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ボルドルーンサガ ブリタニア偽史伝  作者: ギサラ
終章 反逆の騎士
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第123話 縛られし者達

 ブリストルを発ったフィオン達は一路北への街道を、ウェールズ領の北東端、ネビンの洞窟を目指していた。急がねばダークエルフ達の()()()()()()が、魔物や難所がひしめくネビンの洞窟への自殺行(じさつこう)が始まってしまう。

 洞窟の危険性を肌で知るフィオン達としては気が気では無いが、幾ら焦ろうとも馬車の速度は変わらない。主の意を汲んだのか、白馬スプマドールはその健脚を惜しみなく奮い立たせているが、それでも瞬時に着きはしない。

 一行はその間にここまでの情報の整理を、王の思惑や五人が何故無事なのか、口々に意見や推理を出し合っていく。


「ウォーレンティヌスの目的は……大陸各国の平和的な、悪辣な詐欺ですが併合でしょう。これだけを取り上げるのであれば……一滴の血も流さずやり遂げれば偉業と言えます。……まあ、私は一切賞賛する気にはなれませんが」


 王の最大の狙いは広大な領土でありそれ自体は評価するものの、シャルミラははっきりと嫌悪を表しながら、ウォーレンティヌスとの会話を頭から追い出す。

 確かにそれ一つのみを考えれば、ドミニアにとってはメリットしかなく、例え戦争により奪い取ったものであろうとも偉業として語られる成果である。国土面積で言えば五倍以上、人口や資源、諸々の観点から見ても莫大な飛躍となり、フィオン達が知る限りにおいて、ドミニアは世界最大最優の国家にまで成り上がる。

 続いてヴィッキーは副次的な効果を、王の狙いは国の為のみではなく、己自身の利己心も混ざっていると、殺意を抑えながら口に上げる。


「ウォーレンティヌスの奴は王だったが、立場は他の候達より実質的には低い所が目立ってた。まあイーヴァンは別だろうが……。多分記憶の改竄でそこら辺も都合良く弄くってんだろう。第五軍の大佐が知らなかったんだ、他軍団にも隠してこそこそ進めてたんだろうさ。街中の奴らもえらい褒めようで……虫唾が走るね」


 ドミニア王ウォーレンティヌスは執政の腕は一定の評価を得ていたが、武や剣を疎かにし軍の統率も他軍と比べればぬるい所が目立ち、民衆からの人気はそう高くは無かった。更に彼の先代、先々代は内政さえも粗が目立っており、そういった影響も有ってか、他の円卓の騎士の子孫達よりも低い立場であった。

 まだ確認出来てはいないが、ヴィッキーは今回の呪縛はそれらの立場さえも逆転させていると断言する。

 感情に傾いた意見ではあるが決して的外れとは言えず、現にブリストルの祝祭では皆口々に王を讃え合っていた。今にして思えば唾棄すべき人生の汚点であると、魔女は馬車の外へ舌打ちを飛ばす。


「まあそいつは有るだろうが……。そこら辺と魔獣がどう絡んでくるか、まだまだ解んねえ事が多いな。俺達が野放しになったのも今一解んねえが……まずはダークエルフ達の事をどうにかして阻止しねえと……!」

「……!」


 今一歯切れが悪く、フィオンはヴィッキーの話に付け加える。依然判明していない要素が多く、更に意識を失う直前での王との直接のやり取り。それを思い返すと根っからの悪人という風にはどうにも思えず、フィオンはヴィッキー程王への殺意を持つ事は出来なかった。

 言い切る前に青年と目が合い、互いに逸らしてしまうのは、馬車の向かいに座っている修道服のアメリア。丘での会話は都合が良いのか悪いのか、しっかりと記憶に刻まれている。どたばたとした事が続きまともに話を出来ていないが、今は未だ時間的にも心情的にも両者の余裕が足りず、結論は先送りとなる。


「……兎に角、今はダークエルフの人達を何とかして話はそれから! 着いてからどうするかちゃんと話し合っておかないと……二人共ニヤニヤするの禁止!

