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黒き聖女の黙示録《アポカリュプセ》  作者: 黒肯倫理教団
一章 アーラント教区
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2話 森林地帯(1)

――アーラント教区東部、森林地帯。


 旅人も寄り付かぬ辺鄙な地。

 凶悪な魔物の類もおらず、ただ静寂ばかりが広がっている。


 背丈の高い樹々が鬱蒼と生い茂り、日差しが遮られて薄暗い。

 そんな森の中を一行は進んでいた。


「ったく、この先に何があるってんだ」


 グレンは独り言ちる。

 随分長い間歩き続けていたが、未だに目的地に到着する様子はない。


「黙って歩いてくださいよ。じきに目的地に到着するでしょうから」

「あと数刻は移動続きだ。二人とも、へばるなよ?」


 リスティルの言葉に二人は顔を引きつらせた。

 さすがのヴァンも、この苦行をリスティルのためと割り切ることは難しいらしい。


 森は静寂に包まれていた。

 魔物の類は見当たらず、時折小動物が姿を見せるほど。

 今の世界において、こういった安全な場所は稀有だ。


「……魔物はどこへ消えた」

「いないに越したことはないでしょう。ああ、貴方は『狂犬』でしたね」


 ヴァンが厭味ったらしく言うが、グレンは首を振る。


「いや、不自然だ。この森はおかしい」


 グレンが違和感を抱く。

 傭兵としての直感が、この森の異常さを訴えかけてきていた。


「おい、リスティル。この森に何があったんだ?」

「さあな。そこまでは私にも分からないさ」


 リスティルは首を振る。

 その呪術的な力も万能ではないのだろう。

 異変を察知することは出来るが、その情報は漠然として掴み辛い。


 だが、とリスティルは続ける。


「何らかの異変が起きているのは確かだろう。グレン。今回は、この一件でお前の手腕を見せてもらいたい」

「俺を試そうってのか?」

「腕を疑っているわけじゃない。純粋に、お前に興味があるんだ」

「ああ、そうかよ。聖女様に期待されるなんて光栄なことだ」


 揶揄するように言うが、リスティルは気にした様子を見せない。

 むしろ、ヴァンが懐に潜ませた暗器に手を伸ばそうとしているくらいだった。


 そうして飽きるほどくだらないやり取りを繰り返し、ようやく目的地に到着する。

 その頃には既に日は沈みかけ、辺りは夕闇に包まれていた。


 到着した場所は酷く寂れた村だった。

 木造の家がそこらに建っているが、それだけ。

 特筆するような場所もない、貧しい村々の内の一つだ。


 唯一、村の外れに畑が広がっているが、作物はほとんど育っていない。

 耕されたままの土がそのまま放置されている。

 グレンは村を見回して首を傾げた。


「随分と人が少ねえな」


 村の規模は大したものではない。

 だが、それを鑑みても不自然なほどに人が少なかった。


「都市にでも逃げられたんじゃないですか? 若者が少ないし、大方こんな廃村みたいな場所に住んでいるのが馬鹿らしくなったんでしょう」


 ヴァンがつまらなさそうに言う。

 確かに彼の言う通り、この村には若者が少なかった。

 たまに出歩いている者を見かけても老人か幼子ばかりである。


「……いや、どうやら違うようだ」


 リスティルが村の一角を指差す。

 そこにはまだ新しい墓が幾つも建てられていた。


 そこから予想出来ることは二つ。

 疫病が蔓延したか、魔物の襲撃によって命を落としたかである。


 だが、そうであれば領主等に嘆願を出せばいい。

 アーラント教区はエルベット神教の強い影響下にあり、敬虔な信徒である村人たちを見捨てるようなことはしないはずだ。


 そう出来ない理由があるのだろうか。

 グレンは通りがかった老人に声を掛ける。


「おい、この村に何があった?」

「知りません。儂は何も……」


 そう言って、老人は引き留める間もなく足早に去っていく。

 今度は近くの家の戸を叩いて声を掛ける。


「魔物の襲撃でもあったのか?」

「他所者に話すようなことはありません。お引き取り下さい」


 扉を開けることさえせずに拒絶されてしまう。

 その後も同じような素っ気ない対応が続き、グレンは苛立った様子で二人の元に戻った。


