41話 邂逅(1)
「ったく、キリがねえ」
グレンは疲れた様子で独り言ちる。
今日何度目なのか、数えるのも面倒なほど多くの魔物と遭遇していた。
実際のところ、肉体的な疲労はほとんど無いといっていい状態だ。
三日三晩眠らずに魔物と戦い続けたこともあるグレンにとって、この程度の仕事ならば易いものだ。
それでも軽く疲労を感じてしまうのは、それが許される程度の環境だからだろうか。
グレンは恨めしげに呟く。
「……お前も少しくらい働いたらどうだ?」
振り返るも、御者台に座るヴァンは口笛を吹きながら視線を逸らす。
馬車で寛ぐには荒れ果てた道だったが、それでも襲い来る魔物を相手にするよりはずっと楽なのだろう。
聖者の墓標へ向かうには、穢れの影響が濃い地帯を突破することは避けられない。
継戦能力に秀でているわけではないため、露払い程度は剣を生業とするグレンに任せようと考えていた。
「わざわざ貴方を護衛として雇ってるわけですしー。でもまぁ、そうですね……尤もらしい理由を付けるなら……」
ヴァンは荷台に視線を向ける。
そこには、リスティルと何やら相談をしている一人の男がいた。
どこか気怠げな印象を受ける、痩せ細った壮年の男。
伸びきった髪は手入れもされていないが、携えた書物だけは随分と丁寧に扱っていた。
――神学者アゼオン。
第三教区を代表する神学者の一人で、多くの歴史書を読み解いて神話の時代を探求し続けている。
数少ない古代語の話者でもあり、遺跡等の調査にも多く参加してきた。
「……よく神学者なんて引っ張ってこれたな?」
グレンは解せないといった様子で尋ねる。
本来であれば、敬虔な神学者が聖者の墓標を暴くような行いに荷担するはずもない。
下手に声をかければ、聖騎士を呼ばれて面倒な事態に陥っていたかもしれない。
「もう異端審問など懲り懲りなんですけどね。どうやら彼は他と違うようですし……まぁ、問題ないでしょう」
アーラント教区での一件を思い出して疲れたように溜め息を吐く。
一人だけ隔離されていた時にどのような目に遭ったのか、ヴァンは語ることは無いだろう。
「信用して良いのか?」
「十分な対価を支払ってますし……それに」
ヴァンは愉快そうに薄汚れた羊皮紙を取り出す。
刃物でも突き立てたかのように、中心に縦長の穴が空いている。
「はぁ、勘弁してくれ」
グレンは呆れたように項垂れる。
信心深い教徒でなくとも、やはりヴァンの行いは目に余る部分が多い。
羊皮紙にはどこかで模写してきたらしいエルベットの聖女――『神託の巫女』ユリスティアが描かれていた。
その顔面を抉るように、ナイフを突き立てさせて確認したらしい。
「最低限の信用は、一先ずこれで。今後のことは分かりませんが、僕がしっかり見張っておきますのでご安心を」
「結構なこった」
長々と遠回りをして、ようやく馬車で揺られるための大義名分を説明し終える。
咎められない程度には理のある話だったため、グレンは仕方無いといった様子で肩を竦めた。
問題はアゼオンの素性だ。
聖職者たちから一定の評価を得ている一方で、平気で聖女の踏み絵をこなすような男だ。
これで『穢れの血』であったなら警戒すべきだが、それどころか魔力さえ常人よりやや少ないくらいだった。
リスティルと話せる程度には混沌の時代以前を知っているようだが、当然ながら書物では濁されたような箇所までの知識はない。
彼に任されたのは現代を案内することのみ。
道案内だけでも十分な価値がある。
「聖者の墓標は『殉教者』カルネを中心に、過去の大戦で命を落とした騎士たちが眠る場所。正直なところ、調査許可まで降りるかは怪しいところですなぁ」
「その名を以てしても難しいと?」
「学者としては……まぁ、それなりに知れていますがね。巡礼として軽く立ち入るくらいなら許可も必要ないでしょう」
あれこれ思案するアゼオンに、リスティルは「十分だ」と返す。