クライグもちゃんと前見て手綱握ってて!」


 珍しくアメリアが話の舵を取り、浮つきかけた馬車の空気は締め直される。

 一行はそのままブリストルから北北東の、ネビンの地までを三日の道程で駆け抜けた。四日は掛かると踏んでいたが、白馬の豪脚振りは予想以上であった。

 ネビンに近付きだしてから一行の目に付くのは、一心不乱に洞窟へ、列を成して街道を突き進む黒の群れ――――ダークエルフ達の大移動であった。家財道具や足の悪い老人等を背負い、故郷の森を追われ死出の旅にも等しい魔が蔓延る洞窟行を強制され、それでも不満の一つも上げずに邁進して行く亜人達。

 心と記憶を縛られた彼らには、フィオン達の説得は何の意味も成さなかった。


「ッチ、こいつは……やっぱ完全に記憶を書き換えられてやがるのか。……俺達もアメリアと再会出来てなかったら……ゾッとしねえな」


 フィオン達は道すがら幾人かのダークエルフ達に声を掛けたが、まるで話にはならなかった。「ヒベルニアが我らの故郷である」「ブリタニアからは去らねばならない」と、ダークエルフ達が自主的に退去する様に記憶は改竄されており、アメリアの力で解放するにも一人ずつをやっていては埒が開かない。

 一行はこの暴挙を根本から止めるべく、ネビンの洞窟前の兵営へ向かう。

 洞窟を通る為には然るべき手続きが必要であり、恐らくは今回の件の現場責任者やダークエルフ達の代表がそちらに詰めている筈。ならばそれらの呪縛を解けば一先ず事態の収拾を付ける事が出来ると、フィオン達はいつかの兵営へ辿り着く。

 馬車を降りたヴィッキーが左目に映すのは、二種の軍旗であった。


「当たり前っちゃ当たり前だけど……そりゃ向こうの責任者も来てるか。さて、すんなり入れると良いんだけど……」


 ダークエルフ達が臨時のキャンプで周辺を覆い尽くす、ネビンの洞窟前の兵営。

 去年訪れた時とは異質の空気であり、弛緩した様子は微塵も無い。方々に立ち並び風にたなびく旗はウェールズ領の第三軍、琥珀と黒の物に加え、ヒベルニア領を司る第六軍、青藍と白の色取りも混ざっていた。ダークエルフ達がヒベルニアに大量に移住する以上、そちらからの担当者も来ている事を示している。


「心配無い、こっちにはベルナルドさんの手紙が有る。中にさえ入れれば後は……

第五軍所属のクライグ中尉です。急命を受けており一刻も早く……この場の責任者に通してもらえますか?」


 クライグは服装を正し兵営の警備に用件を伝える。以前であれば門番は形だけのものだったが、今はしっかりとした構えを見せている。

 大佐からの手紙を受け取った第三軍の兵士は、封蝋に押された竜の印を確認しながら必要なものを要求する。如何にクライグが第五軍の軍服を纏っていても、それ無しで通す程甘い警備では無かった。


「確かに……ではクライグ中尉、身分証を提示して頂けますか? 今こちらの管轄は……やんごとなきお方のものですので」


 衛兵は特に何の事は無く、身分証の提示をクライグへ求める。別に特別な事でも無い、事務的な確認として。

 だがクライグは、顔を青褪めさせ体を探りながら愛想笑いを浮かべるのみ。引き攣る顔はするすると、後ろに控える頼れるお付きへと向いていく。


「……へ? 身分、しょ……しょ? しょ……少尉、身分証持ってる?

