001
「エスメラルダお嬢様…」
「…っはい」
「私があなたの隣にいる事は許されないのでしょうか…」
「そうかもしれません…。ですが、私はまだあなたと共に…」
ーーーー
ピコッピコッピコッ。
そんな、話の内容に似つかわしくない電子音が部屋に響いては霧散していく。
『私』はただいまベットの上で、恋愛系魔法ファンタジーゲーム《プラネット》をプレイしている。
まぁ、所謂…ニートな腐女子だ。
なんてったって学校にも行かず、昼間からBLゲームに明け暮れているぐらいなのだから。
父と母は幼い頃に他界。
その後、祖父と祖母に預けられ思い切り甘やかされて育った私は今では立派な腐女子になっていた。
各言う私も、もう直ぐ大学生。
…高校が卒業できるかすら微妙な線ではあるが。
「…のど、かわいたな」
水を取りに行こうと、久しぶりに部屋を出て一階にある冷蔵庫に向かう。
祖父と祖母は外出しており、リビングには誰も居なかった。
私は水の入ったペットボトルを冷蔵庫から取り出しフタを開ける。
そうして水を飲もうとしたところで突如、鼓膜が破れそうな轟音と共に光の柱が降ってきた。
雷と思われたそのまゆばいばかりの光に…私はそのまま意識を吸い寄せられた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「エ…メ………様…エス…ラル…様!」
ん………? なんでだろ、すごく眠い…うるさいな…だれ?
「エスメラルダ様…良かったお目覚めになられたのでございますね。直ぐに公爵様をお呼びいたします」
エスメラルダって私の事なの…?
ふと、手のひらを見た。
『私』のものとは程遠い小さく白い美しい手。
視界に入ってきた髪は、眩いばかりの金髪。
エスメラルダという名前、知っているゲームキャラクターによく似た銀髪美青年、エメという愛称。
それだけで分かるほど、何回もプレイした。
そうここは…。
恋愛系魔法ファンタジーゲーム《プラネット》の世界だ。
このゲームは、引きこもる前、友達だった子に進められて始めたゲームだ。
それは所謂BLゲームで、まぁ、結論から言うと、ハマった。
ものすごく。
『私』がBLの沼にハマった瞬間だった。
まぁ、それは兎も角として、ここは《プラネット》の世界であることはほぼ確実と言っていいだろう。
まぁ、もしくはそれに酷似しているだけの世界かもしれないけど。
思考の渦に今まさしく陥りそうたっのだが、メイドが連れてきた公爵によって、私は一瞬にして現実に引き戻された。
ベットに寝かされているエスメラルダに、やって来た公爵様と公爵夫人は安堵の表情を浮かべた。
「エメっ、目覚めたのか?具合は?」
「あなた、そんなにまくし立てるとエスメラルダが困ってしまいますわ。ね?」
「そ、そうだな」
「ではエスメラルダ、寝ておくのですよ」
そう言って二人は私に一言も喋らせること無くそそくさと部屋を後にした。
…やはり、だ。
私は《プラネット》のヒロインのライバルの一人で父に公爵ガルノメア・クローエフェアラ・ウェンを、母に正室フロリディア・クローエフェアラ・ドルベラーネルを持つ、エスメラルダ・クローエフェアラ・ウェン・ドルベラーネルに転生してしまったのだ。
と、思ってしまうほどに腐女子である。
…うん、ゲームのやりすぎで夢を見ているのかな?
