セイとセイドリック
「可哀想」
私は、よくそう言われる。
「可哀想」
またそう言われる。
そうなんだ。私は可哀想なんだ。言われるたびに私は私が“可哀想”なのだと実感する。沢山の“可哀想”が私の中で積み重なっていく。けれどそれが私を圧迫することはなかった。
可哀想な私は、可哀想な自分を悲観したことがない。
* * *
「……今日も遅くなるよ」
そう言って罪悪感の欠片もなく笑う私の“夫”に笑顔を浮かべた。
「えぇ、行ってらっしゃい」
口から自然に出たその言葉は純粋に夫を送る言葉。毎朝同じ言葉で見送って、夫が帰って来た時には「お帰りなさい」と同じ言葉で出迎える。
別になんてことない一日の出来事だ。結婚してから何も変わることのない日常の出来事だ。
けれど日々積み重なっていく“行ってらっしゃい”は“可哀想”と言う言葉より私の中に高く積み重なって、それは私を圧迫している程だった。行ってらっしゃい。行ってらっしゃい。嫌なほど日々淡々と積み上げられていく言葉に、心の中で吐き出した別の言葉も積み重なっていく。
(無理して帰ってこなくていいのよ?)
自分でも把握できない程積み重なった日常の言葉は私を苦しい程圧迫している。そう、帰ってこなくていい。もうこれ以上言葉を積み重ねる場所はなくなってきているのに、きっと今日も夫は帰ってくるのだろう。
何もなかったような顔をして、何も悪いことをしてないような顔をして夫は終電間際に帰って来る。玄関の開く音とただいまと言う声が響く深夜12時30分は結婚してから変わったことがない。
「……はぁ」
一つ、夫を見送った玄関で少しでも積み上げた言葉が減らないかため息を吐いてみる。けれど消えることはなくて。ため息すらまた隙間のない胸の中に溜まっていく気さえして。
時計を見ることが癖になっている私は8時45分を示す時計を見て、逸らした。
* * *
今日も何も変哲のない日常を送っていた。いや送る筈だった。今日も何も変わらない一日だと疑いさえ持っていなかった。
時計が示す時間は深夜11時36分。
「……え?」
ゴト、と手の中から滑り落ちたスマホから聞こえた言葉に私はただ唖然とした。そう、唖然とすることしか出来なかった。
『旦那様が車に跳ねられ……即死、でした』
たった二文字。『即死』と言う二文字。たったそれだけの文字なのに、私が今まで抱えていた沢山の言葉より重たい言葉だった。今なんて言った?理解が出来ない。そくし、って何だっけ。
ぼんやりと画面が割れたスマホを眺め、カーテンが開けられている真っ暗な外を映し出す窓を見上げる。
滲む視界にはただ“黒”しか分からなかった。夜の空は黒いのだと、ただそれだけしか分からなかった。
もうこれ以上私の中に“行ってらっしゃい”も“帰ってこなくていい”も“お帰り”も積み上げられることはない。唐突に私を圧迫していた言葉が終わりを告げた。唐突に私は解放された。
けれどこれからは“可哀想”が増えるのだと漠然と感じた。「夫に放っておかれている妻」から「夫を亡くした妻」として可哀想と言われるのだ。だがその可哀想はきっと私を痛い程締め付けて、ボロボロになっても力を弱めることはないのだろう。
それは嫌だなと思った。夫のいない世界で可哀想だなんて言われたくないなと思った。
だから私は五体満足ではない夫の遺体を確認して、胴体から離れた左腕の薬指に夜空の星をイメージした指輪が嵌まっているのを確認して。血だらけの指輪を熱のない手からそっと抜き、周りの声も聞こえないまま夫の元から去った。
そして深夜から明け方に変わるころ、まるで星のように煌びやかに光る車のライトを目がけて、ずっと手の届かなかった星を目指して飛び降りた。そして私は夫の元へ行った。
___________筈なのに。
* * *
