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黒き聖女の黙示録《アポカリュプセ》  作者: 黒肯倫理教団
三章 殉教者カルネ

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42話 邂逅(2)

 澄み切った空気に包まれた墓標には、普段のように巡礼者が訪れるようなことは無かった。

 カルネが甦ったという報せは瞬く間に信徒たちに広まって、生者の墓を拝むような不敬を犯すわけにもいかない。


 ル・レクシスの街には幾つか教会があるため、日々の祈りを捧げるにはより適した場所が多く存在している。

 そんな事情もあって、聖者の墓標は気味が悪いくらい静まり返っていた。


「……で、何を調べりゃいい?」


 敬虔な信徒でもなければ、そもそも神などという言葉さえ興味もない。

 偉業を成し遂げた者たちの墓であっても、グレンにとっては堅苦しく居心地の悪い場所でしかない。


「墓標のどこかにひずみが存在している。そこから深界に干渉して、可能な限り情報を引き出すつもりだ」


 何らかの手掛かりを掴めるかもしれない、とリスティルは言う。

 現世を蝕む邪悪――穢れが流入する原因となった枢軸の機能を調査したいと考えていた。


「僅かでも引っ掛かりを覚えるような場所があれば教えてくれ。そこを経路とすれば十全に力を発揮できる」

「……で、一仕事ってのは?」


 その問いに、リスティルは笑みを浮かべる。


「次元の歪みには修復処置が施される。私が力を行使する間、深界の魔物から守ってもらいたい」


 それがどれほどの力を持っているのか、グレンたちには想像も付かなかった。

 リスティルが"倒せ"ではなく"守って"というほどなのだから、常識など当てにならないような相手なのだろう。


「深界の魔物ってのは……穢れに満ちた場所に生息してるってことだよな?」

「その認識で問題ないだろう」


 穢れの影響を受けた魔物の強さは身を以て実感している。

 アーラント教区で討伐したモルデナッフェや伯爵領で討伐したファウスマラクトは、どちらも並みの魔物とは比べ物にならないほど強大な力を得ていた。


「意識を深界に繋いでいる間は無防備になってしまう。もし途中で不可能だと判断したなら、強引にでも抱えて逃げてくれ」

「随分と弱気じゃねえか」


 グレンはけらけらと笑う。

 命の危険を感じるほどの光景を未来予知で見たのだろう。


 だが、その程度で臆していては傭兵は務まらない。

 凶悪な『穢れの血』か、或いはそれ以上の手合いと対峙する覚悟を以て挑むのみだ。


「役割に集中してりゃいい。どんなバケモンが出て来ようが、俺は俺の仕事をするだけだ」


 周囲を警戒しているようでは余計に時間が掛かってしまう。

 命を預けることになるのだから、成功させるには互いの信頼が不可欠だ。


 その言葉を反芻するように、リスティルは瞑目して深呼吸する。

 グレンは既に信頼して命を預けているのだと、それを気付けずにいたことを恥じてしまう。


 そんなグレンを押し退けて、ヴァンは目の前で跪く。

 彼もまたリスティルを信頼して命を預けている一人だ。


「御命令いただければ、たとえ深界の魔物であろうと退けてみせましょう」


 振り返ると、グレンの方を指差して「主に彼が」と付け加える。

 呆れたように肩を竦めるグレンを見て、リスティルは肩の力が抜けたように小さく笑う。


 自分らしく在ればいい。

 余計なことを考える必要はない。


「皆に私の命を委ねよう。稀な機会だ、決して逃さないようにしなければならない」


 リスティルは腕を組み、傲慢不遜な笑みを浮かべる。

 不可能はないと心から信じることが出来ていた。


