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ボルドルーンサガ ブリタニア偽史伝  作者: ギサラ
序章 己が為、友の為
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第10話 深淵での出会い

 穴倉に飛び込んだヴィッキーは激しい戦闘音と魔法の灯り、ソーラスを頼りに闇の中を急ぐ。

 杖の先に浮かんだ無色の丸い炎。戦闘用の炎の魔法とはまた別の理論による魔法であり、直接戦いの役には立たない。光を発するのみであり熱は皆無、その分燃費は良く術者の負担にはならず、多くの魔導士に重宝されている。


 闇の中を進み暫くして、牛頭の巨人と元相棒の戦いが目に飛び込んでくる。

 巨人は開けたホールの中央で長い腕を縦横に振り回し、フィオンはそれを避けながら、巨人からすれば小さな針程度の矢で健気に反撃している。

 直撃は避けているものの、巨人の腕は周囲の骨山や落石を巻き込み広範囲に礫を撒き散らす。

 それらに幾度も曝されたフィオンは、疲労とダメージが見た目にも表れている。


「ったく、あんなデカブツと正面切って……もうちょっと上手い事……ん?」


 巨人の更に奥、フィオンが言っていたであろう麻袋がもぞもぞと動いている。

 確かにその動きや輪郭から、嫌でも人間だと解ってしまった。

 お人好し共への溜め息を深く吐き、戦闘に加わるべく諦めて荷物を下ろす。


「ま、中身が死体か畜生だったらそれこそ来た意味が無いってもんさ。さて……」


 雷の魔法、イミレートは使えない。

 射程は短い上に細かな操作は出来ず、大まかな方向は定めれるが下手をすればフィオンを巻き込む。燃費も悪く連続の多用も出来ず、仕留め切れなければ一転こちらが窮地になる。

 ヴィッキーはホールの中には入らず、ホールを囲む様に伸びる横穴から回り込む。フィオンを正面に捉えた巨人の側面、多数の有利を活かし別角度から杖で狙いを定める。


「どこ狙ったもんか……。まずは正体をはっきりさせようか、アルド!」


 短く一息に発せられた詠唱。間をおかずに杖の先には光と熱が形を成し、人の頭程の炎が放たれる。

 一直線に駆けた炎球は牛頭を覆うボロ布を燃やし、そのまま布の全体へと染み込む様に延焼を起こす。

 頭を炎に包まれた巨人は何が起こったのかも解らず、その場で悶え苦しむ。


「!? ……ヴィッキー!? お前、来てくれたのか?」

「巨人殺しでデビューを飾るのが一番儲けになると踏んだだけさ! ボヤっとしてないであんたも何かしな」


 巨人は苦しげな唸り声を上げ、燃えるボロ布を頭から外すべく手を伸ばす。

 フィオンはそこに間髪入れず矢を射掛けた。矢そのもののダメージを期待したものではなく、あくまで牛頭を覆う布を射る為のもの。

 矢はボロ布を巨人の頭へと縫い止め、巨人が布を引き千切っても燃える布は中々全ては除去されない。

 巨人は頭と顔面を掻き毟る様に必死に燃えるボロ布を引き裂き、膝を付き痛々しい呻き声を漏らす。


「これで、やれるのか?」

「ダメージにはなるだろうが、こいつだけじゃあ……。やっぱ無理か」


 そこまで間を置かず巨人はボロ布を剥ぎ取り、苦しげな呼吸を繰り返す。

 顕になった毛むくじゃらの獣頭は所々が焼け焦げ火傷の様な痕も出来ているが、それだけで絶命までには至らない。再び立ち上がるその形相は、怒りと憎悪が溢れ、更におぞましいものとなっていた。

