第125話 反抗者達
ベドウィルとラオザミの呪縛を解いたフィオン達は、兵営奥のテントで事の仔細を説明した。
クランボーンの森の魔獣、王が放った刺客、エルフの老人サイードから聞いた情報、ウィンチェスター大聖堂の地下で見たもの、王と直接接触した際の顛末……。
更にまだ詳細は不明だが、大規模な魔道か何かによる記憶と意思への束縛。それを下地に進められた各国との領土交渉や、ダークエルフ達の追放政策。
話を聞くベドウィル達三人は出来る限り冷静さを保とうと努めていたが、話の半ばを過ぎる前に、全身に憤怒の情が溢れていた。説明が終わると同時に両将は真っ先に、ダークエルフ達の代表であるラオザミに、誠心誠意の陳謝を行う。
「許……ッ……せとは言えぬ。わしらのせいでお主達は……ウェールズの森であれば可能な限り明け渡す事を約束する。勿論ウォーレンティヌスに対しても……このまま済ませるつもりは無い!!」
「今回の件は……ドミニア王国の身から出た錆びだ。ダークエルフ達を巻き込んでしまった事は本当に申し訳無い! ッ……辺境伯として今回の始末に、全霊を尽くす事を約束する」
天幕の警備の兵達は騒動の際にアメリアが呪いを解いた者達であり、皆絶句と共に両将に続いて頭を下げる。
テントの中央には何とか己を律し、激情に満ちた双眸を両手で覆い隠す、屈強なダークエルフの戦士が一人。ラオザミは無言のまま二人の謝罪に何とか応じていた。謝られた所で何が変わる訳でもなく二人に罪が無いとは頭で理解しつつも、万を越す同胞が既に故郷を終われ、もう少しで最悪の事態になっていた現実に、頭に上った血を直ぐに下げる事は不可能だった。
そのまま一同は数分、ラオザミが椅子に座るまでを待ち続けた。森の戦士達の長は何とか激憤を抑え込み、これからの話に意識を向ける。そうでもしなければ亜人の戦士は凶獣となり、その両腕を憎っくき人間達の血で染めていただろう。
「ッ…………何が出来る、何をするべきだ? 洗脳か魔道か呪いか、知った事では無いがッ……我らを縛っていたものを、今尚我が同胞達を縛っているものを……どうすれば壊せる?」
フィオン達は続けて、アメリアの力とマナの活性化、更に呪縛が解けていれば親しい者同士の説得でも打ち勝てる事を説明する。アメリア自身の口から彼女がエルフでは無い何かである事も伝え、これで共有していない残った情報は、フィオンとクライグの出生と彼が王の密偵であった事のみとなった。
天幕の中はエルフの真相や王の思惑等でざわめきに包まれるが、為政者である二人と同族達の未来を背負う戦士は、何とか落ち着きを保ち方策を練る。まず着手すべきは軍や民達の呪縛の解除と、事の露見による王側の反応、及びその対策。
呪縛を放っておけば何をされるか解ったものでは無く、同時に軍の戒めを解けば何が起こるかも、三名はしっかりと認識し覚悟を決め口を開く。
「ではまずはここの者達を解放し……バーミンガムとリバプール、エクセターがどちらに転ぶかで南の線引きを……」
「私は一旦ヒベルニアに戻り第六軍の態勢を整えます。スコットランドとリーズは……一先ずは向こう側と考えましょう」
「我らの民はスノードニアと……ブレコンの森の者達はそのまま戻ってもらおう。
そちらにも可能な限り受け入れてもらい……戦士達は五千を越すだろう。心の整理に時間は要るが……足並みは揃えよう」
軍と民を背負う三名は、まるで戦時下の様な口振りで地図に意識を走らせる。置かれていく木製の駒はウェールズ領と王都圏の境を点々と、防衛戦か最前線を示す様に置かれていく。
フィオン達もこうなる事は一切頭に無かった訳では無いが、実際に目の当たりにすると躊躇いの類は零では無く、思わず軍議に口を挟む。
「……やっぱこれって戦に……内戦になるのか? どうにかして回避っつうか……
ウォーレンティヌスの諸々を公表するだけじゃ、収拾は付かねえのか?」
差し挟まれるフィオンの声に、テントの中には静寂が訪れる。
一時は刺客を掻い潜る為軍に身を寄せようともしたが、それでも戦火を危惧していたフィオン達の旅路。その果てに辿り着くのが内戦という結末では、余りに受け入れ難く、頭では理解出来ていても心の方では、飲み下す事は難しい鉄臭い現実。
問われた三人も何も戦争狂という訳では無いが、それでも彼らの立場はそれを飲み込ませた。呪詛を解く以上は王側もそれに応じて動くであろうし、例え単独であろうともダークエルフ達は王国に戦いを挑む気概。
ウェールズ候ベドウィルは彼を放っておく事は出来ず、同時に候という身の上であるからには、ドミニアの王を糺す義務も負っていた。
「あれの所業はしっかりと広めるが、恐らく呪縛を受けておる者達にはまともな効果は出ぬであろう。わしはウェールズを預かる者としてドミニアの……ブリタニアに対する責務を背負っておる。必ずやウォーレンティヌスには今回の責任と、王としての資質を問わねばならん」
イーヴァンもそれに同じくと頷きを合わせ、ラオザミは止めてくれるなとフィオン達を視界に入れない。王に直接責を問わせ罰を背負わせるには、事ここに至っては最早他に手段は無いと、三名は現実を直視する。