「俺とヴァンで殺る。シズとユノは、リスティルの側で周囲を警戒してくれ」


 二人は緊張した面持ちで頷く。

 シズはともかく、ユノが事情を理解しているかは怪しいところだが。


「うー、なんだか変な感じだよ」


 フードを抑えているものの、頭部に二本の出っ張りが見えていた。

 角や翼が発現しているらしい。

 そわそわと落ち着かない様子で辺りを見回していた。


「無理せず休んどけ。その状態じゃ動きづらいだろ?」


 もし角を見られてしまえば面倒事は避けられない。

 少なくとも素性の怪しいアゼオンには知られるわけにはいかなかった。


 そこまで考えて、アゼオンの姿が見えないことに気付く。


「……神学者がいねえな」


 先ほどまで辺りを彷徨うろついていたアゼオンの姿が見えない。

 現時点では特に害はないものの、邪教徒を野放しにしておくのはどうにも気掛かりだった。


「構いませんよ。邪魔にならないなら、生きていようが死んでいようが……」


 ふと、ヴァンは視界の上部で何かが動いたように感じた。

 注視してみると、微かだが空間に靄がかかったようにゆらりと蠢いている。


「……リスティル様。ひずみとは、あれのことでしょうか」


 聖者の墓標でも、一際目立つ純白の十字架。

 他のものよりも二回り以上大きく、高い段の上に築かれている。


 その十字架から幾らか見上げた所に、空間が波打つような歪みが存在していた。


「間違いない。深界の……不愉快な気配を感じる」


 ある程度の時間が経っているらしく、歪み自体は大きなものではない。

 目を凝らさなければ気付けないような小さなものだ。


 リスティルには歪みの深層まで感じ取ることが出来た。

 それ故に、身震いする程の何かが潜んでいることを察してしまう。


 臆しているわけにもいかない。

 この機を逃せば次は無いかもしれないのだ。

 体から魔力を立ち昇らせて、歪みに向けて両手を翳す。


「では、始めるとしよう――」


 空が激しく明滅し、歪みから紫電が唸るように迸る。

 強引に道を抉じ開けたために、異物の存在に気付いて排除しようとしているのだろう。


 リスティルは両手を翳し上げた状態で膝を突く。

 脱力して身の回りの一切から意識が離れているようだった。


 途端に暗雲が立ち込める。

 何かを恐れているかのように、墓標全体が鈍い音を立てて揺れ始めた。


「これが、深界の……」


 歪みから現れた魔物の姿にヴァンは呆然と立ち尽くしてしまう。

 シズは体の震えが止まらず、崩れ落ちて立てなくなってしまった。


 それは無数の骸の集積だった。

 溜め込んだ負の感情を繋ぎとして蠢く百足ムカデのような怪物。

 地面を這うだけでは飽き足らず、宙を泳ぐようにして空まで覆い尽くさんとしている。


――徘徊する怨嗟シュライエン・ゲシュペンスト


 脱力したリスティルが、虚ろな意識の中で小さく呟いた。

 聞くだけでも震え上がるような、悍ましい怪物の名を。


 途方もない巨体を畝るように波打たせ、一同を見下ろしていた。

 粘着質な殺気に呑まれ、さながら蛇に睨まれた蛙になった気分だった。


 金属を荒々しく引っ掻いたような、酷く耳障りな鳴き声が空から降り注ぐ。


「こりゃ確かに大物だ。けどよ――」


 グレンは大剣を構えて笑みを浮かべる。

 たった一人だけ、彼だけは武者震いをしていた。


「――倒しちまっても構わねえんだよなぁッ!?」


 戦意を滾らせて先陣を切る。

 荒々しい咆哮と共に、魔力を込めた渾身の一撃を放つ。


「――剛撃ッ!」


 圧倒的な質量を誇る大剣を、鍛え上げた肉体と技で振り下ろす。

 巨体は脅威であると同時に狙いを付けやすくもある。

 力任せに暴れるだけでも効果はあると踏んでいたが――。


「チィッ――」