必要な情報は限られている。
カルネの痕跡さえ見付けられたなら、それ以外のことに興味はない。
「まったく……本当に、何者なんですかね? 貴方々は」
アゼオンからしても、リスティルたちの素性は気になって仕方がない。
常人は精々が世話係の小娘くらいで、それ以外は皆がどこか異様な気配を纏っている。
腕の立つ護衛を引き連れて、何を目的に旅をしているのか気になっていた。
何度目かになるその質問も、リスティルは適当にはぐらかすのみ。
まだ素性まで明かす信用は無い。
聖者の墓標を調査するにあたって彼を案内人に選んだが、声を掛けたヴァン自身が未だに戸惑っている。
「あの男は、聖者の墓標を暴きたかったのかもしれません」
「どういうことだ?」
「そのままの意味ですよ。好奇心か、或いは何かしらの意図があるのかまでは分かりませんが」
エルベット神教における聖地、中でも三聖女が眠る墓となれば興味は尽きないだろう。
学者としての探求心を優先したのであれば、まだ扱いやすい部類だ。
「尻尾を出してねえだけかもな」
アゼオンは邪教徒だ、と決め付けるようなことはしない。
しかし解せない点があまりにも多すぎる。
「なぜ彼の方から接触してきたのか……僕らにとって、あまりにも都合が良すぎる話ですからねえ」
それなりに名の通る神学者が、何らかの意図を以てわざわざ接触してきたのだ。
腹に抱えていることを隠そうともせずに。
「未来予知通りなら害は無いはずなんだが……」
リスティルが見た光景は、数多ある可能性の一端に過ぎない。
それだけでも常軌を逸した力ではあるのだが、シャーデンの件を考えるに全て委ねるわけにはいかないだろう。
「リスティル様の言葉が信用できないと?」
「あれは盲信していいモンじゃねえ。参考にするぐらいだ」
その言葉に、意外にもヴァンは肩を竦めるだけだった。
特に咎めるようなことはしないらしい。
今後の悩みは尽きないが、そればかりではない。
「うー、さっきから難しい話ばっかりだよ」
ユノが馬車から身を乗り出すようにして顔を覗かせる。
荷車ではリスティルとアゼオンが小難しい話をしていて、外ではグレンとヴァンがよく分からない話をしている。
じっとしているのにも限界があった。
「馬車にも飽きちまったか?」
「だってゴトゴトするんだもん」
濃い穢れの影響で大地は荒れ果て、貴族が移動に用いるような馬車でなければ体が痛くなってしまうくらいだ。
そこで何日もじっとしていられる年齢ではない。
聖者の墓標に着けば安全なのだが、それまでの道程は危険が付きまとう。
やり取りの間にも、血肉の気配を嗅ぎ付けた一角の狼――ホルンヴォルフが群れを成して姿を表す。
だが、その危険こそユノが興味を引かれているものだった。
「ねーえー、グレンー。わたしも戦っていい?」
魔力を揺らめかせて目を爛々と輝かせる。
角や尻尾は無いものの、悪魔の姿をしている時のような嫌な気配を感じ取ってしまう。
「……無理するなよ?」
経験を積めば、いざというときに身を守る術を学べるだろう。
内包する魔力は底知れないが、それを行使するユノ自体は素人そのものだ。
旅を共にするなら最低限の自衛は出来るようになってほしかった。
「良いんですか?」
「構わねえよ。力に振り回されない程度には、鍛練を積むべきだ」
思い出すのは、デオン伯爵の屋敷で見たユノの姿。
あのまま助けに向かわなければ、魔法を制御出来ずに命を落としていたことだろう。
「はぁ……貴方は言動のわりに世話焼きですね」
「勝手に言ってろ」
或いは、その自覚があるからこそ独り旅をしてきたのだろうか。
傭兵として名が知れ渡るほどの実力者だからこそ、下手に関わろうとすると面倒事に巻き込まれやすい。
適当な理由を付けて手を差し伸べるのは、それこそベレツィの村から見ている。
(……いや、最初からでしょうか)
