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黒き聖女の黙示録《アポカリュプセ》  作者: 黒肯倫理教団
三章 殉教者カルネ

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50話 動乱(1)

 その夜、帝国は変革を迎える。

 鉄壁の守りと称えられていた、長きに渡る"ガルディアの壁"の安寧が崩れたのだ。


 その常識を塗り替える者こそ――不死者として現世に甦ったラースヴァルド将軍。

 眼に憎悪の蒼い炎を灯して、骸骨騎士が帝都を揺るがす。


『我らが討つべきは――暴虐の限りを尽くす愚帝ベルセス・フォン・ゼレイスだッ!』


 高々と翳し上げた剣。

 夜の闇よりも昏い執念を帯びた魔力剣『理断つ冥剣オルクス・テュラン』の下に、帝都の民が歓声を上げる。


――かの英雄が剣を手に民を導いてくださる。


――敵は刃先の向けられた側に。


――帝都アルベラムの城内で、こんな時代でも自らの利権を守ろうとし続ける愚者共だ。


『勇猛なる者達よ――我に続けぇッ!』


 彼の下に集っていた"新たな帝国軍"が、城へ向けて進軍を始めた。

 憎悪の込められた行進が地面を重く揺さぶる。


 帝国の腐敗を切り捨てる。

 そして、今度こそガルディア帝国の誇りを取り戻すのだ。

 熱に浮かされた民衆は、死を恐れず武器を手に取った。


 確かに語り継がれるだけのことはある……と、隊列に混ざっていたグレンが感心する。

 彼に率いられた軍隊は何よりも士気が高い。


 同時に、一抹の不安を抱く。

 混沌の時代において、政治体制を覆すようなことをすべきだろうかた。


(リスティルが見た未来には何がある……?)


 生命の取捨選択を行っている。

 彼女が片方に肩入れすれば、それだけで勝敗が変わってしまうのだ。


 傲慢な行いだが、世界の行く末を左右する崇高な使命でもある。

 そして、それを護衛役として見届けるのが、彼女に選ばれた者達の役割になる。


(帝国の腐敗を終わらせて、その後はどうする。エルベット神教と話し合いでもするのか……?)