「ダメだ。この村の連中は何も話す気がないらしい」

「そりゃそうでしょう。野蛮な傭兵が訪ねてきたら、僕だって戸を閉めますし」

「勝手に言ってろ」


 ヴァンの悪口を相手にせず、どうしたものかと腕を組む。

 何が起こっているのかさえ分からない現状では、異変の解決など出来ようがない。


 しかし、リスティルはその手腕を見極めようとしているのだ。

 こうして手を拱いているだけ、というわけにはいかないだろう。


 いずれにせよ、今夜はもう遅い。

 何か行動をするにも夜明けを待つしかないだろう。


「ったく、この村はどうなってんだ? どいつもこいつも陰気臭い奴ばっかりで、何も話そうとしねえ」

「口を噤まなければならないような事情があるんだろう。特に、余所者には話せないような何か・・がな」


 ただの寂れた村に、はたしてそれだけの理由があるのだろうか。

 少なくともグレンには思い浮かばなかった。


 どこかで宿を借りようか。

 そんなことを考えていた時、三人の元に歩み寄って来る者がいた。

 随分とやつれた様子の壮年の農夫だった。


「村人たちが気分を害したようで、申し訳ありません」

「気にすんな。今の時代じゃ、用心深いに越したことはねえ」


 グレンはやや安堵した様子で言う。

 先ほどまでずっと村人たちに無視されるか邪険にされるかだけだったため、ようやくまともに会話が出来る相手が現れたことが嬉しかった。


「旅の方。よろしければ、うちに泊まっていきませんか」

「それはありがたいんだが……いいのか?」

「ええ。それに、人目に付くような場所では話せないことがありますので……」


 そう言って、壮年の男は周囲を見回す。

 特に視線は感じられなかった。


「ささ、行きましょう。大したものはありませんが、温かいスープと寝床くらいは用意できます」

「悪いな。厚意に預からせてもらうぜ」


 そうして、三人は壮年の男の家に案内される。

 移動している最中、リスティルは珍しく黙って何かを考えているようだった。


 男の家は質素なもので、生活に必要な最低限のものがあるだけだった。

 木造の家も朽ちかけており、雨風を満足に凌げるかさえ不安になるくらいだ。

 三人が上がり込むと、ちょうど十五くらいになる村娘が料理をしているところだった。


「おかえりなさい。あれ、お客さん?」

「ああ。旅をしている最中にこの村に寄ったそうだ。せっかくだから、今晩は出来る限りもてなしたい」


 そう言って、壮年の男は床に座る。

 それに倣って、グレンたちも腰を下ろした。


「自己紹介がまだでしたな。私はクラウス。ベレツィの村で農夫をしております。そしてあっちで料理をしているのが娘のユリィです」


 グレンたちが視線を向けると、娘のユリィは振り返って軽く会釈をする。


「可愛らしいもんだ。うちのガキと取り換えてもらいたいくらいだぜ」

「無礼なっ。何を言うか!」

「本当の事だろうよ。俺からすれば、あっちの嬢ちゃんの方がずっと可愛げがあるぜ」


 むくれるリスティルを横目にグレンはけらけらと笑う。

 なんとなくだが、リスティルの扱いが分かってきたような気がした。


「リスティル様を侮辱するとは……許せませんねえ」


 だが、ヴァンのことはいまいち理解出来ない。

 強烈な殺気を浴びながら、グレンは困ったように肩を竦めた。


「ははは、仲がよろしいようですな。私も昔は旅をすることにあこがれていたものです」

「ただ雇われているだけだ。仲がいいとか、そんなもんじゃねえ」


 グレンはため息を吐く。

 何が悲しくて、不遜な少女と狂信者を引き連れて旅をしなければならないのか。


「だが、旅をしてえってのは分かるぜ。こんな村に住んでたんじゃ、大した娯楽もなくてつまらねえだろう」

「ええ、ええ。たまにやってくる行商人から、村の外の話を聞くくらいしかありません」

「かぁーっ、そりゃ退屈だ」


 三人が夕暮れ時に見て回った限りでは、ベレツィの村は本当に何もない。

 旅人を受け入れる宿も無ければ、商店の類もほとんど無い。

 こんな場所で一生を終えるなどグレンは考えたくもなかった。


 そうしてしばらく談笑を続けていたが、夜遅いということもあってこの日はお開きとなった。


 グレンが目を覚ましたのは早朝のことだった。