そう考えながらベットから下りる。
下りながら、ここに至るまでの記憶を遡ることにした。
……? そうだ…雷みたいな光に…っ。
かみ、なり…。
体を引き裂くような激痛。
鼓膜が破れそうな耳鳴りを伴う轟音。
何も見えない強烈な閃光。
己の体がバラバラになる感覚。
記憶と共にその全てを思い出す。
恐ろしい恐怖心に支配された私は、己を抱きしめしゃがみこむ。
「夢じゃ…無いの…?」
しゃがみこんだことで、美しい刺繍が施されているドレスが汚れてしまった。
しかし、そんなことを考える余裕などなく体の震えが止まらない。
「あ、…ああ…」
痛い。痛いの。……お願い。……誰か…たすけて。
その時。
ガタンっ、と大きなドアが開き誰かが入ってきた。
公爵達を部屋まで護衛に行っていたエスメラルダの側近…否、私の側近である銀髪美青年、キール・ロトムが戻ってきたのだ。
「お嬢様?!」
キールは、怯えている私に近寄り、心配そうな目で私の返事を待つ。
「だい、じょうぶ」
雷はトラウマになってしまったが、こんなことしている場合では無い。
情報収集をしなければ。あと、もしも夢じゃなかった時のためのフラグ折っときゃなきゃ。
バッドエンドなんて、絶対嫌。
エスメラルダ・クローエフェアラ・ウェン・ドルベラーネル。
才色兼備で現王子であるラガルハーネル・ザクロ・カーンドラネークル殿下の婚約者でありながら、濡れ衣を着せられ国を追放されてしまう。
その後、エンディングで遠くの国で、平民と結婚している様子が少しだけ流れる。
…嫌、まぁ、それでも良いけどさ。
せめて貴族から追放されるのだけはやめておきたい。
別に私、殿下と結婚して妃になりたいわけじゃ無いし。
それよりも、魔法を習得したい。
エスメラルダには魔力がある…と言うのは周知の事実だ。
この時代、魔力持ちは恐れられていた。
魔法は悪魔の技術とされ、使かったところなんかを見られれば場合によっては不敬罪で殺される。
その中でも魔力の高かったエスメラルダはそれでも気性に、公爵令嬢として相応しいように振舞っていた。
だが、
ここでヒロインである姫巫女さまの登場。
姫巫女は、その魔法の力で人々を癒した。
忌み嫌われても良いと魔法を使った。
その分、エスメラルダは疑われていたのかもしれない。
ーーなぜエスメラルダ様は魔法で人々を癒さないのだろう、と。
そんなのは簡単だ。
《プラネット》をプレイした頃は疑問だったが、今、私自身がエスメラルダという人物になったことで分かる。
…エスメラルダの魔力は多すぎたのだ。
高い、なんてものじゃ無い。
魔法を使ったことのない私が溢れんばかりと、身体に流れるその力の源を感じるくらいなのだから。
多分、大怪我をした人を姫巫女なら百人魔法で助けられるとして、エスメラルダ…私なら千人助けられるだろう。
エスメラルダは庇ったのだ、姫巫女を。
姫巫女には弟がいる。
生活が貧しく、親に先立たれていた姫巫女は、自分だけの力で弟に食べさせ学問を学ばていた。
そこに私が出てきたらどうだろう。
姫巫女に来ていた仕事は、私のところに来るようになるだろう。
エスメラルダは隠した。
自身の魔力を、魔法を…。
それが、仇となるとは知らずに。
姫巫女の弟は魔力持ちだった。
もしかしたら、私よりも強いと思われるほどの。
だが、その事を誰も知らなくて。
嫌、もしかしたら本人は気づいていたのかもしれない。
そこで、事件は起きた。
殿下の誕生日パーティーに姫巫女は弟を連れて来ていた。
姫巫女の弟の名は、カンダルと言った。
国王も、それを許した。
慣れない環境、大勢の人々。
姫巫女の弟…カンダルの魔力は暴走した。
会場は荒れ、装飾品は飛び散り、人々は怪我を負った。
勿論、エスメラルダも。
だが……。
「罪人、エスメラルダ・クローエフェアラ・ウェン・ドルベラーネルの位を全てを取り上げ国外追放の刑に処す」
それを知ってか否か、国王は無残にもこう告げた。
「…申し訳、ありませんでした」
そして、エスメラルダはそれを受け入れた。
16歳の誕生日の僅か、三日後に。
ここで一つだけ皆様が勘違いしているだろうことを一つ。
姫巫女は男です。はい。