それを知ってリスティルは声を掛けたのだろう。
味方に付ける算段がなければ接触することはなかったはずだ。
素性も分からず、警戒されるような身なりでありながら、グレンは見定めるという条件で同行を呑んだ。
明確な悪を前にすれば、グレンは異名に恥じない殺気を滾らせる。
その実力は語るまでもないだろう。
足手まといになるつもりなど毛頭無いのだが、穢れに頼りきったヴァンと鍛練を積んできたグレンとでは地力に差があった。
差を埋めるにはより多くの穢れを身に宿すのが手っ取り早いが、その先に待っている末路をデオン伯爵領で目の当たりにしてしまった。
命を擲つ覚悟は出来ている。
リスティルの為ならば、それこそ今この場で首を捧げることさえ厭わない。
だが、穢れに呑まれてしまうのは事情が違う。
万が一にもリスティルの征く道程を阻むようなことがあってはならない。
そして、そのための手掛かりが、ヴァンの目の前に存在している。
「――炎っ!」
紅炎が放たれ、地を駆けてきたホルンヴォルフを呑み込む。
焼け焦げた炭跡のみが地面に残り、ユノは無邪気に手を振ってグレンに称賛を乞う。
穢れと共存する異質な少女。
リスティルは彼女を"『穢れの血』とは本質的に異なる"と評している。
だが、その内側に感じるのはやはり不吉なものであり、ヴァンからすれば同類に変わりはない。
時折、悪魔のような角や羽を発露させることがある。
外見の変化であれば既にシュラン・ゲーテの肥大化を見ているが、彼のように穢れを受け入れてしまうわけにもいかない。
ヴァンが唯一、恐怖を感じるものがあるとするならば――それは、自我の消失に他ならない。
(受容ではなく、共存でもない……抵抗さえ意味を成さない)
迎え入れる姿勢を見せれば、穢れというものは存外に寛容なのかもしれないと思っていた。
シュラン・ゲーテやシャーデン・フロイデのような悪人でも、力を自在に操って戦闘に活かすことが出来る。
どこまで侵蝕されているのか不明だが、少なくとも二人は魂そのものが変質するほど自我が崩壊していないようだった。
しかし、そうなれば耐え難い悪食衝動に身を委ねることになる。
決して禁忌に手を染めるつもりは無かった。
それから幾何かの時間が経った時、ようやく目的地が見えてきた。
周囲を取り巻く聖浄な気を感じつつ、リスティルが馬車の中から顔を覗かせる。
「ふむ、微かにだが……」
虚空を手繰らせるようにして何かを感じ取る。
聖者の墓標は間近に迫っており、そこに目的である"痕跡"が残されているのだと確信していた。
「それで、俺たちは何をすればいいんだ?」
「墓標に着いたら一仕事してもらおう。大物が待ち構えているぞ」
「そりゃ結構なこった」
グレンは肩を竦める。
彼女が大物と言うからには、相応の相手が待ち構えているのだろう。
雑魚を相手取るのには飽きてきた頃だと、蓄積した疲労を押し潰すように戦意を滾らせる。
「まさか、墓標への道程をこうまで易々と……」
アゼオンは素直に感心したらしく、前方に見える街を眺めながら呟いた。
本来であれば、相応の金銭を払って護衛を雇うか、或いは高位の聖職者が巡礼する際に同行させてもらうしか辿り着く術はない。
それだけ墓標周辺は穢れの影響が濃すぎるのだ。
まるで何かを目的に集っているかのように。
とはいえ、襲い来る穢れを退けるに足る聖気がヘレネケーゼを中心に展開されている。
さらに言えば、加護の圏内は第三教区において重要な場所であるため、問題が生じたならば即座に枢機卿が派遣される。
エルベット神教直轄領の中でも治安は極めて良い方だろう。
街の入り口には何人かの衛兵が待ち構えていた。
馬車が近付くと、進路を塞ぐようにひときわ大柄な衛兵が立ち塞がる。
「これより先はル・レクシスの街である。長旅御苦労であるが……現在、教皇聖下の命により何人足りとて立ち入ることはかなわない」
