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ボルドルーンサガ ブリタニア偽史伝  作者: ギサラ
終章 反逆の騎士
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第128話 簒奪者

 ――折りしも、天候は似通っていた。溢れる間際の灰の雲が空を覆い尽くし、まだ昼間だというのに何とも薄暗い。

 草原の中央には真新しい墓と、それを前に祈りを捧げていく参列者達。既に埋葬は済んでおり棺は見えない。意識のみのフィオン達は成功の驚きを抑え、並んでいる者達の持ち物や容姿を観察していく。弔問客はそう多くない。服装こそこの場に相応しい黒く控え目なものばかりだが、心からの弔意を表している者はおらず、態度はどれもつまらなく軽薄なものばかり。精神のみになっているせいか、それらは染み込む様に見る端から感じられた。

 しかしそれもそのはず。送られる者は王に牙を剥いた大罪人であり、本来であれば磔刑か梟首に処されていたであろう。ならばその葬儀に参列するどころか、葬儀が開かれる事事態が憚られるものだが――これの喪主が王その人であり、棺の中身が王の親族であるのだから、話が変わってくる。

 この場に来ている者達の大半は、葬儀そのものは方便に過ぎない。襲撃を退けた次代の王がどの様なものか、その様子見が目的であった。

 ブリタニアは統一されてはいるものの、まだまだ血生臭い話は後を絶たず、今後の身の振り方を窺っている者が多い。粗野な話を多く聞かせるコンスタンティヌスが、王位に就く事を内心納得していない者も、決して少ないではなかった。

 だがそれらの者達は、喪主として振る舞う王の姿に、目を見開いていた。

 墓の横に立つ一人の騎士。その立ち居振る舞いに野蛮なものは皆無であり、ケチを付けるどころか、立ち会う者達の頭が自然に下がる。

 峻厳な心を表すかの様な灰の鎧、王とは言えど今は華美なものは見当たらない。目を引くのは顔を覆い隠す漆黒の仮面。そこから発される流麗な言葉遣いと重々しい響きは、喪主としても王としても、異を唱える隙を与えないものであった。

 大まかには仮面で隠れているものの、勇壮な頬骨や緑の目、たなびく金の髪等人相は見て取れる。喪主は嘗てカムランの丘で見たコンスタンティヌスとう同一である事を、フィオン達は確認する。

 啜り泣きの一つもない寂しい葬儀。空気はそう張り詰めてもいないが、少しばかり息苦しいものがある。そんな中、墓前から少し離れた場所から、ひそひそと話し声が聞こえる。決して大声でもなくひそやかな私語だが、湿り気を帯びた空気はそれを歪めながらに通す。

 すべき事を終え暇を持て余した貴婦人達が、遊びのように口を開かせていた。

「噂には聞いていたが、あれがコンスタンティヌスかえ。話とは随分違う様子じゃったが……流石に弔いの場では控えるか。何とも、つまらんな」

 王の粗雑さを嘲笑いにきたのか、アテが外れた婦人は大仰に肩を落とす。

 如何に円卓の騎士が島の覇権を制したとは言え、それも各地の豪族や有力者達の支えあっての事。中には対等以上に肩を並べる大家(たいか)もいる。

 その隣の女は見るからにゴマを擦りながら、彼女の見識は決して的外れでなかったと、合いの手を打つ。

「いえいえ、ほんの少し前まではその通りでしたとも。あれは甥御に……甥御様に襲われて肝を冷やしているに過ぎません。すぐにまた正体を現しますでしょう」

「大人しくしている分には不満もないのじゃがな。……甥と言ったか? ではあの話は……真であったか。するとあの仮面も、そういう事じゃな?」

「まさしくまさしく……襲われた際に毒を掛けられたとか。それでも切り伏せたというのですから往生際――いえ、頼もしい事ですわ」

 いつの時代も、他者の不幸は蜜の味。それが高貴な身の上ともなれば、足の芳醇さは一入(ひとしお)であろう。

 簒奪者アウレリウスは祖王コンスタンティヌスに毒を盛ったものの、これを看破され直接害すべく短剣を抜いた。毒を放ち刃を手に迫るものの、そこは音に聞こえし円卓の騎士――コンスタンティヌスは毒に顔を潰されたまま彼を切り伏せ、王位はそのままに保たれたと伝えられている。王として人前に立つ以上、醜い傷痕を曝す訳にはいかず、黒の仮面はそれを隠す為のものであった。

 婦人達は口々に王の武勇を囃し立てつつ、音には言祝ぎと誉れを乗せ、表情には嘲りと愉悦を表し、葬儀の暇を埋めていく。

 それを耳に捉えているのかいないのか、墓前には尚も、騎士が揺るがずに佇んでいた。

 コンスタンティヌスは一切気配を変えず、丁寧に弔問客達に応対していく。その姿は確かに、身内の謀反が相当に堪えた様にも見えるが、婦人達の様に嗤う者はむしろ少数であり、多くはその姿に安堵を示す。身内の大逆を速やかに寛容に治めた手腕は評価され、中には、王としての良い契機であったと見做す者さえもいた。