 身構えるフィオンと杖を向けるヴィッキーに対し、巨人は散らばる獣骨から手頃なものを、大型の獣の肋骨らしきものを無造作に掴んだ。


「っち、得物まで使うってか……ほんと魔物ってのは厄介だな」

「やはりフォモールか、あれが無けりゃ良いけどね……。愚痴言ってないでしっかり避けな! 一発食らえば終わりなのは変わってないだろう」


 再びヴィッキーは炎を放つ。立て続けに撃たれた三つの炎球は巨人へと迫るが、奇襲でも死角でも無い攻撃は通じない。

 一つは獣骨に阻まれ、一つは拳にかき消され、残った一つは胸部に当たるものの、すぐさま巨人は押さえつけて火を消し切る。

 憎々しげにヴィッキーは舌打ちし、巨人から狙われる前にホールからは死角の暗がりへ滑り込む。


「隙見てがんがん攻撃するからあんたは注意を引いてくんな! しっかり援護してやるよ」


 決してヴィッキーは動きが遅いという訳ではない。戦闘面での身のこなしや回避ならば、フィオンと同等に立ち回る事も可能である。

 だが魔道を編み上げ魔法を発現させるには、高い集中力を要する。

 一撃で致命傷になり得る嵐の様な巨人の攻撃。それらを全て回避しながら魔法を扱うと言うのは、まだヴィッキーには不可能だった。


「そもそもこっちは一人でやり切るつもりだが、頼りにさせてもらうぜ! ……さあ、来やがれ木偶の坊」


 巨人は姿を隠した魔導士から、目の前で矢を向ける狩人へと双眸を注ぐ。

 火山の噴火の様な雄叫びと共に突進し、手にした禍々しい獣骨を乱雑に振り回す。素手よりも格段に伸びたリーチによる縦横への乱打。骨山と天井の鍾乳石を巻き込み、ホールの中に比喩でも無く暴風を巻き起こす。数回の使用で獣骨は折れるか砕けるが、代わりの武器には事欠かず、すぐさま次の骨を得物にする。


 フィオンはより回避を重視して立ち回り、その嵐の中を必死に耐え抜く。今はヴィッキーが攻撃に徹し、フィオンが狙われている間は絶えず火球が巨人を襲っている。

 自身が生き長らえる事で確実に巨人にはダメージが蓄積していく。それをしっかりと理解し、自身の務めを果たす。


 巨人も決して知恵が無い訳では無い。火力に勝り戦力として脅威度の高いヴィッキーへと、何度か狙いを変えようとは試みる。

 だがそれに合わせヴィッキーは暗がりへと身を隠し、その隙にフィオンは体勢を立て直しては挑発の様に矢を放つ。身を隠さず鬱陶しく矢を放つ狩人を狙えば、回避に徹され背に炎を浴びる。

