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ボルドルーンサガ ブリタニア偽史伝  作者: ギサラ
第三章 エメリード 結実の時
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第116話 無謀の結末

 振り向いたクライグが気付いたものは、壁や天井を這い回る無数の何か。暗闇のせいなのか動きが早いのか、正体を掴めていない友の報告はどこかあやふや。

 反応したフィオン達は身構えるものの、一瞬の遅れを取り先手を取られる。


「な――――魔じゅッ!?」


 五人に先んじ、不可視の魔獣達は四方八方から飛び掛かった。姿は見えないままに爪と牙は血肉を求め、一行は遭えなく――――


「ッ……あれ? これって……弱い?」


 アメリアにさえパッパと、襲い掛かった魑魅魍魎は払い落とされる。

 襲撃と同時に擬態の解けた、大小の蜥蜴(とかげ)の群れ。大きなものでも掌大程度しか無く、痩せ細った身には肉どころか衣服を破る力さえも無い。

 一瞬総毛立った五人だったが特に被害も無く小物を退け、床に落ちた襲撃者達は威嚇だけは一丁前に、フィオン達に対し睨みと金切り声を飛ばす。


「ったく……驚かせやがって。しっかし透明になるなんざ――――いや、俺達が言えた事じゃねえか」

「固まってくれるなら丁度良い。下がってな、纏めて焼き払う」


 一塊になった蜥蜴達に対し、ヴィッキーは何の気無しに炎の魔法を放つ。一匹ずつ剣で仕留めていては手間であると効率を考え、左手に握られた紅の短杖の先からは、揺らめく魔の炎が――――

 思い出したシャルミラが叫ぶ前に、それは闇を裂いて放たれた。


「ヴィッキー、魔獣の爆発は……炎が切っ掛けだったのでは無いですか!? こいつらは――――」

「!? 伏せろおおおお!」


 クライグは軍刀を投げ出し両手を広げ、皆に覆い被さりながら蜥蜴達とは逆方向へ飛ぶ。五人が倒れるのと同時に魔炎は着弾し、炎に包まれた魔獣達は――――


「ッ………………大丈夫、そうじゃないかい? いやあたしがやっといて言うのも何だけど……クライグ、もう良いからどいとくれ。重いったらないよ」


 蜥蜴達は炎に飲まれ、そのまま何も起こらず焼け焦げ絶命していく。森で魔獣達が膨らみ発光した時の様な、そういった兆しは欠片も見られない。そもそも目は二つに口は一つ、四肢は一本ずつの真っ当な形であり、異形では無い。

 起き上がった一行は安堵の息を漏らし、ヴィッキーは反省しつつも、しかし改めて見て見れば、これらは同種であると判断する。


「普通の魔獣……って事か? まあ確かに聞いてた様な妙な見た目はしてねえが」

「いや、小さいけどこいつらは……同じ感じだ。あの時のもそうだが……昔やられた時のもね」


 無力に灰になっていく小さな魔獣達だが、ヴィッキーはそれを森で遭遇した異形達と、アンディール達との一件と、幼き日に両親を亡き者にした魔獣と同じであると感じ取った。共通しているものは大きさでも見た目でも強さでもなく、魔導士が感じるマナの流れであると。

 フィオン達には解らぬ感覚ではあるが彼女の言葉は信じ、改めてこの地下施設は異形の魔獣の、ロンメルの死や王の暗部の核心であると五人は再認識する。

 蜥蜴達を包む炎は役目を終え段々と勢いを弱めていき、それに照らし出される一つの机に、アメリアは何か気になるものを感じ取った。


「これって……地図かな? どこかの町……誰かこれどこだか解る?」


 固まった血で大半が覆われているが、机には地図が彫られていた。気付いたアメリアはナイフで削ろうとするが、フィオンは少女に代わり手を伸ばす。

 赤黒い乾きは手甲でガリガリと削り取られ、顕になった地図を全員が覗き込むが、はっきりとした答えは誰にも出せなかった。


「これは、川かな? ブリストルとは少し違うけど……これだけじゃなあ」

「かなりの大都市の様ですね、しっかりと区画が整理されています。ですがコレだけでは……」


 クライグとシャルミラは言葉に詰まり、ヴィッキーも首を横に振る。

 東西に曲がりくねった川が街中を横切り、整然とした区域で構成された町、或いは都市部。とは言えこれだけでどこか解るものではなく、五人は一頻り唸り声を響かすが解らず終い。

