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黒き聖女の黙示録《アポカリュプセ》  作者: 黒肯倫理教団
一章 アーラント教区
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7話 マルメラーデ監獄(1)

 馬車に揺られ続けて数刻。

 窮屈さに嫌気が差して限界が来た頃合いに馬車が停車した。


 兵士たちに強引に降車させられ、グレンは列に並んで周囲を見回す。

 どうやら深い森の奥に移送されたらしい。

 さてどうしたものかと見上げてみれば、彼の想定とは異なった光景が視界に飛び込んできた。


「なんだ、ここは……?」


 それは、教会と呼ぶには寂れすぎていた。

 鉄錆のようなじっとりとした臭いが漂う不気味な建物。

 あまり手入れをされていないのか、外観は見るに堪えない。


 アーラント教区中央部に位置する教会へと移送されていたはずだった。

 だというのに、目の前の建物は見ると別の場所にしか思えない。


 訝しむようにシェーンハイトに視線を向けると、彼女は困ったように視線を逸らした。


「ここはマルメラーデ監獄です。貴方たちの処罰はグレゴール大司教の裁量に任されます」

「どういうことだ。異端審問はどうした?」


 その問いに、シェーンハイトは黙するのみ。

 尋ねても無駄だと思い、グレンは仕方なく歩みを進める。


 ベレツィの村人たちは列を成して監獄内へと進んでいく。

 異端審問にすらかけられることなく、ただ死を待たされるだけ。

 モルデナッフェによって若者の大半を失った今、そんな状況に声を荒げる気力さえない。


 あまりにも酷い処遇だろう。

 グレンも大陸を旅する中で邪教徒と呼ばれる集団を見たことがあったが、彼らでさえ審問の後に火刑にかけられていた。

 異常とも言うべき決定だったが、彼の傍らに佇むリスティルは未だ顔色を変えない。


「この光景も見たのか?」

「ああ、私はこの場所を知っている・・・・・


 不完全だと卑下していた割には随分と自信がある様子だった。

 少なくとも、現状はまだ彼女の想定内ということだ。


 とはいえ、この地は明らかに異常な場所だ。

 都市部から大きく離れた森林地帯に、なぜこのような監獄が存在しているのだろうか。


――マルメラーデ監獄。


 グレンはその名を知らない。

 アーラント教区を訪れる上で、事前に下調べを怠ったつもりはない。

 彼は傭兵として、如何なる時も情報の重要性を忘れないように心がけている。


 であれば、この場所は何なのか。

 公表されていない監獄の存在が何を意味しているのだろうか。


「そこ、早くしろ!」


 兵士に促されてグレンは監獄へと進む。

 その際、一瞬だけグレゴールの姿が視界に映った。

 自分たちが押し込まれていくのを狡猾に歪む顔で眺めていた。


 嫌な顔をしてやがる。

 そう吐き捨てて、監獄内部へと押し込まれた。



   ◆◇◆◇◆



 監獄に押し込まれ、分厚い金属の扉が閉じられた。

 さすがに蹴破れるほど脆くはないようだ。

 非常時に備えて別の逃げ道を探さなければと、グレンは周囲へと視線を向ける。


 開けた空間だった。

 天井は随分高く、グレンの背丈の五倍はあろうかというほど。

 そこには鮮やかに彩を放つステンドグラスが見えた。


 祈りを捧げる聖女が描かれている。

 エルベット神教の古い伝承が残っていた気がするが、聖女の名前までは思い出すことは出来なかった。

 僅かに外界の光を取り入れるだけで、監獄内部は薄暗い。


 監獄内には先に収監されたであろう者たちが大勢いた。

 ベレツィの村人たちよりも多いくらいで、皆が沈んだ表情で項垂れている。


 どうやら独房に押し込まれるわけではないらしい。

 奥の方に幾つか部屋があるようだったが、基本的にはこの広い空間で生活するようだった。


「で、どうすりゃいいんだ?」

「さあな。何が待ち受けているかまでは分からない」


 だというのに、リスティルに臆した様子は見られない。

 大した根性だと感心しつつ、自分の役割を探る。


 監獄というからには罪人が大半なのだろう。

 自分たちのことを考えれば冤罪の可能性も否めないが、全てが同じ境遇とも限らない。

 もし殺し合いに発展するようなことがあれば、その時はグレンの出番だ。