 する事を終え見るものも見た者達は、胸を撫で下ろし葬儀を後にして行く。ぽつぽつと降り出した雨はその足を急がせ、墓前には灰の騎士が一人だけとなった。護衛も付き添いもおらず王としては余りに寂しい状況に、男は深く息を吐く。入念に周囲を探り誰もいない事を確認してから、一人墓前に跪いた。

 ゆっくりと、仮面の口が開かれる

「……忠告はした筈です、貴方もそれにはっきりと……。なのに性懲りも無く、動くのは手遅れになってからばかり……。手っ取り早いとは言え、最悪の手段しか使わぬのも……あれは聖王であるからこそ通用したのですぞ……」

 苦しげに、絞り出す様な声が雨に混ざる。怒りと咎めが地に落ち雨を濁し、一帯に満ちたそれはフォイン達にも侵入する。そしてそれらの感情は、騎士自身にも向いていた。

「ロンドニウムはまだ何とかなりましたが、大聖堂でのあれは……。何故、事前に私に話さなかったのです? 何故全てを一人で、成そうとしたのですか?」

 この葬儀の数ヶ月前、コンスタンティヌスはウィンチェスター大聖堂にて、闇討ちを起こした。標的が祭壇の前で祈りを捧げ無防備になったところを、あろう事か神父に身を扮し、そこを血で汚したのである。争いの芽を事前に摘む為とは言え、無法の狼藉に国と教会勢力は一触即発にまでなりかけ、危うくブリタニアは再度の戦火に包まれるところであった。

 円卓の騎士の物語としては、それは脚色を帯びて伝わっている。反逆者モードレッドの二人の遺児がそれぞれ逃げ込んだ先の教会で討たれたと、あくまでも英雄的に。都合の悪い事が塗り潰されるのもまた、いつの時代も変わらない。

 騎士は墓前で、双眸を掌で覆う。鉄の手甲が触れたそこからは、淡い緑の粒子が立ち昇る。雨を無視して浮かび消えゆくそれは、アメリアの耳に掛けられた欺瞞の魔法が、うっかり解けてしまった時のそれに似て――

「私を巻き込みたく無かったか、或いは……。いや、最早詮索は後悔に等しい。ならばせめて……私だけでも、叔父上を正しく送りましょう」

 漆黒の仮面が剥がされる。その下には見るを憚る醜い傷痕など、どこにも無い。

 勇ましい顔立ちは霞の様に消え失せ、徐々に明らかになる面貌は、フィオン達によく見覚えがあった。連行された先、王城で相見(あいまみ)えた、あの男の貌。

「去らばだ、コンスタンティヌスよ。我が治世が平穏を導けなかったその時には、どうか我が身を地獄に落とし給へ……。アウレリウス・コナヌス。これより後は我が名を捨て去り我が全てを以って、貴方の名の下にこの地に繁栄を(もたら)しましょう」

 (まさ)しく、現王ウォーレンティヌスの生き写し。

 意識のみの思念体のフィオン達は、肉も無しに冷や汗を感じ喉を鳴らす。否が応にも理解してしまった。即ち簒奪は正しく成功しており、ストーンヘンジに葬られているのは簒奪者コルネリウスではなく、眠りし者は祖王コンスタンティヌス。ドミニア王国の玉座は約百年に渡って、偽装した簒奪者の血筋が席巻していたのだと。しかし胸に怒りは宿らず――コルネリウスの想いが去来する。

 決して私心による弑逆だったのではなく、それは国と民を憂いての行動。雨音に混ざる騎士の慟哭は、それを如実に物語る。諫言に徹するものの王を諌め切れなかった臣下が、苦悩の果てに選んだ決断。確かにそれは大逆であり許されざる事には違いないが……覗き見る六人の顔には複雑なものが浮かび、一概に弾劾が正しいのかどうか、判断に迷う。

 涙に滲むように、景色が薄れていく。想いを根底にした刻越えは力を弱めていき、六人の意識は元の時代へ遡る。

 望外の情報を手にしたものの、誰の顔にも晴れやかなものはない。国と民を実直に想うアウレリウスの志は、皆が持っていた敵意に降る、冷たい雨の様だった。

 意識を肉体に戻し、フィオンは本当に頬に冷たいものを感じる。二度目のせいなのか刻越えは瞬時に済んでいた訳ではなく、耳にはシトシトとした雨音と――

「さっさと起きろ! 客人だからっていつまでも暢気に寝てんじゃねえ!!」

 怒声が響く。聞き覚えのある第五軍の誰かの声。何が何やら解らぬが、急かされるままに体を起こす。

「……は?」

 暢気な声を漏らすフィオンは、激しい剣戟に鼓膜を揺すられ、跳ねる様に飛び起きた。視界に映るのは紛う事無き戦場。黒冑の第五軍と方々で切り結ぶのは、白の出で立ちの第一軍、王の軍勢。

 既に草原と遺跡に静けさは無く、雨には鉄と血の臭いが混ざる。

 瞬きさえも許されぬ戦場が、目の前に広がっていた。

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