 一先ず手掛かりをこのままにはしないでおこうと、アメリアは荷を漁り出す。解らないのであれば残しておこうと、紙と筆記用具を取り出し、いつかの要領でしっかりと書き写していく。


「蜥蜴がいた以上はまだ何かいるかもしれねえが……一旦出るとするか。戻ったらクライグの地図とこいつを比べてみよう、後の事はそれから考えて……」

「……ん、出来たよ。フィオン、一応確認しておいて見落としが無いかどうか……多分大丈夫だと思うけど」


 アメリアから渡された地図を見比べ、フィオンは問題に()()()()懐に仕舞った。

 手に入ったものはこれ一つだけだが、焦る事は無い。入り口が判明した以上、次はより余裕を持ってこの場に挑む事が出来、地図がどこなのか判断が付けばそちらを当たる事も出来る。一息に王を追い落とせる程の物は得られなかったが、誰も気落ちはしていない。

 時刻は直に朝の四時、まだ夜明けまでには余裕があるが空は白み始める頃。

 五人は地下の研究所を後にし、地上の大聖堂へと足を向ける。地下深くからどの程度届くかは解らないが、それなりの大声を何度か上げてしまっており、クライグは偽装のパイプオルガンを、息を落ち着かせてからゆっくりと動かしていく。


「…………大丈夫、みたいだな。まだぐっすり眠ってる、今の内に出るとしよう」


 警備の兵達は相も変わらず、長椅子を寝台に祭壇へ寝息を立てていた。

 確認した五人は静かにその横を抜け、ステンドグラスが僅かに白む中、身廊の先の出入り口を目指す。出る時も同様にシャルミラの指輪を使うつもりだが、それは扉の先次第。まずは隙間から外を確認し、場合によっては指輪は大聖堂から離れる際まで温存する。

 先頭はフィオンに交代し扉の前、クライグとシャルミラが最後尾となっていた。


「一応、いつでも指輪は使える様にしといてくれよ? 鉢合わせたらどうにもならないからな」

「大丈夫です、ただし発動したら直ぐに走って逃げて下さい。この人数ならだいたい十秒位ですが……連続は私の身が持ちませんので」


 打ち合わせたフィオンは微かにドアを動かし、その隙間から外を窺う。真っ先に飛び込んできたのは夜明けを感じさせる朧気な空と――――

 待機しているヴィッキーはとある事に、些細で重要な、見落としに気付く。


「……ここ(扉の横)って一人いなかったかい? 居眠りしてた兵士が……あたし達が入って来た時にもたしか……」

「――――ッ!?」


 扉の先を窺うフィオンは、青の目は瞬きすら出来ずに硬直する。

 黎明の空を背後に佇むのは、鉄仮面に黒衣の男と、率いられる白備えの軍勢。それは無気力や怠惰とは無縁の様相で、隊列と槍を揃え()()()()待ち構えている。

 ほんの数ミリメートルの扉の間。覗き出す青の瞳は鉄仮面の奥の、無感情な男の目とはっきりと目が合う。同時に男は傍らの士官に耳打ちを行い、居丈高な声が聖域に響き渡る。


「……第一軍、囲えッ! 賊共は袋の鼠だぞ!!」


 フィオン達の背後から、無数の軍勢が殺到し逃げ道を塞ぐ。南北の翼廊に伏せていた兵達と、会衆席で狸寝入りをしていた兵達。槍衾は一分の隙間も見せず並べられ、五人は大聖堂の入り口に、完全に前後から包囲を受ける。