 巨人は忌々しげに咆哮を上げ更に暴威を増して暴れるが、連携する二人を相手に徐々に追い詰められていく。


 魔道の炎は巨人の背を容赦無く焼き蝕み、爛れた火傷は明らかに有効である事を示している。

 一つ一つは巨人にとって小さな針でしかない矢も、積もれば鉄杭となる。巨人の腿や腹部には一点に集中した矢が幾本も肉を食み、矢羽からは鮮血が滴り落ちる。

 巨人は徐々に苦しげな息を漏らし、だらりと垂れた舌と共にぜえぜえと音を立てて呼吸する。

 だがその足は折れず動きはより激しさを増し、せめて道連れを連れて行かんと、血走った眼の殺意は強まる。


「しっつけえ……魔物ってのはどいつもこいつも。……って、おいヴィッキー!? お前そこは……気付けこのアホ!」


 再び巨人を背から狙うヴィッキーだが、今度ばかりは位置が悪い。

 しっかりと巨人の背中に陣取ってはいるが、そのすぐ傍にはもぞもぞと動く麻袋。間の悪い事に丁度骨山が邪魔をして、ヴィッキーはそれに気付いていない。


 更に不運は重なり、遂に巨人はヴィッキーへと狙いを変える。

 今までは狙いを変えようとした途端にヴィッキーは姿を隠し巨人を諦めさせていたが、今度は違う。

 ヴィッキーが暗がりに身を滑り込ませてもお構い無しに、直前までの炎の射出点、未だに何者かがじたばたしている麻袋へと突進して行く。


「アホ? 一体何のこ……って、はあ!? 何でそんな……ッ~~~。

 ……来やがれ化けもんが! 終わりにしてやるよ!!」


 暗がりに滑り込むのと同時に、ヴィッキーはフィオンの一言から事態を把握してしまう。

 地頭の良さが仇となり、咄嗟に自身の招いた状況を理解した。僅かな逡巡を振り切り暗がりからホールへ躍り出ると共に、巨人へと啖呵を切る。

 一瞬、麻袋へ狙いを変えかけた巨人は、散々に手こずらせた魔導士が再び姿を現したのを見るや、喜悦と憎悪の入り混じった笑みを浮かべその凶器を振り被る。


 フィオンもこの状況に弓矢を構えてはいられず、最悪の事態を避けるべく弓を放し剣を引き抜く。そのまま二人へと迫る巨人の、無防備な背に向かって突っ走る。


「止めろこのクソがああ――!!」

「しつこいんだよ――イミレートオオ!!」


 飛び掛ったフィオンは巨人の腰へと剣を突き立て、ヴィッキーは真正面から荒ぶる雷撃を巨人へと放つ。

 ほんの数秒にも満たない雷光と轟音の後、辺りは肉の焦げた臭いと、巨人のどす黒い血で満たされる。

 魔法の制御に必死だったヴィッキーだが、フィオンが巨人の背後へ飛び掛ったのには気付いており、すぐさまその無事を確かめる。


「フィオン、あんた無事かい!? まさか巻き込まれ」

「……大丈夫だよ心配すんな。こいつが丁度盾になってくれた。しっかし……おっかねえ魔法だなほんと」


 巨人の体が盾となり、フィオンへは雷撃は届かずに済んでくれた。

 仲間の無事を確認し、ヴィッキーはその場にへたり込み深く息を吐く。

 巨人は腰から胸にかけて深々と体内を剣で抉られ、正面からは雷撃に曝されぼろぼろに焼き焦げている。

 先程まで蠢いていた麻袋はヴィッキーのすぐ傍だが、突然の雷による轟音に驚いたのか、ピタリとその動きを止めていた。


「ったく……早々に仲間を自分で殺しちまうとこだったよ。ほんっと心臓に悪い」

「そうだなあ……。とりあえずはそいつを助けてやろうぜ。と言うかそいつ、俺に向かっていきなり頭突き、を゛ぁ゛!?」


 全身を焼け焦がされた巨人は最後の死力で、脇に立っていたフィオンへと腕を振りぬく。不意を突かれたフィオンは派手に骨山へと吹っ飛ばされた。

 ヴィッキーは瞬時に身構え杖を向けるが、巨人はそのまま後ろへ倒れ息を引き取った。

 今度こそ巨人が死んだのを確認し、吹き飛ばされたフィオンを気遣う。


「大丈夫かい!? ……まあ、悪足掻きの一発でぶつかったのも岩壁でなくそこなら……。いい加減、袋からお目当てを出してやるか」


 フィオンが吹っ飛ばされたのは岩や壁ではなく、汚物や苔に塗れた骨の山。色々とおぞましい気持ちはするが、それでも硬い岩壁にぶつかるより衝撃やダメージは少ない。

 近付きたくないヴィッキーは人命救助を口実に、先にそちらに取り掛かる。

 じっと動かない麻袋の口。そこを縛ってある植物性の蔓へとナイフを入れ中の人物を起こそうとするが、無事だと判断されたフィオンは苦しげな声を上げる。


「っご、は゛あ゛……。ヴィ、ッキー……。すまねえ、こっちを゛……」