「……聖女様、とってもお似合いのドレスですわ」
「_____えぇありがとう」
私は、生きていた。
歩道橋から飛び降りた筈なのに。夫の元へ向かった筈なのに。私は生きていた。
しかも目覚めた場所は地球ではなかった。どんな夢かと思った。どんな妄想かと思った。悲しみのあまり狂ってしまったのかと思った。けれど夢ではなかった。
異世界、と言えばいいのだろうか。私が目覚めた場所はとある屋敷の庭だった。何が起こったのか把握できない私はあれやこれやと言う間にあっという間に屋敷に保護され、私は聖女だと屋敷の主に言われた。
_______聖女?馬鹿馬鹿しい。何それ。そう実際に笑った。けれど日本人には到底見えない…どちらかと言えば学生の頃歴史の教科書で見た中世のヨーロッパと言った方がふさわしい人間は皆、私を聖女だと言った。
尊い存在だと。この世界を救う大切な存在だと私が眉を顰めるにも気にせず煽て上げた。何度ドッキリと疑ったか、何度夢だと疑ったかもう数えきれない。けれど一向に冷めることのない夢に、寧ろ私が聖女だと突き付けられる事実に現実とみなすしかなくなっていた。
「聖女様、もう直ぐ謁見のお時間ですわ。さぁ、行きましょう」
何も受け入れられない私は流されるように日々を過ごし、周りの言葉に全て従ってきた。そんな自分を誤魔化すように笑みを浮かべれば、それですら流石は聖女だと言われ更に流される他なかった。
死のうとは不思議と思えなかった。一度死んだ自覚があるからかもしれない。今も屋敷の人間から着せられた煌びやかなドレスの下には、チェーンに通した二つの指輪がある。私が動くたびに小さく音を立てるそれを聞く度、どうしようもない感情が湧き出て死のうとは思えなかった。まだこの指輪を手元に置いておきたかった。
そして私はこれから国王に会いに行くらしい。国王がいるだなんて日本では考えられないことだ。そんな国王より私は大切にされる立場なのだ、と誰かが高揚と語っていた。
そんなものいらないのに。
ふわふわ、ふわふわと実感のない日々はするすると水のように流れ去っていく。その光景は特に変わることがないけれど、さっきまで目の前を流れていた水ははるか遠くへと行ってしまっている。私は目の前を一方通行で動く水を眺めているだけだ。
もじ水に触れれば、あっという間に私も取り返しのつかない場所まで流れてしまいそうで怖かった。だから私はふわふわと同じ場所にいた。
屋敷から馬車であっという間に国王がいる城に着く。シンデレラや白雪姫で見た童話の中の城よりも立派な城で、少し圧倒された。……この私は童話の何に当たるんだろうか、何てことを少し考えてみたけれどそんないいモノじゃないから直ぐに考えを取り消す。こんな城に来る童話の登場人物になるくらいなら____私は、夫といたかった。
今更なことを考えて、枯渇した心に一滴の涙を落として、少しだけ目を伏せた。
* * *
屋敷から付いて来た顔が見慣れた5人の侍女と、道を作る沢山の護衛と、屋敷の侍女の後ろに付く城の女官だという3人を引き連れて扉の前に立った。
この先に国王がいるという。見上げるほど大きな扉は重圧感があり、装飾の施された扉はいかにもと言った感じだ。
扉の横にいた二人がゆっくりと扉を開ける。そこから見えた謁見の間というのはざっと五百人は入りそうなスペースで、その空間の奥に二つの椅子に座った二人とその横に立つ護衛だろうと思われる人物が5人ほど立っていた。
……あれが王様と次期国王か。……私と会って何の意味があるんだろう、とそんなことを考えつつも足を進める。
そして視力がそこまでよくない私が王と次期国王の顔を認識できるほど近づいたところで。
思わず足が止まった。
「……聖女様?」