「……クラウス。お前はユリィと離れずに行動をしろ。いいな?」

「ええ、分かっています」


 彼は決意に満ちた表情で頷く。

 一度モルデナッフェに屈してしまったからこそ、余計に己の責務を強く自覚しているようだった。


 ユリィは若い娘だ。

 見た目も貴族のような華やかさは無いにせよ、整った顔立ちをしている。

 こういった場所では格好の獲物だろう。


 目を離してしまえば、どこかで凌辱されてしまうかもしれない。

 長いこと閉ざされた監獄に押し込まれた罪人たちは、きっと彼女を狙うことだろう。


 村長をはじめとしたベレツィの村人たちは、おろおろと何処に腰を下ろすかさえ決められずにいた。

 人相の悪い罪人たちがそこら中にいるのだから当然だろう。

 そんな中で落ち着いて休めるほどの大物であれば、そもそもモルデナッフェに従属させられるようなことは無い。


 彼らを他所に、グレンは堂々と部屋を突き進んでいく。

 多くの視線が彼に向けられていたが、殺意の籠ったものはごく少数だった。

 ある程度の力量を持つ者は、戦わずともグレンの強さを推し量ることが出来る。


 極限まで鍛え上げられた肉体。

 鋭い眼光。

 無数に刻まれた戦いの傷。


 戦いを生業とするグレンは、己の鍛錬に一切の妥協をしない。

 長きに渡って酷使され続けた肉体は完成されている。

 彼を相手に表立って敵対しようとする者は早々いないだろう。


 そんな彼の横にリスティルが腰掛ける。


「……考え事をしたいんだが?」

「私を一人にされても困る。一応、少女の身だからな」

「お前みたいなガキなんて誰も相手にしねえっての」


 そう言いつつも、グレンは彼女の側にいるべきかもしれないと思案する。

 別の馬車で移送されていたヴァンの姿はここには見えない。

 傭兵として雇われている以上、護衛役として付き添うべきだろう。


 色々と思考するが、ここに収監された意図が見えない。

 マルメラーデ監獄はエルベット神教にとって"裏"の施設なのだろう。

 

「リスティル。お前には、この監獄はどう見える?」

「そうだな……酷く血生臭い。そこら中に臓物が撒き散らされているかのようだ」


 それは彼女が見た光景なのだろう。

 不愉快そうに顔をしかめる彼女を見れば、気味の良い話でないことは確かだ。


 しばらく黙ったまま座っていると、二人に近付いて来る者がいた。

 その身なりは汚いが、どこか品の良さも感じられる。


「おい新入り共。監獄に来て、この僕に挨拶に来ないとはいい度胸じゃないか」


 煤けた金髪の男性だった。

 おそらくはどこかの貴族だったのだろう。

 今となっては見る影もないが、その身なりは庶民のものとは異なる。


 少なくとも友好的な人間ではないようだ。

 グレンは面倒そうに立ち上がり、その男を見下ろす。


「俺たちに何の用だ?」


 鋭い眼光で睨み付けると、男はたじろいだ様に一歩後ろへと下がる。

 だがよく見てみれば体格は悪くないようで、男も多少なりと武の心得があるようだった。


「助言をしに来てやったんだ。マルメラーデ監獄で生き延びたかったら、このジェイド・エス・フロウル様に従え・・ってな」

「従えだと?」


 何を馬鹿なことを言っているのかと視線を向けるが、彼はどうやら本気のようだった。


「お前は見たところ腕が立つ。配下としてスカウトしてやってもいい」

「俺たちに何の得がある?」

「そうだな……この場で説明するのも悪くはないが、実際に目にした方がわかりやすいだろう」


――今晩を楽しみに待っていろ。


 そう言い残して、ジェイドと名乗った男は二人の前から去っていく。

 彼の向かっていく先にはベレツィの村人たちがいた。

 その後、村長のマズロと何回か言葉を交わしてから監獄の奥にある部屋へと去っていった。


「なんなんだ、あいつは」

「……グレン。あの男を警戒しておけ」


 リスティルはそっと耳打ちする。

 彼女の見た未来に彼の姿が映っていたのだろう。

 グレンは要注意人物として頭に叩き込むと、一先ずは情報収集へと取り掛かった。


 しかし友好的な者は全くおらず、何も出来ぬまま夜を迎えることとなった。



   ◆◇◆◇◆



 マルメラーデ監獄の夜は暗い。

 ステンドグラスから月光が差し込んでいたが、広場の中央にある女神像が照らされるのみ。

 