 もはや日課になっている鍛錬の時間。

 日が昇る前に目を覚まし、体を酷使して力量を高めていく。


 恐るべきは彼の腕力だろう。

 巨大な鋼鉄の剣を二本振り回すほどの力をつけるには、いったいどれほどの鍛錬を積めばいいのだろうか。

 生まれつきの才能というべきか、恵まれた体格を持っていたからこそ、グレンは常識外れな戦い方を可能としていた。


 無論、そこには狂人じみた努力も存在する。

 才能と努力の二つを合わせてこそ、こうした並外れた身体能力を得られるのだろう。


 だが、それだけではない。

 剣を大地に突き立て、グレンは忌々しそうに己の両腕を見つめる。

 そこには何かがあるわけではないというのに、その視線には憎悪さえ込められていた。


「おや、随分早いんですねえ」


 一通り鍛錬を終えた頃合いにヴァンが起きてきた。

 眠そうに眼を擦っていたが、やはり敵意だけはしっかりと向けられている。


「そんなに俺が気に食わねえか?」

「ええ、勿論。リスティル様には僕だけで十分でしょう」

「一人で守り切れんのか?」

「当然です」


 ヴァンは断言するが、はたして本当にそうだろうか。

 グレンからすれば、ヴァンの盲目的な崇拝は一番危険なように思えた。


「てめえが弱いとは思わねえが……例えば俺が敵対するようなことがあった時、てめえに俺が止められるか?」


 そこで初めて、グレンはヴァンに対して殺気を露にする。

 全身を奮い立たせて、今にも襲い掛からんと身構えた。


 殺気を帯びた鋭い視線。

 その気迫に、ヴァンは思わず一歩後退してしまう。

 だが、それに気付くと即座に一歩前に踏み出してグレンを睨み付けた。


「大した忠誠心だ」


 グレンは意外そうに呟く。

 戦士としての格は間違いなく自分の方が上だと感じているし、実際に戦えば確実に勝てるだろう。

 しかし、ヴァンは忠誠心を以て、グレンの放つ殺気に抗ってみせた。

 その事実だけで、彼に対するグレンの評価が少しばかり良くなった。


 殺気を散らすと、ヴァンは少し安堵した様子で息を吐きだす。


「……やっぱり気に入りませんね、貴方は」


 自分が試されたことに気付いているのだろう。

 ヴァンは不機嫌そうにグレンを睨む。


 そうしている内に、クラウスが起床してきた。

 彼の顔色は優れない。


「随分と早いじゃねえか。二日酔いか?」

「え、ええ……そんなところです」


 心なしか、緊張しているように見えた。

 言おうか言うまいか悩んでいるようだったが、少しして口を開く。


「旅の方。どうか、私の娘をどこかへ連れ出してやってほしい」

「……どういう意味だ?」


 グレンが首を傾げる。

 ユリィが旅を望んでいるようなことは、少なくとも昨晩の様子からは感じられない。

 親思いの良い娘だが、大層な夢を抱いているようには見えなかった。


「実は、この村は――」


 言葉を紡ぐ前に、クラウスの家に何人もの村人が慌てた様子で押し寄せる。


「ま、魔物が!」

「クラウス、早く娘をッ!」


 急かすように早口で捲し立てる。

 クラウスに対して、娘を差し出すように要求しているのだ。

 どこか狂気じみた様子で、ユリィを差し出すように声を荒げていた。


「面白いことになってきたじゃないか」


 クラウスたちを他所に、いつの間にか起床してきていたリスティルがグレンとヴァンの間に並ぶ。


「どうなってやがる。何か知っているのか?」

「私も詳しい事情は知らんさ。だが、強いて言うなら――この村は醜悪だ」


 村人たちはクラウスを押し退けて家に上がり込もうとする。グレンがそれを止めようとするが、リスティルが制止する。


「何をするんだ」

「いいから見ていろ。この村の事情が明らかになるぞ」


 何かを確信しているらしいリスティルに、グレンは押し黙る。

 村人たちは強引にユリィを連れ出して、村の北側へと駆けて行った。

 憔悴しきった様子のクラウスがその場に崩れ落ちる。


「おい、クラウス。この村に何が起こっている?」

「ああ……どうか、どうか娘を……」


 クラウスは顔面蒼白でユリィを助けてくれと懇願し続ける。

 グレンはこの場に留まっていても仕方がないと、急いで村人たちを追いかけた。

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