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黒き聖女の黙示録《アポカリュプセ》  作者: 黒肯倫理教団
三章 殉教者カルネ

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53話 狂乱(2)

 極めて士気の高い帝国軍。

 それを率いるのは、語り継がれる歴史の中から甦ったラースヴァルド将軍。


 身を不死に堕としても剣気は衰えず鋭さを増すばかり。

 骸骨の目元に巣食う暗闇には、確かな熱量を宿す蒼い焔が灯っていた。


 戦場全体を掌握する如く殺気を放っている。

 常軌を逸した魔力が可視化され揺らめいている。

 その姿に帝国軍は更なる鼓舞を見せ、エルベットの兵たちは足を竦ませてしまう。

 

「――恐れる必要はありません」


 息苦しいほどに剣呑な戦場。

 そこに、凛とした声が響き渡る。


「これは聖戦。忌まわしき邪教徒を滅するのはエルベット神の御意志なのです」


 カルネは祈るように手を組んで、紅い魔力を揺らめかせる。

 その足元に巨大な魔方陣が現れたかと思うと――兵士たちの体が淡く光を帯び始めた。


「皆に祝福を――さあ、聖地ヘレネケーぜを取り戻しましょう」


 体の奥底から力が湧き上がる感覚。

 これこそが"聖女の奇跡"なのだと、萎縮していた者たちも士気を取り戻していく。


――儀式方陣《オルトベルクの命償門》


 飢えて窶れた貧弱な者さえ戦士に変貌させる大魔法。

 その効果は絶大で、恩寵を受けた者たちは個々の質でさえ帝国軍を凌駕する。


 誰もが歓喜して、剣を手に駆け出していく。

 奇跡を享受して、死を恐れずに声を上げている。


「……ふぅん?」


 傍らに控えるアルピナだけは、その儀式方陣の本質に気付いていた。


 対象の魂そのものを燃焼して魔力を生み出す。

 得られる力は生命力次第だが、皆が等しくこの戦争を終える頃に燃え尽きるように設計されている。


 眼下で沸き立つ戦士たちは、果たしてその事実を知った上でなお信仰を捧げ続けられるのだろうか。

 教皇はこの行いを許可しているのだろうか。


 この儀式方陣の仕掛けに気付けるのはアルピナくらいだろう。

 現代の魔術師では到底読み解けない術式ばかりで、彼女でさえ全貌を把握しきれていないくらいだ。

 より恐ろしい"何か"が仕組まれていても不思議ではない。


 それだけ本気で聖地奪還を目指しているのだろう……と。

 適当な着地点に思考を放棄する。

 余計な考えは即座に切り捨て、アルピナは戦場に意識を戻す。


 敵側の戦力は好意的に見積もってもエルベット側の一割程度。

 さらに言えば、その大半は民兵で占められている。


 警戒すべきはラースヴァルド将軍ただ一人。

 金目当ての傭兵が参戦していると情報が入っているものの、実力者ほどエルベット神教を敵に回したがらない。

 どれだけ木っ端が頭数を揃えたところで意味はないのだ。


「全部、消し飛ばしてあげるんだから……ッ!」


 遥か前方から、地を揺るがすほどの進軍が始まった。

 先陣を切って骨馬に股がったラースヴァルド将軍が駆け出し、剣を掲げながら帝国軍が勇ましく続く。


 彼らの士気の高さに驚くも、よく見れば数は想定の範囲内だった。

 ならば何故、こんなにも強大に錯覚していたのだろうか。


 違和感を振り払うように、アルピナが詠唱を始める。


「――天輪の導きのままにウヴェルテューレ


 円を描くように指先をくるりと回し、


「――傅き吟う者たちがヴィダー・ハル・フェーブス


 敵軍を嘲るように見つめ、


「――心揺らぎメディカメント拐かされる堕の天秤シュティレ・ゼーレ


 魔導の極み――第七階梯魔法を行使する。



   ◆◇◆◇◆



「なんだ、アレは……ッ」


 馬鹿げた規模の雷雲が空に渦巻いている。

 常軌を逸しているが、それを個で成し遂げた枢機卿アルピナも異常だ。


 開戦と同時に放つ一撃としては最高峰。

 雷が降り注げば、帝国軍を壊滅させることだって容易いはず。

 焦燥に駆られるグレンだったが、先頭を行くラースヴァルドが怯む様子はない。


 その手に握られた剣――『理断つ冥剣オルクス・テュラン』ならば、あの雷雲すら斬れるのだろうか、

 同じ魔力によって生み出された現象同士であれば、理論的には不可能ではない。


『民よ、恐れるなッ! その歩みにこそ意味があるッ!』


 勇ましく咆哮して突き進んで行く。