 薄暗い物陰で身を休めていた。

 慣れない場所での行動は体力を消耗してしまう。

 グレンたちは、特に有益な情報を得ることもなく夜を迎えてしまった。


 唐突にけたたましく鐘の音が打ち鳴らされた。

 鼓膜が破けそうなほどの騒音に耳を塞いでいると、囚人たちが女神像の前へと集まっていくのが見えた。


「なんだ。何が起きている?」


 グレンはリスティルを連れて、他の囚人たちと同様に女神像の前へと集まった。


 監獄の唯一の出口である鋼鉄の扉が、不愉快な音をたてながらゆっくりと開く。

 その奥から現れたのは、石膏のような肌をした二体の巨人だった。


 片方は顔を麻袋で覆っていた。

 その背には巨大な鉈を背負っており、よく見るとそれは赤黒い色をしている。

 どれだけ多くの血を吸えばそんな色になるのだろうか。


 もう片方は牛のような角を生やした巨人だった。

 悪魔のような外見をしており、こちらは石像のような外皮で覆われている。

 背負った巨大な斧は、一体何を叩き割るために存在しているのだろうか。


 二体の巨人が運び込んできた物は金属製の箱だった。

 よく見れば箱には魔紋が刻まれている。

 巨人たちが乱雑に手を離すと、床に衝突して鈍い音を立てた。


「あの箱が何だってんだ?」


 なぜ二体の巨人が監獄にいるのかも疑問に思っていたが、それ以上に目の前の箱に興味を引かれていた。

 あの箱は、何のために運ばれてきたのか。


 訝しげに見つめていると、先ほどの男――ジェイドが箱の前へと歩いていく。


「さあみんな、投票の時間だ!」


 彼が言うと、皆が金属製の箱の前に並んでいく。

 ジェイドはそれを眺めながら、残虐な笑みを浮かべた。


「今宵処刑されるべきなのは……そいつだッ!」


 彼が指した先にいたのは、ベレツィ村の村長マズロだった。

 皆の視線が彼の元に集まる。


「ああ……いったい、何が起きるというのです……?」


 マズロはおろおろと周囲を見回す。

 だが、答える者はいない。

 そんな彼を憐れむように視線を向けながら、皆が金属製の箱の前で手を翳して何かを呟く。


 そこで漸くグレンは気付く。

 これは他者の生死を決める投票なのだと。


「おいてめえッ! これはどういうことだ! どうしてあいつが処刑される必要がある!?」


 グレンが詰め寄るが、彼は涼しげな顔をして返答する。


「このマルメラーデ監獄では、毎晩一人が処刑されるんだよ。そして、僕は過半数を配下にしている。これがどういう意味か……考えるまでもないよなあ?」


 この場においては、彼こそが強者。

 グレンの誇る腕力は意味を成さない。

 数を従えることによって生きながらえることが出来るのだ。


「くだらねえな」

「ああ、そうとも。くだらないだろう? まあ、死ぬよりはずっとマシさ」


 そう言ってジェイドは嗤う。

 彼はこうして他者を陥れることで安全を確保しているのだ。

 たとえ監獄に収容されていたとしても、処刑されるよりはずっといい。


 彼はこの閉ざされた世界で生き延びることを選んだ。

 それは賢い選択ではあるが、彼の庇護下にない者からすれば恐怖でしかない。


「どうやら新しく入ってきた君たちは同じ村に住んでいたらしいから、先手を打たせてもらった」


 この場において重要なのは、如何にして大勢を従えるかだ。

 自分たち以外の集団の存在は危険だ。

 目を離した隙に力関係を逆転されてしまう可能性もある。


 それ故に、ベレツィの村人たちはジェイドにとって目障りに映ったらしい。


「……チッ、そういうことかよ」

「悪く思わないでくれよ? 僕としては、危険な要素は速やかに排除しておきたいんだ」


 そうして話している内に投票の時限を迎えたらしかった。

 二体の巨人が箱を持ち上げると、不気味な黒い光が箱を包んだ。


 マズロの足元に魔方陣が浮かび上がった。

 鮮血のように赤く光を発している。

 すると、彼は力を失ったようにその場にへたり込んでしまう。


「あ、ああ……身体が、動かない……ッ」


 マズロは指一本さえ動かすことが出来なくなっていた。

 どうやら金属製の箱の効果らしい。

 動けなくなった彼を、巨人の片方が掴み上げた。


「や、やめッ……誰か、誰か助けてくだされ! 誰か!」


 必死に懇願するが、誰も動くことは出来ない。

 目の前にいる巨人は監獄の番人だ。

 もし手を煩わせるような真似をすれば、今度は自分たちが回収・・されかねない。


 この場にいる者たちは皆、自分が生き延びることのみを考えて生きている。

 処刑される者への哀れみはあるが、助けるほどの良心は持ち合わせていない。

 だからこそ、こうして他者を陥れて生きることを選択したのだ。


 分厚い鋼鉄の扉の奥へと運ばれていく彼を、グレンは助けられない。

 マズロの声が聞こえなくなるまで拳を固く握りしめて耐えることしか出来なかった。


「……想像以上に厄介なことに巻き込まれちまったみたいだ」


 グレンは不愉快そうに呟く。

 この監獄は、彼が想定していたよりも遥かに危険なようだった。

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