 聖地ヘレネケーゼを巡る争奪戦争。

 それこそが、双方が消耗を恐れずに武力衝突を繰り返してきた原因だ。


「なあ、この後はどうするつもりなんだ?」


 頭を使うことは得意ではない。

 知りたいことがあれば、直接尋ねるのが手っ取り早い。


 グレンの問いにラースヴァルドは逡巡しつつも、


『……この時代は異常だ。大いなる悪意が世界を取り巻いているというに、人々が下らぬ諍いに構っている余裕など無い』

「和平交渉をするのか?」

『そうでなくとも、停戦を……聖女カルネとは、色々と話さねばならぬことがある』


 記憶の奥底に閉じ込められていた、生前の未練。

 不死者に身を堕としてしまうほどの執念を抱えるに至った原因を、ラースヴァルドは全て思い出している。


『奴は枢軸の使徒……以前の我と同様に、精神支配を受けている可能性がある』

「待ってくれ。使徒だのなんだのって、急に言われても分からねえよ」


 カルネは『穢れの血』ではない。

 枢軸の影響を受けているようには見えなかったが――。


『目覚めた直後、朧気な意識の隙を突くように……己に寄り添うような悪意が心を昏く染め上げるのだ』


 彼はそれを誰よりも知っている。

 不死者として目覚めた際に、枢軸の干渉を受けて一度は穢れに蝕まれてしまった。


「解放することはできねえのか?」

『不可能だと、断言までは出来ぬ。エルベットに伝わる四宝の一つ……"煌理こうり片影へんえい"が此の時代に残っているのであれば、或いは――』


 そこで、ラースヴァルドは首を振る。


『……否、だ。教皇は聖女を見殺しにするだろう』

「語り継がれるような聖女なんだろ? なんで見殺しに……」


 問おうとして、グレンは言葉を飲み込む。

 ただならぬ憎悪を教皇に対して抱いているらしい。


『聖女カルネは身に莫大な穢れを秘めている。現世に留まらせていいような存在ではない』

「……殺す他にないってことかよ」


 全ての穢れを深界に奉還する。

 その使命を果たすには避けて通れない道だろう。


『三聖女は全員が使徒として現世に甦るだろう。未だ姿は見えないが、いずれ『神託の巫女』ユリスティアと『剣聖』タルラも目覚め……同様に世界を揺るがすことになる』


 これほどの動乱が、更に二度も繰り返されるというのだ。

 その危険性に目を瞑って聖女を迎え入れる。

 どのような事情があろうと、教皇の判断が正しいとは到底思えない。


『我は祖国の剣として、危機を退けなければならぬ。偉大なるガルディア帝国を再建し、枢軸に対抗するための力を取り戻すのだ』


 ラースヴァルドは前方に視線を戻す。

 城を警備する騎士達が隊列を組んで待ち構えていた。


 衝突が始まる。

 ここで消耗してしまうとエルベット神教に呑まれてしまうのではとグレンが危惧するも――。


「ッ……おいおい、マジかよ」


 全ての騎士がその場に跪き、騎士として忠誠を示した。

 彼らもまた、上層部の腐敗に怒りを抱いていた。


『此れが、此れこそが……偉大なるガルディア帝国の民だ。気高き精神を持って生まれ、祖国の剣として身を捧げる』


 言葉を交わすまでもなく彼らは城内への道を開けた。

 正しく王の凱旋の様相だが、ラースヴァルドは将軍として勇ましく突き進んでいく。


「――非戦闘要員は既に城下に」

『うむ』


 騎士の言葉に頷く。

 事前に打ち合わせたわけではない。

 彼らの血に刻まれた"誇り"が、事を起こすべき時期を予期させていたのだ。


 包囲された城内では、かつて高貴だったはずの血を受け継ぐ者達が慌てふためいている。

 民衆は鼠の一匹さえ通さないほどに睨みを利かせている。

 処刑から逃れる術はない。


『偉大なる祖国のために――』


――殺戮せよ。


 熱が伝播していく。

 人々は混沌の時代の中で踠きながら、ラースヴァルドのような指導者を待ち侘びていたのだ。


 有象無象の貴族は取るに足らない。

 だが、ラースヴァルドは一人だけ、己の手で始末しなければならない者がいた。


『貴殿は同行せよ』


 グレンを連れて向かう先は、帝国で最も高貴な者が座すべき場所。

 皇帝の間で、彼は潔く待ち構えていた。


「犬風情が、禁書に手を出したようだな?」


――ベルセス・フォン・ゼレイス。


 貴族院の議長にして、ガルディア帝国を統べる偽りの皇帝。

 民衆への搾取によって成り立っている栄華に、いつまでも居座り続ける愚者。