 徘徊する怨嗟シュライエン・ゲシュペンストの胴体が衝撃によって大きく揺らぐ。


 だが、その刃は通らない。

 一切の手加減をしていなかったというのに、硬質な外骨格は幾分かひびが入ったのみ。


 胴体は想像を遥かに上回る強度だった。

 大岩さえ一太刀で叩き斬る彼でさえ、鈍い痺れが手に残るほどに。

 力任せに押し返すことは出来なくもないだろうが、外骨格を叩き斬るような芸当は不可能に思えた。


 唖然としている暇も無く反撃が襲い来る。


 徘徊する怨嗟シュライエン・ゲシュペンストの巨体が赤黒い闇を帯び、口元が悍ましくカチカチと音を鳴らす。

 次の瞬間には、視界を埋め尽くすほどの瘴気が一気に吐き出された。


 生者を枯れ果てさせる死の吐息。

 物理的な破壊を伴って膨大な穢れを吐き出し、万象に純然たる破滅を齎すのだ。


 グレンは意識全てを防御に向ける。

 魔力外皮を最大限まで高め、さらに二振りの大剣を交差させて目の前に壁を作り出す。

 そう易々と打ち破られるようなことはない強固な守りの体勢だったが、死の吐息を受け止めるだけで身体中が悲鳴を上げていた。


「……クソッ、馬鹿げてやがる」


 辛うじて耐え凌いだ。

 穢れを退ける英雄クリームヒルトの加護を以て魔力外皮を展開したのだから、その信頼は一切揺るがない。


 それでもなお酷い痛みを感じてしまうのは、彼我に覆しようのない差があるということだ。

 穢れを退けようと、その余波だけでも砦を落とせるほど凶悪な破壊を伴っている。


 それで怯んでいられるほど生温い相手ではない。

 耐えられると分かっただけでも十分な収穫だ。


 徘徊する怨嗟シュライエン・ゲシュペンストはグレンから視線を外す。

 その先にリスティルがいることは考えるまでもない。

 深界の意思が、本来の役割を果たすため異物を排除するようにと命じているのだ。


 不快な鳴き声に顔をしかめつつ、グレンは気合いを入れ直す。

 今はリスティルを守ることだけに集中すればいい。


「うぉおおおおおおおッ!!!」


 こうして正面から相手取ることに意味があるのだと、雄叫びを上げながら何度でも剣を打ち付ける。

 どれほど効果があるのかと問われれば、蟻が獣に噛み付いているのと大差無いだろう。


 グレンは手を休めずに大剣を振るい続ける。

 そうしている間にも、術式の構築は進んでいるのだから。


「――永夜幽閉ユーベル・ディアグノーゼ


 時が満ちた。

 視界を埋め尽くす目障りな虫を地に這い蹲らせてやるのだ。


 ヴァンが手を翳して不敵に嗤う。

 直後には凍土のような寒気が辺りを包み込み、世界が彩度を失っていった。


 これは歓待の儀式だ。

 彼の者は光を望まず、色を嫌悪して、ただ凍て付いた闇だけを好む。

 場を整えて漸く姿を現す魔の化身は、如何に稚拙な素体であろうと底知れぬ力を誇る。


 かつてファウスマラクトを地に縛り付けた魔術。

 次は目の前の怪物から、駆け回る自由を剥奪するのだ。


「奴を地面に縛り付け――」


 言葉は最後まで紡がれなかった。

 限界まで絞り出した魔力を以て降臨させたというのに、それでも貢ぐ量が不足していると感じ取ってしまったのだ。


 願いは聞き届けられない。

 続きを口にしようものならば、不足分を補うための反動が襲い来るだろう。


 四肢の血肉か臓物か、或いは魂そのものか。

 それだけで済めばまだマシだ。

 場合によっては周囲に存在する生命にまで影響が及ぶ可能性もある。


 深界の魔物が相手では多くを望むことは出来ない。

 存在の格が違うのだと思い知ってしまう。


「蛆虫ごときが……ッ!」


 都合の良すぎる話だった。

 動きを封じさえすれば時間稼ぎなど苦にもならない。

 それが許されるには実力が不足している。

 

