第126話 忠勇の騎士
フィオンの曽祖父メドロー、モードレッドからの遺言。
ウェールズ候ベドウィルはそれを伝えられていると、はっきりと、重い覚悟で口にした。思わぬものが飛び出し、天幕の中は何度目かのどよめきに包まれる。
フィオンはどういう事なのかと老将に詰め寄りかけるが、ベドウィルは無言で手を突き出し、触れる事無くそれを止めた。
大小無数の傷に塗れた、老齢を感じさせぬ武人の腕。その所作だけで包み隠さずに伝える気概が場に伝わり、静寂の中に、老将は厳格な声を響かせていく。
伝える事それ自体が、遺言の意に反する裏切りであると知りながら。
「わしは若かりし日に……祖父ベディヴィエールからモードレッドを紹介された、
とある条件付きでな。会ったのはその時と葬式の二回だけじゃが……遺言と言うのはその条件の事じゃ。まあ、遺言と言うよりは釘を刺されただけじゃが……。
騎士として手本とすべき心を、授かった様に感じたわい」
裏切りであるとは重々承知しつつ、老将はその子孫ならば聞く権利があると、己の血を知ってしまったからには、知らぬには余りに不憫であると考えた。
条件付きで引き合わされモードレッドから釘刺された用件。それを以って遺言と言うのはどういう事なのかと、ベドウィルは更に言葉を続ける。
「その内容は……物語として広まっておるモードレッドに口を出さぬ事。反逆の騎士モードレッドの話をそのまま放置し、彼の家に対しても介入をするなというものじゃった。真相や住まいを偶然知ってしまう前の……正に釘刺しじゃった訳じゃ」
「そいつは大ジイが……モードレッドが直接そう言ったのか?
……続けてくれ。そいつはどういう了見で、どういう考えで伝えられたのか」
忠勇の騎士モードレッド自身による、反逆の騎士モードレッドの容認。彼の名誉をこそ思えば到底許し難い脚色の、本人による承諾。
それは何を想っての決断でありどういう想いが宿っているのか、伝説の名を継ぐ老将はその真意を明かす。それこそ正に、彼こそが真の忠勇の騎士である証であると共に、その恩恵に預かっている自身達は、常にそう在れと心に誓い続けていなければならないと。
「祖父殿と……メドロー殿から聞いた話じゃが。ブリタニアを平定した直後は円卓の騎士というものは、殆ど民衆に受け入れられておらんかった。と言うよりは単純に知名度が低かったらしい。新たな支配者が立っても民達はそう期待してはおらず……現に何度か小さな争いも起こっておったとか」
民草にとって新たな指導者など数ある暴君の中の一つにしか過ぎず、そんなものに一々希望を抱くより、パンの一つか銅貨の一枚を追う方が余程建設的である。
円卓に近しい者達でもなければ、その熱意や志が直接伝わる事は無い。現在でさえも各軍が発行している機関紙はあれど、それでも、レクサムに住んでいたフィオンがエクセターの主を女性である事も知らなかった程度。
ブリタニア平定直後、円卓の騎士達は自分たちの存在をアピールしながら善政を施したが、ドラマ性に欠けたストーリーは大して見向きもされなかった。泥臭い戦を長年続けた末の平定など、面白みも何も有ったものでは無いのだから。
「それがある時……急に民達の反応が良くなったと。丁度小さな争いを治めた後の事で、皆はそれが原因なのかと考え……気付くのに遅れてしまったらしい。
調べてみれば世間にはいつの間にか、聞いた事も無い者が円卓に混ざっており覚えの無い逸話や武勇伝が盛られており……モードレッド殿もまた、反逆の騎士として世間に認知されておったとの事じゃ。……おいたわしや」
誰が広めたか、どこが出所か、何を目的か――――全て一切不明のままに、気付けば物語は現実を侵食し、ブリタニア中に広まっていた。
円卓の騎士達はそれに対し、数々の反応を見せた。
どの様な形であれ、受け入れられたのならばと喜ぶ者。複雑な様子を見せながらも、静観と共に何もせずに見守る者。冗談では無いと、仲間の名誉を踏み躙った者を血祭りに上げよと、義憤を以って剣を取る者。
そんな中でモードレッドは一人、物語の彩りになった事に異を唱えず、
己の戦いは己の名誉の為では無く、忠を誓う只一人の主君の為であったと唱えた。
「メドロー殿は……平和な時勢で役割を持つ事が出来たと……笑っておった。自身が裏切りの騎士という役になった事は気にも留めず、それで円卓の騎士が支持を集め国が良くなるのならと……。それを受け継いだ我らがこの様な……あの世で合わす顔が無いわ…………」
声を押し殺し、偉丈夫の老将は熱い涙を流す。