すかさず後ろの侍女が小さく私を促すが、その言葉も頭が認識する前に耳から耳へとすり抜けた。
「……何で、」
ぽつり、言葉を零す。私は目を見開いているに違いない。ギュッと胸元の指輪を握った。
「……セイ」
セイ、星。
『あだ名はずっとホッシーだったな。社会人にホッシーは恥ずかしいよ全く』
私の夫と同じ姿の男が、目の前にいた。
何があったのかと戸惑う後ろに押され、震える手で指輪を強く握りしめて一歩足を進める。
私と目が合うセイは…少し、目を見開いてそれでも表情を変えることはなかった。
酷く混乱している頭がこの男はセイじゃないと告げる。そう、セイじゃない。目元にあったホクロの位置さえ同じなのに、セイじゃない。
『俺の仕事は星の観察だよ。だから夜君と眠ることは出来ないんだ。だけどそれでも_____俺と結婚してくれますか?』
あの時優しく、それでも少しどこか困ったように笑ったセイはもういない。そうセイはもういないんだ。朝から夜まで仕事で私を放っていたセイも、朝行ってきますと“困ったように”申し訳なさそうに笑ったセイは、ただいまと無理矢理毎日あの時間に帰って来てくれて起きている私を見て嬉しそうに、けれどまた困ったように笑ったセイはいない。
今更その事実を、ずっと目をそらしてきた現実を私はやっと理解した。
私の旦那は、私のセイは、もう死んだ。
でも涙は流れなかった。
「……聖女、如何した?」
いつの間にか周りに倣って頭を下げていた私に声が掛かる。ゆっくりと顔を上げると、威圧感を感じるその顔に優し気な笑みを浮かべた初老の国王が私の方を見ていた。私はセイの両親とは会ったことはないけれど、その笑みにはセイの面影を感じたからきっとセイのお父さんもこんな顔をしていたのだろう。不思議なようで、哀しい気分だった。
「父上、きっと聖女も緊張しているのでしょう」
「そうか。聖女、この国はそなたに恩恵を受ける立場だ。どうか寛いで気兼ねなく過ごしてほしい」
声だって次期国王はセイと同じだった。でも違う。きっとセイなら「君が聖女だなんておかしいね」と優しく笑う筈だし、こんなに冷たく聞こえる筈がない。なのに、違うのに、この胸は嫌な程鼓動を立てる。
違う、違う、違う。
そう思い続けないと今にもセイと叫びそうだった。
「……ありがとう、ございます」
何とか国王の言葉に返事を振り絞って、もう一度頭を下げる。その時ちりん、と指輪が鳴って今度こそ胸が熱くなった。
* * *
あれから二言程言葉を交わした後、私は謁見の間から下がった。
そして後ろにぞろぞろといた侍女が下がり、女官が私の前へやって来た。5人は優し気な笑みを浮かべていて、そのまなざしはこの世界で私に向けられる何かを期待しているまなざしと同じだ。きっと聖女というモノはとても神聖化されていて、女神でも祭っているような感覚なのだろう。
「聖女様はこれから王宮で暮らして頂きます。私たちがお世話のお役目を頂いておりますので、何でもお申し付け下さい」
「えぇ助かるわ。ありがとう」
そして私もこの世界に来て慣れた返事を返す。内心はそこまでしてもらわなくても、と思うのだが聖女が謙遜なんてすると皆顔を顰める。それよりも受け入れて流された方が私にとっても都合がよく、相手にとっての聖女像保持に都合がいいのだろう。
先ほどの次期国王の容姿にまだ混乱している私だが、何とか笑みを浮かべて「聖女様…!」と信仰の念を受けた。
「聖女様、こちらがお部屋になります。何か不都合が御座いましたら直ぐお呼び下さい」
部屋に着くまでの道のりは長く複雑で、きっと私一人で外に出たら迷うに違いない。用意された部屋は屋敷で与えられていた部屋よりも何倍も広く、まるでホールのようだった。女官は下がらせ部屋の外にはそれはそれは大層な数の護衛がいるに違いないが、やっと一人の時間が作れた。