 狼狽える間も無い窮地に一行は歯噛みするが、既に打てる策は皆無であった。


「シャル、指輪は? それに合わせて一気に……」

「いいえ、あれは透明になるだけですこの包囲では……フィオンの反応を見るに外も同じでしょう。ヴィッキー、何か使える魔法は……?」


 ジリジリと狭まる間合いを受け、魔女は舌打ちで返答する。炎の魔法では数人しか倒せず焼け石に水。雷ならば突破出来るかもしれないが、巻き添えを出す事は必至、とても放つ事は出来ない。

 フィオンは扉の先の男から目を離せぬまま、思考を錯綜させながら形見の剣に手を伸ばすし――――それを咎める様に仮面の男が、勧告の声が黎明に響く。


「抵抗しなければ丁重に扱う。手荒な真似はしないと誓おう……大人しく従え」


 低く、どこか無理をした丁寧な言葉遣い。声音に乗るのは有無を言わさぬ圧力と、嘘偽りの無い、曲がる事の無い鉄の意思。

 はっきりと聞こえたフィオン達だったが、そう大人しくも応じられない。互い互いに目を合わせ意思を確認し合い、九死に一生を見い出すか武器を手放し縄を受けるかと、刹那の中に想いを馳せ言葉を交わしていく。


「ッ……私はクライグ様と共に、どの様な結末であれその意思に添い遂げます」

「俺は…………フィオンに託すよ。お前がやるってんならやってやるし、そうじゃないなら……賭けてみるよ」


 シャルミラはクライグに意を委ね、クライグは友に付き合うと決意する。この場で切り結んでも確実に討ち取られるだろうが、捕まったとしても何の保証も無い。ならば彼にとってはその程度の事よりも、隠してはいるが後ろめたさを持つ友に、僅かでも何かを返したいと願った。

 想いを受けたフィオンは、まだ即断する事は出来ず身を強張らせたまま。

 次いで口を開く魔女は、臨戦態勢を取りながらも冷静に、僅かでも現実的な方へ張った。


「雑兵相手に死に散らす気は無いよ、あたしの目的はあくまで……。フィオン、今は抑えな。さっきの声を信じる訳じゃ無いが、こうなっちまったら…………応じるしか無いよ」


 心底口惜しそうに、しかしヴィッキーは投降すべきであると判断する。それでも性根がそうさせないのか、構えた杖は中々下りる事は無い。包囲する兵達は命惜しさと魔女の圧力に、間合いは中々狭まる事は無かった。

 言われて気付いたが、フィオンは既に半ばまで剣を引き抜いていた。決心の付かない半端な想いは音に表れ、手甲と柄をカチカチと聖堂に響かせる。そしてその上からは白く細い指が、共に過ごしてきた中で多くの擦り傷や汚れに塗れた、綺麗な少女の手が優しく寄り添う。


「フィオン、どっちを選んでも止めはしないけど……今は皆が一緒にいてフィオンが剣を取ったのは……。私は、フィオンを信じてる」


 少女には一切の震えは無く、伝播した想いは手甲の音を止めた。決心の付いたフィオンは剣を鞘に収め、ゆっくりと扉を開け鉄仮面の男と向き合う。

 黎明に照らし出された青年ははっきりと、しかし大人しく応じるつもりはないぞと、警告と共に釘を刺す。お互いの為であり最大限の譲歩であり、それが現実になれば最早、止める事は出来ないだろうと。


「いいか、こいつらには絶対(ぜってえ)手え出すな。少しでも妙な真似しやがったら、

誰だろうと地獄に引き摺り込んでやる――――覚悟しとけ」


 静かに殺意を滾らせながら、フィオンは降伏を申し出た。抵抗する気は僅かにも無く両手を差し出すが、仮面の男以外はその覇気に僅かに気後れする。男もまた得意気になるでも勝ち誇るでも無く、粛々と青年の腕に縄を掛ける。

 無謀の果てに魔窟に踏み入った五人は、遭えなく虜囚の身となった。五人は顔を曇らせるがそれは後悔の類では無く、互いの身を案じる想いが表れ出ている。

 一つの区切りと邂逅が、近付いていた。

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