 掠れ、何かが喉に詰まった様な苦しい声。

 ヴィッキーは即座に火急の事態を理解してフィオンの元へと駆け寄る。

 見立ての甘さへの歯噛みも骨や汚物への嫌悪も振り切り、散らばった骨の中に倒れたフィオンの体を起こそうとする。


 即座に、それは彼女の瞳へと飛び込んできた。

 移りこむ瞳よりも更に赤い液体が、フィオンの脇を貫いた骨と共に流れている。


「こん、な……なんつー運の悪さ……。歯あ食い縛りな! 今すぐに傷口を洗う、気合入れな!!」


 汚物と泥に塗れた骨山の、その内の鋭い一本がフィオンの脇を貫通している。

 ヴィッキーはフィオンの了解を待たず、すぐさまその骨を引き抜いて、マントの切れ端で傷口を押さえる。

 通常、この様な刺し傷に対しては、原因となった物質自体が血流を抑え出血を抑制している場合もあり、即座にそれを抜き取るという行為は推奨されない。


「がっあ゛……。っー……押さえる、くらいは……自分でやらあ」

「誰かを助けるならあんたもしっかり助かりな! 助けた奴にいきなりトラウマぶち込む気かい!? 気い張って待ってな!」


 ヴィッキーはフィオンの手を取り布越しに患部へと押し当てる。

 すぐさま水を求めてバッグへと走りながら、麻袋から抜け出ようとする者へ声を飛ばす。


「あんた! 訳解んないだろうけど向こうのアホのとこに走りな! 医療の心得があるなら、何か出来る事やってくんな!!」


 衛生環境の度合いによってはすぐさま患部を塞ぐものを除去し洗浄、消毒を行わなければ感染症や破傷風等のリスクを抱える。

 汚物と泥、更に腹を抉ったのが獣骨などとは、正に最悪の状況。


 ドミニア王国には破傷風に対し有効な薬効製品や治療の手立ては存在しない。

 唯一存在する対処法は、ひたすらに素早く患部を洗い流し、出来る限り汚染を取り除く事。

 例外中の例外として、極稀に発見される治癒の魔法を使える魔導士ならば、感染後にも対応出来る場合もある。だが治癒の魔道は稀少なもの、それを扱えるだけで各軍や王室に厚遇を以って迎えられる程である。


 失血に意識を閉ざされそうになるフィオンは必死に傷口を押さえながら、薄れてゆく意識は過去の記憶へと向かっていく。

 そういえば、前にもこんな事が……等と走馬灯じみた追憶が無意識に脳内で再生され、森で見たいつかの白昼夢を思い出す。


 深淵とでも言う様な真っ黒の空間。妙な動物達と金の熊。とっくに亡くなった曽祖父。そして自身を後ろから襲った白い男。

 深淵と言うにはものに溢れた、しかし地の底を深淵と呼ぶならば、海の底の底であるここは紛れも無く深淵。動物達の変わりに自身を取り囲む種々の獣骨。地に伸びる影は見えないが、代わりに今度は自分自身が地に伏して動けず、影の中にいた曽祖父メドローの様。


「こいっつ、は゛ぁ゛、いよいよ……いや、これは……どっちだ?」


 そこへ近付いて来るのは、白い服の何者か。

 ヴィッキーでは無い。彼女の全身は黒ずくめであり、僅かな白は帽子の下の素肌のみ。

 だが既にフィオンには目の前の誰かが、そもそも現実のものか判別がつかない。

 虚ろな瞳は目の前の映像が現実か夢か、或いは死後の世界なのか正常な判断を下せない。

 遠ざかる意識の中で、いつか見た誰かへ言う様に、最後の言葉を飛ばす。


「……っへ、なんだお前……女、だった……のか」


 いつかの白昼夢で、自身を後ろから刺した何者か。顔は解らなかったがあの時は立ち姿から、何となく男だと感じていた。

 だが今目の前で、傍へと膝を付いてくるのは、明らかに男ではない。


 長い金の髪は月の光を梳いたかの様な、薄っすらとした淡い色。全身を包むゆったりとした白い服には、鮮やかな緑の刺繍が細やかに控え目に配されてる。

 整った顔立ちははっきりと女性の特徴を備えるが、どう呼ばれるべきかは敏感な年頃。淑女と呼ぶには僅かに若く、少女と呼ぶには失礼とも思える。


「あっきれた、がっしりと触っといてその言い草……? ま、とりあえずは治してあげるけど」


 芯は強く、しかし決して粗野な響きは含まない声色。顔立ちよりは幾分か、少女の色がまだ濃く残る透き通った音。

 意識を失ったフィオンへと当然の抗議を言いつつ、彼女は腕をまくって患部に両手を翳す。


 暗い海の底の底。地の底深くの深淵で、一つの出会いと共に一つの物語が

 ――幕を開ける。

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