「閲覧権限を与えていないというに、どのようにして禁書の間に」

『何の因果か、我に真実を齎す者が現れたのだ』


 その言葉に、ベルセスは視線をグレンに向ける。


「傭兵風情が、厳重に多重結界を掛けた書庫から盗み見たと?」

「真実を隠して飼い慣らそうなんざ無理に決まってる。いずれこうなっていただろうよ」


 だが、その時期が重要なのだ。

 犠牲を最小限に抑えられている今だからこそ、ラースヴァルドを正気に戻すべきだと考えたのだ。


『潔く散れ。曲がりなりにも皇帝として民を生き永らえさせてきた貴様に、不要な苦痛を与えるつもりはない』

「忌々しい……過去に囚われた亡霊がッ!」


 ベルセスが手を翳し――無数の紫炎が浮かび上がる。

 聖者ヘレネスの末裔という話は偽りでなく、そこには魔術師としての技量の高さが窺えた。


「皇帝への反逆は死罪ぞ――死の炎環プロツェス・フランメ


 飛来する無数の炎弾。

 その全てが第六階梯の威力を誇っているが――。


『無用な足掻きだッ』


 手に持った魔力剣『理断つ冥剣オルクス・テュラン』を一振り。

 それだけで全ての炎弾が掻き消える。


 ベルセスの魔力も桁外れのものだが、ラースヴァルドはそれを遥かに上回っている。

 剣閃には余裕が窺えるほどだ。


 戦いの傍らで、城内から貴族たちの断末魔が響き始める。

 押し寄せた民衆によって成す術もなく惨殺されているようだった。


『今宵、貴様の死を以て――帝国は甦る』


 剣を構え、ラースヴァルドが疾走する。

 帝国史上最も強大な力を持つ将軍が、処刑人として断首に迫っていた。


「侮るなッ――」


 無数の魔法障壁を展開させ、ベルセスは最大限の守りを固める。

 総量に等しい魔力を注ぎ込んだ多重結界を前に――。


『無用だと言ったはずだッ――』


 ラースヴァルドの剣閃が結界ごとベルセスの首を断つ。

 死の間際に何かを言い遺すことも無く、しかしその眼に強烈な憎悪を抱えていた。


 胴体は力無く後ろに倒れ込み、玉座に己を刻み込むように血飛沫を浴びせていた。

 それを不愉快そうに引きずり倒すと、ラースヴァルドは手を翳す。


『我が主君は祖国――ガルディア帝国そのもの。貴様如き愚帝ではない』


 死体を炎魔法で焼き付くし、塵一つ残さずに消し去る。

 ラースヴァルドは無感情に処理を終えた。


 そして、城内を取り巻いていた戦いの気配が消え去る。

 帝国の腐敗は全て取り除かれたのだ。


「後始末をして、次はエルベット神教との停戦か?」

『教皇は何らかの企みを持っているはずの聖女を野放しにしている。殺める他にあるまい』


 だが、とラースヴァルドは続ける。


『戦争を起こす必要までは無い。災禍に苦しむ此の時代に、成すべきは帝国の再建のみだ』


 つまり、標的はカルネただ一人。

 それ以上の戦闘は不要だ。


『……何者だ』


 ふと、ラースヴァルドが徐に手を翳し――部屋の隅にある柱の影からヴァンが引きずり出される。

 魔術によって首を締め付けるように拘束されているようだった。


「ぐッ……ぅあ……」

『忌々しき不浄の力を宿している。貴様は――』

「待て待て、そいつは敵じゃねえ!」


 グレンは慌てて止めに入る。

 訝しげに首を傾げつつ、ラースヴァルドは手を下ろした。


「――ッはぁ、はぁ」


 ヴァンは苦しそうに噎せつつも、あまり無様な姿は見せたくないといった様子で立ち上がる。


『貴殿の仲間だと?』

「そいつが書庫から歴史書を掻っ攫ってきたんだ。で、そこに書かれている内容を伝えるために俺が寄越されたってわけだ」

『ふむ……』


 ラースヴァルドは警戒を解かなかったが、一先ず殺気は鎮まったようだった。


「リスティル様が貴方に話があると仰るので。豚共の後処理で忙しいとは思いますけど、僕たちに同行してもらいますよ」

『リスティル……か。知らぬ名前だが』


 少し考え込む素振りを見せ、すぐに頷く。


『よかろう。その者が我が記憶を呼び起こすために仕掛けを施したというのであれば、他にも何かしら事情を知っているやもしれぬ』


 もし接触がなければ、記憶の混濁を抱えたままベルセスに飼い慣らされていたかもしれない。

 そうでなくとも、枢軸の支配下に置かれていると気付かずに手駒にされていたかもしれない。


 処理を後回しにしても構わないと判断し、ラースヴァルドが同行する。

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