 そんな彼を見て帝国軍も恐れを抱かずに進軍する。


 間違いなく甚大な被害が出てしまう。

 ラースヴァルド自身は無事だったとしても、民衆は助からないだろう。

 帝国の誇りを見せつけるかのように命を散らしに行くのだ。


「チッ、早まりやがって……ッ」


 グレンは二振りの大剣を手に駆け出す。

 被害を減らすには、やはり術師のアルピナを止めるのが手っ取り早いだろう。

 覚悟を決めて、隊列の間を全速力で駆け抜けている時。


 後方――リスティルたちが控えている場所から莫大な魔力の気配が現れた。



   ◆◇◆◇◆



『なんとまぁ、愉快な時代になったものよ』


 エルベット神教とガルディア帝国の衝突が始まった。

 互いの信念をぶつけ合って、無意味に命を散らしていく。


『こんな時代に……なぁ? "聖女"よ?』

「ふむ、ユノの魂に何かが混ざっているとは思っていたが……」


 リスティルは納得がいった様子でユノ――その内側に潜んでいたモノを見据える。


「悪魔がなぜデオン伯爵の娘に取り憑いている?」

『さて、な。妾も記憶が曖昧でな』


 こめかみを指で突きながら首を傾げて見せる。

 その言葉を信用していいのか判断に悩んでしまう。


「それで、なぜ今になって私に姿を見せた?」


 悪魔の角と翼、尻尾も生えている。

 魔力に反応して姿が変化するのは"彼女"が混ざっていたことが原因だったらしい。

 ユノ自身は普通の人間で間違いはない。


 その問いに困ったように悪魔が腕を組み――。


『――助けが必要だと、そう感じたからと言えばよいか?』


 ガルディア帝国軍が雷雲渦巻く戦場に突き進んでいる。

 彼らに撤退という選択肢は無い。

 己の信念を賭けて、エルベット神教を聖地から排除しようとしている。


『妾もエルベットには因縁がある……が、それ以上に』


 勇猛に駆け抜けるラースヴァルド将軍――その後ろに続くグレンを指差す。


『何故だろうな? あの男を助けなければならない気がしてならぬのだ』

「グレンを、か」


 それ以外に手を貸す理由はない。

 悪魔も理由が分からないらしく、そもそも自身が置かれている状況さえ不明のようだ。


「提案を受け入れるとしよう。その力が必要だ」


 リスティルが頷くと、悪魔は敵陣の方に視線を向ける。


『彼方にもかなりの使い手がいるようだ。現代の魔法が如何なるものか――楽しませてもらうとしよう』


 膨れ上がる魔力の反応に笑みを浮かべる。

 無邪気に残虐に、爛々と目を輝かせ、


『――其れは災禍を齎す紅蓮の理』


 両手を広げる。

 それぞれの手元から紅い魔力が渦巻いていた。

 宿した魔力を天へと打ち上げると、凄まじい音と共に爆ぜた。


 爆発し飛び散った魔力光が無数の魔法陣となって地面を埋め尽くし――やがて巨大な円環を創り出す。 

 これは魔を呼び出すための門だ。


『祖は暴虐の焔王えんおう、継承せしは暴食の劫火。血胤けついんユノの名の下に、其の炎威えんいを示せ――』


 悪魔が望むものはただ一つ。

 敵軍を焼き尽くす劫火、劫火、劫火、劫火――。


 禍々しい気配が戦場を支配する。

 

『――彼の者がビス・オプファ煉獄に堕ちる迄ロット・ゲフェルプト


 その外周を魔力が駆け抜け――開門。

 炎柱が至るところから発生し、エルベットの兵士たちを焼き尽くしていく。

 進軍も退避もままならず次々と命を落としている。


 だが、それを打ち破るように雷鳴が轟く。


『……ほう?』


 戦場に描かれた地獄の門――幾千もの魔法陣によって描かれた円環。

 これを無数の落雷が掻き消して効力を削ぎ始めた。


 即座に魔法構造を解読したらしい。

 それだけでなく、落雷は帝国の兵士たちを次々に撃ち抜いていく。

 術師としての実力もさることながら保有魔力の量も凄まじいようだ。


『――降り注げ、怒りの雨よレーゲン・フォン・ブレン・ランツェ


 落雷を阻止するように、今度は撃ち落としきれない数の炎槍を生み出す。

 未だ地獄の門が戦場を支配している中で、同時に次の魔法を行使しているのだ。


『さあ小娘、妾を楽しませてみせよ』


 その矛先を全て、敵軍の後方に控えるアルピナに向けて。


『――穿て』


 魔力を惜しまず、脅威となる存在を最優先で始末する。

 第七階梯を扱える魔術師を排除できたなら、後の戦いは随分と楽になるはずだ。

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