「俺達だって国民同士でやり合いたくはないが……条件はあるが呪いは説得でどうにかなる以上、一度解け出せば鼠算式で広まっていくだろう。そうなれば向こうも大人しくしてくるとは到底思えん。……君達にも協力をお願いしたい。少しでも戦火を小さく終わらせる為に……どうか、頼む」
ベドウィルとイーヴァンは再び頭を下げ、フィオン達に協力を要請してくる。
ラオザミは顔を背け黙っているが、異論は出さず無視して話を進めようともせず、恩義有る戦友達を決してぞんざいには扱っていない。
要請を受けフィオン達は、元々そのつもりである魔女も、王を倒さねば安住の地は無い親友とその恋仲も、王の真意を問いたい青年も頷いていく。そして最も戦乱を避けたがっていた少女は、起きてしまうのであれば最早逃げ出す事はせず、求められたからでは無く、己が立つべきはそこであると自身で考え答えを出した。
「どうしても、そうなっちゃうって言うんなら……。私も力を尽くす。元々私達が始めた事なんだし途中で降りる事なんて出来ない。その上で私は、戦いに行くんじゃなく助ける為にそこに行く」
「……つー訳だ、俺達も腹は決まってるよ。でもって……もしかしたらだが一つ、
こっちが有利になるかもしれねえもんが有るんだが。その……」
協力要請に応じながら、フィオンはイーヴァンに目配せを飛ばす。使えそうな案が有るには有るが、話し難い事であると共に余り広めたくは無い案件。
察したイーヴァンは警備の兵達に退出を促し、外で見張りをしている精霊のグラスにも、盗み聞きをする者がでない様にと声を飛ばした。
人払いを済ませ、フィオンはクライグに確認を取る。事は親友を巻き込む事だが上手く運べば、彼の立場は一挙に変わる。幸か不幸かは定かで無いが。
「……クライグ、俺達の……の事、喋っちまうけど良いか? それ先に言っとかねえと話が纏まらねえっつうか、こんがらがるんだが……」
耳打ちを受けたクライグは、自身の血の気が引いていくのを自覚する。
打診されたのは他ならぬ二人の血筋。即ち円卓に仇なす簒奪者アウレリウスと、
反逆の騎士モードレッドに関して。モードレッドについては真相は真逆のものだったと判明し、説明の仕方次第では問題無いだろうが、アウレリウスに関しては言い訳不能の大罪人。例え現王が敵に周ったとは言え、簒奪者の汚名はまた別の話。
提案されたクライグは友の言葉に思わず狼狽えるが、何だかんだと彼の事を認めている淑女は、考えが有るのならばとその背を押す。
「んな!? 何考えてんだフィオンよりにもよって……一番知られちゃマズイ相手じゃないか? そんな事話してどうす……」
「クライグ様、彼はどうやら……考え無しという訳では無い様です。ここは任せておく方が宜しいかと。どの道、いつか予期せぬタイミングで広まるよりはしっかりと説明しておく方が余程マシです」
「いやそれはそうだけど……しかし――!」
シャルミラは先程の、身分証の件にそれなりの怒りを抱いていた。眼鏡越しの紺の瞳は、無言の圧力で恋仲を黙らせる。同時に、内戦に関わり候や伯と行動を共にするならば、今の内に明かしておく方が良いと言うのも、彼を想っての本心でもあった。
了承を得たフィオンは改めて、自身らに纏わる厄介な事情を、血筋や捻れ広まった物語に関し説明を行う。一言で済むものでは無いが、出来る限り順序を追って。
「始めは半信半疑だったんだが……俺とクライグも円卓の騎士の子孫なんだよ。
俺の祖先がモードレッドで、こいつの方はアウレリウス。どっちも話せば長くなるんだが……」
「――――!? モード、レッ……ド!?」
明かされた三人の反応は、意外にも三者三様に分かれていた。
思わず席を立ち剣を取るかどうするかと驚愕を上げたイーヴァンに、明かされた事実に対し顔を歪めて両者を見やるラオザミ。そして年長者のベドウィルは、一瞬驚きはしたものの何かを知っているのか、沈痛に目を伏せ口許を覆う。
騒然としかけた場だったがイーヴァンはヴィッキーに促され席に戻り、フィオンは説明を続ける。一先ず本題のクライグは後に置き、自身の曽祖父に関して。
「実家の方で俺の祖父の、メルハンから話を聞いて円卓の騎士の年代記を見せてもらった。反逆に関する話がそもそも物語の後付けで、実際はそうじゃなかった。
子孫の俺が生きてるのが何よりの証拠で、カムランの丘で俺達は……」
「わしは知っておる、皆まで言わんでくれ……。老心にはちと……応えるでな」
ベドウィルは目を伏せたまま、重々しい声を天幕に響かす。悠然とした偉丈夫の老将は今だけは年相応の、老いや疲れを感じさせる苦しい気配を漂わせていた。
差し挟まれたフィオンは言葉に詰まり顔を顰める。何故知っているのか、どこで知ったのか、知っているのならば――――何故今の様な状況になったのか。
湧き上がる疑問や聞きたい事は余りにも多いが、それを待たずに言葉は続く。
ウェールズ候ベドウィルははっきりと口を開く。当主のみの秘中の口伝。その意に沿うからこそ広める事は出来なかった、真の忠勇の騎士が遺した想いを。
「我が家にはモードレッド殿から……お主の曽祖父メドロー殿じゃな。彼からの遺言を預かっておる。いっそ墓場まで持って行くかと思ったが……こうなれば全て伝えよう。この場の者達なら問題無かろう……少し、この老骨に時間をくれ」




