星の導き
セイside*
最初は友人の興味だった。
ガヤガヤと騒がしい居酒屋で、喧騒に紛れてぺらぺらと喋っていた目の前の男が、ふと言葉を止め視線をどこかへ向ける。
ジョッキを手に持ちながら、何となく俺も友人の視線を辿ると、そこにいたのは長い髪を後ろで一つにくくって他のテーブルの客の注文を受けている若い店員の女だった。
「別嬪さんじゃん」
友人がタバコを灰皿に押し付けて吐いた言葉は少し古臭いが、だが人の顔の評価には一段と厳しい男が素直に褒めるくらい店員の女は遠くから見るだけで綺麗な顔立ちをしていると分かった。
きっとニヤニヤと店員に注文を投げかけている大学生の集団も店員の顔に見惚れつつ、次々とナンパの言葉を投げかけていることだろう。
しつこい男たちに淡々と注文を読み上げた店員は、引き留める言葉に目もくれずさっさと踵を返していく。
「すみませーん、追加注文いいですか?」
今近くに他の店員がいないのをいいことに、片手を上げて爽やかに微笑んだ友人に厨房へ戻ろうとした女が気づいて、駆け足気味でこちらへ来る姿を見届けることなく俺は正面を向いて友人に呆れた顔を見せた。
顔もよし、身分は大手企業の御曹司で性格も特に難がないこの友人は大層女遊びが激しい。なのでこの男の行動には慣れたものだし、まぁこの店員をこいつが放っておくわけない。
「……ご注文は」
抑揚のない、けれど澄んだ声が隣で響く。
「ビールを追加で二つと、明太卵焼き一つよろしく。セイは?」
……俺に話を振るな。そしてビールも勝手に注文するな。今日は酔うつもりはなかったのに。
呆れた視線を友人に向けたが、友人は綺麗に店員に向かって微笑んでおり俺の些細な非難が届くことはなかった。
本当はいつもの行きつけのバーが改装工事中で近くにあったこの居酒屋に入っただけなので、これ以上何か胃に物を詰めたくはない。
だが店員の視線をひしひしと感じるので、開いていたメニューで目についたものを適当に指さした。
「俺はこれで」
そう言って顔を上げると、店員と目が合った。けれど大きな黒い瞳はメニューに移り、「竜田揚げですね」とまた澄んだ声が周りの喧騒から斬り離されたように俺に聞こえる。
咄嗟に選んだものが胃にきつい揚げ物だったと後悔するよりも早く、店員はマニュアル通りだと察する義務的な微笑み以外は何の後腐れも残さず、つまり友人に視線を向けることなくこの場を去った。
けれどその微笑みはまるで華が咲いたような美しさで、ジョッキから腕を伝う水滴がすぅっと消えるくらいには俺も友人も自分の時間を止めた。
「……やっぱ可愛いし綺麗だな」
店員が戻って行った方向を見ながら友人は楽し気に目を細める。
随分と気に入ったらしい。
……どうやらまたここに来ることになりそうだ。
はぁ、とわざとらしく溜息を吐いて見せて、俺は手元に残っていたぬるくなったビールを一気に煽った。
だがこれから来る揚げ物は友人に処理してもらうため、俺は「ほどほどにしとけよ」と言葉を投げて笑った。
* * *
行きつけのバーの改装工事が終わったから行こう、と友人に誘われたころには、その友人に限らず俺の仲間たちもすっかりあの居酒屋の常連となっていた。
俺の連れには美形が多いが、あの店員は誰かに視線を向けるどころか、いつも以上に慎重に様子を見て声を掛けた友人を「私、高校生なんで」と軽くあしらったほどだ。
高校生だと誰も思っておらず、その時俺も思考が凍り付いたが友人はひくひくと頬を引き攣らせていた。よほど衝撃だったらしい。
予想外の形でナンパを失敗させた友人だが、家柄的にこれまで縁がなかった居酒屋の空気にすっかり染まってしまったらしくその居酒屋には通っている。
だからバーに来るのは本当に久しぶりだった。
まだ改装オープンから日数が経っていない為か、薄暗い落ち着いた雰囲気は人の会話が行き飛ぶ華やかな雰囲気に変わっていた。若い女性のグループと、カップルがよく目立つ。改装と言ってもカウンターの中を重点的に変えたようで記憶とあまり変わっていない店を見回して、丁度開いていたカウンター席に座ろうとした時。
友人が足を止めた。
「どうした?」
振り返って友人を見ると、何やら綺麗な顔を顰めて俺の座ろうとしていた席を見つめている。不思議に思って振り返ると、どうやら友人はカウンター席に座っている男女二人を見ているようだった。カップルのようだか、もしかして知り合いなのだろうか。
他に空いている席を見つけるか?と声を掛けようとした時。
「っ、やっぱり。あれ、俺をフッた子!」
思わず大きい声を出した友人に、俺は目をパチクリと瞬いた。
だが俺が混乱することはなかった。
なぜなら、友人の声に背を向けていた女が振り返ったのだから。
そしてその女は、友人たちのナンパを物ともしなかったあの店員だった。
「……」
沈黙がお互いの間に走る。
そっと視線を外した俺だが、ふとカウンターのテーブル席に置かれたカクテルグラスを見て眉を顰めた。
「……ユキちゃん?何、あのイケメンたち知り合い?」
“ユキちゃん”と呼ばれた店員が顔を歪めたのを見て、俺は二人の元へずんずんと近づく。
「せ、星?」
友人の困惑した声を聴かず、座っている店員を上から見下ろす形で直ぐ隣に立った俺は、小さく口を開いた。
「……話、いい?」
いつもは一つにくくっている髪を下して、黒の胸元が心のないワンピースを着ている美しい女の子は、アイラインが引かれた目をいっぱいに見開いた。