「そりゃ一体どういうことだ?」
グレンは納得がいかないとばかりに詰め寄る。
それなりに腕が立つように見えるが、リスティルの言う"一仕事"ではないだろう。
「詳細など知る必要は無い。これは聖下の命である」
「納得がいかねえな」
殺気を向けたところで道を譲るような手合いではないだろう。
門兵は胆力が無ければ務まらない重要な仕事だ。
「そこをどうにか、通してもらえませんかね?」
アゼオンは馬車から降りると、衛兵たちに姿勢を低くして歩み寄る。
最初は怪訝そうな彼らだったが、なにやら小声で会話を交わした後に納得した様子で警戒を解いていた。
「……高名な神学者殿であれば、仕方あるまい!」
わざとらしく咳払いをしながら、大柄な衛兵が歓迎するように道を譲る。
頑なに立ち入らせない姿勢でいた衛兵たちの変わりように、グレンは困惑したようにリスティルに尋ねる。
「おい、どういうことだ?」
「利用する価値があるということだ。心配せずとも、悪いことは一つも起こらない」
どうにも腑に落ちない光景だったが、少なくとも面倒事に巻き込まれるようなことはないらしい。
無益に消耗するよりはマシだろう。
「聖者の墓標には"痕跡"が残されているはずだ。そこを通じて、探らなければならないことがある」
「未来予知じゃどうにも出来ねえのか?」
「不可能だ。こればかりは、私でも干渉することは難しい」
リスティルは考え込むように黙って、少しして呟く。
「……痕跡は深界を紐解く手掛かりとなる」
リスティルが掲げる使命とは、即ち"全ての穢れを深界に奉還する"こと。
穢れの源流という印象しかないグレンにとっては、どういった場所かさえ想像も付かない。
「そもそも深界ってのは何なんだ?」
純粋な疑問を口にすると、ちょうど門兵との会話を終えたらしいアゼオンがやってきた。
「――光には影が付き纏い、如何なる時であろうと表裏一体。深界とは現世に対する暗部であり、強い因果で結ばれた負債である……と。私の言葉ではありませんがね」
アゼオンの言葉にリスティルが頷く。
穿った見方ではあるものの、間違いというわけでもない。
「そして、光と影が交わる現象……穢れとは、深界から染み出した毒素のようなものだ。人間が海の中で生きられないように、深界の生き物でなければ毒素には耐えられないだろう」
なぜ穢れが流入しているのか。
言葉にせずとも、グレンの表情を見れば聞かずとも分かる。
リスティルは説明を続ける。
「恣意的な"何か"によって、穢れが現世へと侵蝕している。もしかすれば、教皇が手掛かりくらいは掴んでいるかもしれん」
「なら協力するってのは――」
「無理だ」
リスティルは即座に否定する。
その語調から、あまり良い印象を持っていないらしかった。
その様子を見てアゼオンが機嫌良さそうに語る。
「彼らは深界を都合良く利用しようとしているだけ。信徒には大いなる恩恵として、異教徒には大いなる災いとして齎される。今の繁栄こそが、それを物語っている」
迎合か抑圧か、選択させるのだ。
今では多くの地域信仰が失われ、改宗を以て支配下に置かれている。
大陸における信仰の勢力図は明らかに狂っている。
エルベット神教を絶対的なものとして広めるために、その根底に据えられたものこそが神という存在。
他と異なるのは、崇めるに足る奇跡を実際に引き起こせること。
「エルベット神教が崇めているのは神という不確かな存在ではない。深界を統べる、有益な機能としての枢軸である……と。これも私の――」
「それはニグレドの言葉だな」
リスティルの指摘に軽薄な笑みを浮かべ、肩を竦める。
明らかに敬虔な信徒がするような表情ではなかった。
「枢軸に干渉して奇跡を取り寄せる権能……その資格を持つからこそ、三聖女は今の世にまで語り継がれているのでしょうな」
嫌な笑みを浮かべていた。