 ヴァンは歯を軋らせながらも、冷静に次の手を打つ。


「……守護の壁を築けッ」


 攻撃の余波がリスティルに及ばぬように、化身の力を以て結界を生み出す。

 リスティルの足元を中心に円を描くように魔法障壁が現れた。


 凶悪な魔物から自由を奪えるほどの力を惜しみなく結界に注ぎ込んだのだ。

 戦いの余波程度は防いでもらわなければ困ると、ヴァンは後方を一瞥する。


 偉大なる聖女の傍らには無力な小娘が二人。

 シズは世話係として価値があって、ユノの魔術にはそれなりに期待できる部分もある。

 守る対象として数えても構わない程度には情があるのも事実だ。


 とはいえ、目の前の脅威を退けるには足手まといにしかならないだろう。

 三人が結界に守られている状態ならば、憂い無く戦闘に集中することが出来る。


「ですが……」


 グレンの咆哮が大地を揺さぶる。

 竜の逆鱗にでも触れたかのような暴れ方で、力任せに大剣を振るい続けていた。


 搦め手は通用しない。

 かといって、有効打を与える術をヴァンは持っていない。

 グレンでさえ掠り傷を付けるのでやっとの状態であれば、無謀にナイフを突き立てたところで刃が欠けるだけだ。


――僕は足手まといなのかもしれない。


 このままでは徘徊する怨嗟シュライエン・ゲシュペンストはおろか『六芒魔典ヘクサグラム』やシャーデンにさえ遅れを取ってしまう。

 より強い力を得なければ……と焦燥が募る。


 微かな迷いで意識が逸れていたからだろうか。

 後方から膨れ上がる魔力に気付くことが遅れていた。


『久しく現世に降りてみれば……これはまた、随分と愉快なことになっておるではないか』


 弾むような機嫌の良い口調で。

 声色は幼く、しかし何よりも強い重圧を感じさせた。


 その振る舞いは尊大に。

 魔力を手繰る姿は強大に。

 振り返った先には、莫大な魔力を立ち上らせるユノの姿があった。


 躊躇うこともなく歩み出ようとして、シズが慌てて引き留める。


「待って! 離れたら危ないからここに――」

『案ずるな小娘』


 軽々と手を振り払って、ユノは結界の外側に出る。

 その口許には笑みさえ浮かんでいた。


『歪みが通り路となっておるようだが……どれ、妾が力を貸してやろう』


 肩回りを解すように動かしてから、その両手を高々と翳し上げた。

 求めるのは、降り注ぐ万死の雨。


『――万死、滅せよ』


 天を穿つ魔力の柱。

 とても昏い色をした、不吉の予兆が立ち昇る。


 その始点に存在するのはただの幼子ではない。

 悪魔としての姿を完全に発現させ、爛々と目を光らせる魔の血族。


『――嘯く者共よ、罪過に焦がれし眷族よ』


 空へと昇った魔力は、無数の魔方陣を描いて闇色に染め上げる。

 幾重にも広がって連なった其れは、果たして地に描いたならば墓標全体に収まりきるだろうか。


 災害を予期させるほどに莫大な魔力が空に留まっていた。

 高々と雷雲が立ち込めているかのような不安を覚える。


 その魔方陣に、主が命ずる。


血胤けついんユノの名の下に、存分に荒れ狂うがよい――』


 応えるように無数の炎が生まれた。

 先端は鋭く、穿つことを目的とした紅炎の槍。

 それが空を埋め尽くすほど大量に浮かんでいるのだから、見上げるほどに馬鹿げた気分になってしまう。


『――降り注げ、怒りの雨よレーゲン・フォン・ブレン・ランツェ!』


 その魔術を見上げた時、ヴァンは即座に撤退することを選んだ。

 形容し難い何か……少なくとも脅威であることは間違いない何かが空から迫っていた。


 その場にいては間違いなく命を落としてしまう。