部屋にある扉を開けてみるとそこは寝室。ベッドもキングサイズより一回り程大きいベッドで、一人で寝るには広すぎるものだ。もう一つの扉を開けると入浴室だった。ざっと部屋の見回りを終えた私は、疲れ切った体を広い大きなソファーに投げ出す。
勢いよくうつぶせに寝転がったため胸に少し刺さった指輪を、チェーンごと取り外して手に取った。
私にはよくわからないけれど、セイが好きだという星の色のストーンがちりばめられた結婚指輪。星の観察が仕事だなんて言っている割にかなりの高給取りだったセイの給料三か月に収まらないほどの高い指輪。これをプロポーズと共に差し出されて、しかもそのままセイが買っていた高級マンションに連れて行かれるんだからあの時は本当に驚いた。
『少しでも星が近くに見れる場所に君と住みたくて』
日本の…東京の空は星なんて見れないのに。それでも地上にいるよりかは明かりが周りにない分星は見れた。ベランダに出て東京の夜景を見たほうがきれいなのに、それでも微妙な星空を首を上げてセイと見る時間が好きだった。星より下の人工的な明かりを綺麗だと思う私でも、セイが好きなら何でもいいとさえ思っていた。
……この世界でも星は見えるのだろうか。
「……セイと見なきゃ、意味ないわね」
そう呟いてまたネックレスを首に掛けた。
* * *
王宮で暮らすようになって何となくだが狭い範囲なら王宮内の道も覚えた頃。
「では数日後にお披露目パレードを、その後から神殿や孤児院などを少しずつ回って頂きます」
どうやら私は聖女として活動しなければならないと言われた。どうやら日本でいう宮内庁のような国王達に付く機関があるらしく、私の活動もそこで決められたようだ。いつ死んでもいいと思っている人間が人々の生きる希望になり、生きる意味を与えるなんて____下らない程皮肉的ね。
でも現実そうなっているモノなのだろう。
「えぇ、分かったわ」
(仕方、ないのよ。聖女であれば私が死にたがりでも何でも関係ないの)
ただそう笑顔で返すと男はにこやかに頷く。
「そして聖女様。本日は夕食の後殿下がこちらへお見えになる予定です」
「………えぇ、分かったわ」
セイと同じ姿でセイじゃない人間になんてもう会いたくなかった。けれどセイの元へ行かせてくれなかった神様はとことん私を追い詰めるようだ。何の用で、と聞いたところでもう一度会うことは変わらないのだろう。
事前に女官たちには通達が来ていたのか、特に慌てて用意をすることもなく殿下が護衛を引き連れてやってきた。
「…久しぶりだな、聖女」
「そうですね殿下」
…近くで改めてみるとやはりセイと同じ顔。違うところと言えばセイは髪を茶色に染めていたぐらいだ。殿下は真っ黒な髪。この世界に黒髪黒目は限りなく少ないというのに、殿下はその少ない黒髪と黒目。…いっそのこと他の人みたいに赤とか黄色とかだったら割り切れたのに。
そんなことを内心思いつつも、もう慣れた笑みを張り付けて夕食で満たされた胃に紅茶を流し込む。
そんな私をチラリと見て、殿下も紅茶に口をつけ…「下がっていろ」と護衛と女官たちを下がらせた。
この部屋に二人っきりになって向かい合っている私たち。
その静寂が嫌で、口を開いた。
「それで殿下。本日はどのようなご用件でしょうか」
笑えている。声も震えてない。大丈夫。
殿下はかちゃり、とカップを置き私を見据えた。私はその視線から逃れるようにカップに口づける。
「______セイ、とは誰だ」
手が、止まった。思わず力が抜けて手から滑り落ちそうになったカップを何とか支え、テーブルに置いて殿下に目を向ける。
「……今、何て?」
きっと私は今縋るような視線を向けているのだろう。今この男は何て言った?セイと同じ顔をしている男は何を口に出した?