彼の導き出した結論こそ、エルベット神教が最も意味嫌う思考である。
「聖女不在の今、エルベット神教に残されたのは疲弊しきった武力のみ。 まあ、それでも……混沌の時代を統べるには十分かもしれませんがね」
如何に栄華を誇るエルベット神教であっても、信仰の基盤となる"神"に依存してしまう。
恩恵が希薄になれば、その分だけ信仰も薄れてしまうだろう。
大きな勢力を持たなければ、瞬く間に闇に呑まれてしまう。
弱者が細々と生きていくことさえ許されない世界なのだ。
「もはや腹を隠すまでもないでしょう……我々は、エルベットに代わり権能を手に入れたいと思っている」
「カルネの墓を暴いてでも、と」
「仰る通り。ですが……あー、全く想定外も想定外だ」
アゼオンは観念したように肩を竦める。
話術で情報を引き出されているわけではない。
目の前で腕組をして笑っている少女は、どうやら全ての事情を見通した上で話しているらしい。
「遺灰でもあれば、と思ったのですが」
「……そこから権能を引き出せると?」
「ま、人道的なやり方ではありませんがね」
目的を果たすためならば、死者を冒涜することも厭わない。
悍ましいことに、彼は禁忌の所業を成し得る確信を持っていた。
「ですが……残念ながら、聖者の墓標では目的は果たされないようだ」
懐から取り出したのは一つの魔道具。
聖銀の十字架に、似つかわしくない黒蛇が絡み付いていた。
「『殉教者』カルネの遺物に探知の秘術を掛けたものです。もし本人の波長を感じたならば、既に反応があってもおかしくはない」
「当然だ。彼女の遺灰は別の場所に安置されている」
「そこまで知っていて……はぁ、嫌な性格をしてらっしゃる」
一から十まで利用された。
まさか企みをそのまま返されるとは思っていなかったらしく、アゼオンは観念したように項垂れる。
「取り敢えずル・レクシスに移動出来ただけで、今回は満足とさせていただきますかね」
「道案内と護衛。対等な条件なのだろう?」
「ごもっともで。まぁ神学者という肩書きに偽りはないんで、調査の方は同行させていただきますがね」
エルベット神教の末端に潜む邪教徒は少なくないのかもしれない。
意図を十分に理解した上で、確認しなければならないことがあった。
「……リスティル。奴は邪教徒ってことでいいんだな?」
それまで黙っていたグレンが口を開く。
語気は強く、咎めるように。
彼がこういった顔を見せるのは二度目だった。
一度目はシャーデンを捕捉していながら伝えなかった時だ。
未来予知は多くを知ることが出来る一方で、枠から外れた傲慢さを気付かぬ内に与えてしまうこともある。
同じ過ちは犯していないはずだ。
何か気に障ることをしてしまったのかと戸惑いつつも、リスティルは弁解する。
「アゼオンには利用価値があった。通行証も無しに、現在のル・レクシスに立ち入るとなれば強引に押し通る必要がある」
「それは分かってるつもりだ。けどよ、その判断はお前らしくねえ」
目的のためならば手段を問わない。
邪教徒であろうと必要に迫られれば利用する。
それは彼女らしからぬ判断だ。
「ふむ……私らしくない、か……」
微かな頭痛を押さえ込んで、リスティルは小さく唸る。
どこか強張った表情をしていたが、自身の頬を強く叩いてから大きく息を吐き出す。
「すまない。手段は選ぶべきだった」
「構わねえが……」
意図していた以上にリスティルは深刻に考えているように見えた。
どう言葉を掛けるべきか悩んでいるグレンたちを余所目に、アゼオンは微かな変化を感じ取る。
「ふむ、これは……?」
彼の手元では、黒蛇が紅く眼を光らせて蠢いている。
先ほどまで何も反応がなかったというのに。
これは僥倖と胸中で呟きつつ、アゼオンは不敵に嗤う。
用済みなのであれば変に疑られるようなこともないだろう。
昏い思惑が微かな音を立てて動き出していた。




