の息を漏らすが、何が何だったのかまるで解らず、畏まったままのダミア達へと質問する。
「おっさん、今のは何だったんだ? 伯がどうたらって、あれが辺境伯なのか?」
「伯はちゃんとした人間じゃ。あれは伯のご先祖、百年前の円卓の騎士の一人、ユーウェイン卿が直々に契約なさった獅子の精霊……の、分体だとか聞いておる。わしらにとっては伯と同位の存在じゃ。……もう行って良いぞ、あの方が保証したのならわしらにはどうこう言えんわい」
青い炎は街の方へふよふよと飛び去って行く。中には手を振ったりする者も何人かいるが、殆どの者は見慣れたものとしてそう反応もしない。
旅の途中に龍と戦う獅子に加勢し、その後は助けた獅子と共に各地を旅したと言う騎士道物語。
その物語の主人公こそ円卓の騎士ユーウェイン。ドミニア王国の国土ブリタニアを、百年前に外敵から守り切った騎士の一人である。
フィオンもヴィッキーも教育の場等で、ドミニア王国に関わる円卓の歴史や物語に触れてはいるが、精霊なぞを見るのはこれが初めてだった。
飛んで行く炎の球をアメリアと三人、目を丸くして眺めている。
「お前さんら、急ぐんじゃなかったのかね? 後がつっかえたりしても面倒だ、はよう行くと良い。……ぉっと、ちょっと良いかね?」
「言われなくても……なんだいじいさん、もう行っても良いんだろ? まだ何か用が……」
フィオン達は兵士達の横を通り、ダブリンの街へ行こうとする。
だがヴィッキーだけ、ダミアから呼び止められて手招きをされる。通行の話とはまた別の話の様子。
ヴィッキーは二人を先に行かせ、ダミアの手招きに応じテントの裏へと入って行く。
「何の用だい? 急いでるのは割かし本当だから手短に……」
「お主らより先にここを通って行った奴等じゃが……中で魔導士に襲われたと訴えおった。三人殺され二人が重傷でな、その魔導士の特徴……丁度お前さんと一致しておるんじゃよ」
話を聞いたヴィッキーは、静かに目の前の老兵へとマントの中で杖を向けた。
軍の兵士を相手に狼藉等は御法度だが、それでも場合によっては必要にもなる。国の法や人の倫理よりも、時に魔導士としての考え方をヴィッキーは優先させる。
幸いここは人目の少ないテントの裏。一息に静かに燃やしてしまえば何とか切り抜けれる。
ダミアはそれに気付いてか気付かぬままか、特に顔色は変えず話を進める。
「まあ、さっきも言ったがわしはここの勤めは長い。洞窟の中で襲った襲われた、殺した殺されたなんてのはそう珍しくも無い。そして……あ奴等とおぬし達、それを見比べて間違う程ぼけてもおらん」
老兵は壁にもたれ掛け、懐から取り出した酒瓶に口を付ける。
話の流れを察してヴィッキーも杖を仕舞った。
兵営からは見えないがダブリンは海沿いの都市であり、兵営も海に程近い。アイリッシュ海から吹き込む風は少しばかり潮が混ざり粘度が高く、肌にべたつく様だった。
「わし等が洞窟内の事に不干渉なのは、そういった事が多過ぎるからでもあるんじゃよ。……説教するつもりじゃないが、そうほいほいと摘み取って良いもんじゃ無いぞ? 悪人の命を大事にしろとまでは言わんが……後でお主自身が辛くなる」
「そういうのを説教って言うんだよ。あたしだって好きでやってる訳じゃない、必要な時は仕方ないさ。……ありがとよじいさん、気遣いには感謝する」
ヴィッキーは老兵を後にして、足早に風を切りフィオン達に追いつく。今更そういうもので重荷を感じる気持ちは持ち合わせていなかった。
三人はダブリンの街を通り冒険者組合の建物を目指す。
急いでいるというのはあながち嘘という訳でもなく、さっさと組合での登録を終えて宿で休みたい。洞窟の踏破は予想以上に心身に響き、体は温かいシャワーと柔らかなベッドを欲している。
冒険者の本拠地なだけはあり、ダブリンの街はその手の者達に溢れ街はそれなりに活気がある。