「……聖女は俺を謁見の間で“セイ”と言った。俺は俺の名のセイドリックのセイかと思ったのだが…違うだろう?」
殿下が何かを確信した瞳で私を見つめてくる。混乱して、混乱して、表情を上手く取り繕うことができない。そんな状態に更に殿下の名前を初めて知った私は、セイとの共通点が増えたことに狼狽える。
いつもはただ笑みを浮かべて何ら意思表示をしてこなかった私が静かに取り乱す様子は、殿下の何か考えていることに確信を与えたらしい。
「俺は物心ついた時から今までよく同じ夢を見る。星を見ている夢だ。ただ俺は星を見ているだけ。だが俺の横に誰かがいるんだ。俺はその誰かの名前を呼ぶと、その誰かは“セイ”とだけ返す。最初は母上が俺のことをセイと呼んでいたから俺だと信じて疑わなかった。だが何度もその夢を繰り返すうちに俺じゃないと思うようになった。俺じゃない誰かという考えは…聖女がセイと零したあの日、確信に変わった」
殿下の言葉に手が震える。胸が震える。冷え切っていた心に何か熱い濁流が流れ込んでくるような、形容できない言葉が胸の内を占めるようなそんな感覚に陥る。
目の前の男は、セイなのかもしれない。直ぐに捨て切った考えに希望が宿る。歓喜が沸き起こる。
きっとその夢はセイの夢。セイが見ていた世界。貴方は…セイなの?
「セイとは…誰だ?」
今までにない程混乱している私に殿下はくしゃりと顔を歪めてそう尋ねる。貴方はセイよ。セイ、生きてたんでしょう?でもそれを口に出すには、あまりにも殿下は不安そうな顔をしていて。
自身を陣取る“セイ”に混乱する殿下はセイであってセイでないのだ。
「セイは、セイは……」
私の頬に涙が伝った。
「私の、全てだった」
そう言うと留めなく涙が溢れてくる。あれだけ泣けなかったのに。セイが死んで、変な世界に来て、聖女だなんていわれて、勝手に崇められて、誰も私を私として見なくて、笑って受け入れるだけの人間に成り下がって、セイのいない世界で一人で生きてきた。それでも泣けなかった私は涙を失ったのだと思ったぐらいだったのに、今は泣いている。
殿下にセイについて説明しようとしても嗚咽が漏れるだけで言葉が出なかった。そしてふと温もりが背と頭を撫でていることに気づき、そんなところは似なくていいのにぎこちなく慰める仕草はセイと同じで…。次から次へと涙は止まることがなく、いつの間にか抱きしめられていた殿下の質のいい高い服に涙をなすりつけながら泣きじゃくった。
「……落ち着いたか?」
先ほどまでとは違い、私を様子を伺うように優しく掛けられた声に頷く。まだ涙はぽろぽろと流れるけれど嗚咽は引き、どうしようもない程苦しかった胸の熱さも引いた。
名残惜しさなんてものを感じつつも殿下からそっと離れて謝罪を述べる。声は枯れて喉が渇いていたので隣に殿下がいるがカップに残っていた紅茶を飲み干した。
ふぅ、と小さく息を吐いて首に手を回しネックレスを外して殿下の目の前に晒した、
「セイは…とにかく星が大好きな男でした。この指輪もセイの好きな星から作ったぐらいで…」
何から話せばいいのか、と迷ったが取りあえずはセイ本人の性格について話そう、と涙ながらに少し語ったところで。
じっと指輪を見つめていた殿下が…口を開いた。
「シリウス、ベガ、スピカ、アトリア、カペラ、ペテルギウス、レグルス」
「……え?」
……今殿下は何を言った?一度は落ち着いた鼓動がもう一度煩い程音を立てる。
『左からシリウス、ベガ、スピカ、アトリア、カペラ、ペテルギウス、レグルス。ふふふ、オーダーメイドで色合いも濃さも石の品質も煩く言って作ってもらったんだ。色と星の意味で選んだけど全部俺の好きな星の中から。ちなみに石の名前は知らないから聞かないでね』
今でも忘れることのない記憶が鮮明に蘇る。その記憶と目の前の殿下が嫌でも重なり合ってしまって、もう殿下がセイとしか思えない。だって私だって星の名前を言ってみて、なんて言われても言えない。それが言えた殿下はセイである証拠で。でも殿下はセイじゃなくて。
ねぇ、貴方は一体_______誰なんですか?