 だが徘徊する怨嗟シュライエン・ゲシュペンストを前にしては、背を向ける暇もないだろう。

 影を渡り、奮闘するグレンを無理矢理引きずり込んで結界へと移る。


「……何が起きてんだ」


 グレンは乱れた呼吸を正そうとしながら虚空に問う。

 魔術には縁遠い彼が見ても、明らかに異常な光景だとはっきり分かるほど。


 無尽蔵の炎槍が降り注ぐ。

 圧倒的な物量を以て、のたうつ徘徊する怨嗟シュライエン・ゲシュペンストを何度も地面に伏せさせる。


 巨大さを誇る魔物と対峙するには、どうしても魔術師の力が必要となる。

 剣や斧で届くのは精々が刃の間合い。

 竜種のような途方もない体躯を前にしては魔法に頼らざるを得ないのが条理だ。


 それ故に、グレンの剣は評価される。

 硬質な鱗に覆われた竜さえ斬り伏せてしまう気迫と剣戟から『狂犬』の異名が広まったのだ。


「馬鹿げてやがる」


 そんな彼でさえ、眼前の現実離れした大魔法には呆れてしまう。

 その規模は明らかに個の魔術師として留まらないだろう。


 堅牢な城塞の如き体表を穿つまでには至らない。

 それでも、殺意に満ちた穂先が衝突し爆ぜる度に、徘徊する怨嗟シュライエン・ゲシュペンストの巨躯が大きく揺さぶられている。


『出力が安定せぬな。まあ……この幼身では仕方あるまい』


 その光景を生み出した当人は物足りなさそうに肩を竦める。

 大魔法の下に、徘徊する怨嗟シュライエン・ゲシュペンストを仕留めるつもりでさえいた。


 だが、唐突にその体が脱力する。

 糸が切れたかのように膝から崩れ落ちるユノを、グレンは咄嗟に駆け寄って抱き止める。


「無茶しやがって」


 あれほどの魔法を行使すれば、消耗も相応に激しいことだろう。

 ユノの額に滲んだ汗を拭いつつ前方を見据える。


 深界の魔物はグレンの想像を遥かに上回っていた。

 易々と打ち負かされるつもりはないが、それでも有効な攻撃手段が見当たらない。


 未だ堅牢な城塞の如き体表は健在だった。

 グレンの奮闘とユノの大魔法を合わせて、ようやく見て分かる程度には消耗させられたらしい。


 だが、やっとの思いで与えた傷さえ徐々に癒えていく。

 途方もない生命力を前にして、ただ呆然と立ち尽くして笑うしかなかった。


 リスティルは深界から何かを探ろうと、未だ手を組んで瞑目したまま。

 意識が戻るまで守り抜くことこそがグレンの仕事であって、それを違えるつもりは微塵も無かった。


「……どうにでもなりやがれッ!!!」


 己を奮起させる。

 不死という概念など存在せず、いずれは生命力が尽きるのが道理だ。

 過去を遡れば、不死者と称される者たちが散っていった話など飽きるほど残っていることだろう。


 たとえ無尽蔵だったとしても、リスティルの意識が戻るまで時間を稼げばいいだけ。

 易々と我慢比べで敗れるつもりはなかった。


 しかし、終わりは唐突に訪れる。


「……はッ」


 苦しそうな息をして、リスティルが目を覚ます。

 その額には汗が滲んでいた。


 直後には、徘徊する怨嗟シュライエン・ゲシュペンストの体が霧散して視界が晴れる。

 悍ましい気配は消え去って、聖者の墓標には平穏が訪れていた。


 全てを終えたのだと皆が確信していた。

 必要としていた情報を得ることが出来たのだと。

 次に繋がる希望を見出だして、安堵さえしていた。


 しかし、リスティルは歯を軋らせて声を荒げる。


「――貴様ぁああああッ!!!」


 彼女らしからぬ感情的な怒声。

 その視線の先では、穏やかな笑みを浮かべる聖女が佇んでいた。

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