俺はその……いや、休みだったから仕方……無……ね? はは、は……は……」


 祝祭に(うつつ)を抜かしはしゃいでたクライグは、軍籍を示す身分証を携帯していなかった。更にそのままフィオン達と出会い丘での顛末を経て――――

着の身着のままの強行軍であり、ブリストルの自宅に諸々を置きっぱなし。

 助けを求められたシャルミラは、頭を押さえて天を仰ぐ。彼女に限ってその様なミスは有り得ないが、しかしそもそも、無い物は無い。彼には聞こえぬ様に低い声を呟いた後、万事休すを宣言する。


「ッ……私は軍を辞めて……るでしょうがッ……。クライグ様……お休みの日でもきちんと持ち歩く様にと何度言ったら……。はあ…………八方塞がりです」


 軍を辞めているシャルミラには軍籍自体が存在しておらず、持ち歩くも何も有ったものでは無い。

 一行は門番の前で顔を曇らせ無言で様子を窺うが、律儀に勤勉な兵士は規律を曲げようとはしない。何かあれば責任を取るのは彼であり、今日に限っては、怪しい者は鼠一匹入れる事も罷りなら無い厳戒態勢であった。


「手紙の中を見て貰えれば解るはずなんだよ。ちょっとだけで良いから入れてくれって……本当に俺達は……!?」


 何とか通してもらえないかとフィオンが門番に詰め寄った所で、見覚えの在る三人に気付く。

 兵営の中を並んで歩くのは、ウェールズ候ベドウィルとヒベルニア辺境伯イーヴァン。その後ろにはダークエルフの戦士長ラオザミが、鳴りを潜めまるで従者の様にしずしずと付き従っていた。

 フィオン以外の四人もその姿に気付くが、向こうはこちらを気にも掛けておらず、呪縛の事を考えると自身らの事を覚えているかも怪しい。

 だがそれでも、逆転の目に気付いたヴィッキーは声を上げる。愛だ恋だのに(ほだ)されるつもりは微塵も無いが、使えるものは何でも使えと、魔女は形振りを構わない。


「イーヴァン! あたしだよヴィッキーだ!! 覚えてるってんなら……ちょっとこっちに来てアメリアの手を……」

「こら、何を騒いでいる! 許可無く近付こうとするな!」


 ヴィッキーは門番に止められそうになるが、フィオン達は彼女の援護を行い兵士達との間に割って入る。あくまで穏便に事を荒立てぬ様にと、若騎士の心に今は賭ける。

 名を呼ばれたイーヴァンは足を止め門の方へ振り向くが、その双眸に以前までの親しみの情は無く、まさに獅子としての気を発する無情なものだった。


「……? なんだ騒がしいな、物乞いでも混ざっているのか? 気安く我が名を呼びおって……」


 付き添っているはずの精霊グラスはおらず、イーヴァンは剣呑な気を放ち門の騒ぎを睨む。目には僅かに殺意まで滲みませており、気紛れな獣王の如き振る舞いを見せ周りを威圧する。

 傍らに立つ偉丈夫の老将はその殺意を(なだ)めつつ穏やかに、汚らわしい亜人の引継ぎを済ませろと催促してくる。


「どうしたヒベルニアの? ……有象無象に(かま)けておらんではよう済ませるぞ。

亜人共の相手なんぞさっさと終わらせたいわい」


 老傑ベドウィルもまた記憶を改竄されており、クランボーンで結んだ絆は呪詛により封じられている。鼻息を鳴らしながら豊かな白髭を撫で、口を閉じ控えているラオザミに侮蔑の視線を飛ばす。

 周りの兵達もまたダークエルフ達に対し同じ様な態度を取っており、彼らが洞窟でどうなろうと、知った事では無いと態度で示していた。

 急かされたイーヴァンは些事には捉われず、踵を返し門に背を向ける。声に聞き覚えは無く下々に知己なぞはおらず、女にかまけていられる身の上では無いのだから。

 ヴィッキーの叫びは虚しく兵営に響き続け、背に受ける若騎士の心には――――

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