通りに面し立ち並ぶ武具や雑貨品を扱う出店。種々の消耗品から酒や甘味等の趣向品を扱う商店。男女を問わずにパーティを組む組まないの交渉。そして横道や裏通りには、怪しい店や娼婦達。
三人は街の中央、騎士の石像前を通り過ぎて組合の建物を目指す。石像はただ屹立している訳ではなく、とある罪人に剣を突きつけ、その顔は寛大な心を表した慈愛を備えた表情をしている。
「ねえフィオン、あの像ってどういう……」
「ぁー、今は先に休もうぜ。また今度ゆっくり話してやるからさ」
像に興味を示したアメリアだが、今は一先ず休んでから後の事を考えたい。
三人は一目散に組合の建物へと入り、受付の男性へと声を掛ける。男性は王国の機関紙を机に置き、少々面倒そうに新入り達へ向き合う。
組合の中にも幾らかの冒険者達がおり、殆どは暇潰しに茶や酒を酌み交わすか依頼が張り出された横長いボードを食い入る様に眺めている。
「はいはい登録ね……んじゃこの紙に記載して身分証を出してくんな。登録に費用はいらねえがこっちの……契約書にはきちんと目を通しておきな」
簡単なものだけを求めた紙に記載し、フィオンとアメリアは食い入る様に契約書へと目を通す。
ヴィッキーは既に契約内容を知っており、直ぐに身分証を提示して宿の一覧へと目を通す。
組合は冒険者へ依頼を紹介し、その達成の成否に関わらず紹介料を徴収する。
代わりに、組合は冒険者が得た魔物の死体をほぼ無償で回収し国への売却の代行を行う。更に組合が所持、或いは契約を結んでいる物件を、格安で賃貸等のサービスを行っている。
一見では至れり尽くせりな条件。だがしっかりと『紹介料』や『代行の手間賃』で組合が潤う様に調整されており、冒険者は多少足元を見られてしまうとヴィッキーが既に話している。
それでも組合に集まる多くの依頼、魔物の死体の回収や売却の代行を鑑みれば、所属する他に選択肢は無い。
フィオンも身分証を提示するが、またしてもアメリアはここで躓く。
組合の男は慣れた様子で、身分証の無いアメリアへと声を掛ける。
「身分証の無い奴が来るのは珍しくもねえさ、お譲ちゃんみたいなのはレアだがな。……はいよ、こいつでとりあえずは冒険者って事は名乗れるぜ。あとは精々頑張んな、それが俺達の飯にもなる」
男は二人の身分証と共に一つの小さな水晶片を三人へと返す。
持っても傷つかない程度には角が取られた僅かに赤味を帯びた半透明の楕円型。魔操具の端末専用ではあるが情報を読み取れるものであり、見た目には解らないがアメリアの冒険者登録を示す品。
二人の身分証には冒険者資格を有する事が淡白に示されているのみであり、通常はこちらで資格の有無を証明する。
「これ、貰って良いんですか? なんか凄く、高いんじゃ……」
「気にせず持って行きな、国がタダ同然でくれてる品さ。魔操具で読み取る以外には何にも使えんが、あんた達は身分証を持って……って、そんな事も知らんのか? どこの田舎から……」
「この子ほんっと田舎者でね、あたしらもたまに困っちまうのさ。この宿のこことここ、二部屋頂くよ。ほんっと洞窟で疲れてるからもう休ませてもらうよ」
ヴィッキーは代金を置き、アメリアを引っ張って宿へと向かう。フィオンも軽く目礼してそれに続く。
そう致命的でないとは言え、どこからアメリアの正体がバレるかは解ったものではない。
勿論バレた所でそれは罪に問われる様な事ではないが、エルフという稀有な存在が望まざるものを招くのは、容易に想像できる。
三人は二部屋に、男女に別れて旅の疲れを癒す。
洞窟を抜ける前は出来る限り早く依頼を受けるつもりのフィオンであったが、それは甘い考えだった。
行程は思いの外体力を使い、死闘を潜り抜け、予期せぬ出会いをもたらした。だがその選択に後悔は無く、思い返してもそれが正しかったと断言できる。
まだ夕日の傾きだしたダブリンで、明日からの日々に僅かに頭を巡らせながら、今は柔らかなベッドで意識を遠くさせる。