モードレッドが剣を取り忠を立てたのは、他ならぬ騎士王アーサーの為。ならば彼の遺した国の礎となれたのならば、どの様な形であれ構う事かと、忠勇の騎士はそう言い残し円卓を去り、その生涯を以って忠を完遂させた。
実際にカムランの丘で過去を見通したフィオン達は、ベドウィルの証言に納得せざるを得なかった。
王の去り際にその意を尊重し止める事は無く、それでも別れを惜しまずにはいられなかった、過ぎ去りし日の青年。それが真っ直ぐ正しく成長したのならば、
自己犠牲にも等しい結末を受け入れる事は、想像に難くなかった。
「そういう話なら……無関係って訳じゃねえし色々面倒事にも遭ったが……。
俺は結局ただの子孫だ、その時の当事者じゃねえし兎や角言うつもりはねえ。
大ジイの決断を尊重するさ。気持ちの方も解らなくはねえしな
しかし……だったら何でイーヴァンは……?」
フィオンはモードレッドの、曽祖父メドローの想いを受け入れつつ、涙を誤魔化し一つの疑問に首を向ける。
同じ円卓の騎士の系譜であるイーヴァンは、何故今の話を知らなかったのか。そこに齟齬が生じるのであれば――――疑う者は誰もいないが、それでも今の話の信憑性は下がる。
察したイーヴァンは咳払いをし、ちらりとベドウィルに視線を飛ばす。
泣き崩れかけていた老将は話題が変わるや否や、瞬時に様子を改め居住まいを正した。口を開く事も無く話をはぐらかそうともせず、モードレッドに倣い全てを受け入れる心を取っている。
それを確認した若騎士は、要点のみを掻い摘んで話す。必要な事のみを必要な深さだけ、どこかとぼけた軽い口調で。
「俺が生まれた直後に、父ノリッジ候は内乱を起こしそのまま討ち取られた。彼が今の話を知っていたのかは知らないが、残念ながら我が家ではその話は伝わってない。だがウェールズ候が言う事なら確かだろうし、先代が討ち取られた事も、俺個人はどうとも思ってない。そもそも顔も声も知らないんだからな」
若き騎士はサラリと、己の父の死を他人事として流し、円卓の宿将の証言を保証する。軍を率いる者ならば乱を鎮めるのは責務であり、私怨を交えるなぞ……
そもそも誤魔化すまでもなく、怨恨は無いというのが彼の本心であった。
イーヴァンはそのまま逸れた話を本筋へと誘導する。血筋や出身の話がどういう流れで、現王ウォーレンティヌスを脅かすものになるのかと。
「……それで、王に対する有効打というのはどういう話なんだ? フィオンがモードレッド殿の子孫というのは……使えるとは思えないが……。そちらの方か?」
凛々しい声と共に青藍の騎士はサッと、フィオンの傍のクライグを見やる。含みも澱みも無い一動作でしか無かったが、それだけでも立派な体格の友は、ビクリとしてしまった。
ドミニア王国の祖王コンスタンティヌスに、簒奪を企てたアウレリウスの子孫、第五軍中尉クライグ。こちらもベドウィルの姿勢に倣って何とか落ち着きを保とうとはしているものの、震えや汗等には明らかに無理が見え隠れしている。如何に現王の悪逆が判明しようとも、それで簒奪者の血筋が変わる事は無く、誰が責めている訳でもないが、彼の心に有る後ろめたさも消えはしない。
横の友はそれに構わず、軽く小突いて緊張を解かせ、改めて親友の顔付きを
ジーッと見やる。あの時抱いた違和感は、果たして気のせいだったのかどうかと。
「フィ、フィオン? どうした急に……俺の顔、何か付いてるのか?」
毛質は柔らかな癖に、毎朝の強引なセットで後ろに反らされた金の髪。大らかさを感じさせ中々に見てくれの良い、軍人としての厳しさや堅さが叩き込まれた勇壮な顔立ち。陰湿さは欠片も無く、今は緊張で大きく見開かれた、温かな緑の両目。
改めてフィオンはあの時の、カムランの丘で見た過去と照合し、クライグと
コンスタンティヌスを比べ――――似ていると感じた。
「あぁ、もしかしたらだがな……。なあクライグ、そもそもアウレリウスとコンスタンティヌスって……血縁だったよな、叔父と甥でよ。……アメリア、こいつとウォーレンティヌス、どっちが似てたと思う?」
自分一人ならば勘違いも有り得ると、フィオンはアメリアに問い掛ける。曖昧な質問ではあるがその意を得た少女は、少し悩んだ後に忌憚の無い意見を出した。
虜囚となって会わされた現王とは、あの時の騎士はまるで似ていなかったと。
「ウォーレンティヌスは……コンスタンティヌスと全然似てなかった。でもクライグは……クライグ自身は覚えとか無かった? おじいちゃんか曾おじいちゃんか、
もしかしたらもう少し上かもだけど」
「――――!? 詳しく話してくれ、それが本当であれば一挙に形勢は……。
いや…………それ所では……仮にそれが……真実ならば……」
話の要点を察したベドウィルは事の詳細を求め、フィオンはカムランの丘で垣間見た過去の光景を語った。王の器では無いと渋る屈強な騎士コンスタンティヌスを相手に、騎士王アーサーは何とか次代の王を継がせ、和やかな一騎討ちを忠勇の騎士と果たしたと。
そしてその際に見やったコンスタンティヌスには、クライグと容貌での一致が確かに存在し、子孫とされる現王とは似ても似つかぬ姿であった。
アメリアの力による遥かな過去の知覚という超常の現象。俄には信じ難い話ではあるが、状況はベドウィル達に嫌でも納得をさせるものだった。
テントの周りでは依然、多くの兵やダークエルフ達が呪縛によって心と記憶を封じられており、三人にもしっかりと呪詛を受けていた間の記憶もある。そして呪いを解き放ったものの発端がアメリアの力と知らされては…………
「何たる事……ではわしらは、わしは…………我が家はどれだけの時を謀られ……。有り得ん、有り得んぞ……有ってはならぬ事じゃ……」
まだ確証は無いものの、老将ベドウィルは長年に渡り騙されていた可能性に、絶望と共に絶句する。王に忠誠心を捧げていた訳では無く、既に今回の騒動で失望し見切りは付けていたものの、世代を跨ぎ騙されていたとあっては正に形無し。先程のモードレッドの話も併せ、立つ瀬も拠り所も無くし足元も心もふらつく。
事実であればドミニアは水増しされていようとも約百年、コンスタンティヌスの名を騙った何者かの家系が、偽王として君臨し続けてきたという事になる。そして状況から考えるならば、それは簒奪者アウレリウスの可能性が高い。
若さ故か、老将に比べればショックの小さいイーヴァンは、その可能性を裏付ける証言を行う。呪縛に縛られている間脳裏で響き続けていたものは、今にして思えば不可解な程の念押しであったと。
「解放されるまで『コンスタンティヌスの子孫である王の命を尊重せよ』ってしつこいくらいに頭に鳴ってた……様な気がする。あの時は何も不思議に思わなかったが、もしかしたらそいつは……。解ってた事だがこいつは、ただの内戦じゃ済みそうにないな」
偽王の可能性を提示され、テントの中は一時軍議所ではなくなるが、老将は己の責務を再認識し奮起する。なればこそ負ける事は絶対に許されず、考え方によっては王国の癌を取り除く最良の好機であると、ウェールズ候は無理にでも前を向き今後の方策と展開に全神経を注ぐ。
軍議はフィオン達を交え進んでいき、具体的な動きを打ち合わせていく。王とはどの様な交渉を行うか、軍の準備にはどの程度時間が掛かるか、開戦を前にやるべき事は何か。
そして、一時はどうなる事かと身を竦ませていた親友は、肩の力を抜きぽつりと、寄り添う恋人に質問する。どん詰まりに思えた人生に思わぬ所で光が当たり、
しかし光は余りに眩し過ぎ、何をどうして良いかがまるで解らない様に。目を覆い尽くすものが闇であれ光であれ、それも度を越せばどちらもそう大差は無い。
「なあシャル、これって……俺が王様になっちまうのかな? 俺はただ……普通に安心して暮らせれば……それだけで良かったんだけどな」
尋ねられた淑女は、巡らせていた俗物的妄想をパッパと追い払う。王侯としての優雅な暮らしも悪く無いが、それも彼の心と寄り添わぬなら邪魔に過ぎない。
そもそも彼女が求めている"幸せ"は、金銭や地位では無く、それこそ今手に入りかけている温かなものなのだから。
「内戦では担ぎ上げられる可能性はあるでしょうが、その後は放っておけば良い事です。貴方が適当に差し出しておけば、それこそ野心や意欲の有る人達が勝手に持って行ってくれるでしょう。……まずは、この戦いに勝つ事です。そうすれば後は好きに生きられますよ」
地位や権力は求めず、二人もまた軍議に加わり未来の話に意識を向けた。
反逆者達はここに心と足並みを揃え、いよいよ開戦の時は間近に迫る。誰も望まぬ内戦でありながら、絡まる要素は戦いの必然性を訴え、ブリタニアを覆っていた祝祭は瞬く間に消えていく。
両陣営は軍の準備を進めながら交渉を行い、その裏でフィオン達はとある場所へ向かう。持ち上がった仮定の裏を取る為に、ドミニア王国における呪われた地、
大罪人の墓へと向かう。
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ファンタジア大賞に応募する作品を練っている為更新停止中です。
更新復帰は6月以降となります、申し訳ありません。
6/5 追記
仕事の都合と応募作の進捗が芳しくない為、更新は9月からとさせて頂きます。申し訳ありません。




